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佳代子は走っていた。事務所から出てその場から逃げた。和也はそんな私を逃してくれた。おそらくそうだろう。何故なら、彼の手にはまだ拳銃が握られていたからだ。
パトカーのサイレンが幾つも聞こえてくる。一つなら、スピード違反した車をパトカーが追っているのだろう程度に、周囲はサイレンに普段なら無関心だろうが、サイレンが幾つもとなると、何事かと周囲は複数のサイレンを聞いて、普段ではない非日常が起こっているのだと悟る。
実際に、探偵事務所では殺人事件が起きたのだ。私はその場から逃げ出してしまったが、本当はそれでよかったのか不安になった。だって、現場にいたのだから当然警察は聞き取りをするだろう。その重要人物が逃げ出したら警察も探すだろう。
防犯カメラがあるから、私が探偵事務所から逃げ出していく映像が出てくる筈だ。
勿論、撃ったのは和也という男で私はやっていない。やっていないが、無関係ではない。
でも、体が先に動いていた。怖かったからだ。
私は自分が無責任な女であることを自覚し、後悔している。
私のせいだ。
しかし、誰もこうなると予想できる筈がない。まさか、目の前で殺人が起きるなんてことは。
まるで、自分の周りが次々と不幸になっていくみたいだ。私のせいなのか? それとも、私に取り憑いている霊とやらの呪いではないのか。
もうなにがなんだか分からなくなった。
佳代子は既に勝俣修ではない。五十嵐社長の兄が和也に撃たれたあの銃声を聞いた直後、意識は佳代子に戻っていた。
いやなタイミングでバトンを渡されてしまった。あのまま勝俣でいて欲しかった。勝俣なら、あの状況からどう動いていたのだろうか。私の中にあるもう一人の人格は。
私のそれは多重人格と異なる。取り憑いているのだから、それは単純に操られているが正しい。
五十嵐の兄は七不思議の悪魔を使ったみたいなことを言っていたが、その会話事態は私が自我を取り戻したら記憶の中で蘇る。まるで、自分がその会話を聞いていたかのように。勿論、その時の自我は私ではなかった。
五十嵐兄が言っていた悪魔がなんだったのかまでは分からない。ただ、五十嵐兄が私を、いや、私の中の勝俣を利用しようとしていたのはなんとなく分かった。
勝俣が反応をしたということは、勝俣は知っているかもしれないが、私は勝俣と直接は会話が出来ない。夢の中で勝俣が出てきてくれない限りは。しかし、勝俣は夢にもう出てきてはくれなくなっていた。
私は勝俣を怒らせてしまったのか? だから、夢にもう出てきてくれなくなったのか。
私はこの後のことを考えた。
この状況に私が頼れる人はもういない。でも、私の帰れる場所は自分の家以外に他はない。
その時だった。
走って逃げていた私は突然見知らぬ場所を走っていた。
駅近くの交通量が多い大通りから、人がまったくいない田んぼ道へ。そして、自分の目の前にはおかっぱ頭の下駄を履いた女の子が立っていた。
「お姉さん、悪い人だね」
ストレートにそう言われてしまった。
「あなたより、もう一人のお兄ちゃんの方が優しくていい人。あなた、消えればいいと思う。あなたが消えてお兄ちゃんだけになればいいのに」
それは、私に死ねと言っているのか。
「そうだよ。お姉さんが死んだら、今度こそお姉さんは私と仲良くおままごとができるよ」
あの人達のようにか。いや、もう人ではないか。死人だ。彼女に操られるお人形さんみたいに。
「私はまだ……死にたくない」
「お姉さんのせいで死んだ人がいるのに? お姉さんは生きない方がいいよ。死んで、私と一緒にいた方がいいよ」
「あなたは……どうなのよ」
「え?」
「あなたは私より沢山殺してるでしょ」
「違う!」
「違わない」
「あなたに言われたくないわ。私と一緒にいた方が幸せなのよ。勉強もしなくていいし、働かなくてもいい。一生遊べるんだよ」
「あなたと一緒にいる人達は楽しそうではなかった」
「なに言ってるの? 生きていたら苦しいことばかりだよ? 死んだ方が楽じゃん。皆にそうさせてあげたのに。私は死んじゃったから、もう生きることは出来ない。でも、かわりに苦しいことがなくなった。もう、空襲に怯える必要もなくなった。空腹になることもなくなった。怖いこともなくなった。友達がいなくなることもなくなった。なのに、なんでお姉さんは生きようとするの? 苦しいだけだよ?」
「なんでだろうね……生きる目的があるわけじゃないのに」
そう、私には将来なにになりたいかといった夢はない。
「そうだよ!」
「でも、まだ死にたくない」
「どうして?」
「悲しませる人がいるから、まだ私には」
佳代子は両親を思い出した。父親はまだ嫌いだけど、転校することになっても、私には家族で親なんだ。
私が入院することになって心配した両親を見て、まだ私は死ねないと思った。
「私がつらくても、まだそれだけじゃ死ねない」
「いいな……私は生きたくても生きられなかった。羨ましいよ。私より長生きしているのに……お姉さんだけ生きているのズルいよ。私より幸せに生きるなんてズルいよ。ここじゃ、ずっといられても時が進まない。ずっと、止まったまま。私も、皆みたいに生きたい」
「無理よ……残念だけど」
死人では時は進まない。時を歩めるのは生きている人だけ。
「皆、楽しそう。皆、お腹いっぱいに食べていいなぁ……なんで、なんで私だけ不幸にならなきゃいけないの。ねぇ、なんでよ!」
それは怒鳴られているというより彼女の心の叫びのようだった。
その叫びに、私の中にいたそれは反応した。
直後、私は意識を失った。
……そう、あの時もそうだった。
私が意識を失う直前、悲しい気持ちが溢れてくる。そして、意識を取り戻した時、彼の優しさが温もりとして伝わってくる。
彼は食らっているのではない。取り込むというより、救っているのだ。
救済。悲しみからの。
彼によって、残っていた過去を断ち切っていたのだ。
私は、そんな彼が…… 。
パトカーのサイレンが幾つも聞こえてくる。一つなら、スピード違反した車をパトカーが追っているのだろう程度に、周囲はサイレンに普段なら無関心だろうが、サイレンが幾つもとなると、何事かと周囲は複数のサイレンを聞いて、普段ではない非日常が起こっているのだと悟る。
実際に、探偵事務所では殺人事件が起きたのだ。私はその場から逃げ出してしまったが、本当はそれでよかったのか不安になった。だって、現場にいたのだから当然警察は聞き取りをするだろう。その重要人物が逃げ出したら警察も探すだろう。
防犯カメラがあるから、私が探偵事務所から逃げ出していく映像が出てくる筈だ。
勿論、撃ったのは和也という男で私はやっていない。やっていないが、無関係ではない。
でも、体が先に動いていた。怖かったからだ。
私は自分が無責任な女であることを自覚し、後悔している。
私のせいだ。
しかし、誰もこうなると予想できる筈がない。まさか、目の前で殺人が起きるなんてことは。
まるで、自分の周りが次々と不幸になっていくみたいだ。私のせいなのか? それとも、私に取り憑いている霊とやらの呪いではないのか。
もうなにがなんだか分からなくなった。
佳代子は既に勝俣修ではない。五十嵐社長の兄が和也に撃たれたあの銃声を聞いた直後、意識は佳代子に戻っていた。
いやなタイミングでバトンを渡されてしまった。あのまま勝俣でいて欲しかった。勝俣なら、あの状況からどう動いていたのだろうか。私の中にあるもう一人の人格は。
私のそれは多重人格と異なる。取り憑いているのだから、それは単純に操られているが正しい。
五十嵐の兄は七不思議の悪魔を使ったみたいなことを言っていたが、その会話事態は私が自我を取り戻したら記憶の中で蘇る。まるで、自分がその会話を聞いていたかのように。勿論、その時の自我は私ではなかった。
五十嵐兄が言っていた悪魔がなんだったのかまでは分からない。ただ、五十嵐兄が私を、いや、私の中の勝俣を利用しようとしていたのはなんとなく分かった。
勝俣が反応をしたということは、勝俣は知っているかもしれないが、私は勝俣と直接は会話が出来ない。夢の中で勝俣が出てきてくれない限りは。しかし、勝俣は夢にもう出てきてはくれなくなっていた。
私は勝俣を怒らせてしまったのか? だから、夢にもう出てきてくれなくなったのか。
私はこの後のことを考えた。
この状況に私が頼れる人はもういない。でも、私の帰れる場所は自分の家以外に他はない。
その時だった。
走って逃げていた私は突然見知らぬ場所を走っていた。
駅近くの交通量が多い大通りから、人がまったくいない田んぼ道へ。そして、自分の目の前にはおかっぱ頭の下駄を履いた女の子が立っていた。
「お姉さん、悪い人だね」
ストレートにそう言われてしまった。
「あなたより、もう一人のお兄ちゃんの方が優しくていい人。あなた、消えればいいと思う。あなたが消えてお兄ちゃんだけになればいいのに」
それは、私に死ねと言っているのか。
「そうだよ。お姉さんが死んだら、今度こそお姉さんは私と仲良くおままごとができるよ」
あの人達のようにか。いや、もう人ではないか。死人だ。彼女に操られるお人形さんみたいに。
「私はまだ……死にたくない」
「お姉さんのせいで死んだ人がいるのに? お姉さんは生きない方がいいよ。死んで、私と一緒にいた方がいいよ」
「あなたは……どうなのよ」
「え?」
「あなたは私より沢山殺してるでしょ」
「違う!」
「違わない」
「あなたに言われたくないわ。私と一緒にいた方が幸せなのよ。勉強もしなくていいし、働かなくてもいい。一生遊べるんだよ」
「あなたと一緒にいる人達は楽しそうではなかった」
「なに言ってるの? 生きていたら苦しいことばかりだよ? 死んだ方が楽じゃん。皆にそうさせてあげたのに。私は死んじゃったから、もう生きることは出来ない。でも、かわりに苦しいことがなくなった。もう、空襲に怯える必要もなくなった。空腹になることもなくなった。怖いこともなくなった。友達がいなくなることもなくなった。なのに、なんでお姉さんは生きようとするの? 苦しいだけだよ?」
「なんでだろうね……生きる目的があるわけじゃないのに」
そう、私には将来なにになりたいかといった夢はない。
「そうだよ!」
「でも、まだ死にたくない」
「どうして?」
「悲しませる人がいるから、まだ私には」
佳代子は両親を思い出した。父親はまだ嫌いだけど、転校することになっても、私には家族で親なんだ。
私が入院することになって心配した両親を見て、まだ私は死ねないと思った。
「私がつらくても、まだそれだけじゃ死ねない」
「いいな……私は生きたくても生きられなかった。羨ましいよ。私より長生きしているのに……お姉さんだけ生きているのズルいよ。私より幸せに生きるなんてズルいよ。ここじゃ、ずっといられても時が進まない。ずっと、止まったまま。私も、皆みたいに生きたい」
「無理よ……残念だけど」
死人では時は進まない。時を歩めるのは生きている人だけ。
「皆、楽しそう。皆、お腹いっぱいに食べていいなぁ……なんで、なんで私だけ不幸にならなきゃいけないの。ねぇ、なんでよ!」
それは怒鳴られているというより彼女の心の叫びのようだった。
その叫びに、私の中にいたそれは反応した。
直後、私は意識を失った。
……そう、あの時もそうだった。
私が意識を失う直前、悲しい気持ちが溢れてくる。そして、意識を取り戻した時、彼の優しさが温もりとして伝わってくる。
彼は食らっているのではない。取り込むというより、救っているのだ。
救済。悲しみからの。
彼によって、残っていた過去を断ち切っていたのだ。
私は、そんな彼が…… 。
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