優しい関係

春廼舎 明

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うーん…無いなあ。

通販サイトで自分のサイズの下着を探す。
標準的なサイズから外れると、途端に選択肢が激減する。
標準サイズの人が羨ましい。

見つかっても在庫なしか、実物を見なくてもわかるほど作りが雑でデザインがおざなり。
いっその事この間見つけたオーダーメイドの店行ってみようかな。
でもそこまでしてって感じだしなぁ。

別に誰に見せるってわけじゃないけど、いかにもダサダサなのはテンション下がる。
見せる相手がいないわけじゃないけど、どうせ見てくれない。

ガチャガチャと玄関を開ける音がし
「ただいまー。はな〜いるー?」と声をかけられた。

玄関に出向きチェーンを外してあげるとほんのり赤い顔した雄二が入ってきた。
私をぎゅーっと抱きしめると、額にキスを落とした。
こんな事でいちいちドキドキきゅんきゅんするような時期はとっくに過ぎている。

「おかえり。飲んできたの?」

「うん、一杯だけ。」

嘘つけ、一杯でそんな赤くならないの知ってるよ。
酒臭い雄二を振りほどいてローテーブルのパソコンの前に座り、ブラウザのウィンドウを閉じた。
向かいに座った雄二の視線が一瞬胸元に行った。
男はなぜかチラ見がバレていないと思うらしい。
遠くからならともかく、向き合ってる相手が視線をずらせば気がつかないはずないのに。
何か言いたげにこちらをじーっと見ている。

「華、もしかしてその格好で宅配の受け取りとかしてる?」
「まさか、上羽織るかちゃんと着替えるよ。」
「そ…ならいい」
「夕飯は?今日パスタソース多めに作ったの。10分もあればできるよ?」
「何作ったの?」
「ミートソース。食べる?」
「んー…華食べる。」

ノートパソコンを閉じようとしたら、いつの間にか隣にきた雄二に押し倒された。







満足気にぐーぐー寝ている雄二を横目に、よっこらせと起き上がってシャワーを浴びに行った。

雄二とは合鍵を持っているけど一緒に住んでいるわけではない。
それなりに長く付き合っているが、結婚も同棲の話すら持ち上がったことはなかった。
仕事が忙しくなかなか会えないことが続いても、雄二はふらりと私の部屋にやってきては私を抱いていく。
こんな関係はもう何年も続いている。

前回雄二がうちに来たのはいつだったっけ?先月?その前?いや、先週?

いつまで続くんだろ、こんなの。
熱いシャワーに打たれながら、やるせない気持ちになった。

わかってる、拒絶しない自分が悪い。嫌なら拒絶すればいい。
雄二は私が本気で嫌がることは絶対に強制しない。
さじ加減をわかってる、つまり居心地が良いのだ。

雄二と知り合ったのは、小学校の頃だった。
両親が今の実家の場所に家を買い、引っ越した時同級生となった。
幼馴染というほどの縁でもない。特別仲が良かったわけでも、好意を持っていたわけでもない。
初めて言葉を交わしたのはいつ何だったかすら覚えていない、つまり取るに足らない相手だった。

だけど、今思い返すといつも彼はそばにいてくれた。
初恋に失敗した時も、夢を諦めた時も、第一志望の学校に合格した時も、
初めて恋人ができそして別れた時も、大学を卒業した時、就職した時……



***

「私○○君と両想いになったの!華ちゃんは誰が好きなの?応援するよ!」

「あ、そう、なんだ。良かったね。おめでとう。私はいいよ。そういう人いないから。」

仲良しの子が無邪気に私へ報告して来た。
相手の男の子は私も好きだった。
いつも気がつくと目で追ってしまっていた。
振り向かせるとか奪うとか、そんなこと子供すぎて思いつきもしない。
当たり前に引き下がった。

その日の放課後、ぼーっと校庭を眺めていたら涙が滲んできた。雄二に声をかけられた。

「何してんの?え、なんで泣いてるの!?」

振り返ったら、今にも泣きそうな私の顔に彼の方こそびっくりし慌てだした。
当時から他人の辛いことは自分も辛くなってしまうような、優しい人だった。


子供の頃の夢、バレエダンサー、バレリーナになる事だった。
物心つく頃には伯母の影響で始めていたが、私も踊るのも見るのも好きだったから熱心にレッスンに励んだ。15になったらローザンヌに応募して、と夢を膨らませていた。

頑張れば努力は報われる、なんて嘘だ。努力も頑張りも関係なく報われないものは報われない。
私は11の時に初潮が来てそれを知った。
身長は148cmしかなかった。
すでに身長の伸びはゆるやかになっていた。伸びてあと数cm、足りなすぎる。
バレリーナは華奢で小柄、というのはひと昔、ふた昔の少女漫画見過ぎの人に植え付けられた誤った認識。
日本なら最低でも160cm。ある程度身長がないと舞台に立つどころか入団試験の資格すら得られない。
ロシアで180cmのプリマドンナもいるそうだ。
ポアントで踊る人はつま先の見える靴なんか履けない。


生理が始まると女の子は身長は伸びなくなる、牛乳をたくさん飲めば身長が伸びる、と親は信じていた。
今ならネットでそれを否定する情報が簡単に見つかるけど、子供の頃は親の言うことは絶対だった。
それでもいつかは、と夢見ていた私は、赤飯なんか嬉しくなかった。
悔しくて眠れず、泣いて腫れぼったい目をして、貧血気味のいかにも絶不調な私に声をかけてくれたのは、親でも兄でもなく雄二だった。

「うわ!すごい具合悪そう。保健室行った方がいいんじゃない?」

その後、暫くしてプロを目指すクラスから外れ、レッスン量が減った。
食べても食べても太れないと思っていたのは体質のせいではなく、食べても食べても追いつかないほどの消費量だっただけ。
その後すくすくと肉は育った。

修学旅行に文化祭、クリスマスにバレンタインデー。
いわゆる告白イベント時は、その時だけお兄ちゃん大好きっ子のふりをしてやり過ごした。




風呂から上がり、もはやキスマークすらつけてもらえない胸元を鏡越しに眺め、ため息をついた。
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