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オニごっこ
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「どうだった?」
ホテルのベッドに横たわり、わたしは荒い息をつきながらたずねた。
「い、いや……」
浩一は激しい情事の余韻に浸りながら、それだけ答えるのがやっとのようだ。
「これでも若い女の子のほうがよくって?」
「いや、そんなことはない。もう二度とそんなことはいわない」
わたしは35歳。同い年の浩一とは20年近い付き合いになる。付かず離れず、青い言葉で言えば友だち以上、恋人未満。お互い恋愛感情を抱いたこともあったが、決して触れ合うことなくここまで続いてきた。
わたしは25歳のときに結婚し、浩一は30歳のときにわたしの知らない女と一緒になった。しかし、彼は離婚、わたしは死別という形で一人になる。
それでも互いの心内を打ち明け様とはしない、できない。あまりにも長すぎる関係はいびつな形となって二人を縛り付けてしまったのだろうか。
「とっても長い、オニごっこ」
「え?」
「ううん」
けれどわたしはやっと浩一を捕まえた。今度は浩一がオニの番。けれど、不器用なわたしは、すぐに捕まってしまうだろう。
それでもいい、それでいい。わたしは永遠に彼を追い求めてやる。
長い長いオニごっこ。
「やっぱり女は若いのがいいね。30過ぎた女なんてさ、見た目はよくても大味でさ。つつけば弾き返すって言うの? ピチピチしたハリのある肌、つるつるのヤツでさ、もう最高だよ」
クラス、クラブを問わず、気の合った同窓生たちだけで毎年開かれる忘年会。わたしと浩一もメンバーに加わっている。30も半ばになった歳ともなると、当然各々違った環境で違った生活を送っている。
けれど、このときだけは高校時代のまま。日ごろのわずらわしさを忘れて、他愛のない話に花を咲かせている。
かっては無口で厳格だった浩一も例外ではなく、酔いに任せて多弁になっていた。
わたしはそんな浩一の横顔をじっとながめている。
「いけないんだ、浩ちゃん。そうやってバイトの女の子に手、出してるんだ」
主婦歴10年の真由美が、煮えた鍋を手際よく整えながらいう。
「晴れて独身に戻ったんだからな、楽しまなきゃ」
浩一は真っ赤に染まった目もとを細めていう。
「なに言ってんだよ、別れた理由もお前の浮気が原因だろ」
真由美の夫でもある祐介がいう。二人は高校3年のときから付き合い始め、二十歳過ぎで結婚した。「デキちゃった結婚だから、仕方ないよ」と、式のとき真由美は、すこしふくらんだお腹をさすっていた。そのときの幸せそうな笑顔を、わたしは忘れることができない。
浩一はファーストフードの店長を経て、いまは本部スタッフ、スーパーバイザーとして勤務している。毎日、チェーンの各店舗を回り、経営状況を把握し、指導するのが仕事らしい。立場としては店長より上になり、バイトの教育にも口出しすることがあるという。
「頼りない店長のときは厳しく、逆に厳しい店長のときはやさしくアルバイトに接するだろ、一発だよ。悩みの相談にでも乗る振りをして飲みにでも誘えばさ、もうこっちのもの」
「サイテー、軽蔑しちゃいそう」
「でもいいよな、ウチの女っ気ていえば、パートのオバチャンくらいだもんなぁ」
「あら、不満なの?」
「あ、いや……」
「あなたはダメよね、おカネはないし、お腹は出てるし、頭だってこんなに……」
「関係ないだろ、そんなの」
学生時代ラグビー部に在籍していた祐介は、背は低いが筋肉質の体格とまっ黒に日焼けした笑顔が印象的だった。真由美はそんな祐介に大胆にアタックした。
同じ勇気があれば、わたしと浩一の関係も変わっていたのかもしれない。もっと違った何かを手に入れることができたかもしれない。
そういうふうに考えると、すこしだけ残念に思ったりもする。
「ねえ、ねえ、裕子はどう思う?」
真由美は、祐介の薄くなった頭をなぜながらたずねてきた。
「そうねぇ」
髪に白いものが混じり始めているが、むかしとまったく変わらない、いや、表情が温和になっただけ若返ったように見える浩一から目を離す。
「そうねぇ、そんなに若い子っていいのかしら」
「いいに決まってるよ、な、浩一」
「そりゃ、30前後でもいい女はいるよ。でもさ、基準が厳しくなるっていうのかな。若いっていうだけで甘くなる」
「なにが?」
「スタイルにしても、顔にしても、少々難があっても若いっていうだけで」
「ふうん、じゃあ、ちょっと崩れた若い女の子と最高の30女じゃどっちがいいの?」
知らず知らずのうちに、みんながわたしたちのテーブルに集まっていた。そして、わたしの質問に男連中は考え込む。
「具体的にいうわね、10代から20代のアイドルと、深田恭子、北川景子。だれを選ぶ?」
「やっぱり深キョンだよ」
「綾瀬はるかがいい」
「北川景子はキレイすぎる」
「30代なら吉岡里帆とか」
「池田エライザって、まだ20代だったっけ?」
「あのちゃんってキワモノあつかいだけど、カワイイよな」
「自分より年上限定ってなったら、だれがいい?」
男たちは質問の意図を無視して、互いの会話に夢中になる。夫となり、人の親となり、社会的地位や名誉を得て立派なオヤジになっても、男の人はちょっとしたきっかけで子どもに戻ることができる。それが、とてもうらやましい。
「かわいいもんね、男の子って」
「男の子って歳じゃないでしょ」
「裕子はどうなの?」
「なにが?」
「そうねえ、たとえばさ」
今度は女子の番だ。次々にアイドルや俳優、韓流スターの名が挙がる。
こうなってくると男も女も変わらない。妻、母、その他諸々の立場を脱ぎ捨てれば女も途端に少女に逆戻りできる。
わたしはそんな面々を傍観し、グラスを取ってのどをうるおした。
「そんなに若い子がいいのかなぁ」
わたしは、まだどんなに若い女の子がいいか力説している浩一を見てつぶやく。
「よし」
グラスを空にし日本酒を注ぐ。一気に飲んで酔いを増幅させる。そして、大きく溜息をつくと、温気に揺らめく浩一を見すえた。
「裕子がそんなに酔っ払うなんて珍しいな」
帰りのタクシーの中で浩一はいった。
「いいじゃない、きょうは年に一度だけ、堂々と浩一に会える日なんだもの」
わたしは浩一の肩に頭を預けていう。
師走の町に、色とりどりのネオンがまたたいている。わたしはうつろな視線のなかに、イルミネーションを納めていく。
「……、ん」
「どうした」
「ダメ、吐きそう」
「え!」
その言葉に浩一は狼狽する。
「すいません、運転手さん」
タクシーは止まる。2人は夜の町に吐き出される。
「大丈夫か?」
「ダメ」
「吐いちゃえよ」
「こんなところじゃ、イヤ」
「まいったなぁ」
浩一は降り立った街角を見まわしている。暗い空に、ホテルのネオンがこれ見よがしにきらめいている。
「休んでいこ」
告げたのは、わたしのほうだった。
「え?」
「30女がどんなにいいものか、教えてあげる」
浩一はわたしを見つめる。
「お前……」
「さ、恥ずかしいから早く」
わたしは先に立ってホテルのエントランスをくぐる。背中にうろたえている浩一が残る。
「おい、待てよ」
道往く人たちが不審な目で、あるいは哄笑を浮かべ浩一を見ていることだろう。
逃げ出すか、それともあとを追ってきてくれるか。これは賭けだ。
「まいったなぁ」
浩一は、そうつぶやいてわたしのあとに続いてきた。わたしは立ち止まって浩一を迎えると、腕を絡ませてエレベーターのボタンを押した。
シャワーを浴び、わたしはガウンに身を包んで髪を拭いている。浩一はソファーに座り、うつむき加減に手を組んでいる。
「吐きそうなんてウソだろ」
「うん」
わたしは微笑を浮かべ、浩一の向かいに腰かけた。
「だって、我慢できなかったんだもん」
「なにが」
「セックス」
動揺をあらわにする浩一。そんな彼を見て、わたしは笑い声を上げる。
「ウソ、若い子のほうがいいっていう浩一の言葉が、我慢できなかったの」
「そんなこと」
浩一は手を組んだまま頭を横に振る。
「ウソつくの、うまくなったな」
「35年も生きていれば、ウソくらいうまくなるわ」
「年増女のいやなところだ」
「若い子はウソつかないの?」
「つくさ、それでも」
「それでも?」
沈黙が流れる。わたしは、さびしそうな顔で浩一を見る。
「イヤなの? わたしが、やっぱり……」
浩一は立ち上がった。
「浩一……」
「シャワー浴びてくるから、待ってて」
そういい残し、彼はバスルームに消えた。
「脱がして」
ベットの上で向かい合い、わたしはいった。
「いいのか?」
「なにが?」
「いや……」
浩一は緊張している。わたしには分かる。悪ぶってみても、浩一は素直でかわいい。むかしとちっとも変わっちゃいない。
「若い子にもそんなこと聞くんだ」
「聞かないよ」
「どうして?」
「……」
わたしはガウンを着たまま、両手をついて顔を近づけた。
「キスして」
もはやどこにも逃げ場のない浩一は、わたしの誘いに応じて唇を重ねてくれる。わたしはみずから彼の唇を割り、舌を入れる。絡め、歯の裏をなぞり、内頬をくすぐる。
「あ、はあ……」
顔を離したとき、浩一はおどろきをわたしに見せた。
「どうしたの?」
「いや……」
「キスだけで感じちゃったの?」
いたずらな笑みをわたしは浮かべる。薄いガウンに覆われた浩一の下半身は、すでに盛りあがりを見せている。
「もっと、もっとよくして上げる」
わたしは四つん這いの姿勢でにじり寄り、すでに屹立したペニスをつまむ。
「ふふふ」
少年を誘惑するときのように、わざと艶美な笑みを浮かべる。そして、おもむろに顔面を近づけると、舌を伸ばして丁寧になぞった。
わたしの口戯だけで興奮がピークに達した浩一は、そのまま迸りを放った。わたしは1滴残らず受け止め、飲み干す。
浩一が、無数の浩一がわたしの中に流れていく。浩一の温度がわたしと一緒になる。
幸福? 幸せ?
たしかに今は、この瞬間だけは絶頂にいるのかもしれない。
「浩一、つかまーえた」
わたしは大声で叫んでしまいそうになる。今度は自分が逃げる番になるにもかかわらず、確実に浩一がわたしを追いかけてくれるかどうか分からないのに。
とりあえず、浩一は、浩一の体から放たれた精液はわたしの胃の中で消化される。わたしの血と一緒になっていく。そう考えると何だか涙が零れそうになった。
「どう、きれい?」
わたしが差し出した手に導かれ、やっと浩一は裸にしてくれた。浩一は力任せに抱きしめてくる。
「いやん、痛い」
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「いや、なんだか」
「なに?」
「消えてなくなっちゃいそうなんだ」
「だれが?」
「裕子が」
浩一は、わたしから視線をそらす。
「わたしは幽霊じゃないのよ。ちゃんとここにいるわ」
「分かってる、分かってるけど」
「けど?」
「不安なんだ」
「不安?」
「一人でいることに、恐いのかもしれない」
「さびしがり屋さん」
「そうかもしれない。だから、手当たり次第、店の女の子に手をつけてきたのかもしれない」
「前の奥さんは? 慰めてくれなかったの?」
「彼女は……」
浩一は、何かいいかけて口ごもる。
「若い子の体は、挑発的に自己主張する。それを自分の肉体でこじ開けていく……」
浩一は、けっして暴力的で軽い男ではない。それは、わたしが一番良く知っている。
若いころは不良ぶって世の中を斜めに見つめていた。今は妙に明るく振舞って、ヒワイな話も平気でする。
それは全部、さびしさの裏返しだ。本当は一人でいることが怖いんだ。
それを別れた女は分からなかった。彼の強がりな外見とウソの行動を理解できず、なぐさめの言葉ひとつかけてあげることをしなかった。
話を聞くこともなく、黙ってぶら下がっていれば、何不自由ない日常を与えてくれると勘違いしていたに違いない。
「裕子を見ていると、裕子といると、自分が逆戻りしそうで、うまくいえないけど、すべてに安心してしまうっていうか」
浩一は強い男じゃない。泣き虫で気弱で、そのくせ見栄っ張りでうぬぼれ屋。
そして、そんな全部を自分の中に押し込め、ウソの自分を演じ続けているかわいそうな男の子。いつも母親を求めている迷子の少年。
「浩一はカワイイ、むかしから」
「この歳になって」
「でも」
「でも?」
「わたしはあなたと同じだけ生きてきた。だから、あなたはちゃんとわたしと一緒になれる」
わたしは浩一を抱きしめた。それは母親が幼子を抱きしめるように。
「あ…」
「ふふふ」
浩一は、わたしのそんな行為だけでよみがえる。触れなくても、わたしのオーラだけで男として機能する。
「さあ、わたしを味わって」
わたしは再び唇を重ねる。そして、抱き合ったままベッドに横たわった。
浩一は唇をずらし、わたしの頬、あご、そして乳房を舐める。
「うん、そう、いい……」
唇から漏れるかすかな喘ぎ声。ベットのきしみにかき消されてしまうようなか細い声。
浩一は乳首を噛み、乳房を堪能したあと下腹へ顔面をずり下ろしていく。そして、濃い色の茂みに覆われた女の部分にたどりついたとき、わたしは大きく身をよじる。
「あうん、やん……」
声は女でも、言葉が少女に変わっていく。そう、二人が初めて出会ったころのように。
わたしは、むかしのわたしになっていく。浩一が、むかしの彼に戻っていくように。
「やん、恥ずかしい」
「きれいだよ、裕子」
「うれしい」
「裕子」
「ああ、もういい、早くちょうだい」
わたしの部分が浩一を待ち構えている。わたしは浩一を確かめたい。はやく浩一とひとつになりたい。
「よし」
浩一はわたしの入り口に突き当てる。すると、わたしの意思と呼応して、部分は吸い込むように浩一を迎え入れる。
「あ……」
浩一は感嘆する。内部が浩一を締めつけて離さない。そして、奥へ奥へと誘っていく。
もちろん、わたしにそんなテクニックはそなわっていない。自分の思い通りに女性器を変化させることなど出来はしない。
けれど、わたしの一部分である以上、意識が筋肉を支配している。意識通りに動いてくれる。
「うんん、いい、ん……、浩一、ステキ……」
わたしは全身で浩一を光悦の世界へ導いていく。
SEXは嫌いじゃないけど、そのためだけに何かを犠牲にするのは、まっ平だと思っていた。亡くなった夫には悪いけど、あの人と接するときも半分は義務だった。
けれど今は違う。過去も、未来も、もちろん現在のすべてを失っていい。このままの感慨が永遠に続くと約束してくれるのなら、死んでしまっても悔いはない。
「ああ、浩一、浩一……」
「ステキだ、すばらしいよ、裕子」
「どう? わたしはいい、いい?」
「最高だ、最高だよ」
「ちょうだい、浩一をちょうだい、最後まで、全部わたしにちょうだい!」
終わったあと、わたしは乱れた髪を掻き上げながら浩一を見た。うつろな視線を彼に注ぐ。
「浩一」
「うん?」
「ありがとう」
「いや……」
「で?」
「うん?」
「どうだった?」
「い、いや……」
わたしは、浩一を抱きしめキスをする。
「やっと浩一を捕まえた。若い子がいいなんて、二度といわせない」
ホテルのベッドに横たわり、わたしは荒い息をつきながらたずねた。
「い、いや……」
浩一は激しい情事の余韻に浸りながら、それだけ答えるのがやっとのようだ。
「これでも若い女の子のほうがよくって?」
「いや、そんなことはない。もう二度とそんなことはいわない」
わたしは35歳。同い年の浩一とは20年近い付き合いになる。付かず離れず、青い言葉で言えば友だち以上、恋人未満。お互い恋愛感情を抱いたこともあったが、決して触れ合うことなくここまで続いてきた。
わたしは25歳のときに結婚し、浩一は30歳のときにわたしの知らない女と一緒になった。しかし、彼は離婚、わたしは死別という形で一人になる。
それでも互いの心内を打ち明け様とはしない、できない。あまりにも長すぎる関係はいびつな形となって二人を縛り付けてしまったのだろうか。
「とっても長い、オニごっこ」
「え?」
「ううん」
けれどわたしはやっと浩一を捕まえた。今度は浩一がオニの番。けれど、不器用なわたしは、すぐに捕まってしまうだろう。
それでもいい、それでいい。わたしは永遠に彼を追い求めてやる。
長い長いオニごっこ。
「やっぱり女は若いのがいいね。30過ぎた女なんてさ、見た目はよくても大味でさ。つつけば弾き返すって言うの? ピチピチしたハリのある肌、つるつるのヤツでさ、もう最高だよ」
クラス、クラブを問わず、気の合った同窓生たちだけで毎年開かれる忘年会。わたしと浩一もメンバーに加わっている。30も半ばになった歳ともなると、当然各々違った環境で違った生活を送っている。
けれど、このときだけは高校時代のまま。日ごろのわずらわしさを忘れて、他愛のない話に花を咲かせている。
かっては無口で厳格だった浩一も例外ではなく、酔いに任せて多弁になっていた。
わたしはそんな浩一の横顔をじっとながめている。
「いけないんだ、浩ちゃん。そうやってバイトの女の子に手、出してるんだ」
主婦歴10年の真由美が、煮えた鍋を手際よく整えながらいう。
「晴れて独身に戻ったんだからな、楽しまなきゃ」
浩一は真っ赤に染まった目もとを細めていう。
「なに言ってんだよ、別れた理由もお前の浮気が原因だろ」
真由美の夫でもある祐介がいう。二人は高校3年のときから付き合い始め、二十歳過ぎで結婚した。「デキちゃった結婚だから、仕方ないよ」と、式のとき真由美は、すこしふくらんだお腹をさすっていた。そのときの幸せそうな笑顔を、わたしは忘れることができない。
浩一はファーストフードの店長を経て、いまは本部スタッフ、スーパーバイザーとして勤務している。毎日、チェーンの各店舗を回り、経営状況を把握し、指導するのが仕事らしい。立場としては店長より上になり、バイトの教育にも口出しすることがあるという。
「頼りない店長のときは厳しく、逆に厳しい店長のときはやさしくアルバイトに接するだろ、一発だよ。悩みの相談にでも乗る振りをして飲みにでも誘えばさ、もうこっちのもの」
「サイテー、軽蔑しちゃいそう」
「でもいいよな、ウチの女っ気ていえば、パートのオバチャンくらいだもんなぁ」
「あら、不満なの?」
「あ、いや……」
「あなたはダメよね、おカネはないし、お腹は出てるし、頭だってこんなに……」
「関係ないだろ、そんなの」
学生時代ラグビー部に在籍していた祐介は、背は低いが筋肉質の体格とまっ黒に日焼けした笑顔が印象的だった。真由美はそんな祐介に大胆にアタックした。
同じ勇気があれば、わたしと浩一の関係も変わっていたのかもしれない。もっと違った何かを手に入れることができたかもしれない。
そういうふうに考えると、すこしだけ残念に思ったりもする。
「ねえ、ねえ、裕子はどう思う?」
真由美は、祐介の薄くなった頭をなぜながらたずねてきた。
「そうねぇ」
髪に白いものが混じり始めているが、むかしとまったく変わらない、いや、表情が温和になっただけ若返ったように見える浩一から目を離す。
「そうねぇ、そんなに若い子っていいのかしら」
「いいに決まってるよ、な、浩一」
「そりゃ、30前後でもいい女はいるよ。でもさ、基準が厳しくなるっていうのかな。若いっていうだけで甘くなる」
「なにが?」
「スタイルにしても、顔にしても、少々難があっても若いっていうだけで」
「ふうん、じゃあ、ちょっと崩れた若い女の子と最高の30女じゃどっちがいいの?」
知らず知らずのうちに、みんながわたしたちのテーブルに集まっていた。そして、わたしの質問に男連中は考え込む。
「具体的にいうわね、10代から20代のアイドルと、深田恭子、北川景子。だれを選ぶ?」
「やっぱり深キョンだよ」
「綾瀬はるかがいい」
「北川景子はキレイすぎる」
「30代なら吉岡里帆とか」
「池田エライザって、まだ20代だったっけ?」
「あのちゃんってキワモノあつかいだけど、カワイイよな」
「自分より年上限定ってなったら、だれがいい?」
男たちは質問の意図を無視して、互いの会話に夢中になる。夫となり、人の親となり、社会的地位や名誉を得て立派なオヤジになっても、男の人はちょっとしたきっかけで子どもに戻ることができる。それが、とてもうらやましい。
「かわいいもんね、男の子って」
「男の子って歳じゃないでしょ」
「裕子はどうなの?」
「なにが?」
「そうねえ、たとえばさ」
今度は女子の番だ。次々にアイドルや俳優、韓流スターの名が挙がる。
こうなってくると男も女も変わらない。妻、母、その他諸々の立場を脱ぎ捨てれば女も途端に少女に逆戻りできる。
わたしはそんな面々を傍観し、グラスを取ってのどをうるおした。
「そんなに若い子がいいのかなぁ」
わたしは、まだどんなに若い女の子がいいか力説している浩一を見てつぶやく。
「よし」
グラスを空にし日本酒を注ぐ。一気に飲んで酔いを増幅させる。そして、大きく溜息をつくと、温気に揺らめく浩一を見すえた。
「裕子がそんなに酔っ払うなんて珍しいな」
帰りのタクシーの中で浩一はいった。
「いいじゃない、きょうは年に一度だけ、堂々と浩一に会える日なんだもの」
わたしは浩一の肩に頭を預けていう。
師走の町に、色とりどりのネオンがまたたいている。わたしはうつろな視線のなかに、イルミネーションを納めていく。
「……、ん」
「どうした」
「ダメ、吐きそう」
「え!」
その言葉に浩一は狼狽する。
「すいません、運転手さん」
タクシーは止まる。2人は夜の町に吐き出される。
「大丈夫か?」
「ダメ」
「吐いちゃえよ」
「こんなところじゃ、イヤ」
「まいったなぁ」
浩一は降り立った街角を見まわしている。暗い空に、ホテルのネオンがこれ見よがしにきらめいている。
「休んでいこ」
告げたのは、わたしのほうだった。
「え?」
「30女がどんなにいいものか、教えてあげる」
浩一はわたしを見つめる。
「お前……」
「さ、恥ずかしいから早く」
わたしは先に立ってホテルのエントランスをくぐる。背中にうろたえている浩一が残る。
「おい、待てよ」
道往く人たちが不審な目で、あるいは哄笑を浮かべ浩一を見ていることだろう。
逃げ出すか、それともあとを追ってきてくれるか。これは賭けだ。
「まいったなぁ」
浩一は、そうつぶやいてわたしのあとに続いてきた。わたしは立ち止まって浩一を迎えると、腕を絡ませてエレベーターのボタンを押した。
シャワーを浴び、わたしはガウンに身を包んで髪を拭いている。浩一はソファーに座り、うつむき加減に手を組んでいる。
「吐きそうなんてウソだろ」
「うん」
わたしは微笑を浮かべ、浩一の向かいに腰かけた。
「だって、我慢できなかったんだもん」
「なにが」
「セックス」
動揺をあらわにする浩一。そんな彼を見て、わたしは笑い声を上げる。
「ウソ、若い子のほうがいいっていう浩一の言葉が、我慢できなかったの」
「そんなこと」
浩一は手を組んだまま頭を横に振る。
「ウソつくの、うまくなったな」
「35年も生きていれば、ウソくらいうまくなるわ」
「年増女のいやなところだ」
「若い子はウソつかないの?」
「つくさ、それでも」
「それでも?」
沈黙が流れる。わたしは、さびしそうな顔で浩一を見る。
「イヤなの? わたしが、やっぱり……」
浩一は立ち上がった。
「浩一……」
「シャワー浴びてくるから、待ってて」
そういい残し、彼はバスルームに消えた。
「脱がして」
ベットの上で向かい合い、わたしはいった。
「いいのか?」
「なにが?」
「いや……」
浩一は緊張している。わたしには分かる。悪ぶってみても、浩一は素直でかわいい。むかしとちっとも変わっちゃいない。
「若い子にもそんなこと聞くんだ」
「聞かないよ」
「どうして?」
「……」
わたしはガウンを着たまま、両手をついて顔を近づけた。
「キスして」
もはやどこにも逃げ場のない浩一は、わたしの誘いに応じて唇を重ねてくれる。わたしはみずから彼の唇を割り、舌を入れる。絡め、歯の裏をなぞり、内頬をくすぐる。
「あ、はあ……」
顔を離したとき、浩一はおどろきをわたしに見せた。
「どうしたの?」
「いや……」
「キスだけで感じちゃったの?」
いたずらな笑みをわたしは浮かべる。薄いガウンに覆われた浩一の下半身は、すでに盛りあがりを見せている。
「もっと、もっとよくして上げる」
わたしは四つん這いの姿勢でにじり寄り、すでに屹立したペニスをつまむ。
「ふふふ」
少年を誘惑するときのように、わざと艶美な笑みを浮かべる。そして、おもむろに顔面を近づけると、舌を伸ばして丁寧になぞった。
わたしの口戯だけで興奮がピークに達した浩一は、そのまま迸りを放った。わたしは1滴残らず受け止め、飲み干す。
浩一が、無数の浩一がわたしの中に流れていく。浩一の温度がわたしと一緒になる。
幸福? 幸せ?
たしかに今は、この瞬間だけは絶頂にいるのかもしれない。
「浩一、つかまーえた」
わたしは大声で叫んでしまいそうになる。今度は自分が逃げる番になるにもかかわらず、確実に浩一がわたしを追いかけてくれるかどうか分からないのに。
とりあえず、浩一は、浩一の体から放たれた精液はわたしの胃の中で消化される。わたしの血と一緒になっていく。そう考えると何だか涙が零れそうになった。
「どう、きれい?」
わたしが差し出した手に導かれ、やっと浩一は裸にしてくれた。浩一は力任せに抱きしめてくる。
「いやん、痛い」
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「いや、なんだか」
「なに?」
「消えてなくなっちゃいそうなんだ」
「だれが?」
「裕子が」
浩一は、わたしから視線をそらす。
「わたしは幽霊じゃないのよ。ちゃんとここにいるわ」
「分かってる、分かってるけど」
「けど?」
「不安なんだ」
「不安?」
「一人でいることに、恐いのかもしれない」
「さびしがり屋さん」
「そうかもしれない。だから、手当たり次第、店の女の子に手をつけてきたのかもしれない」
「前の奥さんは? 慰めてくれなかったの?」
「彼女は……」
浩一は、何かいいかけて口ごもる。
「若い子の体は、挑発的に自己主張する。それを自分の肉体でこじ開けていく……」
浩一は、けっして暴力的で軽い男ではない。それは、わたしが一番良く知っている。
若いころは不良ぶって世の中を斜めに見つめていた。今は妙に明るく振舞って、ヒワイな話も平気でする。
それは全部、さびしさの裏返しだ。本当は一人でいることが怖いんだ。
それを別れた女は分からなかった。彼の強がりな外見とウソの行動を理解できず、なぐさめの言葉ひとつかけてあげることをしなかった。
話を聞くこともなく、黙ってぶら下がっていれば、何不自由ない日常を与えてくれると勘違いしていたに違いない。
「裕子を見ていると、裕子といると、自分が逆戻りしそうで、うまくいえないけど、すべてに安心してしまうっていうか」
浩一は強い男じゃない。泣き虫で気弱で、そのくせ見栄っ張りでうぬぼれ屋。
そして、そんな全部を自分の中に押し込め、ウソの自分を演じ続けているかわいそうな男の子。いつも母親を求めている迷子の少年。
「浩一はカワイイ、むかしから」
「この歳になって」
「でも」
「でも?」
「わたしはあなたと同じだけ生きてきた。だから、あなたはちゃんとわたしと一緒になれる」
わたしは浩一を抱きしめた。それは母親が幼子を抱きしめるように。
「あ…」
「ふふふ」
浩一は、わたしのそんな行為だけでよみがえる。触れなくても、わたしのオーラだけで男として機能する。
「さあ、わたしを味わって」
わたしは再び唇を重ねる。そして、抱き合ったままベッドに横たわった。
浩一は唇をずらし、わたしの頬、あご、そして乳房を舐める。
「うん、そう、いい……」
唇から漏れるかすかな喘ぎ声。ベットのきしみにかき消されてしまうようなか細い声。
浩一は乳首を噛み、乳房を堪能したあと下腹へ顔面をずり下ろしていく。そして、濃い色の茂みに覆われた女の部分にたどりついたとき、わたしは大きく身をよじる。
「あうん、やん……」
声は女でも、言葉が少女に変わっていく。そう、二人が初めて出会ったころのように。
わたしは、むかしのわたしになっていく。浩一が、むかしの彼に戻っていくように。
「やん、恥ずかしい」
「きれいだよ、裕子」
「うれしい」
「裕子」
「ああ、もういい、早くちょうだい」
わたしの部分が浩一を待ち構えている。わたしは浩一を確かめたい。はやく浩一とひとつになりたい。
「よし」
浩一はわたしの入り口に突き当てる。すると、わたしの意思と呼応して、部分は吸い込むように浩一を迎え入れる。
「あ……」
浩一は感嘆する。内部が浩一を締めつけて離さない。そして、奥へ奥へと誘っていく。
もちろん、わたしにそんなテクニックはそなわっていない。自分の思い通りに女性器を変化させることなど出来はしない。
けれど、わたしの一部分である以上、意識が筋肉を支配している。意識通りに動いてくれる。
「うんん、いい、ん……、浩一、ステキ……」
わたしは全身で浩一を光悦の世界へ導いていく。
SEXは嫌いじゃないけど、そのためだけに何かを犠牲にするのは、まっ平だと思っていた。亡くなった夫には悪いけど、あの人と接するときも半分は義務だった。
けれど今は違う。過去も、未来も、もちろん現在のすべてを失っていい。このままの感慨が永遠に続くと約束してくれるのなら、死んでしまっても悔いはない。
「ああ、浩一、浩一……」
「ステキだ、すばらしいよ、裕子」
「どう? わたしはいい、いい?」
「最高だ、最高だよ」
「ちょうだい、浩一をちょうだい、最後まで、全部わたしにちょうだい!」
終わったあと、わたしは乱れた髪を掻き上げながら浩一を見た。うつろな視線を彼に注ぐ。
「浩一」
「うん?」
「ありがとう」
「いや……」
「で?」
「うん?」
「どうだった?」
「い、いや……」
わたしは、浩一を抱きしめキスをする。
「やっと浩一を捕まえた。若い子がいいなんて、二度といわせない」
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