男主人公たちの様子がおかしいのですが、前世を思い出した悪役令嬢は命の危機にさらされているのでそれどころではありません

あいえい

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廃妃の呪いと死の婚姻7-2

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廃妃の呪いと死の婚姻7-2

 巷間で流行の兆しを見せている小説『毒の公爵』。その製作にはある一族が深く関わっている、クラレンスはそう告げた。
「この小説には元のアクランド公爵家の者たち、その中でも直系に近い者たちが関わっています」
 アクランド公爵という台詞にミスター・フェラーズは視界が真っ赤に塗りつぶされてゆくような感覚を覚えた。今この瞬間もクラレンスは説明を続けているが、その言葉が全く頭に入っていかない。突如として去来した激しい憎悪に胸が苦しいほどであった。彼は我知らず片手で胸元をきつく握り締めた。白衣にいくつもの皺が刻まれる。
「ミスター・フェラーズ、大丈夫ですか?」
 彼は戸惑いを帯びたクラレンスの声音に、ハッと我に返った。気遣わし気にこちらをうかがうクラレンスに、大丈夫です申し訳ありませんと短く断る。
ミスター・フェラーズは気持ちを落ち着かせようとするものの、胸がどきどきと早打ち、全身の血液が逆流したかのようだった。これではいけない、自分のような平民が悪名高いアクランド公爵家と関わりがあるなどと覚られ、いらぬ憶測を招きたくはなかった。一刻も早く立て直さなくては、不審に思われてしまう。
本当に気がかりだといった表情でヒューバードと顔を見合わせるクラレンスに、
「御心配には及びません」
 ミスター・フェラーズが強いて笑みを浮かべると、クラレンスはホッと表情を明らめた。
「ところで、なぜこのようなお話を私にされたのですか?」
 当然の質問だ。何も知り得ない一介の国民、それを装い仮面をかぶる。
「それに、私のような者がこのお話を伺ってもよいのかどうか・・・」
 戸惑う風をみせるミスター・フェラーズに、クラレンスは安心して欲しいと告げた。
「陛下は王妃様の御ためにいかなる手段も辞さない覚悟で臨んでおられます。王宮の医師団だけではなく、ミスター・フェラーズのような幅広い分野の専門家を招いており、陛下の御心を知らぬ国民はおらぬほどです」
「それとこのお話に関係が?」
 はい、とクラレンスは重々しく頷いた。
「このタイミングでこのような本が販売され、持てはやされようとしていることこそ危険なのです。アクランドの者たちが今後どのような行動を起こすのか、どのような意図をもってこんな本を発売したのかということを、深く疑い、危惧しています」
 眉を顰めたミスター・フェラーズが
「つまり、アクランド元公爵がこれを機に何に事かを企図していると?」
 そう問うと、無言でクラレンスは頷いた。
「既に水面下ではそのような動きがあらわれています。そして、私とナイトリー侯爵はアクランド元公爵がこの件を足掛かりに再び表舞台に躍り出ようと画策していると考えているのです」
 ミスター・フェラーズはぐっと眉根を寄せ、クラレンスを見返した。
「もう一度お伺いいたします。一介の学者に過ぎない私にこのようなお話を打ち明けられる意図は何でしょうか。私にどのような役割をお望みですか。アクランド公爵の企図を探れとでも仰せなのでしょうか」
 クラレンスは首を横に振った。
「そのようなことはこちらで行います。ミスター・フェラーズにはこれまで通りの仕事を担っていただければ結構です。しかし、アクランドの思惑がはっきりしない以上、あちらに先手を打たれることだけは避けたいのです」
 ミスター・フェラーズは訝しげに眉根を寄せた。
「殿下の意図するところは存じませんが、ことを急くと拙劣に陥りかねぬのではございませんか」
「勿論、そのような事態は絶対に避けねばなりません。ですので、本日はこうしてミスター・フェラーズのご意見を伺い、我々の推測をお伝えすることに留めたいと思います」
 それに、ミスター・フェラーズとは既に同じ船に乗った仲だと自負しておりますので、とクラレンスは上品に笑んで見せた。ピンと空気が張り詰めるのを感じる。
「能う限りのことをお約束いたしましょう」
 ミスター・フェラーズが硬い口調で告げると、クラレンスがそれで結構ですと首肯した。未だ顔をこわばらせたミスター・フェラーズは目を眇めて本を一瞥すると部屋を後にした。

 部屋に残されたヒューバードはガシガシと頭を掻きむしり、クラレンスをちらりと見遣ると、ああもういったいどういうことなんだと乱暴に前髪を掻き揚げた。
「クリスは気にならないのか?ナイトリー嬢のあの全てを見透かしたような達観した態度だけでも十分訳が分からないのに、今のミスター・フェラーズの態度は何だ?ああ、もう、なんでこんなに腹に一物も二物も抱えたような一筋縄じゃ行かない人間だらけなんだよ」
 ヒューバードが情けない声でまくし立てると、クラレンスは口元に手をやって苦い笑みを浮かべた。
「まあ、こういう廻りあわせなんだと諦めるんだね。僕はもうとっくに覚悟を決めたよ。どうせ巻き込まれるならとことんまで行こうじゃないか。ここまで来て安全な蚊帳の外でぼんやりと眺めているだけなんて性に合わないよ。彼女に一体どんな意図があるかなんてもうどうでもいいことだ。重要なのは僕がいかに彼女にとって替えの利かない重要なピースになりうるかどうかということさ」
今はまだ彼女の中ではそう重きを置かれていないとしても、絶対にこのままで満足したりしない。せめてジェネヴィエーヴの中で、アリアとノクターン姉弟と同等の地位を保ち得ると確信できるまでは。そしていつか必ず掛け替えのない唯一人となるのだ。クラレンスは口元を覆った手の下で、笑みを深めた。
彼の表情に気付かないふりをしつつ、ヒューバードは大切な従兄の感情の所在を再認識した。
「お前が望むならその通りにすればいいさ。でも正直、多少なりとも手札を見せてくれると助かるよ。まあ、ナイトリー嬢の信頼を重ねていかないことには無理だろうが」
 どちらにせよ、ジェネヴィエーヴの傍には常にラトクリフ姉弟がひたりと寄り添い、彼女の愛情と信用をほしいままにしている。クラレンスのジェネヴィエーヴに対する想いがいかに深まろうとも、彼らとわたり合うためには相当な努力と時間を要することだろう。それに、女性であるアリアはともかくとして、ノクターンの存在はクラレンスにとって極めて目障りな壁として今後も立ち塞がることになるだろう。
 今のジェネヴィエーヴは恋愛ごとにうつつを抜かしている余裕は、とてもじゃないが持ち合わせていまい。しかし、もし無事に彼女が彼女を蝕む呪いから解放され、彼女の人生を取り戻した暁には、一体彼女はどのような選択をするのだろうか。まだわずかな期間ではあるものの、ヒューバードの感触では、ジェネヴィエーヴは比較的情を重んじる女性であるように感じられる。そんな彼女が幼馴染であり、自分に対して愛情を示すクラレンスを拒絶するとは考えにくかった。しかし、一方でこれはクラレンスのアドバンテージとなるとも思われなかった。ジェネヴィエーヴの情の厚さはノクターンにも適応されることだからだ。彼にとっては身分の差が非常に大きな障害となるだろうが、起居を共にし、クラレンスよりも長い間信頼を積み重ね、愛情を勝ち取ってきたという実績がある。
 ヒューバードは窓の外、澄んだ青空に平筆で刷いたような薄雲を眺めながら、大切な従兄弟を想ってそっと吐息を漏らしたのだった。

 数日後、王宮でヒューバードから声を掛られた彼女は訝し気に眉をしかめたものの、直ぐに表情を取り繕うと丁寧な礼を返した。
「お約束の日はまだ先だったと存じますが」
 ヒューバードは身分柄、制限の多いクラレンスに代わり、ナイトリー邸へ定期的に報告や事務連絡を行っていた。その日までにはまだ日にちがあるはずだがと問うアリアに、ヒューバードは苦笑を漏らした。
「王妃様の治療にも関わることなので、お約束前ですが、一度、クラレンス殿下やミスター・フェラーズも交えてお話しできないでしょうか」
 クラレンスやケイ・フェラーズも一緒にということは王宮で話をしたいということだろうか。アリアはしばし考え込んだのちに小さく頷いた。
「承知いたしました。こちらとしても事前に何か準備が必要でしょうか」
「⒉点お願いがあります」
 ヒューバードはニコリと笑みを浮かべると、ジェネヴィエーヴの推測通り、晴れてミスター・フェラーズの協力を得られることになったため、ジェネヴィエーヴからより詳細な指示を仰ぎたいと言った。
「もう一つは、弟君のミスター・ラトクリフに取り次いでいただきたいのです」
 アリアはきょとんと眼を真ん丸に見開いたが、直ぐに頷いた。
「ノクターンですね、承知いたしました。ノートン卿もご多忙ですし、確かに今後のことを考慮すれば、私を通すよりも、弟と直通の連絡を持つ方が時間的にも、対外的な制約から言っても都合がよろしいでしょう」
 口元に手を持っていきながら生真面目に頷いているアリアに、貴女と頻繁に連絡を取り合える特権を得られるのは捨てがたいですが、と茶化しかけてヒューバードは言葉を飲み込んだ。彼はようやくここまで心を開いてくれた彼女と再び距離が生じることを、望んでいなかった。
「申し訳ありませんが日時は此方で決めてしまってもよろしいでしょうか。その代わりと言っては何ですが、当日は馬車を向かわせますので」
 ヒューバードがニコリと笑みを浮かべて言うと、アリアは焦ったように首を振った。
「ノートン卿はお務めもおありでしょうし、仕方がありませんわ。それにお迎えの馬車なんて、却って弟も恐縮してしまいます」
 これだけはっきりとした身分差があるにもかかわらず、このような好意を示されては、アリアとしても感謝しないわけにはいかなかった。それに、ヒューバードは恩に着せようと等という意図は一切感じさせない、ごくごく自然にこうした厚意を見せるものだから、アリアでなくともヒューバードに対して大小なりとも感動を覚えずにはいられなかっただろう。
 数ヶ月前のあからさまに彼を軽蔑し彼を避け続けてきたアリアとの関係性からすると、なんとも素晴らしい進歩であった。アリアとすると、やはりジェネヴィエーヴに対するヒューバードの無礼な振る舞いの数々が、記憶から拭われたわけではなかった。わだかまりが完全に消え去ったわけではないが、だからと言って彼のような人物から丁重に接せられてしまっては、態度を改めないわけにはいかなかった。何より、ジェネヴィエーヴに対して、本来そうあるべきであったように、今ではヒューバードは折り目正しく礼儀と敬意を払うようになっていたから、ジェネヴィエーヴ自身が全く拘泥していないこともあり、彼女も意地を張っているわけにはいかなかった。
自然、アリアの態度は軟化していった。それでもわずかな抵抗感もあり、彼女としては無礼に当らない範囲で、冷淡な対応を取っているつもりであった。しかし、元来が朗らかで愛敬あふれる質だったから、はたから見れば親切で好意を感じさせるのに十分だった。
思わず緩みかけた口元を手で隠しながら視線を泳がせるヒューバードに、アリアは申し訳ありませんがと目を伏せて眉根を寄せた。
「ノクターンの件は承知いたしましたが、ジェネヴィエーヴ様へお取次ぎするのは難しいと思います。お返事にしても相当のお時間を戴くことになると思います」
 アリアの声が暗く沈んでいくのを聞きとがめたヒューバードが
「大層お悪いのですか?」
 と訊ねると、
「はい、ああいいえ。大司教様のお見立てでは今回の御不調は然程問題になるものではないそうです。ですが・・・、それでお苦しみが弱まるわけではありませんので」
 アリアは表情を曇らせて瞳を揺らした。
「それは大層気がかりですね。私も強いてご無理を言うつもりはありません。勿論ナイトリー嬢のお体が一番です。ご快復次第で結構ですので、ミス・ラトクリフから折を見てお話しいただけると幸いです」
 僭越ではありますが、心からのお見舞いを申し上げますと、ヒューバードが心のこもった口調でそういうと、アリアはホッとしたように表情を明るくした。
「お心遣い痛み入ります。では、弟の件は一両日中にでもご連絡差し上げます」
 そう言って二人は別れた。

 ナイトリー邸へ戻ったアリアは例の通りジェネヴィエーヴの傍で看護にあたっていたが、折を見てヒューバードの言葉を伝えた。
「それで今日、ノクターンは出かけていたのね」
 軽く眉間に皺を寄せながら、いつもよりもずっと弱々しい声音で話すジェネヴィエーヴに、痛まし気な眼差しを向けながら、アリアは頷いた。
「ジェネヴィエーヴ様、頭が痛むのではありませんか。治癒魔法をおかけしましょうか?」
 ジェネヴィエーヴは瞼を閉じて無言で、否と答えた。目の奥から頭の中心にかけて、じわじわとした痛みが遷延している。
「ご無理をなさらないでください」
 この数日、ジェネヴィエーヴは月のものに苦しめられていた。月の物といっても、彼女の場合、年に数回あるかどうかといった頻度なのであるが、回数が少ない分を補おうとでもしているのだろうか、十日間以上も出血が続くことが常であった。出血の5日以上前から強い腹痛とめまいが始まり、出血後は吐き気と貧血、頭痛、時には発熱もまた併発した。半月ほども続く諸症状に、それでなくとも体力の落ちている彼女は再び寝室に逆戻りした。
指折り残りの日数を数えてみても、これからあと10日以上も続く苦しみに、ベッド上での生活に慣れっこになっているとはいうものの、全く飽き飽きしていた。
「どうせ、これからもっとひどい痛みが始まるのだから、その時まではいいわ。・・・それに、最近は効きが悪くなっているでしょう?」
 確信に満ちたジェネヴィエーヴの言葉に、アリアはギクリと肩を震わせた。ジェネヴィエーヴは苦い笑いを口元に浮かべると、再び目を閉じてしまった。
彼女の指摘する通りだった。
数日前、師である大司教に告げられた台詞、がアリアに深く突き刺さる。

――呪いが進行するに比例して、より一層強い聖魔法を要すだろう。同時に、これまで簡単に癒すことのできた病や傷、痛みもまた、治癒魔法で直すことは困難になるはずだ。だからといって、繰り返し強い魔力を用いていれば、最終的には彼女の苦痛を和らげる術はなくなってしまうだろう。耐え難い苦しみの中で、彼女がどのような決断を下すのか。ひとたび掛かり合うと決めたからには、貴女は最期まで目を背けてはならない。

 アリアも分かっていた。今後のことを考えれば、容易く治癒魔法を乱用すべきではないということを。それでも、アリアはジェネヴィエーヴの気力がじりじりと削られていくのが、不安で堪らなかった。
今やジェネヴィエーヴの心身は、彼女の気力でぎりぎり保たれていると言っても過言ではなかった。そうした中で迎えた今回の月経に、なすすべもないアリアは臍を噛む思いであった。
保温魔法の掛けられた毛布を整えて、アリアは静かに部屋を後にした。
自室へと続く長い廊下で足を止め、こみ上げてきた感情をギュッと目をつぶって堪える。握りしめた両手が痛かった。
「アリア?」
 かけられた声にハッと顔を上げると、ノクターンが部屋の前で彼女の帰りを待っていた。訝しげな表情を浮かべて、早足に近づいて来る弟に急いで表情を取り繕う。
「何でもないわ。ジェネヴィエーヴ様がお休みなられたから、一度戻ってきたの。安心して、ノクターンの報告もきちんとお伝えしたわ。いけない、廊下で話す内容でもなかったわね。部屋の中で続きを話しましょう」
 アリアはメイドにお茶の準備を頼むと、ノクターンを促した。
人払いされた室内には、しんと沈黙が落ちていた。窓の外の、枝の上には冬毛に衣替えした小鳥たちが戯れあっている。それらの鳴き声に耳を澄ませていたノクターンが、チラリとアリアに視線を向けた。カップで指を温めながらボンヤリと目を伏せる彼女に、声を掛けようと息を吸い込むと、アリアがポツリと口を開いた。
「神様は不公平だわ。・・・どうして、ジェネヴィエーヴ様ばかりがこんなに苦しまなければならないのかしら。少しでも私が替わって差し上げたいのに」
 何もして差し上げられない、最後の台詞は聞き取れるかどうかの、ごく小さな声で漏らされた。ノクターンは僅かに目を見張った。特に返答を求めての台詞ではなかったのだろう、アリアはぼんやりと揺れる紅茶に視線を落としたままだった。
財力に権力、家柄に一目を惹く美貌を備えたジェネヴィエーヴが、手の尽くしようのない苦しみの淵にいるということを平凡な人間たちが知ったとして、それを不公平だと感じるかどうか。アリアの心情を慮り口を噤んだノクターンだったが、内心苦笑せずにはいられなかった。
もし、孤児となったアリアとノクターンが幼い頃の様に、ジェネヴィエーヴのためにナイトリー邸で虐待に近い扱いを受けたままであったならば、果たして同じ感想を抱いただろうか。いや、アリアであれば深く同情し、涙すら流したかもしれない。しかし、自分はとてもそんなことは言えないだろうし、とてもじゃないがそんな偽善的な振る舞いをすることは出来まい。
今、自分がジェネヴィエーヴのために奔走し、心から彼女の平癒を願っているのは、ひとえにこれまでのジェネヴィエーヴの愛情と、信頼故であった。そうでなければ、ナイトリー侯爵から恩顧を受けている身として、上辺ばかりは通り一遍の慰めを口にしても、それ以上は口を噤んだことだろう。
アリアだって、これほど真心から自分の人生の多くの時間を費やしてまで、ジェネヴィエーヴに尽くそうとはしなかったはずである。
「僕たちは、僕たちのできることをするしかない」
 アリアの言葉を否定も肯定もせず、静かに告げられた台詞に、アリアは瞳を揺らしながら頷いた。
「そうね、その通りだわ。私にしかできない役割があるのだもの。ジェネヴィエーヴ様のお為にして差し上げられることがある。それだけでも幸せなことだわ」
 彼女は唇をかみ、感情を抑えながら声を震わせた。
「・・・・・・、ジェネヴィエーヴ様はなんと仰っていた?」
 アリアはゆっくりと顔を上げると、ご報告のことねと言った。
「任せる、と仰っていたわ。但し、ミスター・プリチャー、つまりラクランドの者たちに決して気づかれないように注意して欲しいと」
「勿論、細心の注意を払うよ」
 アリアは首をかしげた。
「それで、いつ実行するの?」
「さあ、実働部隊はノートン卿と僕だから、手筈が整いさえすれば明後日にでも決行できるよ」
 肩をすくめてみせるノクターンにアリアはコクリと頷き、ようやくカップに口を付けた。
「そう」
 ノクターンは頬杖をついて暫く窓の外を見つめていたが、ふと視線を戻すと、
「ところで、ノートン卿とアリアって何かあったわけ?」
 ポツリと言った。ぴしりと動きを止めたアリアは目を真ん丸に見開き、首をかしげた。
「何かって、何故?」
 ノクターンはうーんと顎に手を当てて、首をかしげた。
「妙に気を遣ってくるっていうか、慇懃すぎる気がするんだよね。確かにジェネヴィエーヴ様の繋がりってことで、ある程度は気を遣ってくるだろうなとは予測していたけど、僕らはたかが準男爵の子どもだろう、その点あちらは王族の親戚なのに、不自然なくらい親切な気がするんだよね」
 何か心当たりない、と視線を寄こすノクターンに、
「ノートン卿はもともと人当たりの良い方だと評判じゃない。身分や年齢を問わず慇懃な態度を取るのも別におかしなことではないんじゃないの?」
 それとも、と言葉を切るとアリアはニコリと笑みを浮かべた。
「単純に、ノクターンのことを気に入ったんじゃなくて?ほら、ノートン卿って、とてもおもてになるし、いつも美人を連れているじゃない。ノクターンもきれいな顔をしているから、気に入られたとか?」
 アリアが茶化すように言うと、ノクターンは盛大に顔をしかめた。
「冗談やめてよ」
 容姿端麗なノクターンに言い寄るもの達は男女を問わず少なくなかった。元々、人付き合いの良い方ではないノクターンは、社交の場に出る度に嘗め回すような視線を浴びて辟易したものだった。
「ノクターンの愛想は極めて人を選ぶのだから困ったものだわ。ノートン卿を見習ってほしいとまでは言わないけれど、クラレンス殿下と同席する時のあの冷淡な態度はもう少し改めて欲しいわ」
 あのいたたまれない雰囲気ときたら、とアリアは眉根を寄せた。
「僕は殿下に合わせているだけだよ。その証拠にジェネヴィエーヴ様やアリアといる時は何ともないだろう」
 と言ってノクターンは肩をすくめた。
「これから、ノクターンだけで殿下やノートン卿と同席することが増えてくるのだから、もう少し気を付けてちょうだい。ジェネヴィエーヴ様も気になさっていたわよ」
 アリアが眉間に皺を寄せて窘めると、
「それこそ、ノートン卿が何とかするだろう。あちらの方が長い付き合いなんだから、気心も知れているし、何よりも従兄弟同士なんだから」
全く悪びれる様子のないノクターンに、ノートン卿をお気の毒に思う日が来るなんて思いもよらなかったわと、アリアは苦笑したのだった。
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