あなたの頭、お作りします! 〜デュラハン防具職人の業務日誌〜

遠野さつき

文字の大きさ
44 / 110
第4部

8話 意地と槍と家族の応援

しおりを挟む
「お疲れさまです、リリアナさん!」
「リリアナおねえさま、おめでとう! 格好よかった!」

  試合後の興奮が冷めやらぬ中、片手を挙げたリリアナが近づいてきた。ラドクリフたちと共に観戦するアルティに気づいていたらしい。手放しで祝福するエスメラルダの頭を撫でながらアルティの右隣に座る。

 健闘した部下たちは早くも警備の仕事に戻ったそうだ。といっても、持ち場は誰も来ない小部屋なので、実質的には休憩である。リリアナは次に始まる馬上槍試合の応援のため、持ち場を抜けてきたという。

「それにしても、えっぐいことするよね。いくら治療魔法を使える医者が大勢詰めてるっていっても、あそこまでする?」
「あいつら、師団長と一緒になって後輩に暴力を振るってたからな。いい経験になっただろう。相手が弱いと思って調子に乗ると、手痛いしっぺ返しがくるってことさ」

 肩をすくめるリリアナに、笑みが漏れる。

「格好よかったですよ、リリアナさん。いつもあんな感じで指揮してるんですね」
「え? う、うん。ありがとうな、アルティ」
「なーに、頬染めてんの。ガラじゃないね」
「うるさいな! お前だってそんなスカした顔できるのも今のうちだからな!」

 リリアナの言葉に、ラドクリフがぴくりと肩を揺らす。

「ふーん……。あいつ、ちょっとは動けるようになったのか」
「気になるか?」

 ラドクリフは一瞬黙ったが、すぐにふいと顔を逸らした。

「別に? どうせ明後日にはわかるし」

 そのとき、周囲がにわかに色めきたった。場内に拡声器を持った魔法士が進み出る。いよいよ次の試合が始まるのだ。

『皆さま、お待たせいたしました。次なる種目は国軍及び騎士団合同の馬上槍試合です。華々しい開幕を飾るのはこの二人! 王家の盾と名高き『漆黒の牙』、近衛第一騎士団長パーシヴァル・ロイデン! 対するのは王家の剣と名高き『氷血の狼』、国軍総司令官のゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタインです!』
「あっ、出てきたよ! あのひと、おねえさまのパパでしょ?」

 エスメラルダが指差す先には、立派な黒馬に乗った男性体のデュラハンがいた。

 目を見張るほど大きな槍を持ち、濃いグリーンの鎧兜に身を包んだ体躯は、初めて会ったときと変わらず威圧感に満ちている。唯一違っているのは、兜の先端にアイスブルーに染めたシルクの細布が下がっていることだ。

「あれって……リリアナさんの前の兜についてた細布ですよね?」
「……まあ、温情だよ。温情。一人だけ祝福がないってのもな」

 祝福とは、馬上槍試合に挑む騎士に渡す贈り物のことだ。大抵は家族や恋人、または友人が「怪我なく無事に試合が終わりますように」との祈りを込めて、己の身につけているものを渡す。

「珍しいね、リリィから渡すなんて。今まで使用人に任せきりだったのに」
「お母さまが生きていたら絶対渡しただろうからさ……」

 もごもごと気まずそうに言い返すリリアナに口元が緩む。最近ようやくわかってきた。この親子もラドクリフとバルバトスの関係と同じなのだと。

 眼下ではトリスタンとパーシヴァルが審判のマリアから試合の注意事項を聞いている。

 馬上槍試合とは、馬上で大きな槍を手にした騎士たちが、中心に設置された木柵の左右に別れて向き合い、すれ違いざまに互いを打ち合う競技である。こちらも勝敗はシンプルで、相手を戦闘不能にさせるか落馬させた方が勝ちだ。

 用いる槍は試合用に先が潰されたものだが、受けるダメージは相当のものである。当たりどころが悪ければ大怪我を負うし、意識を失って落馬すれば命の危険もある。そのため、ラスタ王国の闘技祭では将官クラスの大ベテランが選手を務めることになっていた。

「相手方の騎士も強そうですねえ……。彼もデュラハンですよね?」
「そうです。父上の……まあ、ライバルみたいな御仁ですよ。歳も同じだし、戦績も似たようなもので。それに、うん……鎧兜のセンスも……」

 ハロルドの問いに答えたリリアナがパーシヴァルを指差す。

 まるで闇を溶かしたような漆黒の鎧兜は、この青天の下では余計に目立った。兜は今では珍しくなった古式ゆかしいグレートヘルム――通称バケツヘルムだ。その名の通りバケツをひっくり返した形をしていて、面頬には小さな覗き穴と空気穴しか空いていない。

 バルバトスがいたら「ダサい」の一言で片付けられるだろう。今は色鮮やかでスマートな形状の鎧兜の方が若者たちには受けるのだ。

「あ、そろそろ始まるみたいですよ。リリアナさん」

 試合前の騎士の誓い――選手宣誓を終えた両名が各々の持ち場につく。

 さすが歴戦の戦士というべきか。両名が槍を構えて戦闘体制を取った途端に、弛緩していた空気が一気に張り詰め、場内が静寂に包まれた。

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が明瞭に聞こえる。その中で壇上に立った審判のマリアが、掲げていた大旗を勢いよく下ろした。

 馬が立てる地響きと共に、激しい音を立てて大槍がお互いの体を打つ。

 激突、とはこのためにある言葉なのだろう。

 トリスタンの木製の盾が砕け散り、馬上で体が大きく傾いた。かろうじて落馬は防いだものの、相当なダメージを負ったようだ。上体がふらついているし、馬の手綱を繰る手も覚束ない。

 その隙を見逃さず、パーシヴァルが黒い槍となって迫ってくる。それを迎え撃つトリスタンの盾はもうない。あの槍を真正面から受けてしまったらどうなるかわからない。

 咄嗟に拳を握りしめる。もうすぐ互いがぶつかり合う瞬間、リリアナが立ち上がって両手を口元に当てた。

「パパーっ! 頑張って!」

 まさかの行動に、思わずリリアナを見上げる。だから肝心な部分を見逃してしまった。気づいたときには激しい衝突音と共に、落馬したパーシヴァルが地面に転がっていた。

 湧く歓声の中、マリアの明朗な声が響く。

「勝負あり! 勝者はゲオルグ・トリスタン・リヒトシュタイン!」
「きゃー! やった! リリアナおねえさまのパパすごいねぇ!」
「すごい迫力でしたねぇ。さすがこの国の両翼を担う方々だ」

 しっかり見ていたのはハロルドとエスメラルダだけだったようだ。そっと椅子に座り直したリリアナに、アルティとラドクリフが恐る恐る声をかける。

「リ、リリアナさん……?」
「リリィ……? 一体どうしたの? 気でも触れちゃったの?」
「うるさいな。こう言えば父親は喜ぶってエミィに聞いたんだよ!」

 きっと顔があったら真っ赤になっているだろう。リリアナはヤケクソ気味に叫ぶと、ふいと視線を逸らした。

「エミィちゃん……。いつの間にそんな技を……」
「ママに教えてもらったの! 『これでパパはなんでも言うこと聞いてくれるわよ』って!」
「……義兄さん、チョロすぎない? エミィの教育に悪いから、改めてくれない?」
「いやあ、面目ない……。でも、ほら、向こうも満更でもないと思いますよ」

 頭を掻くハロルドの視線の先には、こちらをじっと見上げるトリスタンがいた。





 早くも第二試合に湧く闘技場を尻目に、リリアナとトリスタンは向かい合っていた。

 ここは選手たちが控え室に戻るための通路なので、周りには誰もいない。だから、さっきから黙りこくっている二人を見守るのはアルティただ一人だけだ。

 正直アウェー感半端ないのだが、リリアナに「ついてきてくれ」と言われたので仕方がない。ハロルドに「声をかけてあげては?」と言われて送り出されたのはいいものの、リリアナ自身もどうすればいいのかわからない様子だった。

「リリアナさん、頑張って……」

 こっそり呟いて背中を叩くと、リリアナはようやく決心して足を踏み出した。

「お、お父さま、お疲れさまですっ」

 語尾がひっくり返っている。それでも健闘したリリアナに心の中で拍手を送っていると、じっと娘を見つめていたトリスタンが不機嫌そうに目を細めた。

「わざわざ声をかけに来るなんてどういうつもりだ。不甲斐ない父親を笑いに来たのか」
「っ!」

 リリアナが息を飲む。もしかしたら照れ隠しなのかもしれないが、さすがにそれはない。

「ちょっと、そんな言い方ないでしょう。リリアナさんは少しでもあなたに歩み寄ろうと……」
「黙れ。他人が口を出すなと前にも言っただろう。そもそも、なんでお前がここにいる。最近、リリアナとよくつるんでいるようだが、俺の目が浮かぶうちはリヒトシュタイン家の敷居は跨がせんからな」
「お父さま、アルティに絡まないで下さい!」

 声に怒りを滲ませたリリアナが、アルティとトリスタンの間に割り込んできた。そのまま視界から隠すように立ちはだかり、ビシッと人差し指を向ける。

「どうしていつもそうなんですか! 口を開けば嫌味ばかり! そんなに私が気に入らないなら、叔父上に爵位を譲ったらどうです!」

 トリスタンには血を分けた弟がいる。多忙な兄に変わり、領地の運営の一切を取り仕切っているそうだ。リヒトシュタイン家にしては珍しい文官タイプだが、穏やかな気性と誠実な対応で領民たちからも慕われているらしい。

「……別に気に入らないわけじゃない」
「じゃあ、どうしていつもぶっきらぼうなんです! その細布を渡したときも、無言だったじゃないですか!」
「……それは……」

 それっきり黙りこくったトリスタンに、リリアナが痺れを切らしたように「もういいです!」と叫んだ。

「勝利おめでとうございます! これで借りは返しましたからね! 行くぞ、アルティ!」

 アルティを連れて踵を返したリリアナに、トリスタンがぽつりと漏らす。

「もう呼ばないのか」

 その消え入りそうな声に、リリアナが足を止める。

「え?」
「さっきの」
「さっきの?」

 リリアナは不思議そうに首を傾げていたが、やがて得心がいったように頷いた。

「パパ?」
「ふん」

 満足げに息を漏らしたトリスタンがアルティたちを追い越して控え室に戻っていく。その足取りはやけに軽い。

「……相変わらず、よくわからんな」

 そうこぼしたリリアナの目は、優しく細められていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...