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6.破滅への一歩 編

その7

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 王島からマーレ島に戻った。
 いつもの城が違うように見える。
「式は来年と言っていたな、陛下は」
「ええ。考えることはたくさんですね」
 シシィは、庭を一瞥いちべつした後、カイトと共に城の執務室に入った。
「カイト、島主になるのだから、これを渡しておく」
「!!」
 いつの間にか、男が立っていた。
「影だ」
「お初にお目にかかります。シシィ様の影をまとめております」
「気が付かなかった…」
「色々と探してもらったり、護衛してもらったりこれから世話になるだろう。だが、一つ言っておくカイト」
「はい」
「己も磨け」
「…」
「人をまとめ活かしていくには、自分自身が成長していかないととてもまとめきれないぞ。心してかかれ」
「はい!」

「一応背中は見せてはいたつもりなんだがな。私から何かを学んでくれればよいのだが」
「カイト様なら大丈夫でございましょう」
「すまんな、引退は俺の方が先だった。あの方の元へ返して差し上げたかったのだが」
「滅相もない。この命、シシィ殿にとうに差し上げてございます」
 まとめ役とは別の影とシシィは話をしていた。


「来年、カイトが婚姻と同時にマーレ島島主となる。この城はマーレ島の政治的中枢となる。居住は現在の私の部屋とし、私は、後方の別邸に移動する。また、丘広場に新しく省庁を建設することになった。人員はすべて入れ替える。来年まで忙しくなるがみなよろしく頼む」
 シシィの宣言通り、マーレ島は忙しさに拍車がかかった。

 カイトは城の居住区におもむいた。
「バトラー」
「はい」
 ぼすっ!と執事の腹にカイトの拳がめり込んだ。
 不意を突かれたので、腹に力を入れておらず、かなりの痛手をうけたようだ。
 かなりせき込む。その場にしゃがみこんだ。
 周りの侍女が驚いて小さな悲鳴を上げた。
 カイトもしゃがみ、小声で話す。
「なぜ殴られたかわかるな?叔父上のお怒りの分だ」
「!!」
「お前とマーガレットは、別邸に移られる父上の所へ行け」
「は…」
「邸内の人員はすべて取り換える」
 カイト様が怒っていらっしゃる…
 初めてですよね、とざわめいていた。
 すれ違いざま、マーガレットに小声で警告した。
「叔父上が殴るなと言ったから、お前は殴らないんだ。言われなかったらボコボコに殴っている」
「!」
「俺の妻になるものに薬を仕込んでみろ。海に沈めるからな。次はないと思え」
 本物の殺意に触れたマーガレットは、お辞儀をするだけだった。



「ええ!もう一緒に住むってことですか!?」
「はい、アルバウ家もぜひにと」
 王島から婚約者と一緒に住めと言ってきたのは、婚姻話がきてから一週間ほどたった頃だった。
「はー、とにかく父上、一度王島に行ってきます」
「そのまま、リカ殿が入城するということか?」
「そうなりますね」
「そういえば、お聞きになりましたか?」
 陛下の勅使は、教皇含めビオラたちが襲撃されたことを話した。
「何だと?」
「ビオラ殿がケガをされて」
「どのような?」
「命にはかかわらないそうです」
 勅使の話だけでは、らちが明かないので、カイトは至急影を呼んだ。
 ちょうど報告のため影が来ていた。

「何だって?!」
「しばらくは左肩が動かないかと」
 マーレ島の影は、王島での出来事を細かくカイトに報告に来ていた。
「くそうっ!」
 拳をバン!と椅子にぶつけ、目の前にあった書類を手で払ったのはシシィだった。
「どこまであいつを傷つければ気が済むんだ!」
「いかがいたしましょう」
「父上、どういたしましょう?」
「…もうお前の影だ。好きにするといい」
 手でこめかみを押さえ、たたずんでいた。
「王島はそのまま監視を続けて、また動きがあれば教えてくれ。それと別に」
「はい」
「マーレ島にいる、陛下の影を見つけ次第、海に沈めろ。全部だ」
「はっ」
「不愉快なゴミども、大掃除してやる」
 静かなカイトの怒りはビリビリと影にも届いていた。


 カイトが王島に行くのと入れ違いに、第二便の影の知らせが来た。
 ビオラの威勢の良い話を聞いた途端、シシィは部屋の外まで聞こえるような大声で笑った。
 わははははっ!と愉快な声だった。
「あー、おかしい。さすがだな」
「さすがでごさいます。わたくし目と耳を疑い申した」

「いいだろう?俺の惚れた女は!最高だろう?!」

 愉快に笑って、シシィは両手を大きく、いつぞやのように広げて執務室を歩いた。

 売られたケンカは買わなければならない、か。
 それも勝ちに行くと宣言するか!

「いい女だ!昨日の今日でそう叫ぶのか!」

「チャパティ長官への嫌味たっぷりもかなりの見ものでございました」
「おお、そうとも!ますますいい女だ!」
 自分の手柄のように嬉しそうに、シシィは書類を手に取る。
「この事件をきっかけに、総務省、王島騎士団団長はビオラ様のお味方になられたようです」
「うむ!ルスレグ団長か。あいつならビオラの良いところを見てくれるだろう」
「ご同輩でございましたね」
「ああ、学園で一緒だった。その後も色々と世話になっている」
 ご機嫌で、仕事に手をつけようとした。
「…犯人はやはり陛下の手下か?」
「恐らくは。ビオラ殿もうすうす気づいておりまする」
「そうであろうな。では」
 シシィは立ち上がった。
「この私がビオラの弱点とならないように気をつけねばな!」
「はっ」

 ビオラ。
 体調を力技で元に戻したらしいが、無理はするなよ。
 遠くから援護はするから。
 これ以上、命を削るな。

 窓から外を見つめるシシィを影は心配していた。
 本当は、迎えにいきたいですな。
 いや、飛べる鳥を籠に入れるのは可哀想か。
 いつかあなた様の元へ飛んで戻ってくるとよろしいですな。



「本当に急で申し訳ない。荷物などは後から送ってくださいね」
「いいえ、元々荷物は少ないので、これだけなんです」
「では、マーレ島で色々そろえましょう!伝統のある衣装はきっと気に入りますよ?」
 リカという女性は、王宮から出るときカイトに手を取られ、真っ赤になっていた。
 そのまま、王島からマーレ島まで馬車で移動するときに、色々話をする。

 くるくると表情が変わる。
 ビオラに似ているな。
 カイトは面白い女性だなと思った。
「貴族と言っても私は5番目で、3女ですから、ちっとも価値がないんです。だから、いつも自由に歩いていました」
「竜騎士の試合の時に私を見たそうですね」
「あ、覚えていらっしゃいませんよね」
「わあ、申しわけない。失礼なことを申し上げていますね」
「カイト様の叔父上様が勝った時、私思わず大声を出したんです。そうしたら、あなた様はありがとう、喜んでくれて、とおっしゃった」
「そうだった…かな?」
「あの時大興奮されてましたもの。いえ、あの場にいたもの全員ですわね。その時に、この方は地位のある方なのに、感謝の気持ちをきちんと持っているんだなと感じたんです」
「なるほど」
「その後、司祭様が間に立っていただいて。国王陛下にお話が行くとは思ってもみませんでした」
「まあなー俺も急に結婚しないかと言われてびっくりしたよ。」
「申し訳ありません」
「いや、君が悪いわけじゃないだろう?貴族の結婚なんてそんなものだろうし」
「そうですわね。でも、私はとても幸せ者です」
「え?」
「だって、好きになったかたと結婚できるんですもの」
 満面の笑みで彼女は笑った。
 カイトは真っ赤になる。
 馬車の外をおもわず見てしまった。

「ああ、王島で叔父上様の婚約者様に何度かお会いしました」
「ビオラに?」
「ええ。しばらくマーレ島にいらっしゃたとお聞きしたのでお話をと思いまして。試合の後のお話ですわ。王妃様とご一緒に。楽しかったです。色々お話も聞けて」
「竜騎士の試合前に少し話をしました。元気そうでしたね」
「ええ、でも調子をくずされておいでのようでした」
「え?」
「これは私と私の侍女のみが見たのですが、2回ほどお茶会のあと、教会のお庭で戻されて」
「!!」
『他人が入れた茶を飲めなくなった!また何か入っているかと思っているからだ!』
 カイトの全身の血が逆流していく。
「司祭様が抱き上げて教会の中へ入っていかれましたが」

 ビオラ!
 いつか乗り越えてくれ。
 父上のためにも叔父上のためにも。


 島主を退く…
 代々の島主が、強固にしてきた海上島。
 海上島と呼んでいたのに、他の島が海上に浮かぶならそれは使えん。
『海上島という通称も変わっていきますね』
 そう、あの日君はそう言っていたな。
 この立場を返上したなら、君を迎えにいってはいけないんだろうか。
「…」
 無理だ。
 俺だけが現実に残ると決めたじゃないか。
 何をいまさら迷うんだ。
 俺だけが置いて行かれる。
 わかっていたことだ。
 なのに、未だに現実にとらわれているのは俺の方か。
 腕を組んで、空を見上げた。
「父上、まだ引退には早いですよ?」
「何?」
「やる事がたくさんあるんですから、暇そうにしていないで手伝ってくださいよ」
「生意気言うな。誰が暇そうにしているんだ」
「それでこそ、海鳴りです」
 生意気なともう一回言って笑った。
 父上、忙しくしてください。
 気がまぎれます、きっと。
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