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遥かなる大地
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日本語のOver the Seaを圭太がギターアレンジで菊池に聴かせると、かなり満足した様子だった。
「曲のタイトルなあ——」テーブルを囲んで、菊池、恵、圭太。少し離れたところにムーさんと上田。圭は別室で勉強中だ。
「海の向こう、とかじゃベタ過ぎますよね」と圭太案。
「それじゃあ、もうひとつ伝わらないな。そのタイトルだと、ただ海の向こうに憧れてるだけって感じで漠然としてる。内容的には、人生かけて海を越えて向こう側まで行こうって曲——なんだよな?」菊池はそれだけ言うと、何か思い当たるのか、ちょっと考え込んだ。だが、すぐに考えるのを諦めた。
「海の向こうには何が? 大陸かな……。ずっと向こうに大陸。んーっと、海を越えて、とか、遥かなる大地、とか——」恵が呟く。その瞬間。
ガタンとテーブルを揺らして菊池が勢いよく立ち上がった。
「めぐちゃん、それだよ。遥かなる大地だ」噛み付くような勢いで菊池が叫んだ。「それだよ、それ。そうか、遥かなる大地だ」
「えっ、そうですか? なんか現代風じゃなくて、ちょっと昭和っぽいっていうか——」恵が驚きながら言う。
「違う、違うよ。原曲だよ。そうか、どっかで聴いたことあると思った。遥かなる大地だ。電話、めぐちゃんアメリカへ電話だ」菊池が興奮していた。
「社長、落ち着いてください。今アメリカに電話しても早朝です。もう少し時間をおいてからしましょう」恵がなだめている。「それと、何なんです? もう少しわかりやすく説明してください」
「圭司の曲なんだよ。あいつがアメリカへ行く前に、一度だけ聴いたことがあったんだ。俺はなんで今まで気がつかなかったんだ」
拳をぐっと握り締めながら菊池が一人で何度もつぶやいた。
「圭司って——あっ、もしかして圭ちゃんのお父さんの」恵が気がついた。
「圭ちゃんのお父さんのって? もしかして父親って高梨圭司なのか?」菊池がそんなことは初めて聞いたという顔をして全力で驚いていた。恵以外のメンバーたちは、一体何が起きているのかわからないという顔で二人を見ている。
「ええ、確かに契約書の保証人にサインが」と恵は言うが早いか、すぐに立ち上がり重要書類を入れてあるキャビネットから契約書を一部取り出して、その最後のページを開いて菊池に渡した。
——連帯保証人 高梨圭司
菊池の手が震えている。
「何でだ。圭ちゃんは高橋じゃないのかよ。高梨だなんて俺は聞いてないぞ」
「詳しいことはわからないんですけど、なんか、高橋という苗字は行方がわからないお母さんの方の名前らしくて。少しでも探す手掛かりになるように高橋を別姓として名乗らせてるって確認の電話した時に」
「そんな大事なこと、早く言ってくれよ」と懇願するように菊池が言うのを、
「だって社長、英語が苦手だからって逃げまくって、契約はすべて私にまかしたからって、全然契約書の中身なんて読まなかったじゃないですかあ」
と恵が責め立てた。それには菊池もぐうの音も出なかった。
すぐに別室にいた圭が呼ばれ、原曲が圭司が作った曲だと確認された。
「私は圭司の曲だって言ったんだけど、圭司は圭&圭司の曲だって言ってるの。レノン・マッカートニーみたいなものね。だから、私の初めての曲なの」
圭は何が起きたかも知らずにうれしそうに言ったのだった。
⌘
「アメリカ?」
「そう、アメリカ。一緒に行かないか」
菊池が圭司からアメリカに行かないかと誘われたのが、十五年ぐらい前のことだ。
ひたすら音楽の道を歩もうとする圭司だったが、実を言うと、菊池はその頃にはもう、ミュージシャンとしての活動は諦めてプロデュースへの道を模索していたのだ。
もともと音楽的才能は圭司におんぶ抱っこと感じていた菊池だったが、学生時代から積み上げてきた音楽業界の幅広い人脈があり、人当たりの良さも相まって作ろうとしていた音楽事務所の後援者も見つけていた。
「アメリカなんて俺には無理だよ。お前と違ってそんな才能ないよ。それよりお前ももういい年なんだし、デビューなんか諦めて一緒に音楽事務所をやらないか」
菊池が水を向けても、圭司は苦笑いをして、
「経営者なんて、それこそ俺には向かない。俺はギター一本でやっていきたいんだ」
と言う。
「アメリカは広いぜ。才能なんてゴロゴロ転がってる国だ。いいかげん諦めろよ。紗英ちゃんだってその方が喜ぶだろ?」
「紗英とは——この間、別れた。っていうか、荷物まとめて出て行った。もう限界なんだってさ」
「ちゃんと謝って、もう一度やり直せば——」
「電話も着信拒否。連絡のしようもない。もう日本に未練はないよ俺は」
そう吐き捨てるように言いながら、圭司は窓の外を見ていた。そしておもむろに近くに置いてあったギターを抱えて弾き出した。
それは菊池が初めて聴いた曲だった。メロディラインが綺麗で、なかなかいい曲だとは思うが、正直に言うと個性があまり感じられない。「売れる曲」とはそんなもんだ。
「遥かなる大地、って曲なんだ。アメリカで勝負してみたい。どう思うよ」
圭司の真剣な顔。菊池は本心は言えなかった。
「いい曲だな。どうせ一人でも行くんだろ。成功を祈ってるよ」
「誠、わかった。これ以上は誘わないよ。事務所の経営か。お前にはそっちの方が向いてんのかもな」
菊池を「誠」と呼ぶのは圭司だけだった。皆からは菊池と呼ばれていて、二人のデュオの名前「K&K‘s」は菊池&圭司をとってつけたが、それも今日でおしまいだ。これからはそれぞれ別の道を歩く。
お互いの健闘を祈って、二人は固い握手で別れた。それ以来、お互いの消息は知らない。
そして菊池は事務所の名前を「K‘s」と名付けた。
「曲のタイトルなあ——」テーブルを囲んで、菊池、恵、圭太。少し離れたところにムーさんと上田。圭は別室で勉強中だ。
「海の向こう、とかじゃベタ過ぎますよね」と圭太案。
「それじゃあ、もうひとつ伝わらないな。そのタイトルだと、ただ海の向こうに憧れてるだけって感じで漠然としてる。内容的には、人生かけて海を越えて向こう側まで行こうって曲——なんだよな?」菊池はそれだけ言うと、何か思い当たるのか、ちょっと考え込んだ。だが、すぐに考えるのを諦めた。
「海の向こうには何が? 大陸かな……。ずっと向こうに大陸。んーっと、海を越えて、とか、遥かなる大地、とか——」恵が呟く。その瞬間。
ガタンとテーブルを揺らして菊池が勢いよく立ち上がった。
「めぐちゃん、それだよ。遥かなる大地だ」噛み付くような勢いで菊池が叫んだ。「それだよ、それ。そうか、遥かなる大地だ」
「えっ、そうですか? なんか現代風じゃなくて、ちょっと昭和っぽいっていうか——」恵が驚きながら言う。
「違う、違うよ。原曲だよ。そうか、どっかで聴いたことあると思った。遥かなる大地だ。電話、めぐちゃんアメリカへ電話だ」菊池が興奮していた。
「社長、落ち着いてください。今アメリカに電話しても早朝です。もう少し時間をおいてからしましょう」恵がなだめている。「それと、何なんです? もう少しわかりやすく説明してください」
「圭司の曲なんだよ。あいつがアメリカへ行く前に、一度だけ聴いたことがあったんだ。俺はなんで今まで気がつかなかったんだ」
拳をぐっと握り締めながら菊池が一人で何度もつぶやいた。
「圭司って——あっ、もしかして圭ちゃんのお父さんの」恵が気がついた。
「圭ちゃんのお父さんのって? もしかして父親って高梨圭司なのか?」菊池がそんなことは初めて聞いたという顔をして全力で驚いていた。恵以外のメンバーたちは、一体何が起きているのかわからないという顔で二人を見ている。
「ええ、確かに契約書の保証人にサインが」と恵は言うが早いか、すぐに立ち上がり重要書類を入れてあるキャビネットから契約書を一部取り出して、その最後のページを開いて菊池に渡した。
——連帯保証人 高梨圭司
菊池の手が震えている。
「何でだ。圭ちゃんは高橋じゃないのかよ。高梨だなんて俺は聞いてないぞ」
「詳しいことはわからないんですけど、なんか、高橋という苗字は行方がわからないお母さんの方の名前らしくて。少しでも探す手掛かりになるように高橋を別姓として名乗らせてるって確認の電話した時に」
「そんな大事なこと、早く言ってくれよ」と懇願するように菊池が言うのを、
「だって社長、英語が苦手だからって逃げまくって、契約はすべて私にまかしたからって、全然契約書の中身なんて読まなかったじゃないですかあ」
と恵が責め立てた。それには菊池もぐうの音も出なかった。
すぐに別室にいた圭が呼ばれ、原曲が圭司が作った曲だと確認された。
「私は圭司の曲だって言ったんだけど、圭司は圭&圭司の曲だって言ってるの。レノン・マッカートニーみたいなものね。だから、私の初めての曲なの」
圭は何が起きたかも知らずにうれしそうに言ったのだった。
⌘
「アメリカ?」
「そう、アメリカ。一緒に行かないか」
菊池が圭司からアメリカに行かないかと誘われたのが、十五年ぐらい前のことだ。
ひたすら音楽の道を歩もうとする圭司だったが、実を言うと、菊池はその頃にはもう、ミュージシャンとしての活動は諦めてプロデュースへの道を模索していたのだ。
もともと音楽的才能は圭司におんぶ抱っこと感じていた菊池だったが、学生時代から積み上げてきた音楽業界の幅広い人脈があり、人当たりの良さも相まって作ろうとしていた音楽事務所の後援者も見つけていた。
「アメリカなんて俺には無理だよ。お前と違ってそんな才能ないよ。それよりお前ももういい年なんだし、デビューなんか諦めて一緒に音楽事務所をやらないか」
菊池が水を向けても、圭司は苦笑いをして、
「経営者なんて、それこそ俺には向かない。俺はギター一本でやっていきたいんだ」
と言う。
「アメリカは広いぜ。才能なんてゴロゴロ転がってる国だ。いいかげん諦めろよ。紗英ちゃんだってその方が喜ぶだろ?」
「紗英とは——この間、別れた。っていうか、荷物まとめて出て行った。もう限界なんだってさ」
「ちゃんと謝って、もう一度やり直せば——」
「電話も着信拒否。連絡のしようもない。もう日本に未練はないよ俺は」
そう吐き捨てるように言いながら、圭司は窓の外を見ていた。そしておもむろに近くに置いてあったギターを抱えて弾き出した。
それは菊池が初めて聴いた曲だった。メロディラインが綺麗で、なかなかいい曲だとは思うが、正直に言うと個性があまり感じられない。「売れる曲」とはそんなもんだ。
「遥かなる大地、って曲なんだ。アメリカで勝負してみたい。どう思うよ」
圭司の真剣な顔。菊池は本心は言えなかった。
「いい曲だな。どうせ一人でも行くんだろ。成功を祈ってるよ」
「誠、わかった。これ以上は誘わないよ。事務所の経営か。お前にはそっちの方が向いてんのかもな」
菊池を「誠」と呼ぶのは圭司だけだった。皆からは菊池と呼ばれていて、二人のデュオの名前「K&K‘s」は菊池&圭司をとってつけたが、それも今日でおしまいだ。これからはそれぞれ別の道を歩く。
お互いの健闘を祈って、二人は固い握手で別れた。それ以来、お互いの消息は知らない。
そして菊池は事務所の名前を「K‘s」と名付けた。
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