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第4部
8話 意地と槍と家族の応援
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「お疲れさまです、リリアナさん!」
「リリアナおねえさま、おめでとう! 格好よかった!」
試合後の興奮が冷めやらぬ中、片手を挙げたリリアナが近づいてきた。ラドクリフたちと共に観戦するアルティに気づいていたらしい。手放しで祝福するエスメラルダの頭を撫でながらアルティの右隣に座る。
健闘した部下たちは早くも警備の仕事に戻ったそうだ。といっても、持ち場は誰も来ない小部屋なので、実質的には休憩である。リリアナは次に始まる馬上槍試合の応援のため、持ち場を抜けてきたという。
「それにしても、えっぐいことするよね。いくら治療魔法を使える医者が大勢詰めてるっていっても、あそこまでする?」
「あいつら、師団長と一緒になって後輩に暴力を振るってたからな。いい経験になっただろう。相手が弱いと思って調子に乗ると、手痛いしっぺ返しがくるってことさ」
肩をすくめるリリアナに、笑みが漏れる。
「格好よかったですよ、リリアナさん。いつもあんな感じで指揮してるんですね」
「え? う、うん。ありがとうな、アルティ」
「なーに、頬染めてんの。ガラじゃないね」
「うるさいな! お前だってそんなスカした顔できるのも今のうちだからな!」
リリアナの言葉に、ラドクリフがぴくりと肩を揺らす。
「ふーん……。あいつ、ちょっとは動けるようになったのか」
「気になるか?」
ラドクリフは一瞬黙ったが、すぐにふいと顔を逸らした。
「別に? どうせ明後日にはわかるし」
そのとき、周囲がにわかに色めきたった。場内に拡声器を持った魔法士が進み出る。いよいよ次の試合が始まるのだ。
『皆さま、お待たせいたしました。次なる種目は国軍及び騎士団合同の馬上槍試合です。華々しい開幕を飾るのはこの二人! 王家の盾と名高き『漆黒の牙』、近衛第一騎士団長パーシヴァル・ロイデン! 対するのは王家の剣と名高き『氷血の狼』、国軍総司令官のゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインです!』
「あっ、出てきたよ! あのひと、おねえさまのパパでしょ?」
エスメラルダが指差す先には、立派な黒馬に乗った男性体のデュラハンがいた。
目を見張るほど大きな槍を持ち、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだ体躯は、初めて会ったときと変わらず威圧感に満ちている。唯一違っているのは、兜の先端にアイスブルーに染めたシルクの細布が下がっていることだ。
「あれって……リリアナさんの前の兜についてた細布ですよね?」
「……まあ、温情だよ。温情。一人だけ祝福がないってのもな」
祝福とは、馬上槍試合に挑む騎士に渡す贈り物のことだ。大抵は家族や恋人、または友人が「怪我なく無事に試合が終わりますように」との祈りを込めて、己の身につけているものを渡す。
「珍しいね、リリィから渡すなんて。今まで使用人に任せきりだったのに」
「お母さまが生きていたら絶対渡しただろうからさ……」
もごもごと気まずそうに言い返すリリアナに口元が緩む。最近ようやくわかってきた。この親子もラドクリフとバルバトスの関係と同じなのだと。
眼下ではトリスタンとパーシヴァルが審判のマリアから試合の注意事項を聞いている。
馬上槍試合とは、馬上で大きな槍を手にした騎士たちが、中心に設置された木柵の左右に別れて向き合い、すれ違いざまに互いを打ち合う競技である。こちらも勝敗はシンプルで、相手を戦闘不能にさせるか落馬させた方が勝ちだ。
用いる槍は試合用に先が潰されたものだが、受けるダメージは相当のものである。当たりどころが悪ければ大怪我を負うし、意識を失って落馬すれば命の危険もある。そのため、ラスタ王国の闘技祭では将官クラスの大ベテランが選手を務めることになっていた。
「相手方の騎士も強そうですねえ……。彼もデュラハンですよね?」
「そうです。父上の……まあ、ライバルみたいな御仁ですよ。歳も同じだし、戦績も似たようなもので。それに、うん……鎧兜のセンスも……」
ハロルドの問いに答えたリリアナがパーシヴァルを指差す。
まるで闇を溶かしたような漆黒の鎧兜は、この青天の下では余計に目立った。兜は今では珍しくなった古式ゆかしいグレートヘルム――通称バケツヘルムだ。その名の通りバケツをひっくり返した形をしていて、面頬には小さな覗き穴と空気穴しか空いていない。
バルバトスがいたら「ダサい」の一言で片付けられるだろう。今は色鮮やかでスマートな形状の鎧兜の方が若者たちには受けるのだ。
「あ、そろそろ始まるみたいですよ。リリアナさん」
試合前の騎士の誓い――選手宣誓を終えた両名が各々の持ち場につく。
さすが歴戦の戦士というべきか。両名が槍を構えて戦闘体制を取った途端に、弛緩していた空気が一気に張り詰め、場内が静寂に包まれた。
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が明瞭に聞こえる。その中で壇上に立った審判のマリアが、掲げていた大旗を勢いよく下ろした。
馬が立てる地響きと共に、激しい音を立てて大槍がお互いの体を打つ。
激突、とはこのためにある言葉なのだろう。
トリスタンの木製の盾が砕け散り、馬上で体が大きく傾いた。かろうじて落馬は防いだものの、相当なダメージを負ったようだ。上体がふらついているし、馬の手綱を繰る手も覚束ない。
その隙を見逃さず、パーシヴァルが黒い槍となって迫ってくる。それを迎え撃つトリスタンの盾はもうない。あの槍を真正面から受けてしまったらどうなるかわからない。
咄嗟に拳を握りしめる。もうすぐ互いがぶつかり合う瞬間、リリアナが立ち上がって両手を口元に当てた。
「パパーっ! 頑張って!」
まさかの行動に、思わずリリアナを見上げる。だから肝心な部分を見逃してしまった。気づいたときには激しい衝突音と共に、落馬したパーシヴァルが地面に転がっていた。
湧く歓声の中、マリアの明朗な声が響く。
「勝負あり! 勝者はゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタイン!」
「きゃー! やった! リリアナおねえさまのパパすごいねぇ!」
「すごい迫力でしたねぇ。さすがこの国の両翼を担う方々だ」
しっかり見ていたのはハロルドとエスメラルダだけだったようだ。そっと椅子に座り直したリリアナに、アルティとラドクリフが恐る恐る声をかける。
「リ、リリアナさん……?」
「リリィ……? 一体どうしたの? 気でも触れちゃったの?」
「うるさいな。こう言えば父親は喜ぶってエミィに聞いたんだよ!」
きっと顔があったら真っ赤になっているだろう。リリアナはヤケクソ気味に叫ぶと、ふいと視線を逸らした。
「エミィちゃん……。いつの間にそんな技を……」
「ママに教えてもらったの! 『これでパパはなんでも言うこと聞いてくれるわよ』って!」
「……義兄さん、チョロすぎない? エミィの教育に悪いから、改めてくれない?」
「いやあ、面目ない……。でも、ほら、向こうも満更でもないと思いますよ」
頭を掻くハロルドの視線の先には、こちらをじっと見上げるトリスタンがいた。
早くも第二試合に湧く闘技場を尻目に、リリアナとトリスタンは向かい合っていた。
ここは選手たちが控え室に戻るための通路なので、周りには誰もいない。だから、さっきから黙りこくっている二人を見守るのはアルティただ一人だけだ。
正直アウェー感半端ないのだが、リリアナに「ついてきてくれ」と言われたので仕方がない。ハロルドに「声をかけてあげては?」と言われて送り出されたのはいいものの、リリアナ自身もどうすればいいのかわからない様子だった。
「リリアナさん、頑張って……」
こっそり呟いて背中を叩くと、リリアナはようやく決心して足を踏み出した。
「お、お父さま、お疲れさまですっ」
語尾がひっくり返っている。それでも健闘したリリアナに心の中で拍手を送っていると、じっと娘を見つめていたトリスタンが不機嫌そうに目を細めた。
「わざわざ声をかけに来るなんてどういうつもりだ。不甲斐ない父親を笑いに来たのか」
「っ!」
リリアナが息を飲む。もしかしたら照れ隠しなのかもしれないが、さすがにそれはない。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょう。リリアナさんは少しでもあなたに歩み寄ろうと……」
「黙れ。他人が口を出すなと前にも言っただろう。そもそも、なんでお前がここにいる。最近、リリアナとよくつるんでいるようだが、俺の目が浮かぶうちはリヒトシュタイン家の敷居は跨がせんからな」
「お父さま、アルティに絡まないで下さい!」
声に怒りを滲ませたリリアナが、アルティとトリスタンの間に割り込んできた。そのまま視界から隠すように立ちはだかり、ビシッと人差し指を向ける。
「どうしていつもそうなんですか! 口を開けば嫌味ばかり! そんなに私が気に入らないなら、叔父上に爵位を譲ったらどうです!」
トリスタンには血を分けた弟がいる。多忙な兄に変わり、領地の運営の一切を取り仕切っているそうだ。リヒトシュタイン家にしては珍しい文官タイプだが、穏やかな気性と誠実な対応で領民たちからも慕われているらしい。
「……別に気に入らないわけじゃない」
「じゃあ、どうしていつもぶっきらぼうなんです! その細布を渡したときも、無言だったじゃないですか!」
「……それは……」
それっきり黙りこくったトリスタンに、リリアナが痺れを切らしたように「もういいです!」と叫んだ。
「勝利おめでとうございます! これで借りは返しましたからね! 行くぞ、アルティ!」
アルティを連れて踵を返したリリアナに、トリスタンがぽつりと漏らす。
「もう呼ばないのか」
その消え入りそうな声に、リリアナが足を止める。
「え?」
「さっきの」
「さっきの?」
リリアナは不思議そうに首を傾げていたが、やがて得心がいったように頷いた。
「パパ?」
「ふん」
満足げに息を漏らしたトリスタンがアルティたちを追い越して控え室に戻っていく。その足取りはやけに軽い。
「……相変わらず、よくわからんな」
そうこぼしたリリアナの目は、優しく細められていた。
「リリアナおねえさま、おめでとう! 格好よかった!」
試合後の興奮が冷めやらぬ中、片手を挙げたリリアナが近づいてきた。ラドクリフたちと共に観戦するアルティに気づいていたらしい。手放しで祝福するエスメラルダの頭を撫でながらアルティの右隣に座る。
健闘した部下たちは早くも警備の仕事に戻ったそうだ。といっても、持ち場は誰も来ない小部屋なので、実質的には休憩である。リリアナは次に始まる馬上槍試合の応援のため、持ち場を抜けてきたという。
「それにしても、えっぐいことするよね。いくら治療魔法を使える医者が大勢詰めてるっていっても、あそこまでする?」
「あいつら、師団長と一緒になって後輩に暴力を振るってたからな。いい経験になっただろう。相手が弱いと思って調子に乗ると、手痛いしっぺ返しがくるってことさ」
肩をすくめるリリアナに、笑みが漏れる。
「格好よかったですよ、リリアナさん。いつもあんな感じで指揮してるんですね」
「え? う、うん。ありがとうな、アルティ」
「なーに、頬染めてんの。ガラじゃないね」
「うるさいな! お前だってそんなスカした顔できるのも今のうちだからな!」
リリアナの言葉に、ラドクリフがぴくりと肩を揺らす。
「ふーん……。あいつ、ちょっとは動けるようになったのか」
「気になるか?」
ラドクリフは一瞬黙ったが、すぐにふいと顔を逸らした。
「別に? どうせ明後日にはわかるし」
そのとき、周囲がにわかに色めきたった。場内に拡声器を持った魔法士が進み出る。いよいよ次の試合が始まるのだ。
『皆さま、お待たせいたしました。次なる種目は国軍及び騎士団合同の馬上槍試合です。華々しい開幕を飾るのはこの二人! 王家の盾と名高き『漆黒の牙』、近衛第一騎士団長パーシヴァル・ロイデン! 対するのは王家の剣と名高き『氷血の狼』、国軍総司令官のゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインです!』
「あっ、出てきたよ! あのひと、おねえさまのパパでしょ?」
エスメラルダが指差す先には、立派な黒馬に乗った男性体のデュラハンがいた。
目を見張るほど大きな槍を持ち、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだ体躯は、初めて会ったときと変わらず威圧感に満ちている。唯一違っているのは、兜の先端にアイスブルーに染めたシルクの細布が下がっていることだ。
「あれって……リリアナさんの前の兜についてた細布ですよね?」
「……まあ、温情だよ。温情。一人だけ祝福がないってのもな」
祝福とは、馬上槍試合に挑む騎士に渡す贈り物のことだ。大抵は家族や恋人、または友人が「怪我なく無事に試合が終わりますように」との祈りを込めて、己の身につけているものを渡す。
「珍しいね、リリィから渡すなんて。今まで使用人に任せきりだったのに」
「お母さまが生きていたら絶対渡しただろうからさ……」
もごもごと気まずそうに言い返すリリアナに口元が緩む。最近ようやくわかってきた。この親子もラドクリフとバルバトスの関係と同じなのだと。
眼下ではトリスタンとパーシヴァルが審判のマリアから試合の注意事項を聞いている。
馬上槍試合とは、馬上で大きな槍を手にした騎士たちが、中心に設置された木柵の左右に別れて向き合い、すれ違いざまに互いを打ち合う競技である。こちらも勝敗はシンプルで、相手を戦闘不能にさせるか落馬させた方が勝ちだ。
用いる槍は試合用に先が潰されたものだが、受けるダメージは相当のものである。当たりどころが悪ければ大怪我を負うし、意識を失って落馬すれば命の危険もある。そのため、ラスタ王国の闘技祭では将官クラスの大ベテランが選手を務めることになっていた。
「相手方の騎士も強そうですねえ……。彼もデュラハンですよね?」
「そうです。父上の……まあ、ライバルみたいな御仁ですよ。歳も同じだし、戦績も似たようなもので。それに、うん……鎧兜のセンスも……」
ハロルドの問いに答えたリリアナがパーシヴァルを指差す。
まるで闇を溶かしたような漆黒の鎧兜は、この青天の下では余計に目立った。兜は今では珍しくなった古式ゆかしいグレートヘルム――通称バケツヘルムだ。その名の通りバケツをひっくり返した形をしていて、面頬には小さな覗き穴と空気穴しか空いていない。
バルバトスがいたら「ダサい」の一言で片付けられるだろう。今は色鮮やかでスマートな形状の鎧兜の方が若者たちには受けるのだ。
「あ、そろそろ始まるみたいですよ。リリアナさん」
試合前の騎士の誓い――選手宣誓を終えた両名が各々の持ち場につく。
さすが歴戦の戦士というべきか。両名が槍を構えて戦闘体制を取った途端に、弛緩していた空気が一気に張り詰め、場内が静寂に包まれた。
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が明瞭に聞こえる。その中で壇上に立った審判のマリアが、掲げていた大旗を勢いよく下ろした。
馬が立てる地響きと共に、激しい音を立てて大槍がお互いの体を打つ。
激突、とはこのためにある言葉なのだろう。
トリスタンの木製の盾が砕け散り、馬上で体が大きく傾いた。かろうじて落馬は防いだものの、相当なダメージを負ったようだ。上体がふらついているし、馬の手綱を繰る手も覚束ない。
その隙を見逃さず、パーシヴァルが黒い槍となって迫ってくる。それを迎え撃つトリスタンの盾はもうない。あの槍を真正面から受けてしまったらどうなるかわからない。
咄嗟に拳を握りしめる。もうすぐ互いがぶつかり合う瞬間、リリアナが立ち上がって両手を口元に当てた。
「パパーっ! 頑張って!」
まさかの行動に、思わずリリアナを見上げる。だから肝心な部分を見逃してしまった。気づいたときには激しい衝突音と共に、落馬したパーシヴァルが地面に転がっていた。
湧く歓声の中、マリアの明朗な声が響く。
「勝負あり! 勝者はゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタイン!」
「きゃー! やった! リリアナおねえさまのパパすごいねぇ!」
「すごい迫力でしたねぇ。さすがこの国の両翼を担う方々だ」
しっかり見ていたのはハロルドとエスメラルダだけだったようだ。そっと椅子に座り直したリリアナに、アルティとラドクリフが恐る恐る声をかける。
「リ、リリアナさん……?」
「リリィ……? 一体どうしたの? 気でも触れちゃったの?」
「うるさいな。こう言えば父親は喜ぶってエミィに聞いたんだよ!」
きっと顔があったら真っ赤になっているだろう。リリアナはヤケクソ気味に叫ぶと、ふいと視線を逸らした。
「エミィちゃん……。いつの間にそんな技を……」
「ママに教えてもらったの! 『これでパパはなんでも言うこと聞いてくれるわよ』って!」
「……義兄さん、チョロすぎない? エミィの教育に悪いから、改めてくれない?」
「いやあ、面目ない……。でも、ほら、向こうも満更でもないと思いますよ」
頭を掻くハロルドの視線の先には、こちらをじっと見上げるトリスタンがいた。
早くも第二試合に湧く闘技場を尻目に、リリアナとトリスタンは向かい合っていた。
ここは選手たちが控え室に戻るための通路なので、周りには誰もいない。だから、さっきから黙りこくっている二人を見守るのはアルティただ一人だけだ。
正直アウェー感半端ないのだが、リリアナに「ついてきてくれ」と言われたので仕方がない。ハロルドに「声をかけてあげては?」と言われて送り出されたのはいいものの、リリアナ自身もどうすればいいのかわからない様子だった。
「リリアナさん、頑張って……」
こっそり呟いて背中を叩くと、リリアナはようやく決心して足を踏み出した。
「お、お父さま、お疲れさまですっ」
語尾がひっくり返っている。それでも健闘したリリアナに心の中で拍手を送っていると、じっと娘を見つめていたトリスタンが不機嫌そうに目を細めた。
「わざわざ声をかけに来るなんてどういうつもりだ。不甲斐ない父親を笑いに来たのか」
「っ!」
リリアナが息を飲む。もしかしたら照れ隠しなのかもしれないが、さすがにそれはない。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょう。リリアナさんは少しでもあなたに歩み寄ろうと……」
「黙れ。他人が口を出すなと前にも言っただろう。そもそも、なんでお前がここにいる。最近、リリアナとよくつるんでいるようだが、俺の目が浮かぶうちはリヒトシュタイン家の敷居は跨がせんからな」
「お父さま、アルティに絡まないで下さい!」
声に怒りを滲ませたリリアナが、アルティとトリスタンの間に割り込んできた。そのまま視界から隠すように立ちはだかり、ビシッと人差し指を向ける。
「どうしていつもそうなんですか! 口を開けば嫌味ばかり! そんなに私が気に入らないなら、叔父上に爵位を譲ったらどうです!」
トリスタンには血を分けた弟がいる。多忙な兄に変わり、領地の運営の一切を取り仕切っているそうだ。リヒトシュタイン家にしては珍しい文官タイプだが、穏やかな気性と誠実な対応で領民たちからも慕われているらしい。
「……別に気に入らないわけじゃない」
「じゃあ、どうしていつもぶっきらぼうなんです! その細布を渡したときも、無言だったじゃないですか!」
「……それは……」
それっきり黙りこくったトリスタンに、リリアナが痺れを切らしたように「もういいです!」と叫んだ。
「勝利おめでとうございます! これで借りは返しましたからね! 行くぞ、アルティ!」
アルティを連れて踵を返したリリアナに、トリスタンがぽつりと漏らす。
「もう呼ばないのか」
その消え入りそうな声に、リリアナが足を止める。
「え?」
「さっきの」
「さっきの?」
リリアナは不思議そうに首を傾げていたが、やがて得心がいったように頷いた。
「パパ?」
「ふん」
満足げに息を漏らしたトリスタンがアルティたちを追い越して控え室に戻っていく。その足取りはやけに軽い。
「……相変わらず、よくわからんな」
そうこぼしたリリアナの目は、優しく細められていた。
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