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2 幸せな時間※
しおりを挟むロレシオ様の腕の中で目覚めた時、私の髪に指を絡ませて遊んでいることに気づいた。
きっとなにか考え事をしているのかも。
邪魔しないようにもう少し寝たふりをしようか。
だんだんとわざと引っ張っているような気もしてきて、ゆっくり顔を上げる。
優しい瞳で見つめるロレシオ様と目が合って、やさしく唇が重なった。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、ごさいます……ロレシオ様」
「2人きりの時はローでもロレでも呼びやすい名で呼んだらいいのに、夜のように」
ロレシオ様が笑いながら再び口づけする。
夜の間は彼の腕の中でおぼれている自覚があるけれど、昼間はそういうわけにはいかない。
「公務中に間違えて呼びたくないのです……ロレ様」
それでも。もう少しだけこの距離でいたい。
ベッドの中で夫を独り占めしているこの時間が好きだった。
ずっと私だけを見てくれたらいいのに。
この時間が永遠に続けばいいのに。
いつの間にロレシオ様は私の心をうばってしまったのだろう。
「あなたらしいが……まず、私がルイズと呼ぶのをやめないといけないのかもしれないな」
短い名前だから両親や兄もルイズと呼ぶ。
気高き騎士という意味のルイは男性形だから、短くしようにも――。
「ルイーズ」
「…………長くなっていますわ」
真面目に答えた私に、ロレシオ様はさらに笑みを深めて唇をついばんでくる。
お腹にロレシオ様の熱が高まっているのを感じて戸惑った。
「ルイーズ、いい?」
なにを求められているかわかって無言でうなずく。
私の太ももをゆっくりと撫でた後、ロレシオ様の手で彼の腰に絡ませるように脚を乗せた。
無防備に開いた脚の間に彼の熱がふれる。
昨夜の熱を思い出して、私の身体は拒むことなく彼を受け入れた。
「……っ、は、温かいな」
初めての時、ロレシオ様は優しく時間をかけてくれたし心地よかった時間もあったけれど、とても痛かった。
しばらくの間、寝室を共にする日が憂うつだったから月のものと重なると、申し訳なさと嬉しさで複雑な気持ちだったと思い出す。
いつの間にか痛みもまったく感じなくなって、一緒に過ごせる時間が楽しみになって、彼はいつでも優しくて睦み合った後にするたわいないおしゃべりも心地よかった。
いつから愛していたかなんてわからない。
あれがそうだった、というようなきっかけも多分ない。
王妃として困ったことはないか、つらくないか、聞き出すのがとても上手で。
弱みを見せてはいけないと厳しく育てられた私に、夫の前では力を抜いていいと言って甘やかそうとする。
とてもとても優しい人。
結婚したのが彼で本当によかった。
「ルイーズ」
名前を呼ぶと同時に腰を引き寄せられて、私は短く息を吐いた。
彼の腕の中にいる短くも特別な時間だということを思い出す。
「ロレ様」
身体の中のロレシオ様の熱と、私の熱がとけ合う。
心地よくて、幸せで。
ロレシオ様のうなじに両手をはわせた。
短く刈り込まれたダークブロンドの髪が、私の指をちくちくと刺激する。癖になるさわり心地。
私以外この髪の硬さを知らなかったらいいのに。
指先でなぞるのがくすぐったかったのか、ロレシオ様が笑った。
「あなたは私の髪をさわるのが好きだな」
「はい、好きです。……とても、すき」
髪だけじゃなくて、ロレシオ様のことも――。
敬愛どころか愛しているんです。
恋愛結婚でもないから声に出して伝えることはできない。私の気持ちなんてこの結婚には邪魔なものだろう。
ロレシオ様が絡ませた片脚を腕に抱えて、私の上に乗り上げた。
さっきよりも深く貫かれて、もれ出た声をこれ以上聞かれないように手の甲で口を押さえる。
「それではキスができない」
使用人たちが忙しく仕事をしている時間だと思うと、万一声を聞かれるほうが困る。
口を押さえたまま、首を横に振った。
さっきも部屋の外でワゴンを押す音が聞こえたもの。
ロレシオ様が腰を押しつけるように動かすものだから、快楽を覚えてしまった身体は素直に反応してしまう。
「ああ、泣くな」
瞳が潤んでしまうのも、わざとじゃない。
最初の頃は特に困らせてしまったっけ。
「……泣きません」
「しかたないね」
私の手のひらに口づけを落とすと、ロレシオ様が揺さぶり始めた。
好きな人からもたらされる熱は簡単にいただきに追い上げられ、間もなくロレシオ様も吐精した。
お互いの心音が落ち着くまで抱きしめ合う中、私は今回も実ることはないだろうと諦めの気持ちになる。
周りがほのめかすように若くないから世継ぎは難しいのかも。
次代の王を期待する者たちからの視線や言葉が最近はとくに重かった。
結婚してすぐの頃、別の妃が産んでくれたらいいのに、と心の中で浅はかにも考えたのがいけなかったのかもしれない。
正妃として大切な役割を果たせないなら、そろそろ覚悟を決めて別の誰かを薦めるしかない。
本当は別の妃なんていなくていい。
ロレシオ様に誰も望んでほしくない。
でもそういうわけにはいかない。
結婚した頃はこんな気持ちになるなんて思わなかったのに。
大きく息を吐いた夫が身体を起こす。
「侍女を呼ぶから、支度をした後で一緒に朝食をとろう」
ロレシオ様が私の目の前で手を振ると、身体が温かいもので包まれ、柔らかな風がふいた。
彼が洗浄魔法をかけるようになったのは、朝も睦み合うようになったこの半年くらい前からかもしれない。
「ありがとうございます」
結婚した当初、目覚めるとロレシオ様は公務に向かうところで、彼の指示で朝の湯浴みをして独り私室に用意された朝食をとっていた。
最近は国内外が安定しているから一緒に朝食をとれるのが嬉しい。
忙しい方だから待たせないように支度をしなくては。
「では朝食室で」
「いや、今朝は隣りに用意してもらおう。いいか?」
「はい」
「すぐ戻るよ」
ロレシオ様が立ち上がりガウンをまとうのを眺めながら、私は身体を起こしてシーツを引き上げた。
こっそり乱れた髪を手ぐしで整える。
「お待ちしておりますね」
私の私室での朝食は初めてで。
朝食室の大きなテーブルで静かに食べるよりロレシオ様との距離が近づいて、少しでも長く一緒にいられると思うと嬉しい。
その時、扉がノックされた。
きっと私付きの侍女がアーリーモーニングティーを持ってきたのだろう。
「入って」
私が応えると、現れたのはロレシオ様の専属侍女アニーだった。
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