あなたの頭、お作りします! 〜デュラハン防具職人の業務日誌〜

遠野さつき

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第2部

6話 職人のエゴと涙

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「アルティー! 来たぞ!」

 店のドアが勢いよく開き、リリアナが顔を出した。いつも通り兜の面頬を額に上げ、一対の青白い光を嬉しげに瞬かせている。

「ああ……。こんにちは、リリアナさん。鎧の製作は順調に進んでいますよ。それと、絵本を貸してくれてありがとうございました」
「どうした? 元気がないな。無事に納品は終わったんだろ?」

 首を傾げながら近寄ってくるリリアナに絵本の入った紙袋を差し出し、曖昧な笑みを浮かべる。確かに納品は済んだが、去り際のエミィの様子が気になって仕方なかった。

 あれから三日経っても、ラドクリフからは何の連絡もない。お見舞いに行きたいのは山々だが、仕事でもないのに貴族街に足を運ぶのはなかなかハードルが高い。

 平民がうろついてもペナルティはないが、もし挙動不審になってうっかり通報されでもしたら、リリアナの仕事を増やしてしまう。

「エミィちゃんの様子、何か聞いてないですか?」
「うーん……ここしばらくラッドとは会ってないからなあ」

 同じ貴族街に住んでいるとはいえ、職場や生活リズムが違うとあまり顔を合わせないらしい。貴族は移動に家の馬車を使うことが多いから余計そうなのかもしれない。

「でも、マリー……うちの使用人がマルグリテ家に医者が出入りしているのを見たって。いくら体が弱くともデュラハンなんだ。もうそろそろ回復していると思うけど……」
「ちわーっす! 速達です!」

 威勢のいい声と共に、黄緑色の帽子と肩掛けカバンを身につけた鳥人バードマンが中に入ってきた。郵便屋だ。猛禽類らしい鋭い嘴には担当地区を示すシールが貼られ、もふもふの羽毛に包まれた手には小さな封筒が握られている。

「アルティさんはどなたっすか⁉︎」
「あ、俺です。どこから……」
「まいど! サインください!」

 抜け落ちた羽が床に落ちるより早く差し出された封筒を受け取り、受領書にサインする。封筒には赤文字で『最速最短!』と書かれ、マルグリテ家の封蝋がなされていた。

 風のように去っていく郵便屋を見送り、震える手で中身を取り出す。小さな便箋にはたった一行だけ、『連絡事項あり。屋敷まで来られたし――ラドクリフ』と記されてあった。

「……あいつにしてはぶっきらぼうな手紙だな」

 字が乱れているし、エスメラルダの身に何かあったのかもしれない。

 焦る気持ちのまま、手紙を握りしめて店を飛び出す。リリアナが拾ってくれた高速馬車に乗って、アルティは貴族街に向かった。





 駆けつけたアルティを出迎えたのは、力なくベッドに横たわるエスメラルダだった。薄いピンク色のネグリジェとナイトキャップを身につけ、苦しげに息をつく様子は、どこをどう見ても健康には見えない。そばに置かれた熊のぬいぐるみも何だか不安げだ。

「アル、ティ……ごめんね……こんな格好で……」

 健気に起きあがろうとするのを押し留めて、薄いレースの手袋に包まれた小さな両手を握る。血の気が引いているのか、まるで冷蔵庫から出したばかりのように冷たい。

 風邪でここまで体調が悪くなるとは思えない。ここに通してくれた使用人が黙礼して去っていくのを確認し、エスメラルダの顔の闇を覗き込んだ。

 いつもよりも薄い気がする。デュラハンの顔の闇が消えるときは死ぬときだ。予期せぬ状況に背筋がぞっとした。

「どうしたの、エミィちゃん。一体、何があったの?」
「わたし……」
「ごめんね。忙しいのに急に呼びつけて」

 アルティの訪れを聞いたのだろう。大きく開け放たれたドアの向こうからラドクリフが駆け寄ってきた。顔色はわからないが、ひどく憔悴しているようだ。動きがどことなく緩慢だし、声に張りがない。

「待って……おにいさま……。アルティはわるくないの……かえさないで……」
「駄目だよエミィ。そのお願いだけは聞けない。お前も、ここに通すなと言っておいただろう」

 ラドクリフの叱責に、背後で控えていた使用人が頭を下げた。どうやらラドクリフと顔を合わせる前に連れてきてほしいとエスメラルダに頼まれたらしい。

「君にお願いがあるんだ。来てくれるかな?」

 がっしりと二の腕を掴まれて拒否する選択肢があるはずもない。ベッドの上で「やだ……アルティ……」と啜り泣くエスメラルダに後ろ髪を引かれながら寝室を後にする。

 状況がわからぬまま通されたのはラドクリフの私室だった。シュトライザー工房より遥かに広い部屋の中には、高そうな本や鎧兜がぎっしりと詰め込まれている。

 その中心に鎮座する大きなテーブルの上に置かれているのは、三日前に納品したばかりのエスメラルダの鎧兜だった。

「悪いんだけど、持って帰ってもらえるかな? うちにあるとエミィが着たがって言うことを聞かなくてさ」
「……返品ということですか?」

 呆然と問うと、ラドクリフは小さく首を横に振った。

「いや、返品じゃなく一時預かりで……」
「いつまでですか。今のエミィちゃんの様子と何か関係があるんですよね」

 食い気味に言い返すアルティに、ラドクリフが息を飲む。図星を突かれたといった様子だ。そのまましばし、揺れる青白い目をじっと見つめていると、重苦しいため息が聞こえてきた。

「エミィは魔素欠乏症にかかってる」

 今度はアルティが息を飲む番だった。

 属性の維持には一定量の魔力が必要となる。魔素欠乏症はそれを下回るほど、急激に魔力を消費したあとにかかる病気だ。

 消費量によって病状の度合いは変わり、軽度の場合は眩暈や吐き気が起き、重度の場合はそのまま昏倒してしばらく寝込む。ただ、命に関わる病気ではなく、通常は失われた魔力を補填すればすぐに回復するのだが――。

「……どの魔素で補填すればいいかわからない?」
「そう。属性を判別できないから補填のしようがないんだ。医者が言うには、今までもじわじわと消費されていて、それが体の弱さに現れていたんじゃないかって。エミィにはきっとわかっていたんだと思う。俺たちを心配させまいとして黙ってたんだ」

 いい子過ぎるのも考えものだよ、とラドクリフがぼやく。

「その原因がこの鎧兜……? リベットに火属性を使ったからですか?」
「わからないんだ。火属性が影響すると言えば氷属性か木属性だけど、エミィはそうじゃないし、急激に魔力が失われるほどリベットの属性が強いわけでもない。ただ、どうしても無関係だとは思えなくてさ……。体調を崩したのはこの鎧を着た直後だからね」

 三日前、アルティが思ったことをラドクリフも思っていたのだ。あのとき、エスメラルダは鎧を見下ろして何かを考え込んでいた。体から急激に失われる魔力に気づいたのかもしれない。

 しかし、彼女は何も言わなかった。アルティの手がぼろぼろなのを見て、言葉を飲み込んだのだ。

「回復する見込みはないんですか……?」
「それもわからない。魔力が補填されるまで生命力が持てばいいけど、この状態が続けば……」
「そんな……」

 自分でもわかるくらい情けない声が出た。今にも泣きそうなアルティの肩をラドクリフが優しく掴む。その手は微かに震えていた。

「君には本当に悪いと思ってる。もちろん返金もいらないよ。エミィが回復したら必ず引き取りに行くから、それまでどうか預かっていてほしい」

 それは祈りのように聞こえた。

 ラドクリフに促されるまま、のろのろと鎧兜を抱える。三日前まで確かに輝いていたそれは、何故だか無性に色褪せて見えた。





 馬車を降り、とぼとぼと店に戻る。リリアナはもう職場に戻ったようだ。がらんとした店の中でため息をつき、鎧兜をカウンターに下ろす。

 脳裏をよぎるのは後悔の二文字だ。

 どうしてあのとき、エスメラルダの様子にもっと気を配らなかったのか。本心を隠す客の気持ちを汲み取るのも職人の力量のうちだと、リリアナの件で痛いほどわかったはずなのに。

 やるせない気持ちでぐっと鎧を握りしめたとき、玄関のドアが大きく開いた。

「戻ったぞ、弟子よ! 喜べ! 質の良いコークスを大量に――」

 そこで言葉を切り、クリフはアルティをまじまじと見つめた。

「どうした?」

 いつもとは違う真剣な声色だ。溺れるものが藁に縋るように、アルティは依頼を受けてからの出来事を全て語った。

 クリフはアルティの話を聞き終えると、やがて静かな声で言った。

「どうして火属性のリベットを使った?」
「それは……この色合いを出すにはこれしかないと思って……」
「本当にそうか? 塗料を避けたいなら、めっきを外注してもよかったはずじゃ。確かにイフリート鋼には及ばんだろうが、それなりの仕上がりにはなったじゃろう。そもそも、客はそこまで望んでおらんかったんじゃないのか。このリベットを使うと決めたとき、お前の頭には何があった?」

 何も言えなかった。

 エスメラルダが喜んでくれると思ったから――それは確かだ。しかし、他の選択肢を捨ててまで完璧な仕上がりにしたいと思ったのは、ただのエゴだと気づいてしまったからだ。

(俺、エミィちゃんのためじゃなく、自分のために仕事をしてた……)

 客から指名をもらいたい。もう一度ブームを起こしたい。そんな気持ちに囚われて、大事なものを見落としていたのだ。

「お前の気持ちは職人なら誰しも持つものじゃ。自分の腕前を世間に披露してやりたいと思う。ワシにもそんなときがあった。特に若い頃はな」

 顔を覆うアルティにクリフが言い募る。子供に言い聞かせるような穏やかな口調なのが余計に辛かった。

「ほんの小さなリベット一つ。それが人生を変えることもある。依頼を受けてものを作るということは、客の未来も作るということじゃ。それを忘れるなよ、アルティ」

 遠ざかっていくクリフの足音を聞きながら、アルティは泣いた。

 どうしても涙が止まらなかった。
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