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第一章 魔法都市サムサラ
故郷 2
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昼下りのサムサラの街は、のんびりとした空気が流れている。
セリとともにリルフィーナが歩いているのは、主に食品を扱う店が立ち並ぶ通りの一角だ。まだ夕食の買い出しに繰り出す人も少ないらしく、店頭に出ている売り子も隣の店の者と世間話をしている様子。
外の世界を知ってから、魔法都市というだけあるのだと納得してしまうような独特な雰囲気を持つ街だったと気付いたけれど、この辺りの日常の風景は他の街とそう変わらない。
穏やかな秋空の下、ふわふわと浮かぶ魔導スクーターに乗った老いた魔女が、通りを流してすいすいと二人を追い抜いていく。
「今のおばあちゃん、いい笑顔」
横を歩くセリが言う。
「ああいうのを、エビス顔って言うのよね」
「えびすがお?」
「そ。エビス様っていうスイレンに伝わる福の神でね、いつもほそーい目でにこにこしてるの。だから、おんなじようににこにこしてる人は幸運を招き寄せるって、有り難がられるのよ」
そういうものなのか、とリルフィーナは小さくなっていく老女の背を眺めた。
確かにいつも笑顔でいられたら、きっと幸せな暮らしなのだろうなとは思う。
スイレンというのはセリの出身地で、かつて東方からこの地にやって来た人々が定住したと言われる地域だ。リルフィーナもかつての冒険や今回の放浪で立ち寄ったことがあった。
今も独特な文化が色濃く残っていて、料理も自分たちが普段食べているものとは大夫違う。
それにしても、昔は魔法使いの乗り物といえば空飛ぶ箒が定番らしかったというのに、時代は変わったものだ。
魔法の力を動力源にした機械は、この世界の多くの場所に普及してきているが、あの手のものを見掛けるのはやはりこのサムサラが多い。
魔法職が多く集まっており、自前の魔力で動かすことができるからだろう。
魔力を持たない、或いは少ない者がああいったものを使うには、魔物や特定の場所から採れる魔石などを用意する必要がある。
街の外に棲息しているモンスターを倒しても、等級は低いものの魔石が手に入る。そのため、駆け出しの冒険者たちによってある程度供給は安定している状態だ。
とはいえ、魔法と科学を掛け合わせた機械や装置は大概値が張るので、一般的な家庭にはそこまで浸透していない。実際に使われているのは、金回りのいいところを除けば公共の施設や設備くらいだろう。
「旅してきた先はどうだった? 最近は隣の国にも行ってたんでしょ」
「ええ、いろんなところに行って、珍しいものも沢山……」
ここしばらくの間に行った場所の話に花を咲かせながら、並んで歩く。
時折店先のものを物色しているセリに、リルフィーナは尋ねた。
「何を買うんですか?」
「スイレン産のお米は絶対必要だし、お味噌と醤油はまだあるから……」
と答えながらセリは指を折って何か確認している。
スイレン伝統の料理は食べたことがあったけれど主食としている米も、この辺りで一般的に出回っているものと品種が違うらしい。
この国ではどの地方でもパンや小麦で作られたものを食べるところが多いから、米がメインという地域は珍しかった。
「後は野菜とか、活きのいい魚があったら……」
「おうセリちゃん、今日はいいサバが入ってるよ」
「え、ホント?」
丁度差し掛かった海産物店のおじさんに声を掛けられ、セリはパタパタと店先に寄っていく。実際に魚を見て、何を作ろうかとおじさんと話している。
本来、彼女がわざわざ料理を作らなくても、ニコルの屋敷にはきちんと料理人がいる。ただ、故郷の食事が恋しくなると厨房を貸して貰うことが度々あって、時折こうして振る舞うようになったのだそうだ。
そもそも何故セリがニコルの屋敷に世話になっているのかというと、元々武闘集団に属して気功術を修めていた彼女が、自分たちとは違う系統や文化を持つ魔法に触れ、学びや交流を得る目的で出向しているからなのだった。
同様にスイレンの武闘集団にも魔術師ギルドの者が学びに行っているので、謂わば交換留学といったところか。
「確かに焼くのもいいけど、味噌煮も捨て難いな~」
真剣な顔で悩んでいるが、その実楽しそうだ。
かと思えば、はっとした様子でリルフィーナを振り返る。
「って、そういえばリルは院に行くんでしょ」
「あ、でもお手伝いは……」
わざわざ料理を振る舞ってくれるのだから、荷物持ちや料理の手伝いをしようと思っていたのだが、セリは「そんなのいいから」とひらひら手を振って笑った。
「久し振りに帰ってきたんだから、『兄弟たち』にも会いたいでしょ。お土産もあるんだし」
リルフィーナの手には今、焼き菓子の入った袋がある。屋敷を出る時に気を利かせたニコルが包んで持たせてくれたのだ。
つくづく、この人たちの優しさに助けられ、支えられているように感じる。
ここに戻ってくるまでは、ずっとひとりぼっちになってしまったと思っていたのに……。
「セリさん」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
礼を言うリルフィーナに、セリは更に笑みを深めてあははと声を上げた。
「いいって。あと、あたしに敬語は要らないからさ」
親しみの籠もった言葉。
リルフィーナは目頭と胸が熱くなるのを感じた。
「はい、じゃなくて……。ありがとう、行ってきます!」
セリとともにリルフィーナが歩いているのは、主に食品を扱う店が立ち並ぶ通りの一角だ。まだ夕食の買い出しに繰り出す人も少ないらしく、店頭に出ている売り子も隣の店の者と世間話をしている様子。
外の世界を知ってから、魔法都市というだけあるのだと納得してしまうような独特な雰囲気を持つ街だったと気付いたけれど、この辺りの日常の風景は他の街とそう変わらない。
穏やかな秋空の下、ふわふわと浮かぶ魔導スクーターに乗った老いた魔女が、通りを流してすいすいと二人を追い抜いていく。
「今のおばあちゃん、いい笑顔」
横を歩くセリが言う。
「ああいうのを、エビス顔って言うのよね」
「えびすがお?」
「そ。エビス様っていうスイレンに伝わる福の神でね、いつもほそーい目でにこにこしてるの。だから、おんなじようににこにこしてる人は幸運を招き寄せるって、有り難がられるのよ」
そういうものなのか、とリルフィーナは小さくなっていく老女の背を眺めた。
確かにいつも笑顔でいられたら、きっと幸せな暮らしなのだろうなとは思う。
スイレンというのはセリの出身地で、かつて東方からこの地にやって来た人々が定住したと言われる地域だ。リルフィーナもかつての冒険や今回の放浪で立ち寄ったことがあった。
今も独特な文化が色濃く残っていて、料理も自分たちが普段食べているものとは大夫違う。
それにしても、昔は魔法使いの乗り物といえば空飛ぶ箒が定番らしかったというのに、時代は変わったものだ。
魔法の力を動力源にした機械は、この世界の多くの場所に普及してきているが、あの手のものを見掛けるのはやはりこのサムサラが多い。
魔法職が多く集まっており、自前の魔力で動かすことができるからだろう。
魔力を持たない、或いは少ない者がああいったものを使うには、魔物や特定の場所から採れる魔石などを用意する必要がある。
街の外に棲息しているモンスターを倒しても、等級は低いものの魔石が手に入る。そのため、駆け出しの冒険者たちによってある程度供給は安定している状態だ。
とはいえ、魔法と科学を掛け合わせた機械や装置は大概値が張るので、一般的な家庭にはそこまで浸透していない。実際に使われているのは、金回りのいいところを除けば公共の施設や設備くらいだろう。
「旅してきた先はどうだった? 最近は隣の国にも行ってたんでしょ」
「ええ、いろんなところに行って、珍しいものも沢山……」
ここしばらくの間に行った場所の話に花を咲かせながら、並んで歩く。
時折店先のものを物色しているセリに、リルフィーナは尋ねた。
「何を買うんですか?」
「スイレン産のお米は絶対必要だし、お味噌と醤油はまだあるから……」
と答えながらセリは指を折って何か確認している。
スイレン伝統の料理は食べたことがあったけれど主食としている米も、この辺りで一般的に出回っているものと品種が違うらしい。
この国ではどの地方でもパンや小麦で作られたものを食べるところが多いから、米がメインという地域は珍しかった。
「後は野菜とか、活きのいい魚があったら……」
「おうセリちゃん、今日はいいサバが入ってるよ」
「え、ホント?」
丁度差し掛かった海産物店のおじさんに声を掛けられ、セリはパタパタと店先に寄っていく。実際に魚を見て、何を作ろうかとおじさんと話している。
本来、彼女がわざわざ料理を作らなくても、ニコルの屋敷にはきちんと料理人がいる。ただ、故郷の食事が恋しくなると厨房を貸して貰うことが度々あって、時折こうして振る舞うようになったのだそうだ。
そもそも何故セリがニコルの屋敷に世話になっているのかというと、元々武闘集団に属して気功術を修めていた彼女が、自分たちとは違う系統や文化を持つ魔法に触れ、学びや交流を得る目的で出向しているからなのだった。
同様にスイレンの武闘集団にも魔術師ギルドの者が学びに行っているので、謂わば交換留学といったところか。
「確かに焼くのもいいけど、味噌煮も捨て難いな~」
真剣な顔で悩んでいるが、その実楽しそうだ。
かと思えば、はっとした様子でリルフィーナを振り返る。
「って、そういえばリルは院に行くんでしょ」
「あ、でもお手伝いは……」
わざわざ料理を振る舞ってくれるのだから、荷物持ちや料理の手伝いをしようと思っていたのだが、セリは「そんなのいいから」とひらひら手を振って笑った。
「久し振りに帰ってきたんだから、『兄弟たち』にも会いたいでしょ。お土産もあるんだし」
リルフィーナの手には今、焼き菓子の入った袋がある。屋敷を出る時に気を利かせたニコルが包んで持たせてくれたのだ。
つくづく、この人たちの優しさに助けられ、支えられているように感じる。
ここに戻ってくるまでは、ずっとひとりぼっちになってしまったと思っていたのに……。
「セリさん」
「ん?」
「ありがとう、ございます」
礼を言うリルフィーナに、セリは更に笑みを深めてあははと声を上げた。
「いいって。あと、あたしに敬語は要らないからさ」
親しみの籠もった言葉。
リルフィーナは目頭と胸が熱くなるのを感じた。
「はい、じゃなくて……。ありがとう、行ってきます!」
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