星に捧げる小夜曲

のえ桐花

文字の大きさ
2 / 25
プロローグ

修羅場と回顧

しおりを挟む
「ライアン……。ウィリアさんと付き合ってるの?」

 少女の問いに、室内は気まずい沈黙に包まれた。
 ここはギルド『黒猫の足跡』が拠点としている家屋の、ギルドマスターの部屋だ。
 メンバーたち数人と集まってちょっとしたミーティングができるように、他の団員たちより少し広めな部屋が割り当てられている。
 広さの割にはこざっぱりとしていて、そこに暮らす者の質素さや素朴さを醸し出しているようだ。
 今、この部屋にいるのはたったのふたりで、なんとなく空間を持て余しているような気配も漂う。

「…………ああ」

 重い空気を吐き出すように、部屋の主であるライアンはやっと頷いた。
 予想はついていたのに――
 問いを投げ掛けた少女、魔術師のリルフィーナはすうっと頭の中が冷たくなって、気が遠くなるような感覚に襲われた。
 立っているのも覚束ないような、自分がここにいること自体も現実味がないような。
 首から上は凍りついたようなのに、心臓が激しく騒いでいる。

「……私の、ことは……?」

 どうなるの?
 そう眼差しに込めてライアンを見詰めると、彼は目を泳がせた。

 ああ、もう。
 真っ直ぐ見詰めても、同じようには返してくれないんだね。

 心に点っていた灯火が風前に消えゆこうとしているのを押し留めるように、リルフィーナはぎゅっと胸元で拳を握り締めた。
 ひとつの恋が、終わろうとしている。

「だって、リルは……ずっと『妹』だったから」

 青年は苦し紛れを紡ぐ。
 歯切れの悪い言い分には、想像していた程の衝撃はなかった。

「そう」

 少女の唇からはたった一言、呆けたように零れただけ。
 いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げ、リルフィーナは唇を引き結んだ。
 いつものように、笑みを浮かべられない。
 自分の中で歯車が噛み合わなくなったみたいに、普通の姿でいることができない。
 ただ、今はこの場から離れたい。
 ここにいたくない。
 その顔を、見たくない。
 潰れそうな胸を震わせながら、リルフィーナはぎこちなく口を開いた。

「今日は、疲れたから……もう休むね」
「リ、リル……」

 たじろぎながらもどこか心配そうなライアンに、かかずらっている余裕はない。
 振り向くこともなく、部屋を扉を閉める。
 早く自室に戻らなければ、何もかも足許から崩れ落ちてしまいそうだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 リルフィーナがライアンと出会ったのは、彼女がまだ冒険者になったばかりの頃だった。
 同郷の冒険者づてに知り合った彼が、先輩としてリルフィーナを育ててくれたようなものだ。
『黒猫の足跡』の前に入っていたギルドも、元々所属していたライアンが誘ってくれたものだった。

 まだ幼かったリルフィーナから見れば、既に数々の冒険を経てきた年上の青年は眩しい存在。
 彼やギルドの仲間たちと様々なところを旅しながら、兄妹のように過ごしながら……リルフィーナは青年を慕っていた。
 やがて当時のギルドは、その長が引退を余儀なくされる程の怪我を負って解散、当時の仲間たちも別々の道を歩むことになる中で、ライアンが言ったのだ。
 新しいギルドを作るのだと。
 そして彼も、リルフィーナと同じ気持ちを抱いているのだと。

 幸せだった。
 大好きな人を支えてギルドを設立し、新しい仲間も増えて、みんなと一緒に冒険して。
 時々、ふたりきりで狩りに行ったり、各地の街や名所を巡ったりもした。

 楽しかった。
 ライアンは以前のギルドにいた頃、一緒に過ごすことの多かったしっかり者の司祭の女性からは頼りなく見られることが多かったようだったけれど、リルフィーナは彼のそんなところも好きだったのだ。
 確かに落ち込み易かったり優柔不断なとこともあったけれど、何より優しかったから。
 今思えば今回のことも、そういった部分が少なからず関わっているのだろうが……。



 とある古都の露天商から、魔除けの術が掛けられているという髪飾りを買って贈ってくれた時の笑顔を思い出す。

『これ、リルの好きな花だろ?』

 リルフィーナの故郷でもありふれた、野に咲く名もなき白い花の意匠。
 特に何か言っていた訳ではないのに、彼はリルフィーナがその花を好きだと気付いていたのだ。
 乳白色と薄緑の鉱石で作られた、素朴で可憐な花をリルフィーナの髪にすげて、青年は「似合ってる」と優しく微笑む。
 高台を流れる風が清々しく、遠くから響く鐘の音を聞きながら。
 どちらともなく手を取り合って、古い街並みを一緒に眺めていた。
 この時間がずっと続けばいいと、そう思いながら。
 ある時、教会の前で純白の衣装に身を包んだ一組の夫婦が周りから祝福されている際に鳴っていたのと、同じ鐘の音色。
 幸せそうな花婿と花嫁の笑顔に素敵だな、と羨望の眼差しを注いでいると、ライアンがそっと耳元で囁いた。

『リルが大人になったら、俺たちも結婚しよう』
『……!』
『その時は指輪と、お前に一番似合うドレスを用意するから』
『うん、うん……』
『約束だぞ』
『うん、約束』

 あの時は嬉しくて胸がいっぱいで、涙が出そうだったのに。



 やがて有力ギルドの一端に名を連ねるようになった『黒猫の足跡』は、ギルドの拠点を今の場所に移した。
 いくつもの高難度のダンジョンにも足を伸ばし易い、このブリアン王国の都へ。
 それがほんの、三ヶ月ほど前のことだったのに。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。



 彷徨う思考に浮かされながらもなんとか自室に戻ったリルフィーナは、糸の切れた人形のように力なくベッドの縁に座り込んだ。
 瞼の裏に浮かぶ、今日起きたこと。今までのこと。
 これが悪い夢であるなら、どんなによかっただろうか。
 その身に纏わりつく疲労感と心に受けた衝撃が、リルフィーナの瞼を微睡ませた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

「俺が勇者一行に?嫌です」

東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。 物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。 は?無理

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...