石橋書店

内藤 亮

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プール開き

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 海の時はウェットスーツを着るから、セパレートタイプが便利よ、という駿のアドバイスに従って、ひさーしぶりに水着を買った。寒がりたから、可愛いとかセクシーとか、そういう要素はいらない。なるべく厚地で露出度の低い水着を選んだ。
 あの日、三人でグループラインを作った。隆史は駿より上のライセンスを持っているそうで、海に行く時は、一緒に来てくれることになった。
「素人二人を一人で面倒みるのは危険だ」と言われたそうだ。で、隆史も加わって四人のメンバーになった。グループラインなんて作ったのは生まれて初めてだ。家族のグループラインはあるけれど、これはねぇ……。できれば通知オフにしたいくらいだが、その後のバトルを戦いぬく自信がないから、そのままにしてある。
 グループラインに祐介が水着姿の写真を送ってきた。うーっすら筋肉のついた生白い身体で、サーファー風のやたら派手な半パンをはいている。まだ、私の裸の方がマシだ、と思う、思いたい。動詞の活用しちまったぜ。普通、こんな写真、グループラインに送る? 私的には、駿の水着姿が一番見てみたい。つぎは隆史君かな。
 祐介の写真を見て、隆史の言うことはもっともだ、と確信した。溺れている人が救助者を水に引き込む力は半端ないらしい。けっこう背丈のある祐介に万が一のことがあったら、駿といえども、助けるのは大変だ。
 今日はプール開きの日だ。すっかり梅雨も明け、絶好のプール日和だ。慣れない紫外線で、プールに入る前から目まいがする。
「おはよう」 
「先生、おはようございます」
 祐介と私が、いかにも生徒風な挨拶をしたら、駿が笑った。
「じゃ、着替えて、シャワーのところで会いましょ」 
 入場券を買う自販機の前は、早くも行列が出来ていた。行列の構成メンバーは、浮き輪やゴムボートを手にした中学生、小学生、小さな子供と母親や父親だ。せいぜい高校生がパラっといるぐらいで、私たちくらいの年齢層の客は一人もいない。なんか浮いてない? 
「まず、二人の泳力を見たいから」 
 と、25mのプールに連れていかれた。駿はガチのハーフスパッツの競泳用水着で、キャップとゴーグルをつけている。まわりは、子供だらけ。皆、ピンクやブルーの可愛い水着を着て、流れるブールでプカプカ水遊びだ。水泳教室モードの私たちの違和感は、半端ない。
 それにしても、駿はいいなぁ。素材が良い上に、日々の鍛錬を欠かさないから、格好いいったらない。待ち受けにしたいくらいだぜ。ほら、また子連れのパパが駿を見てる。
 子供達のほとんどが流れるプールに入っているから、学校のような、ただ四角い25mプールはガラ空きだ。プールサイドを歩いて、ウォーミングアップをしたら、いよいよ水泳教室の始りだ。
「好きな泳ぎでいいから、25m泳いでみて。苦しくなったら立っていいから」
 背泳ぎだと、真っすぐ泳ぐ自信がないから、ゆっくりクロールで泳いだ。昔取った杵柄? 何とか無事泳ぎ終わった。祐介は優雅な平泳ぎで、ちゃんと25m泳ぎきった。
「二人とも、上出来よ。海はウェット着るし、海水だからなんにもしなくても浮くの。テンパらなければ、怖いことなんて何もないから」
「そうなんだ。やったね」
 って、君は楽観的だね。
「つぎはマスクとスノーケルの使い方ね」 
 この二つは駿が用意してくれた。マスクやスノーケルに水が入った時の水の出し方を教わった。
「鼻でマスクの中に息を入れるの。こんな感じね」 
 そう言って、駿は潜ったまま、マスクの中に大胆に水を入れた。マスクの上の縁を抑え、少し上を向く。マスクの中が泡だらけになったと思ったら、あっという間にマスクの水が無くなっていた。
「スノーケルに水が入った時は、プッて強く息を吐いて水を追い出すのよ」
 駿のお手本のようには、なかなか出来ない。水抜きのための酸素がなくなってしまうのだ。気管に水が入って、何度もむせてしまった。
「祐介君、出来た?」
「うーん、たまーに出来た。足のつくプールでこれだろ。海の本番で上手くやる自信ないわ」
「だよねー」
「難しかったら水面に上がってマスクを外して水、出しちゃえばいいから。あとスノーケルの水抜きも、息が足りない時があるでしょ?」
「うん」
 私達二人が頷いた。
「そういう時はスノーケルを口から外して潜る」
 駿が確たる口調で言った。
「水面にプッて顔を出したら自然と酸素が入るから。平泳ぎでもクロールでもそうでしょ。吸おうと思って息継ぎなんてしないじゃない?」
「それでいいんだ」
「そう。それでいいの。水中で処理するっていうのは、資格テストの時使うくらいだから。そんなに深く潜らないんだから、落ち着いて水面に上がっちゃえばいいのよ」
 なるほど。それなら出来そうだ。
「早くそれ言ってよ」
「だよねー」
 二人が文句を言ったら、「ボンベ背負ってるときには必要なのよ。それにちゃんと出来たら格好良いでしょ」、と言われた。
 2時間、泳いだり潜ったりして、ヘタレ組の二人はヘロヘロだ。祐介はくたびれた顔をしているが、筋トレ効果か、さすがに、ちゃんと一人で立っている。私の血糖値は激減で、プールから上がったら目が眩みそうになった。手も震えている。早く補充しないとマズイ。
「二人ともよく頑張りました。今日はこれで終わりよ」
「先生、お腹がすきました。ソフトクリーム、食べたいです」
 駿がすぐに察してくれた。
「上の売店で、好きなものを買ってよろしい」
「わーい、先生ありがとう」
「やったね! ここのホットドッグ、けっこういけるんだぜ」
「あの色のついたソーセージが病みつきになるのよね」
「子供の頃からここで泳いでたの?」
「この辺の子供は皆そうでしょ。最初は親に連れてきてもらって、次は友達と。で、そのうち彼女を連れてくるやつもいたな」
「そうそう。彼氏とばっか遊んじゃう子、いたわね。あれってルール違反よ」
「だよな! 瑶子さんはどうよ?」 
「ガチのインドア派だったから。あんまりプールとか行かなかったの」
「そっかぁ。でもさ、イルカとか魚と一緒に泳げると思うとワクワクしない?」
「確かに! 駿ちゃん、今日はありがとう! 本で憧れていたことが、リアルになるなんて! また、先生になってね」
「任せて! 次回は近くの海で実践編よ」
「頑張ります!」
 ホットドッグやらソフトクリームだけではお腹にたまらない。やっぱりちゃんとしたものを食べよう、ということになって、三人であのカレー屋に行った。ランチメニューは夜よりさらにリーズナブルだった。泳いだあとのカレーは、五割増くらいの美味しさだった。
 なんちゃって海女への道はまだまだ続く(笑)。


 
 

 
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