醜い

アズ

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 赤いランプ、警告、重要、緊急……色んな意味がこの一色に含まれている。それはとても不思議で、視覚的な色に人はこうも意味をもたせ、それもほとんどが同じ認識なのだ。
 3種類のサイレンで起こされた住人はカーテンを開け窓の外を眺める。中には玄関からパジャマ姿のまま出てくる住人の姿もあった。一戸建ての新築が目立つ周辺の道路で2台の黒と白の自動車がそれぞれ派手に大破しており、どちらもエアバッグが出ていた。運転席側には血痕もあり、救急隊員と警察と消防が近くで忙しくしている。うち、白い自動車から救助された運転手がストレッチャーに乗せられ救急車へと運ばれようとしていた。
「高齢者……」
 様子を見ていた住人の一人がそう呟いた。
 もう一台の方は車の破損を見る限り厳しそうだった。




 翌朝。
 夜中の事故は県内ニュースで報道された。事故を起こした運転手は80を過ぎた高齢女性だった。もう一台は30代男性で既婚、子どもがいた。仕事帰りの途中で高齢女性の車が男性運転手の車に向かって激突。家の塀で横へ避けられなかったのだろう、突っ込まれた男性の運転席は原型を留めていなかった。死亡が報道され、警察は高齢女性の回復を待ってから聞き取りを行うという主旨を人気の高い女性アナが説明した。ネットのコメントでは早速高齢者という理由だけで叩き始め、運転の年齢制限に言及するもの、厳罰を求める声、更には「フルスピードでかけぬけた」という配慮ないフザけたコメントまで流れた。最近では低評価ボタンの数字が表示されなくなる処置で、そういったコメントにいったい幾つのバッドがついたのかはこちらからでは確認出来ないようになっていた。
 スマホから目を離し飲みかけの珈琲を飲み干すと植松龍三は席を立ち、氷だけになったグラスを返却口へと持っていった。エプロンをした女性店員が「ありがとうございました」と明るい笑顔と声を植松は恥ずかしそうに会釈だけして店を出ていく。残暑も空が夕焼けになれば日中程ではない。
 テナント募集が目立つ通りを抜け、自宅アパートの方へと向かう。歳はもうじき30になる。それまでにあったことは物価上昇と増税。自分自身に関わることとしたら、もうじき今勤務しているところが勤続10年目間近であるということだ。もうそんなになるんだと思う一方で、だからといって特別感はあまりなかった。一様仕事場から表彰はあるわけだし、そこで貰えるお金は欲しいけど、自分自身10年を振り返ってみてと考えると、平凡な10年だったと思う。他の周りはどうなんだろうか。周囲では結婚報告を聞く一方、自分は女性との付き合いがなかった。それは周囲と比べそもそも積極的に動いていなかったのが起因する。しかし、だからといって後悔もないし、これから頑張ろうというわけでもない。特に結婚というものにこだわりがなかった。勿論、独身貴族と生涯孤独とはセットなのだろう。それでも結婚願望を抱く動機にはならなかった。俺みたいな考えの奴が増えていけば、そりゃ日本は少子化になるだろう。勿論、それが理由の全てではないが。
 俺は通りにある出来たばかりのショッピングセンターを見た。昔そこには結婚式場があった。それが倒産し今では別のものが建っていた。
 その近くにあるバス停に乗り、どんどん町から離れていく。途中、通りにドラッグストアが何件もあった。それもどれも違う店名のドラッグストアだった。最近は多く見かけるようになり、まるでコンビニみたいだと思っていた。
 バスはそのまま交差点を幾つか通り過ぎ、公園近くのバス停にようやく到着すると俺はそこで金を払い降りた。そこから自宅までは近い。例の事故はここからだと自宅とは逆方向に行った先の近くだった。もう、警察の現場検証もとっくに終わっているだろう。
 そう思い近くの信号のある交差点の横断歩道を渡っていると、向こうから一台の軽トラックがクラクションを鳴らしながらこちらへと曲がってきた。俺は咄嗟に避けた。すると、運転手は車の窓を開け「邪魔だよバーカ」と怒鳴りつけ、また直ぐ様スピードをあげて行ってしまった。
 どう考えても横断歩道は歩行者が優先だというのに、なんだあの運転手は。
 その運転手はタンクトップに中年の男性だった。
 最初は驚きで何度も見返したが、次第に怒りが込み上げてきた。だが、それをぶつけようにも相手はその前に去ってしまっていた。俺はいなくなったその運転手を呪うかのように、死ね、事故って死ね、と何度も心の中で呟いた。




 それから自宅に戻ってテレビをつけると、例の事故のニュースが丁度流ていた。テレビ取材班は事故を起こした高齢者の家族を取材しており、顔は映されず声も変えられた状態で息子だろうか、深く被害者に向けかわりに謝罪をしていた。そして、少し前から免許を返すよう話し合いをしていたばかりで、そんな中での今回の事故が起き、もっと早くに返させていればと後悔を募らせていた。
 そんな息子に俺は同情した。
 その後でみたネットでの反応もほとんどが息子に同情する意見の書き込みが見られた。むしろ、息子を叩いているコメントは見られない。
 大抵、そういった家族はその後問題を起こした高齢女性とは絶縁状態になりがちだ。家庭の亀裂、崩壊。それは罪を償っても修復出来ない傷だ。
 だからそうなる前に返せばいいのに、色々と言い訳を並べ、最後は後悔しても遅いと気づく。繰り返されているもはやこの国の日常だ。
 すると、突然ニュースに速報が入った。また、同じ市でしかもまた近い、その場所で軽トラックがあおり運転の疑いで警察に逮捕されたという報道が流れた。
 映像は現場に切り替わり、交差点手前でその軽トラックが映し出された。
「あ! あの軽トラックだ!」
 俺は思わずテレビの音量をあげた。
「あの男、逮捕されたのか」
 俺はそれを知ってとても気持ちが良くなった。
 自業自得だ、こんなもの。
 俺は冷蔵庫へいき、冷えた缶ビールを取った。
 最高のビールになるぞ。




 だが、翌日。幸せは不幸へと転じる。
 この不景気で俺が働いていた工場が倒産することが決まった。社長は全従業員を集め、その目の前で深々と頭を下げた。
「ごめん」
 仕方がないとはいえ、これから先どうなるのか全員が不安を抱えることとなった。特に自分より年齢の高い40代、50代はどうなるのだろう。
「お前はいいよな」
 ポンと肩を叩かれ過ぎていく先輩社員。
 最近、中小企業の倒産が相次いでおり、うちの会社の業績も厳しくこのままいけばいずれこの日がくるんじゃないかとどっかでは思っていたが、それがいざ自分の身に降りかかると、この突きつけられた現実は相当に辛い。
 何の為に働いていたんだろう……その無念さと、心にぽっかり穴があいた感覚は、この不幸をどう呪えばいいのか分からなくなった。
 誰かが「俺はもう無理だ」「介護しかもうないのかな」「介護ナメたら大変だぞ。聞いた話しじゃやっぱ大変そうらしい。覚えることが沢山あり過ぎて頭がパンクするそうだ」「それじゃダメだ。今更新しいことなんて」そんな会話が聞こえてきた。それは俺も他人事ではない。
 誰もが行く先に不安を抱える。これまでの自分が他にしてきたことは何か。役に立つものでそれは……その答えは、ない。
 否定出来ない自分の怠惰で愚かさにようやく気づき、そしてその弱さが一番自分を不幸にしていた。
 人の不幸を嘲笑うことでしか幸せに感じなかった俺の人生は最初から幸福ではなかった。




 なんて、自分は醜かったんだろう。目の前を飛び立つ蝶を眺めて、俺もこんな美しい羽が、翼が欲しいと願った。




 赤いランプが光る。2種類のサイレンが近づいた。
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