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4 俺の婚約者から目が離せない
しおりを挟む夕日みたいな赤毛に黒のドレスはギーゼラがよく好んで着ている組み合わせで、どこにいても目立つ。
幼なじみと言っても特に話すことはなく、クリスティーネを近づけたくないから社交場で話すことは滅多にない。
「なんだ?」
「そんなに面倒そうな顔しないでよ。相変わらず婚約者のこと隠しちゃって。私だって仲良くしたいのに」
そう言って扇を開いてにんまりと笑う。
ああいやだ、昔から悪だくみをする時の顔だ。
「眉間にしわが寄っているわよ。そんな顔していたら愛しの婚約者に怖がられると思うけど? 笑顔を浮かべてみなさいよ」
思わず顔に手を当てため息をついてしまった。ちょっと話しただけで疲れる。
「疲れた顔はやめてよ、私といてつまらないみたいじゃない。もっと親密になれるように協力したいだけなのに……別に小さい頃、林檎の木から落ちた話とか、ふざけてると思ったら池でおぼれて、その夜おねし」
「ギーゼラ。時間がない。早くクリスティーネに飲み物を持っていかないといけないんだ」
警告の意味も込めて、話の途中で名前を呼ぶ。
幼い頃の話なんてクリスティーネに聞かせたくない。
「ああ、やだ。怖い。ディートリヒと結婚するなんて束縛されて大変ね。私たち周りの圧力に負けなくてよかったわ」
「それには同意する。……そうだ、婚約おめでとう。子爵家の三男だったか? こんなところで話していていいのか?」
ギーゼラがわざと顔を寄せて小声で言った。眉間に力の入る俺の顔を扇で隠したが、そっと退けて後ろに下がる。
「少しくらい、嫉妬してほしいからいいのよ。正式な婚約は来週だから紹介は次の時にするわね」
「相変わらず……性格が悪いな。婚約を白紙にされないようせいぜい気をつけたほうがいい」
もしかしてさっきからこっちを静かに見つめている男がギーゼラの相手かもしれない。
向こうもこちらを気にしているようだが、ギーゼラが喜びそうで教える気にならなかった。
彼女のせいでクリスティーネとの時間を奪われているんだ。
「あなたもね。……ねぇ、おしゃべりしている間にあなたの婚約者、ダンスするみたいよ。緊張した顔をしているけど、オルトマン卿はダンスが上手だから心配いらないわね」
そう言われて勢いよく振り返る。
すぐに駆けつけたくなったがぐっと拳を握って耐えた。
「ギーゼラ、気づいていて言わなかったな?」
彼女は首を傾げて、無邪気な笑顔を浮かべた。
「まさか。だけど隠しておきたいならバルコニーの入り口に見張りを頼むくらいしておくべきだったんじゃない? 私ならそうしたけど」
1人にするんじゃなかった。
「……そうだな」
「馬鹿ね、冗談で言ったのに」
2人で飲み物を取りに行けば、誰かに話しかけられると思ってバルコニーにクリスティーネを隠したつもりでいた。
先に、ダンス後にバルコニーへ飲み物を持ってくるように頼んでおけばよかったんだ。
いや、まっすぐ帰ればよかった!
「あら、見つめ合っちゃって……初々しくて可愛い。オルトマン卿も楽しそう。ふふっ、ダンスが終わる頃にはもっと仲良くなっちゃっているかもね」
ギーゼラの言葉に我慢できなくなって俺はクリスティーネの元へ向かった。
オルトマンが一瞬怯えるような表情をみせたが、かまわずクリスティーネのウエストに腕を回して引き寄せる。
「…………‼︎」
相変わらず軽くてか弱い。
彼女は俺の大切な婚約者だ。
「ディートリヒ様、どうして私は鍛錬場に行ってはいけないんですか?」
馬車に乗り込み、心の中でこれからクリスティーネを1人にしないと決意していると、目の前に座るクリスティーネが口を開いた。
そんなの決まっている。
「……危ないからだ」
「何が危ないんですか?」
いつもならわかりましたと答える彼女が今夜は違う。
「オルトマンに……誘われたのか?」
「…………いえ、そうじゃありません」
なんだ今の間は。
「ただ、鍛錬場に婚約者や恋人も見学に来ると言われたので……私の存在が恥ずかしいのかなって」
「そんなわけ! いや、すまない」
思ってもないことを言われて、うっかり大きな声を出してしまった。
繊細なクリスティーネが怯えないように気をつけていたのに。今夜は失敗ばかりしている。
大きく息を吐いて、クリスティーネをまっすぐ見た。
馬車の室内灯の薄明かりでもお互いの表情は見える。
黙っていたらダメだ。
「世の中、悪い男だらけなんだ。騎士といったって、聖人ではない。どうやってだまそうか、遊ぶことしか考えていないやつもいる。クリスティーネは世界の誰よりカッ、可愛いから外敵から守りたくて、鍛錬場にも呼びたくなかった。だからつまり、クリスティーネのことが……大事なんだ」
言い慣れないことばかりで早口になってしまった。
締まらない、情けない。
こんなに緊張するのはひさしぶりだ。
大きく息を吐いて口を開く。
「クリスティーネ、好きだ」
クリスティーネの淡い空色の瞳が大きく開かれる。
一度口に出してしまえばなんてことない。
「大好きなんだ」
そのまま目をそらさずに俺を見つめるクリスティーネのことが心から好きだ。
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