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4 お茶会
しおりを挟む王族専用の暖かい日差しが差し込む温室に、離宮の王女と歳の近い令嬢を数名招いてささやかなお茶会を開いた。
王女にもこの国の友人が必要で、そのきっかけになればいいというのが理由で。
まだデビュー前の令嬢たちだから初々しくて可愛らしい。
私抜きのほうが彼女たちが緊張せずに楽しめるとわかっているものの、王女や令嬢たちの人となりを知りたくて一緒にお茶を飲む。
「オーロル姫の国ではプチ・ノワールの専門店があるのですって?」
私の問いに緊張した面持ちで答える。
「はい……そのように聞いております。コーヒーハウスと呼ばれていて、熱を下げたり頭痛を和らげたりするそうです。本で読んだだけなのですが」
図書室に入り浸っていると聞いていた通り、読書が好きで食事も忘れるほど読みふけっているらしい。
だからこそ来年から貴族の通う学園へ入学するようにロレシオ様が決めた。
オーロル姫ならロレシオ様とも話題に困ることはなさそう。彼は聞き上手だし、話題も豊富だもの。
「……アップルパイがとてもおいしいですね」
「プチ・ノワールは両親からまだはやいと止められました」
「とてもすてきな温室です! 特に白いゼラニウムがきれいですわ」
白いゼラニウムは嫌いな相手に贈る花だと言われていることを、我が国の小さな令嬢は知らないのかも。
私が口を開きかけた時――。
「ゼラニウムっていろんな色があってきれいですね。私、好きです。ただ……私の祖国では白色だけは好ましくない相手に贈る花と言われてます」
オーロル姫がそう言った後、ちらりと私を見た。
「そうね、この国でも好ましくない相手から求婚されたら返事の代わりに送ることはあるわよ。今後ものすごく困った時のために覚えておいて。皆、婚約者がいるの?」
頷く者と首を横に振る者と。
顔と家門を覚えていく。
「妃から白のゼラニウムを贈られたことはなかったな、安心した」
背後から低音の声が聞こえて、ゆっくり振り向いた。
顔を出してもらえたら嬉しいと言ったけど、忙しい中やって来たロレシオ様を見て少し申し訳ない気持ちになる。
「陛下。そうですわね、私から花を贈ったことはなかったですね。今度何か用意いたします」
「いや、せっかくだから今赤いゼラニウムがいいな」
花言葉に気づいた令嬢が目を輝かせる。
「……では今摘んでまいります。陛下の席を」
「いや、あなたの席で待とう」
私の代わりにロレシオ様が席に着き、令嬢たちとおしゃべりを始めた。
年若い令嬢たちに囲まれて、彼の背後には静かにアニーが立っている。
ここだけ見たら、噂の通りだと勘違いする人が出てくるだろうな、なんて思ってしまった。
陛下は面倒見がいいだけ。ただそれだけ。
赤い花に向かって歩く。
「どのくらい摘んだらいいのかしら……?」
「正妃様、あちらなら屈まずに摘めますわ」
私の専属侍女がかごとハサミを手に控えていた。
ロレシオ様のいるテーブルから離れてから尋ねる。
「マーシャ、ゼラニウムは本数に意味はないわよね?」
「はい。赤は華やかなので一房でも良いかと思いますが、こちらのリボンで花束にすることも、小籠に盛ることもできます」
王女が話し、それに応えるロレシオ様の声と令嬢たちの笑い声が聞こえてくる。
「……小さな花束にしましょう」
甘くてほんの少しバラに似た香りに気持ちが落ち着く。
赤いゼラニウムだなんて。
あなたがいて幸せ、本気でそう思ってくれたなら嬉しいけれど彼女たちに対してのサービスだろう。
「銀色のリボンにされますか? 青紫のリボンもありますが」
「……露骨じゃない?」
私の髪か瞳の色だなんて。
「陛下はお喜びになると思います」
マーシャがすました顔で答えるから、手近にあった銀色のリボンで茎を束ねる。
彼女は公爵家から連れてきた、元々母のお気に入りの侍女で王宮でもすぐに仕事を覚えて馴染んだ。
おかしなことにはならないはず。
「可愛らしくなってしまったわ」
「とてもすてきです」
侍女の言葉に安心して、和やかな雰囲気のテーブルに戻りロレシオ様に捧げた。
「陛下」
「ありがとう、嬉しいな」
ロレシオ様がゼラニウムにキスした後、花をひとつ手折る。
どういうつもりかと見ていると、私の耳の上に花を挿した。
「うん、似合う。きれいだ。あなたといて幸せだ」
ロレシオ様の言葉に、令嬢たちが歓喜の声を上げた。
恋愛小説のようだとはしゃいでいる。
本当に、もう……。
嬉しいしときめいてしまったけど、必要以上に顔を崩さないように微笑んだ。
「あなたたちはゆっくりお茶と会話を楽しんで。私はお先に失礼するわね」
彼女たちに声をかけるとロレシオ様が立ち上がった。
「一緒に戻ろう。皆との時間は楽しかった、では」
ロレシオ様は残ると思ったのに。
エスコートされながら、温室を出て庭園を歩く。
少し離れた後方に侍女たち続いた。
「オーロル姫は博識でいて控えめで……きっとすてきな女性になりますね」
「ああ、そうだな」
「陛下が望むなら、彼女を妃に迎えてもいいと思います」
お互いに前を向いているからか、するっと言葉が出た。
ロレシオ様は無言で、もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。
「私は良いと思います。彼女が妃になることを反対するつもりはありません。……いえ、まだ成人前ですし、その前にアニーを正式に」
後ろでヒュッと息を呑む音が聞こえた。
アニーは知られていないと思ったのかもしれない。
私は安心するように振り返って、彼女にほほ笑みかけるつもりが――。
「今なんと? ……もう一度、言ってくれるか?」
ロレシオ様の腕が私の腰に回った。
まるで逃げられないようにつかまえられたみたい。
不思議に思って顔を上げて後悔した。
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