厄災の申し子と聖女の迷宮 (旧題:厄災の迷宮 ~神の虫籠~)

ひるのあかり

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第1章

第16話 雨降って地固まる

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「無理です!」

 眼鏡の少年が頭を下げた。
 横で、青ざめた顔の少年が部屋の惨状を見ている。
 階下の食堂から、アサルトライフルという銃を乱射した奴だ。穴だらけになった床板から寝台、短矢や弩を見ながら、非常に居心地の悪い顔をしている。

「無理で済むか!」

 シュンが怒りも露わに言った。
 日課の狩猟を終え、神殿で薬の調合をやって戻って来たところだ。取り置いて貰っていた夕食を今から食べようとするところへ、眼鏡の少年達が謝罪に来たのだった。昨日は、あれほど騒がしかった宿屋も、今日は静かになっていた。

「孤児だった俺を育ててくれた人に贈られた品なんだ! きちんと直して返せ!」

 シュンは青ざめている方の少年に声をぶつけた。
 しかし、

「す、すいません!」

 謝るばかりで、どうにもならない。

「・・宿の床板くらい直せないのか?」

 シュンは語気を和らげて訊いたが、眼鏡の方も、乱射した方もバツが悪そうに謝るばかりだった。

「分かった・・もう良い」

 シュンが溜息をつくと、

「申し訳無い」

「ごめんなさい」

 しきりに頭を下げながら、2人がそそくさと去って行った。


 はぁぁぁ・・・・


 シュンは両手で顔を覆いながら長々と溜め息をついた。
 まるでシュンが無理難題を押しつけて、弱い者を虐めているような有様になっいる。

「すまん」

 戸口で声がして顔を向けると、大柄な少年が立っていた。

「力仕事ならやれる。言ってくれれば手伝うぞ」

「・・そうだな。力を借りようか」

 シュンは頷いた。

「何でも言ってくれ」

 少年が部屋に入ってきた。シュンより、優に頭一つ背が高い。引き締まった体躯をした少年だった。

「俺は、シュン」

「お、おう・・俺はダイだ」

「よろしく頼む」

 シュンは頭を下げて、宿の女の子を呼んでくるよう頼んだ。
 ダイという少年は、すぐに女中服の女の子を連れて来た。

「・・結局、俺が修理することになった」

「あら、いいわよ、そんなの! あいつがやったんだから、貴方が気にすることなんて無いわ!」

「まあ・・出来ないんなら、それでも良いんだが、穴を塞ぐくらいは出来るからな」

「・・できちゃうの?」

「まあな」

「ふうん・・じゃあ、お願いしちゃおうかな」

「下に木屑が落ちるので気を付けてくれ」

「分かったわ。物を避けとくから気にしないで。ありがとね!」

 女中服の女が何度も礼を言いつつ階下へ戻って行った。

「どんな手順になる?」

 ダイが訊いてくる。

「床板の穴の周囲を綺麗に削ろう。ささくれを削る感じだ」

「分かった」

 ダイが短剣を抜き、シュンも短刀を抜いた。
 しばらくは無言で、ごりごりと木のささくれを削っていく。

「次は、これを・・ちょっと持っていてくれ」

 壊れた弩をダイに持っていてもらう。

「せっ!」

 短く気合いを発して短刀で弩を中程で切断した。

「おい・・良いのか? 大事な物なんだろ?」

「壊れて使え無いんじゃ仕方が無い」

 シュンは切断した弩の握りをさらに等分に切断し、片方をダイに渡した。

「穴にぎりぎりねじ込めるくらいの大きさに削ろう」

「・・分かった!」

 ダイが受け取った木を持って床穴の近くへ行く。二人して苦労しながら小さな木塊をいくつか削り出し、床に開いた穴へ叩いて押し込む。さらに上に突き出て残った部分を削って均す。
 一通り終わる頃には深夜になっていた。

「ありがとう、助かったよ」

 シュンが礼を言うと、

「いや、俺等がやらかした不始末だ。本当なら、あいつが自分でやらないと駄目なんだ」

 申し訳無さそうに言って、ダイが腹が減ったと笑った。

「はは・・そうだな」

 シュンも釣られて笑った。

「お疲れさん。簡単だけど、下に夜食用意したから食べてよ」

 宿の女主人が見計らったように顔を見せた。

「うん、綺麗に直ったね。色は塗っておくから・・ありがとうね、うちの娘達が助けて貰ったみたいで」

「いや、特に・・俺の方も頭に来てやり過ぎました」

「良いんだよ。娘達も感謝してた。かなり怖かったみたいで、下の子なんか、ずうっとあんたの武勇談ばかりだよ」

「・・申し訳ありませんでした」

 ダイが女主人に頭を下げた。

「あんたじゃ無いんだろ?」

「でも、同じニホン・・異邦人だから」

「馬鹿だね。そんな事を言ってたら、わたし等なんか、謝りっぱなしで一歩も動けなくなるよ。この国の人間だって、いっぱい間違いをやってんだ」

「俺は、これをやった奴と同じパーティなんだ。俺が神殿で薬を買い揃えている時に、あいつが別のパーティと喧嘩をやって・・銃声を聞いてノタニ・・眼鏡の奴を様子見に行かせたけど、もうやった後だった。リーダーとして謝罪する」

「・・だから、もう良いって。ちゃんと修理を手伝ってくれたんだ。謝罪を受け入れるよ」

 シュンは苦笑しつつ、ダイの背を叩いた。

「若いって良いわねぇ」

 宿の女主人が笑いながら、食堂においでとダイの手を引っぱって階下へと連れて降りる。一緒に階段を降りると、誰も居ない暗い食堂に、蝋燭の火が灯り、大皿には肉と野菜を詰めて蒸した蒸しパンと果物が置いてあった。

「もうちっと歳がいってれば、酒を出してあげるんだけどね」

「十分です」

「ご馳走になります」

 あれこれ話すこともなく、肉包みに喰いつき、勢いよく食べていく。

「皿はそこに置いておいて。寝る前に蝋燭だけ消しておいておくれ」

 女主人が食堂奥にある裏口から自宅へ帰って行った。

「美味いな」

 ダイが顔を紅潮させて頬張る。

「うん、これは美味しい」

 シュンはゆっくりと噛みしめながら蝋燭の炎へ眼を向けていた。すっかり予定を狂わされたが、これはこれで良かったのかもしれない。

「シュン・・で良いか?」

「ああ」

「本当はうちのパーティに誘いたいんだが、もう6人になっちまってる。俺達・・異邦人は31人だ。6人ずつのパーティを作れば5つ。1人が余る。それで揉めた」

「なぜ?」

「みんな同じ学校の同じクラス・・教室だったからな。全員が顔見知りで、それなりに仲が良いんだ」

「学校か」

「だけど、こんなことになって、命がけの事なんだと分かってくると、仲が良いから・・と言っていられなくなった。みんな生き残りたいから、体が強い者同士、強い武器を手に入れた物同士が集まって、パーティが出来ていった」

「だろうな」

 悪い事じゃない。当然の成り行きだろう。

「3つ目のパーティが出来た時、残った13人が・・というか11人が騒ぎ始めた」

 強い者同士が固まって狡い。見捨てるのか。弱い者ばかりにして死ねと言うのか。そんな感じの騒ぎになったらしい。
 それで、3つのパーティの内、2つが組み替えに応じて、残されていた13人と合わせて25人で4つのパーティを作ろうとした。

「また揉めた」

 ダイが机の上に視線を落とした。

「あの双子だ」

 元々、教室でも浮き気味の2人だった。

「パーティはメンバー同士が互いの動きを理解しないと機能しないと思っている」

「・・そうだろうな」

「それを考えた時、あの双子はパーティには入れられないと思った。あの双子の武器は扱いが難しいし、学校の時から色々あって、集団行動が取れないし、パーティが纏まらない気がして・・・たぶん、それだと死んでしまうんだ。パーティ全員が危険になる」

 ダイが難しい顔で呟くように独白する。相当、思い悩んでいたのか、どこか鬱屈した思いを溜め込んでいたのだろう。蝋燭のほの暗さも手伝ってか、シュンを前に、堰を切ったように思いを総て話していった。

 幾度も揉めた後、双子は2人だけでパーティを作ると宣言した。どこのパーティにも入らないと。その宣言を聴いて、それが最良だと、それ以外の決着は無いと、みんなが安堵した。そうすべきだと思いながらも、口に出来ないで居たのだ。
 結果として、6人パーティーが4つ、5人パーティが1つ。2人パーティが1つ出来た。

「そして、双子のパーティが消えた事に気が付いて騒ぎになった」

「ああ・・捜索がどうとか」

「まあ、罪悪感があったからな。その裏返しみたいなもんだ」

「で、どうして、食堂で喧嘩を?」

「双子が死んだのは、誰の責任なのかという話になったみたいだな。お互いに押しつけ合って、それでまあ・・」

「なるほど」

 シュンはやれやれと頭を掻いた。そんな理由で撃ち殺されそうになったのか。

「シュンは、どうするんだ?」

「う~ん、一ヶ月くらいは、この村で暮らすつもりだ。それからだな」

「ずいぶん、ゆっくりなんだな」

「ここの国の決まりで、俺のような孤児は3年間は迷宮から出られない。だから、どんなに急いでも仕方無いんだ」

 シュンは孤児の決まり事について説明した。

「そういう事情があるのか。あ・・もし、知っていたら教えて欲しいんだが」

「なに?」

「本当に、自由に外へ行けるのか? レベル25になれば・・俺達、異邦人は迷宮の外へ出られると聴いたけど・・そうなった人を知っているか? あれは本当なのか?」

「この国の大臣が異邦人だな。ああ・・異邦人の子供はどうなる?」

 シュンも噂でしか知らないが、エラードが言っていた事だから本当だろう。

「え・・そんな人が居るのか?」

「うん、まあ子供はこっちの人間と結婚したから・・子供は異邦人じゃないのか・・どうなるんだ?」

「え、ああ・・大臣とかやってるのか? それニホン人か? 名前は?」

 ダイが勢い込んで訊いて来た。

「ええと・・ジロウ・サカマツだったかな」

「ジロウ・・サカマツ・ジロウ・・絶対ニホン人だ!」

「他の国にも居るって聴いたことがあるな」

「そうか・・本当に行けるのか。迷宮の外に・・」

 ダイが拳を握り締めて興奮顔で頷いている。

「俺達は明日・・じゃない、もう今日か。今日から迷宮の攻略開始だ」

「焦らずやれよ。死んだら何にもならないぞ」

「おう、シュンも」

「まあ、俺はゆっくりやるさ」

 シュンはダイと軽く拳を合わせてから蝋燭の炎を吹き消した。長話をしてしまったから、夜も更け始めている。


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