ジョンの歴史探求の旅

アズ

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1週目 巨樹ユグドラシルと炎の剣

22 集結

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「あ、目覚めた」
 そう言ったのはメアリーだった。ジョンは額に当てられていた湿らせたタオルをどかし、起き上がった。
「医者に見せてもらったけど、脳に障害が残る程の傷ではないみたいだけど、念の為に精密検査を受けるようにって。大丈夫なの?」
「思い出したよ……」
「思い出した? 何を?」
「僕の……いや、俺の任務はこれから起きる最終戦争の勝利。その為にここまで来た」
「そのことなんだけど」
 ジョンはメアリーを見た。自分がここまで一緒に旅してきた仲間は本物だったのだろうか? 記憶を失い僕と同じようにこの世界の住人になりきっているのか、それとも『ツリー』が見せる架空なのか?
「メアリー、僕は、いや、俺はこの世界の住人ではないんだ。言ってみれば、この仮想世界の宇宙の外側になる。君はどちらの人間なんだ?」
「何を言っているか分からないんだけど……」
 メアリーは不安そうになった。
「俺はこの世界に来て随分長いこと体験してしまった。すっかり自分というものを見失った。目的と一緒に。メアリー、この世界は現実ではないんだ。『ツリー』が見せる仮想世界。そこで人間は意識だけをその世界で体験しているだけなんだ。本来、この仮想世界で人が万が一死亡しても意識は宇宙に残り、本当の世界に意識が戻るだけなんだ。でも、『ツリー』の暴走でそうはならなくなってしまった。『ツリー』は皆の記憶を改竄し、この世界の住人にしてしまったんだ」
「ジョン、分かるように言って。いきなりこの世界は現実でないと言われても……やはり、医者に見てもらった方がいいかも」
「駄目だ。医者に言っても分からないよ」
 医者は人間の頭の中の意識までは覗けられない。
「とにかく、最終戦争に人類は勝たなきゃならないんだ」
「そのことなんだけど、巨人がいなくなって」
「いなくなった?」
「消えちゃったの。それで、皆でその行方を探してるところなの」
「巨人が……」
「その巨人を倒すのよね?」
「それは違う」
「え? でも……巨人は敵じゃないの!?」
「黒幕は分かった。人間に記憶やデータを改竄する行為……まるで歴史修正を『ツリー』が実行しているみたいに……だが、そもそも何故エラーで『ツリー』がそのような行動に出るのか疑問だった。だが、その答えのヒントはこの世界の旅で分かったよ」
「黒幕って!?」
「最終戦争を引き起こした人物。それはこの世界を生み出した神だ」
 神、それはつまり『ツリー』の開発者ハイボトム博士だ。博士なら人間の意識を仮想世界で体験させるシステムを一番熟知している。その人物なら、自分の意識を仮想世界に残し自殺をすれば、博士が疑われることはまずない。
 人間が今に至るまでの痕跡、それらを無かったことにする、人類のリセットは人の死を意味する。その完遂を阻止する為にも、人は勝たなければならない。
「そう言えばスニルは? 緑の賢者は?」
 賢者は予想が当たれば自分と同じ志願者だ。
「スニルなら雷の賢者マグニに会いに向かいましたよ」
「なら、俺も行く」
 ジョンがそう言うと、メアリーは戸惑った。
「まるで別人みたい……」
「メアリー、これが本当の自分なんだ。君の本当を知りたいところだけど、今は時間がない」
「本当とか何の話し? 私には分からない。でも、私は今のジョンより前のジョンの方が好きだわ」
「ごめん……」
 ジョンはそう言ってスニル達の拠点ハウスを出ると、目の前にまず不気味な空が飛び込んできた。夕焼けとは違う赤色の空に沢山のカラスが飛んでいる。地面には無数のフンが落ちていた。
「なんだこれは……」
 ジョンの後ろでメアリーは「巨人が消えて暫くしたら空がそうなったの」と答えた。
「ねぇ……巨人が敵じゃないの?」
「むしろ巨人は仲間だ。戦う相手は神だ」
「神……神が私達の敵……」
「そうだ」
 まるで北欧神話とは真逆の展開だ。一番最初に異変に気づいた開発スタッフのケインがシステムに人類に武器を残した、それが巨人だった。世界が巨人を敵視するように仕組んだのも『ツリー』の仕業だろう。
 巨人は『ツリー』が見せる世界から人間を解放するに重要だ。
「船を出したい」
「行くの?」
 ジョンは頷いた。



◇◆◇◆◇



 ジョンの乗せた船はスニルの船を追って、他の賢者達が集まる地へ向かった。その船内で腕を組みながら戸惑うのはグレンだけではなかった。
「目が覚めたかと思ったらいきなり神と戦う為に他の賢者のところに行くとか、頭打たれたところまだ治ってないんじゃないのか?」
「いや、むしろ目が覚めたよ」
「本気か? 巨人が味方で神が敵とか正気じゃないぞ。巨人が世界を焼き尽くしたんだろ?」
「それはこれからだ。ただし、偽物の世界だけどね」
 ただし、『ツリー』によって生み出されたこの世界の住人にとってはそうではないだろう。それでも人間は目覚めなければならない。
「この世界が消えて困る人間はお前の言う事が正しくても、お前を止めようとする者が現れるかもしれない」突然、黙っていたギリングがそう喋りだした。
「この世界にとっては破壊者の側になる。他の賢者達もな。だとすれば、この世界がお前達賢者を受け入れようとしなかったのは必然だろう。お前は知っているんじゃないのか? この世界には人間の意識以外の住人もいることを。そう考えないと、新しい生命がこの世界で誕生し続けている理由にはならないだろう」
「あなたがこの世界の住人かは分かりません。それを知るのは恐らく『ツリー』のみでしょう」
「それでもやるんだな」
「はい」
「お前は何を知った?」
「まず、この世界の空白の原因、あれは『ツリー』が歴史改竄をした結果生まれたズレによって生まれた空白だった。『ツリー』は新たな歴史作りを始めるにあたって神話を利用し、空白の原因を巨人にすることで、人間の意識を巨人を敵として認識させた。巨人が自分に反応したのは、開発者のケインが巨人に自分達に反応するようにシステムしたからだ。そして、現実の自分の頭にはチップがあり、記憶を奪われても巨人に反応出来るようにチップが働いてくれたからだ」
「まるでSFだな……未知の技術がまさかこの世界を造ったとは……」
「まだ、信じられないな……」グレンはそう呟いた。



 ようやく船から陸が見えてくると、船をとめられる場所を探し船をそこにつけると、ジョン達はそこから上陸した。そこは草木もない枯れた大地が広がっているだけで、動物も虫の姿さえ見当たらない。ただ、一本の巨樹を除いては。
「なんだ、あの木は……」とグレン。その横でギリングは「おかしいだろ」と言った。そうだ、炎の賢者がこの地にあった一国を滅ぼしているのだ。あの木だけが無事ですむ筈がない。
 巨樹は緑の葉を生やし、風に揺られていた。それはまるで巨大な傘でもある。ジョン達が上陸したタイミングで降り出した小雨はあの巨大な傘の下では雨粒はほとんど落ちていない。
 他の賢者達はその傘の下にいた。
 一番先に気づいたのはスニルだった。ついで他の賢者がほぼ同時にジョン達に気づいた。
 スニルはジョンを見るなり「何故ここに?」と訊いた。
 ジョンは皆を見てから「話しがあります」と言った。その話しは少し長くなった。



 ジョンの話しを遮ることなく全員が聞き終えると、スニルはまずあり得ないといった反応だった。勿論、その反応は予想していた。話したところで記憶が簡単に思い出すとは思わなかったからだ。だが、クラーカのカラスはジョンがそんな嘘をつくとも思えないと考えたのか、ジョンに幾つかの質問をしてきた。それはまるでテストのようで、例えばその世界には何があるのかとか、時事的な内容を特に質問した後で、本題の黒幕について訊いてきた。ジョンは知っていること全てを伝えた。一番気になるところはやはり自殺をし意識を自分のつくった仮想世界に移したという点で何故そこまでしたのかという謎だろう。
「ハイボトム博士は意識を人間が魂として考え、肉体が滅びても意識が不滅なら魂も同様に不滅という考えの人でした。だから博士は自殺をしても自分は不滅だと考えていた筈です」
「不気味な話しだな。肉体が死んでも不滅とは……」
「魔女が言うことか」とマグニは茶化した。
「ふん、だとしたら魔女を火あぶりにしても死なないということだな」
「まぁまぁ」とスニルは二人の間に入る。マグニはそれが不満なのかスニルに問い詰める。
「お前は魔女の味方でもするつもりか?」
「そうではない。ただ、今は争ってる場合じゃないってだけさ。もし、ジョンの話しが本当なら私達は協力しなきゃならないんだろ?」
「一番信じていないお前が真っ先にそれを言うのか? 俺が分かっていないと思ったか」
「そりゃ……いきなりあんなこと言われてもそう簡単には飲め込めていないのは認めるが、ジョンが言う通り最終戦争に私達が一致団結しなければならないのは確かだろう」
「一致団結ねぇ……それは炎の賢者も含めるってことになるよな?」
「それは……」
 炎の賢者は沈黙したままだ。
「な、なら……水の賢者はどうなんです?」
 スニルは水の賢者に話を振った。ジョンは水の賢者を見る。あの街以来になる。
「私は信じるよ」
「どうして?」
「ジョンは言った。私達賢者が何故10年きっかりに現れるのか。それは外の世界と時間の流れが違い、志願者は先に仮想世界にフルダイブし、経過を見た上で10日後に第二陣が送り込まれ、更に第三陣も同じタイミングで送り込まれた為、この世界の時間でも空白のタイミングが同じ間隔になったというなら、とりあえず説明はつく」
「本来は仮想世界と現実世界は同じ時間の流れでした。しかし、空白が生まれた時にこの世界の時間の流れと現実世界の時間の流れに大きな違いが生まれてしまったんです」
「しかし、問題は君が言う博士とやらがこの世界にいるのだとしたら、そいつをどうやって見つけ出す?」
「推測になりますが恐らくは『ツリー』の見せる世界が危機的状況になった時、奴は動かざるを得ない筈です。その時、博士は現れる」
「なるほど。それで巨人の出番というわけか」
「それより話が変わるのですが、この木はいったい何ですか?」
「あぁ……私にもよく分からない。この木は突然現れ、炎の賢者の火もマグニの雷も全く通じなかった。全てこの木に吸われていった」
「木が火を吸い込んだ!?」
「そうだ。そんな木はこの世に存在しない。恐らくこの木がここに出現したのも偶然ではあるまい。巨人がさっきまでいた場所だからな」
 その時、葉の揺れる音に紛れ男の声が響き渡った。

〈相変わらず諦めの悪い連中だな。大人しくこの世界の住人のままであれば良かったものを〉


「まさか……ハイボトム博士!?」


〈いかにも〉


「何故、何故このようなことを?」


〈何故だと? まだ分からぬか。 ……よかろう。ならば教えよう。私の最終目標を〉
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