石橋書店

内藤 亮

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四神と四霊の門

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 今日は静佳の家に行く約束をしている。昨日、隆史の店で買った焼き菓子を持っていくことにした。美味しさのおすそ分けだ。
 誠治が奮闘してくれたおかげで、小道が歩きやすくなった。もうすぐ夏を感じさせる強い陽光の下で、笹の切株が茶色くなっている。藪は減ったが、藪蚊はまだまだ健在で、小道を歩くと黒い霧のようになって襲いかかってくる。ここを歩くときは、夏でも長袖が必須だ。
 静佳の家に近づくにつれて、ペンキの匂いがしてきた。職人が、あの門にペンキを塗っていた。
「まだ完全に乾いてないから、触らないでね」
「はい」
 錆びを落とし、艶消しの黒で塗られた門は、あの時とは見違えるようになっていた。朝日に照らされ鈍く光っている門は、神々しいくらいだ。何かの動物と思ったが、彫られているのは全て神獣だった。東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。それぞれが4つの方位と4つの季節を仁王立ちで守っている。門の内側は吉兆を知らせる、麒麟、霊亀、応龍、鳳凰が彫られていた。四神と四霊でがっつり家を守っている、というわけだ。
 呼び鈴を押しても反応がない。
「もしかして、瑶子さん?」
「はい」
「静佳さんは公園の掃除だってさ。町内会主催の掃除で、自由参加なんだけどね。偉いよ。そろそろ戻ってくるよ。中に入って待っててくださいって」 
「ありがとう」 
 今どきの若い人は、初対面でもフランクな言葉遣いなんだなぁ、と感心した。礼儀作法にこだわりすぎるより、すぐに距離が縮まる方がいいかもしれない。
 静佳の庭は、来るたびにきれいになっている。花が終わったバラはしっかり剪定され、この間より、大分丈が低くなっていた。今にも崩れ落ちそうだったウッドデッキも、すっかり新しくなっていた。ボウフラがわきそうだった池はソーラー式のエアレーションが備え付けられて、睡蓮の間を小さな金魚が泳いでいた。きっと誠治は足繁くここに通っているのだろう。二人でどんな話をしているのだろう。静佳に会いたいのは山々だが、あんまり頻繁にここに来るのも考えものかもしれない。
 何匹ぐらい金魚が居るのか、睡蓮をずらして数えていたら、二人の声がした。
「瑶子さんって、話に聞いていたのと随分雰囲気が違うね」
「ちょっと前まではそうだったの」
「ふうん」
 うわっ。二人で私の話をしているよ(汗)
「祐君もいらっしゃい。みんなでお茶にしましょう」
「じゃあ、遠慮なく」
 遠慮しないんかい? 年齢は私とそう違わないようだが、屈託がないというかなんというか。とはいえ、普通の職人が休みの日曜日に仕事をしているのだから、悪い人ではないのだろう。
 いつもお菓子が足りなくなるのが残念だが、静佳の知り合い、と思うと俄然、興味がわく。祐君は、なんとなく、誠治と身体の造りが似ている。
「あらまぁ、外で待ってたの? 中に入っていいのに」
「お庭、見ていたんです。池もきれいになりましたね! 睡蓮も金魚も可愛い」
「誠治さんがやってくれたのよ。紹介が遅れたわね。こちらは祐介君。誠治さんの息子さんよ」 
 通りで。既視感があるはずだ。
「はじめまして。岩佐瑶子です。えぇと、書店で静佳さんに声をかけられて。それからお茶友達になりました」
「静佳さん、スカウトなんてするんだ」 
「本の好みがお互いバッチリだったのよ。お若いのに本の好みが渋い渋い」
「いやぁ、それほどでも」
「俺はあんまり本、読まないからなぁ。本業はイラストレーターなんで、絵の話ならちょっとはできます、多分」 
 職人にしては色白だ、と思ったが、なるほど。
「塗装も出来るんですね!」
「はぁ、まぁ」
 といったとたん、祐介がグラリとよろめいた。反射的に肩を支えて、転倒を防いだ。
「大丈夫ですか? ゆっくり座って」
「急に目眩がして」
 祐介は芝生の上にペタンと座ると、ため息をついた。
「もしかして、低血圧とか?」
「そう、それだ」
「お父様が、今ぐらいの時間はぐーすか寝てる、っておっしゃってましたものね」
 男で(なんて言うと、今はハラスメントだ)低血圧なんて、今っぽいなぁ、とまた、感心してしまった。パッとめ、歳は何歳いくつも違わないようだが、中身は祐介の方がずっと若々しい。私もこのノリでいけば、もう少しモテるようになるかもしれない。婚活を全くしていないのも、やはりイカンのだろう。派遣で楽しくやっている私をみたら、岩佐家の人々は眉をひそめるに違いない。
「親父のヤツ、ひでーな。朝は苦手なんだよ。クライアントとは夜の打ち合わせが多いし、俺らの業界は夜型人間が多いんすよ」
「祐介君、ご飯は食べたの?」 
「いやー、朝から飯なんて無理」
「そろそろお腹が空いたんじゃない? 残り物しかないけど、食べていきなさい」 
「やった! 姉ちゃんの飯も親父の飯もイマイチでさ。静佳さんのおかげでマトモな飯が食えるよ」
 家の中に入ると、焼きたてのパンのいい香りがした。
「久しぶりにバターロールを焼いてみたの。腕前は鈍ってなかったわ」
 静佳の目が生き生きと輝いている。庭がきれいになるのと、静佳が元気になるのが、正比例しているようだ。
「ウマそう」 
「美味しそう」
 祐介と私の声がハモった。
「パンを焼くなんて、静佳さん、見かけによらずパワフルですね」
 パンを作るのは、グルテンを引き出すまで、テーブルにバンバン打ち付けて、摩擦熱を利用しながら畳んで伸ばす。ボソボソした生地が滑らかになるまで繰り返したら、やっとパン生地の出来上がりだ。一次発酵までたどりつくまでは、とにかく体力がいるのだ。
「手捏ねじゃないわよ。一次発酵まではパン焼き機にまかせるの。瑶子さん、パンを焼いたことがあるの?」
「はい。学生時代にハマリました。けど、手捏ねはハードすぎですね。パン焼き機を買って、それが壊れてからは買いパンです」
「冷蔵庫の野菜を整理したら、ミネストローネが出来すぎちゃったの。貴方がたで食べてくれる? 昨日の夜からずーっとミネストローネなのよ」
 静佳は、私はコレステロールが心配だけど、貴方がたなら大丈夫ね、と言って、ミネストローネにバターの塊をポンッといれてくれた。
「さぁ、召し上がれ」
「静佳さんの残り物ってゴージャス」
「ほんと、それな」
 朝ごはんは食べたはずなのに、静佳メシは別腹なのか、急にお腹が動き出して、スペースを作っている。
 バターロールはお高いパン屋と同じ味がした。歯ごたえありつつ、柔らかくて、バターと小麦の香りが絶妙な調和を醸し出している。
 昨日の夜から煮込んだミネストローネは、野菜の旨味がトマトのスープに溶け込んでいて、ほのかに甘い。溶けかけたジャガイモが、スープにいい具合にトロミをつけている。バターのコクが加わって、残りものと言うにはゴージャスすぎる味だ。フー。食レポはここまで。あとは食べる事に集中するわよ。
 ブランチという豊かな時間を与えてくれた静佳に大感謝だ。低血圧の祐介は、すっかり具合がよくなったらしく、バターロールとミネストローネを順番にかなりの速度で胃袋に送り込んでいる。それでも、音をたてず、姿勢よく、行儀よく食べているのは、やはり地主の御曹司なのだろう。
「ご馳走様でした」 
「二人とも、やっと人並みの顔になったわね。良かった」 
「私もですか」
 低血圧男と一緒にしないでよ。
「瑶子さん、ちょっと痩せたんじゃない?」
「目方は変わらないですよ。あのね、マシンジムに通いはじめて、筋肉がついたんです。ほら、見てこの腹筋」
 と言った後で、祐介もいる事に気がついた。ま、いいでしょ。おばさんの筋肉を見てトキメク事なんて無いはずだ。筋トレ初心者あるあるで、腹筋が割れると皆見せたくなるものらしい。私はインスタとかやってないから、数少ない友達に見せるくらいだけれど。腹筋を見せたのは、これでやっと二人目だ。
「おお、凄いですね! 俺も筋トレしよっかな」
 イヤ、違うよ。静佳さんに見せたのよ。まぁ、いいけど。最初に食いついたのは祐介だった。
「そうね。祐介君も身体を鍛えた方がいいわよ」
「お父様、細マッチョで格好いいですものね。私の目標です」
「あの親父が? 止めた方がいいと思うけど」
「だって、椋鳩十とか戸川幸夫に出てくる猟師みたいで、格好いいじゃないですか。ねぇ、静佳さんもそう思うでしょ?」
 静佳はイタズラっぽく目をくるりと回した。チッ。私ごときの誘導尋問には引っかからなかった。さすがにガードが堅い。この家の四神と四霊の門のような堅守っぷりだ。
「瑶子さん、『高安犬物語』とか、好きでしょ?」
 上手く話を逸らせたわね、静佳さん。そんな所も好きです。それにしても、本の趣味がバッチリ合う。静佳と逢えて本当によかった。無神論者だが、天の采配に感謝だ。
「ハイ! 吉蔵(高安犬物語に出てくる猟師)は私の初恋の人です」
「まぁ、貴女の好みは子供の頃からブレないのね。その本なら、うちにあるわよ」
 やっぱり静佳と本の趣味が合う。
「俺も読んでみようかな」
「是非読んで!」
 静佳と私の声がハモった。
 

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