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第2章 世界の蔓延
02 約束
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一人になった俺はとりあえず宿へと戻った。木の重いドアを開けたり閉めたりして、階段をあがり部屋に入る。その部屋の窓から外を眺めると近くで地味な色の上下の服に白髪交じりの男が慣れたように一人薪割りを黙々と続けていた。
その薪は風呂を沸かすのに使われる。いわゆる五右衛門風呂と呼ばれるもので、最初はとても熱く一度足を引っ込めるも意を決して中に入り全身浸かると、体全体が温まってこれも悪くないと思った。
風呂上がりの飯は陶器に茶碗に見た目ふわっとした白いものが入って黒色の餡かけみたいなのがかかってある。スプーンで恐る恐る知らないものを口にした。それは勇気がいたが、別に毒はないだろうから死ぬわけではない。食わず嫌いでその食べ物を一生知らずに終えるか、勇気を踏み出してみるか、その二択なんだろう。
俺の口の中に広がったのは白いやつから感じられる苦味と黒色のとろみの甘さのコントラストだった。食感は見た目通りにふんわりしている。この白いのはいったい何だ? 豆腐でないのは確かだ。食べたことがなく当然初めてだということ意外の情報が分からない。どんな食材なのか、どんな調理法なのか。ただ、黒色は少し熱く、白いのは少しひんやりしている。この不思議な食べ物には黒と白、甘い苦い、熱い冷たいがうまく対比している。そして、肝心なのは黒色のとろみだけだと甘すぎて、白いふわっとした食べ物だとあまり美味しくはない。この二つが噛み合って成り立つ料理という感じになるだろうか。これほど違うものが一緒になると美味しくなるのか。
それから俺は、次の日になってアリスが戻ってくるまで暇を持て余した。
「家族はいないの?」
俺の質問にアリスは首を横に振った。
「ごめん」
「別にいいよ。うちの家庭はそこまで明るくはなかったし。うちは私とお母さんと父さんとお婆ちゃんうちの四人家族なの。そのお婆ちゃんはボケが酷くてなって失禁したり、便いじりしちゃう程だったの。お母さんはそんなお婆ちゃんを見てショックだったし、ついついおかしくなっていくお婆ちゃんを強く叱ってたの。お婆ちゃんはなんで怒られてるのか分からないみたいにポカンとした顔をして、でもたまに泣いてる時があった。それを見てお母さんも泣いてた。父さんはほとんど家にいない。仕事が忙しくて。本当は家にいたいと思ってる。あ、お婆ちゃんは母のお母さんね。で、お母さんはどうしたらいいのか分からなくてずっと頭を抱えていたの。一度、全てが嫌になったのか母は逃げ出したの。父さんがお母さんを見つけお母さんは無事帰ってきたけど、お父さんはそれでも今の仕事を辞めるわけにはいかなくて、また仕事へ行ってしまったの。そして3人だけになった時、あの死人が現れた。私は家族と一緒に逃げたかったけど、お母さんにはお婆ちゃんがいた。お婆ちゃんはとても遠くへは連れ出せる状況じゃなかったからお母さんは最後までお婆ちゃんと一緒になることを選んだの。お母さんは自分が犠牲になることで家族を優先した。だから私はそんな母を救いたかった。死人になった母を見るまでは」
「それは犠牲なのか?」
「お母さんは自分の母親から生まれ無条件の愛を沢山もらった。だから、その恩があるし、それを完全に忘れてたわけじゃない。それはお母さんを繋ぎ止めた鎖でもある。鎖はお母さんを離さなかった。そのお母さんはそれでもいいと思ったの。単なる恩返しとかじゃなく、お母さんはこれが自分にとって最後だからと思って娘の私より母を優先したんだと思う。私はそれが辛かった」
「そっか……」
「お父さんは死人と戦って死んだ。私を逃した人も。私は一人で運命を決めなきゃいけなかった。でも、それは本来自分で決めるもの。私の場合それが他の人より少し早かった」
「それからはどうしたの?」
「私が一人で途方に暮れてると、そこに声を掛けてきた人が師匠だったの。師匠は事情を知って一人の私を家に誘ってくれて、ちょっと怪しかったけど師匠には奥さんがいたし、その奥さんは優しそうだったから信じられた。実際その奥さんは優しい人だったし。それから私は師匠のもとで魔法の修行をして魔法をより深く知った。それは私一人じゃ出来なかったと思う。そこには師匠にとても感謝してる」
「魔法はアリスにとって特別なんだね?」
「魔法は皆にとっても特別だった。それが突然失われ、そして死人が現れた」
「やっぱり関係があるの?」
「分からない。ヤマトのおかげで術者は倒せたと思う。だけど、皆の魔法はまだ戻ってはいない」
「アリスは皆の魔法を取り戻したいんだね?」
「うん。師匠もそうしたいならそうしろって。でも、こうも言われた。人生、幸せになる為にある。幸せになるまで行き続けろ。その前に死ぬんじゃないぞ。もし、死んだら地獄まで追ってお前を叱ってやるからって」
「ははは……地獄まで追ってって」
「でも、師匠はそういう人だから私も自分の命は粗末にするつもりはない。ヤマトにもそうして欲しい」
「俺も?」
「うん」
「……分かった」
「その言葉、絶対に守ってね」
俺達が村を出る時、その通りから見える全ての家の窓が鎧戸が閉まったままだった。既に外は明るいというのに。だが、アリスは何も言わなかったから俺もそれに触れることはなかった。村からアリスの師匠がいるという街へは最初、村を出て暫くは木道を通る。それからは大きな通りになった。木道を歩いている時は緑のトンネルを潜っている気分だった。誰かと歩くのは久しぶりだった。俺には彼女がいなかったし一人旅するぐらい一人でいることが楽に感じる自分だったからこそ、同じ歩調で長い道を同じ目的に向かうのは暫くはなかったことだった。アリスと俺には大きな身長差がある。当然、歩幅も違う。俺の足は長く歩幅も長い。いつも歩くのが速いと言われる俺が隣のアリスにペース合わせていること事態初めてのことだ。俺には女友達がいなかったし、学校の遠足で同じグループにいる足の遅い子に合わせ歩くのとも違う。あれは義務だ。歩くことは別に嫌いではない。考えたり想像したりしながら歩けば、それは退屈な授業を受けるよりも有意義な時間になる。だけど、それは一人の時だ。俺は誰かと同調するのが苦手だと自覚したのはそのもっと後のことだった。きっと、将来も結婚せず独身のまま終わるかもしれない、なんだかその方が楽そうだ、そんなことも考えたぐらいだ。きっと、そういう人が増えてきてるんじゃないのか。結婚がゴールではない、そういった道のりもあって、それを選択した人もいる。少子化が進むのも、そういった選択をしても生活できる国だからかもしれない。歩調を合わせて人生という長い道のりを一緒に歩いていきたい、そんな本命が努力無しで簡単に見つかるとも思えない。
突然、細かい雨が降り出した。それは通り雨で直ぐに晴れた。濡れた服は街が見える前にだいたい乾いてしまった。それだけ猛暑だったというわけではない。むしろ、過ごしやい気候だった。日本では今頃真夏なのにこの世界では季節が違うのか? 流れる時間が違うのか? そんな疑問は一度保留し、見えてきた街を丘の上から二人で一望した。石造りの街は歪な円形をしていた。高い建物の三角屋根には煙突が生えていた。煙突からは煙は見えなかった。そういえば、村からここまで誰ともすれ違うこともなかった。
アリスが丘を降り始めたので俺もそれに続いた。そこからは木はなかった。切り株があちこにあるだけ。景観が残念なことになっている。街の人達は周囲の木々を切り倒して全て使ってしまったのだろうか? 遠くに行けば俺達が通ったところにまだ森はあるが、あの森がまだ無事なのは幸いだ。きっと、あの森まで人がきたらここのように切り株だらけになっていたかもしれない。
街の入口は開かれていた。扉のようなものはなく、アーチ状の門の出入り口を通り過ぎるといきなり異臭が鼻を襲った。
「なんだこの臭いは……」
その臭いの正体は直ぐに判明し、俺は衝撃を受けた。鎖に繋がれ襤褸をまとった人達だった。男も女も頬がこけており全員靴すら履かされていなかった。その足はボロボロで細かい傷がスネや足の甲にあり泥で汚れていた。見ただけであれがアリスの言っていたエスクラヴだと分かった。肌は汚れているが白い。髪は金色で瞳の色は綺麗な赤色だった。赤なんて珍しい、宿の人もアリスも街の人も茶色か黒がほとんどなのに。
俺がエスクラヴを見ているとアリスが俺の腕を掴んで引っ張った。
「あの人達を見ないで。興味があると商人に勘違いさせるから」
「ああ、分かった」
俺はエスクラヴから目線を外した。最後に見たエスクラヴの中にはアリスより小さな女の子までいた。
街の道はアスファルトでも石畳でもなく泥道だった。皆気にせずに歩く人は靴を泥だらけにしていた。
「この街の道はどこもこうなのか?」
「そうだよ。靴が汚れるのが気になる?」
「普通はそうだと思うけど、ここの人達は気にしてないみたいだね」
「靴は汚れるものだけど。私は地球に初めて来た時、どこもアスファルトに覆われて土が見えなくて驚いたけど」
「そういうもんなんだね」
「私はアレ嫌い」
「そう?」
「道をつくる時、全部アスファルトにしそう」
それには俺も苦笑した。
「それはそうかもしれない」
「そろそろ着くよ」
アリスはそう言った。見えてきたのは赤い三角屋根の三階建てのお家だった。白い扉を強くアリスがドンドンと叩くと、ドアが開いて白髪の老人が出てきた。緑色のエプロンに白い髭を生やしている。背筋は伸びていて身長は165以上はありそうだ。長ズボンにポロシャツのような服と茶色い靴を履いていた。
「この人が師匠?」
アリスは笑いながら「違うよ」と答えた。
「久しぶりカーターさん」
「ああ、久しぶり」
「師匠はいる?」
「書斎に」
「ありがとう」
老人は壁にかけたモップを持ち、それからバケツを持つと奥へと向かった。階段は玄関そばにある。玄関に泥をアリスが落としながら「ヤマトも泥はちゃんと落としてね。でないとカーターさんに怒られるから」と言った。
「あの人は?」
「使用人。カーターさんはお金を生活と一部お孫さんのお小遣いに働きに来ているの」
俺は説明を聞きながら泥を念入りに落とすと階段をあがって書斎のある部屋の手前まで向かった。廊下には絵画が飾られてあって、どれも家族の肖像画のようだ。その中にアリスのもあった。
アリスがノックをしてからドアを開けた。その部屋は奥にある窓以外の壁は全て本棚で覆われており、テーブルや椅子の上にまで本が積み上がっていた。暖炉があるが、埃で汚れており長年使われていないのが想像できる。
「アリス、返事をする前にドアを開けたらノックの意味がないと何度言ったら分かるんだ」
「エロ本でも読んでた?」
「大人をからかうんじゃない」
両手を腰にのせたスーツ姿の師匠はそれは若かった。多分、お母さんくらいの歳だ。背は2メートルはある。日焼けした肌に茶色の短髪に若干外国っぽい顔だ。多分、鼻が高いのと目元だろうか。でも、瞳は茶色だ。
「驚いた? 師匠はハーフなの」
「アリス、この方は?」
「師匠、実はその事で話しがあって来たの」
「なる程。となると長い話しになりそうだな。飲み物でも出そう」
その薪は風呂を沸かすのに使われる。いわゆる五右衛門風呂と呼ばれるもので、最初はとても熱く一度足を引っ込めるも意を決して中に入り全身浸かると、体全体が温まってこれも悪くないと思った。
風呂上がりの飯は陶器に茶碗に見た目ふわっとした白いものが入って黒色の餡かけみたいなのがかかってある。スプーンで恐る恐る知らないものを口にした。それは勇気がいたが、別に毒はないだろうから死ぬわけではない。食わず嫌いでその食べ物を一生知らずに終えるか、勇気を踏み出してみるか、その二択なんだろう。
俺の口の中に広がったのは白いやつから感じられる苦味と黒色のとろみの甘さのコントラストだった。食感は見た目通りにふんわりしている。この白いのはいったい何だ? 豆腐でないのは確かだ。食べたことがなく当然初めてだということ意外の情報が分からない。どんな食材なのか、どんな調理法なのか。ただ、黒色は少し熱く、白いのは少しひんやりしている。この不思議な食べ物には黒と白、甘い苦い、熱い冷たいがうまく対比している。そして、肝心なのは黒色のとろみだけだと甘すぎて、白いふわっとした食べ物だとあまり美味しくはない。この二つが噛み合って成り立つ料理という感じになるだろうか。これほど違うものが一緒になると美味しくなるのか。
それから俺は、次の日になってアリスが戻ってくるまで暇を持て余した。
「家族はいないの?」
俺の質問にアリスは首を横に振った。
「ごめん」
「別にいいよ。うちの家庭はそこまで明るくはなかったし。うちは私とお母さんと父さんとお婆ちゃんうちの四人家族なの。そのお婆ちゃんはボケが酷くてなって失禁したり、便いじりしちゃう程だったの。お母さんはそんなお婆ちゃんを見てショックだったし、ついついおかしくなっていくお婆ちゃんを強く叱ってたの。お婆ちゃんはなんで怒られてるのか分からないみたいにポカンとした顔をして、でもたまに泣いてる時があった。それを見てお母さんも泣いてた。父さんはほとんど家にいない。仕事が忙しくて。本当は家にいたいと思ってる。あ、お婆ちゃんは母のお母さんね。で、お母さんはどうしたらいいのか分からなくてずっと頭を抱えていたの。一度、全てが嫌になったのか母は逃げ出したの。父さんがお母さんを見つけお母さんは無事帰ってきたけど、お父さんはそれでも今の仕事を辞めるわけにはいかなくて、また仕事へ行ってしまったの。そして3人だけになった時、あの死人が現れた。私は家族と一緒に逃げたかったけど、お母さんにはお婆ちゃんがいた。お婆ちゃんはとても遠くへは連れ出せる状況じゃなかったからお母さんは最後までお婆ちゃんと一緒になることを選んだの。お母さんは自分が犠牲になることで家族を優先した。だから私はそんな母を救いたかった。死人になった母を見るまでは」
「それは犠牲なのか?」
「お母さんは自分の母親から生まれ無条件の愛を沢山もらった。だから、その恩があるし、それを完全に忘れてたわけじゃない。それはお母さんを繋ぎ止めた鎖でもある。鎖はお母さんを離さなかった。そのお母さんはそれでもいいと思ったの。単なる恩返しとかじゃなく、お母さんはこれが自分にとって最後だからと思って娘の私より母を優先したんだと思う。私はそれが辛かった」
「そっか……」
「お父さんは死人と戦って死んだ。私を逃した人も。私は一人で運命を決めなきゃいけなかった。でも、それは本来自分で決めるもの。私の場合それが他の人より少し早かった」
「それからはどうしたの?」
「私が一人で途方に暮れてると、そこに声を掛けてきた人が師匠だったの。師匠は事情を知って一人の私を家に誘ってくれて、ちょっと怪しかったけど師匠には奥さんがいたし、その奥さんは優しそうだったから信じられた。実際その奥さんは優しい人だったし。それから私は師匠のもとで魔法の修行をして魔法をより深く知った。それは私一人じゃ出来なかったと思う。そこには師匠にとても感謝してる」
「魔法はアリスにとって特別なんだね?」
「魔法は皆にとっても特別だった。それが突然失われ、そして死人が現れた」
「やっぱり関係があるの?」
「分からない。ヤマトのおかげで術者は倒せたと思う。だけど、皆の魔法はまだ戻ってはいない」
「アリスは皆の魔法を取り戻したいんだね?」
「うん。師匠もそうしたいならそうしろって。でも、こうも言われた。人生、幸せになる為にある。幸せになるまで行き続けろ。その前に死ぬんじゃないぞ。もし、死んだら地獄まで追ってお前を叱ってやるからって」
「ははは……地獄まで追ってって」
「でも、師匠はそういう人だから私も自分の命は粗末にするつもりはない。ヤマトにもそうして欲しい」
「俺も?」
「うん」
「……分かった」
「その言葉、絶対に守ってね」
俺達が村を出る時、その通りから見える全ての家の窓が鎧戸が閉まったままだった。既に外は明るいというのに。だが、アリスは何も言わなかったから俺もそれに触れることはなかった。村からアリスの師匠がいるという街へは最初、村を出て暫くは木道を通る。それからは大きな通りになった。木道を歩いている時は緑のトンネルを潜っている気分だった。誰かと歩くのは久しぶりだった。俺には彼女がいなかったし一人旅するぐらい一人でいることが楽に感じる自分だったからこそ、同じ歩調で長い道を同じ目的に向かうのは暫くはなかったことだった。アリスと俺には大きな身長差がある。当然、歩幅も違う。俺の足は長く歩幅も長い。いつも歩くのが速いと言われる俺が隣のアリスにペース合わせていること事態初めてのことだ。俺には女友達がいなかったし、学校の遠足で同じグループにいる足の遅い子に合わせ歩くのとも違う。あれは義務だ。歩くことは別に嫌いではない。考えたり想像したりしながら歩けば、それは退屈な授業を受けるよりも有意義な時間になる。だけど、それは一人の時だ。俺は誰かと同調するのが苦手だと自覚したのはそのもっと後のことだった。きっと、将来も結婚せず独身のまま終わるかもしれない、なんだかその方が楽そうだ、そんなことも考えたぐらいだ。きっと、そういう人が増えてきてるんじゃないのか。結婚がゴールではない、そういった道のりもあって、それを選択した人もいる。少子化が進むのも、そういった選択をしても生活できる国だからかもしれない。歩調を合わせて人生という長い道のりを一緒に歩いていきたい、そんな本命が努力無しで簡単に見つかるとも思えない。
突然、細かい雨が降り出した。それは通り雨で直ぐに晴れた。濡れた服は街が見える前にだいたい乾いてしまった。それだけ猛暑だったというわけではない。むしろ、過ごしやい気候だった。日本では今頃真夏なのにこの世界では季節が違うのか? 流れる時間が違うのか? そんな疑問は一度保留し、見えてきた街を丘の上から二人で一望した。石造りの街は歪な円形をしていた。高い建物の三角屋根には煙突が生えていた。煙突からは煙は見えなかった。そういえば、村からここまで誰ともすれ違うこともなかった。
アリスが丘を降り始めたので俺もそれに続いた。そこからは木はなかった。切り株があちこにあるだけ。景観が残念なことになっている。街の人達は周囲の木々を切り倒して全て使ってしまったのだろうか? 遠くに行けば俺達が通ったところにまだ森はあるが、あの森がまだ無事なのは幸いだ。きっと、あの森まで人がきたらここのように切り株だらけになっていたかもしれない。
街の入口は開かれていた。扉のようなものはなく、アーチ状の門の出入り口を通り過ぎるといきなり異臭が鼻を襲った。
「なんだこの臭いは……」
その臭いの正体は直ぐに判明し、俺は衝撃を受けた。鎖に繋がれ襤褸をまとった人達だった。男も女も頬がこけており全員靴すら履かされていなかった。その足はボロボロで細かい傷がスネや足の甲にあり泥で汚れていた。見ただけであれがアリスの言っていたエスクラヴだと分かった。肌は汚れているが白い。髪は金色で瞳の色は綺麗な赤色だった。赤なんて珍しい、宿の人もアリスも街の人も茶色か黒がほとんどなのに。
俺がエスクラヴを見ているとアリスが俺の腕を掴んで引っ張った。
「あの人達を見ないで。興味があると商人に勘違いさせるから」
「ああ、分かった」
俺はエスクラヴから目線を外した。最後に見たエスクラヴの中にはアリスより小さな女の子までいた。
街の道はアスファルトでも石畳でもなく泥道だった。皆気にせずに歩く人は靴を泥だらけにしていた。
「この街の道はどこもこうなのか?」
「そうだよ。靴が汚れるのが気になる?」
「普通はそうだと思うけど、ここの人達は気にしてないみたいだね」
「靴は汚れるものだけど。私は地球に初めて来た時、どこもアスファルトに覆われて土が見えなくて驚いたけど」
「そういうもんなんだね」
「私はアレ嫌い」
「そう?」
「道をつくる時、全部アスファルトにしそう」
それには俺も苦笑した。
「それはそうかもしれない」
「そろそろ着くよ」
アリスはそう言った。見えてきたのは赤い三角屋根の三階建てのお家だった。白い扉を強くアリスがドンドンと叩くと、ドアが開いて白髪の老人が出てきた。緑色のエプロンに白い髭を生やしている。背筋は伸びていて身長は165以上はありそうだ。長ズボンにポロシャツのような服と茶色い靴を履いていた。
「この人が師匠?」
アリスは笑いながら「違うよ」と答えた。
「久しぶりカーターさん」
「ああ、久しぶり」
「師匠はいる?」
「書斎に」
「ありがとう」
老人は壁にかけたモップを持ち、それからバケツを持つと奥へと向かった。階段は玄関そばにある。玄関に泥をアリスが落としながら「ヤマトも泥はちゃんと落としてね。でないとカーターさんに怒られるから」と言った。
「あの人は?」
「使用人。カーターさんはお金を生活と一部お孫さんのお小遣いに働きに来ているの」
俺は説明を聞きながら泥を念入りに落とすと階段をあがって書斎のある部屋の手前まで向かった。廊下には絵画が飾られてあって、どれも家族の肖像画のようだ。その中にアリスのもあった。
アリスがノックをしてからドアを開けた。その部屋は奥にある窓以外の壁は全て本棚で覆われており、テーブルや椅子の上にまで本が積み上がっていた。暖炉があるが、埃で汚れており長年使われていないのが想像できる。
「アリス、返事をする前にドアを開けたらノックの意味がないと何度言ったら分かるんだ」
「エロ本でも読んでた?」
「大人をからかうんじゃない」
両手を腰にのせたスーツ姿の師匠はそれは若かった。多分、お母さんくらいの歳だ。背は2メートルはある。日焼けした肌に茶色の短髪に若干外国っぽい顔だ。多分、鼻が高いのと目元だろうか。でも、瞳は茶色だ。
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