ジョンの歴史探求の旅

アズ

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2週目 影の亡霊と『死』を宣告する殺人者

04 怠惰な世界

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 受付すぐ横にある階段を登っていき3階へ出ると、その先の通路で裸の男が倒れ込んでいた。ローズはその男に近づき男の遺体を確認すると、証拠写真を撮った。それからローズは直ぐさま電話をし仲間を呼ぶと、徹底的に『快楽の園』を調べ上げた。だが、建物に例の男は存在しなかった。
「階段はここだけでしたよね? なのに、犯人はどうやって抜け出したんでしょうか?」
 ジョンは素朴な疑問を投げかける。
「さぁ……」
 ローズはそう答えた。ローズは女性だ。彼女がこのような場所をよく思っていないことぐらいはジョンは察していたし、だからそれ以上は聞かなかった。
「まるで、人間の悪いところがこの世界で現れたみたい……」
「かもしれません。人間の貪欲を叶えるのが楽園だと人間が考えれば、その世界はむしろ楽園から程遠い醜い世界になっているでしょう。皆が想像しそうな花畑ではなく……しかし、一方で人間の悪い部分が見えること事態は悪ではないと思います。根本はそこではないからです」
「私達はどんな楽園を想像すれば良いのか……それをAIが見せてくれると思ったのだけれど」
「AIは人ではないのですから時間がかかるのでは? もっとも博士はそのことに気づいていたのかもしれません。楽園はそもそも人間が考える都合上の創造物ですから」
 男の遺体が光とともに消滅を始めた。
 世間の一部はこの仮想世界は人間を堕落させた悪魔の装置と表現しそれを否定した。博士が起こした事件は天罰であり、人間に目を覚まさせるきっかになったとし、人類は現実にこそ目を向けるべきだという主張はそれなりに広まった。これを教訓としてとらえ、人間は「生きる」という意味を考え直すきっかけになったとポジティブな意見が一部ある一方で、事件の問題は博士であり、それが真実だとして、博士無き今はむしろユートピアに近づいたと考える者もいた。また、現実世界と仮想世界の行き来というバランスで労働は現実世界、休日は仮想世界で気分が横溢おういつし、そうやって精神をリフレッシュさせることでストレス発散しているなら、確かにその人達にとって仮想世界は必要で、価値観を画一化させることもないのだろう。これは難しい問題だ。
 タバコで例えるなら、これは高い依存があり、やめてしまえば体にとっては健康的になる。しかし、それを押し付けて喫煙者から喫煙を奪うことは、その人達の権利を一方的に制限をかけることになるだろう。その人達にとっての自由が一つ奪われることになる。人々は自分達にとって正しい、間違っている、この価値観を元に制限という足枷をつける。従わなければ裁かれるという罰則のある非常に強制力のあるものをだ。それをお互いに足枷をかけていき、自ら自由から制限のある社会を築いていく。これもまた一つの考えに過ぎないが。
「ジョン、この事件どう思う?」
「犯人は無差別に狙っているというよりターゲットがあるって感じがします。それに、周囲の目を全く気にしていない」
「同感ね。もし、犯人にもう一つの動機があるとしたら」
「被害者全員に共通点があると思います」
「だけどジョン、被害者の現実の方は国境を跨いでいる。もし、仮想世界で被害者に接点があれば私達がまず気づいているわ」
「国境を跨いでも共通点はあるかもしれませんよ」
「どういうこと?」
「例えばネット上のコミニティとか」
「なるほど……それは盲点だったわ。だとすると犯人はそのコミニティでトラブルがあったのかも」
「博士のところの研究スタッフなら語学が堪能でしょう」
「ありがとう。一度私は現実世界に戻るけど、あなた達は引き続き此方で情報収集してくれるかしら」
「これで解放とは流石にいきませんか」
「残念だけど男を捕らえるまではあなた達は協力を続けてもらうわ。大丈夫、現実世界のあなたの体の方は心配いらないから。フルダイブ中でも栄養は与えられる」
「それは知ってます」
「そうだったわね」
 ローズはそう言ってこの世界からログアウトした。
(しかし……ローズさんもローズさんだ。よりによって自分とデントの二人きりにするなんて。しかも情報収集してくれと簡単に言われても、どっから手をつけたらよいものなのか……)
「行くぞ」
 デントはいきなりそう言った。ジョンは思わず「どこへ?」と訊いた。だが、相変わらずデントは無口に先に車へと戻った。ジョンは慌てて追いかける。
 二人が赤い車に乗り込むと、外の喧騒が車内で少しは静まった。
「これから『アトランティス』に向かう」
「え!? この世界に『アトランティス』があるの??」
「お前は何も知らないんだな」
「……再生した後の世界はまだ一度も来たことがなかったから……」
「何故行こうとしなかった」
「何故?」
 そういえば、炎の賢者はこの世界に戻って来た。他の賢者の噂はまだ耳にしないが…… 。
「俺は確かめたかった。この世界にまだ神がいるのかどうかを」
「……」
「どうやら今回は人間に紛れて違う神が生き残っていたみたいだが」
「自分は……家族を取り戻せたからもうこの世界に関わるつもりはなかった。まさかこんなかたちになるとは思ってもみなかったけど」
「お前はこの世界での体験を忘れられるのか?」
「え?」
「無理だろうな。お前がどれだけ拒絶しようと、ここで起きた体験は現実世界でなかったとしても本物だった」
「……そうだね」
 エンジンがかかり、車は動き出した。伝説に向かって…… 。
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