石橋書店

内藤 亮

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よるのもり

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 今日は祐介が絵本を持ってくる日だ。手土産はチーズケーキを焼いて持って行くことにした。
 最近のオーブンレンジはすごい。温度設定もバッチリだし、発酵も出来る。クッキーで試したら、思いがけず上手く焼けたから、チーズケーキを焼いてみた。我ながら上手く出来て、朝から気分がいい。
「こんにちは。これ、どうぞ」
「まぁ! チーズケーキ! 瑶子さんが焼いたの?」
「静佳さんのマネをして、オーブンレンジ、奮発しちゃった」
「まぁ。チーズケーキ、大好きなの。嬉しいわ。祐介君の絵本、面白かったわよ。お茶の支度してくるわ」
 静佳はそう言うと、居間の方に行ってしまった。書庫で、祐介が手を振っている。
「瑶子さん、絵本持ってきたよ」 
 祐介が絵本を差し出した。
「嬉しいわ。早速読ませていただきます」
 名刺をもらうときのように、両手で受け取り、一礼をしたら、祐介が驚いたような顔をした。
「瑶子さんって、丁寧だね」
「人様が大切に思っているものは、丁寧に受け取らないと。失礼でしょ」
「なるほどね」
 静佳が椅子を二脚、置いてくれている。おかげで、腰掛けてゆっくり本が読める。まぁ、一人なら、床に座っちゃうけどね。
 絵本の題名は『よるのもり』。黒一色の精密なペン画で書かれている。
 兄妹が眠っていると、夜中に老婆が訪ねてくる。
「よるのもりへ いかないかい」
「こわいから いや」
「わたしと いっしょなら だいじょうぶ」
 不思議な老婆に導かれ、兄妹は森へ向かう。ペン画で書かれた森をよく見ると、様々な動物や鳥、昆虫がだまし絵のように潜んでいる。いつの間にか、兄妹と一緒に目を凝らして生き物を探していた。見落としがないか、三回絵本を読んだ。
 母親に起こされて、兄妹が目を覚ますと、いつもと同じベッドの中。めでたしめでたし。読んでいる子供が安心して、絵本を閉じる、というわけだ。
「どう?」
 オウッ、びっくりした! 祐介が顔をのぞき込んでいる。近いよ。全く、近頃の若いもんは。
「面白かったわ! どっぷり浸れました」 
 祐介が、ホッとため息をついた。
「絵本の中に、生き物が何匹いたと思う?」
「108匹」
 即答すると、祐介が目を見開いた。
「どうしてそう思ったの?」
「三回数えて、108匹だったの。それから、作者が日本人みたいだから。煩悩の108にかけてあるのかなぁって」
「すごいな! 当たりだ!」
「答えは何処に書いてあるの?」 
「書いてないよ」
「だったら正解かどうかなんて、分からないじゃない?」
「その本、描いたの俺だから」 
 今度は私が驚く番だった。
「すごいわ!」
「仕事に飽きちゃってさ。久しぶりに勝手に絵を描いてたら楽しくてね。何となく文章もつけちゃったりしてさ。友達で本の装丁をやってる奴がいてね。ちょっと見せたら、練習がてら絵本にしてくれたんだ。金がないから色はつけられなかったんだけど」
「えっ。この本は黒一色だからいいんじゃない。ダメよ、色なんかつけちゃ」
「そうかなぁ」
「あるおじいさんのお気に入りの絵本は、すごくきれいな絵でカラフルだったそうなの。でね、おじいさんになって、何十年ぶりかでその絵本を見つけたの。そうしたら、その絵本は色なんかついてない、黒一色の絵本だったんですって」
「安上がりでいいなぁ。読者が勝手に彩色してくれて、お気に入りになるなんてさ」
 いや、まぁ、そういう解釈もあるけどさ……。
「おじいさんは何度もその絵本を思い出しているうちに、頭の中で色をつけていたのよ。読んだとき、よっぽど感動したのね」
「こないだ、瑶子さん、言ってたよね。読者が色々想像出来るのがいい本だって」
「ええ」
「この絵本もそう?」
「もちろん! だから色なんかつけちゃダメなのよ」
「そっかぁ。なんか嬉しいなぁ。ありがとう」
「こちらこそ、貴重な処女作を読ませていただいて、ありがとうございました」
「いや、そんな、マジなお礼言われると、俺、困る」
「また何か描いたら見せてね」
「う、うん。あ、そうだ、動物もので他に面白い本ある?」
「えぇ。ここにあるかしら。高安犬物語、どうだった?」
「面白かった。けど、親父はあんなに格好よくないぜ?」
「誠治さんの方が、垢抜けてて、もっと素敵よ」
「そうかなぁ」
 祐介は首をひねっている。
 児童書とおぼしき棚をさがしたら、ありました、ありましたよ。さすが静佳さん。好きよ!。『黒馬物語』、『野生の呼び声』、そして『狼王ロボ』!
 厳密には、私の初恋の人は、人ではなくてロボだ。以下、ネタバレするよ。
 牧場の牛や羊を襲う狼のロボ。賢いロボはどんな罠を仕掛けてもダメだし、毒薬入りの肉にも騙されない。銃の射程距離も知っていて撃つことも出来ない。そんなある日、ロボの妻、ビアンカが捕まってしまう。ビアンカの血を塗った罠にロボはかかってしまう。悲しみで判断が鈍ったのだ。ロボの駆逐を頼まれていた「私」は、そんなロボを殺すのが忍びなくなり、ロボを飼うことにした。繋がれたロボは、なんの抵抗もせず、遠くを見つめたまま、一切の飲食を拒み、最後は餓死する。ここで小学生の私は涙腺崩壊だ。今でも、うっかりすると、背表紙を見ただけで泣きそうになる。
「瑶子さん! どうしたの」
「あ、ゴメン」
 だって、頭の中でまだロボが走っているんだもの。
「この三冊は、ぜひ読んで!」
「うん、ありがとう」
 祐介は、まだ訝しげな顔をしている。ロボを思い出して、なんて、さすがに言えない。
 ドアの向こう側から、静佳の声がする。お茶の支度が出来たようだ。
「今行きます」
 と返事をしながら、急いで書庫を出た。
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