あなたの頭、お作りします! 〜デュラハン防具職人の業務日誌〜

遠野さつき

文字の大きさ
65 / 110
第6部

5話 弱音と喧嘩

しおりを挟む
 ざあざあと雨音だけが響き渡る工房の中、アルティは作業台のパイプ椅子に座って頭を抱えていた。

「やばい……。本当にやばい……」

 金槌が握れなくなって一カ月近くが過ぎていた。作業台の上の紙はいまだに真っ白だ。ハウルズ製鉄所に合金の依頼だけはかろうじて出したが、それ以外のことは何も進んでいない。

 ルイの「進捗どう?」の問いにも引き攣った笑みしか出てこない。幸いにも、リリアナみたいに工房の中まで入らなかったから、まだ発覚はしていないが、このままだといずれは気づかれてしまうだろう。

 ちっとも外に出てこないアルティを心配して、レイやパドマ――それにラドクリフやハンスが何度か来てくれたものの、とても話せなかった。職人が金槌を握れなくなったなんて、どうして言えるだろう。

 近所の職人連中も、もはや顔を合わせてくれなくなった。職人街中にアルティの悪い噂が流れているからだ。

『シュトライザー工房の弟子はリリアナ連隊長の愛人』
『今回の仕事は愛人のコネで手に入れた』
『今までの作品は実はクリフのもの』

 全て事実無根の汚い噂だ。誰かが意図的に流したことは明白だった。

 アルティとて子供ではない。世界が綺麗なだけではないと知っている。しかし、こういった悪意を一身に浴びた経験はなく、うまく対処することができない。ただ川に流される木の葉のように、翻弄されるしかなかった。

「リリアナさん……」

 いつもそばにいてくれたコバルトブルーの輝きを思い浮かべる。

 あれだけ毎日のように通っていたリリアナは、ここしばらく姿を見せていなかった。根も葉もない噂から遠ざけるために、「仕事に集中したいから邪魔をしないでくれ」とアルティが拒んだからだ。

 リリアナに話せば解決に向けて動いてくれるとわかっていたが、レイたちと同じく、どうしても話せなかった。失望されるのが怖かったのかもしれない。

「怒ってるかな……」

 去り際の傷ついた目が忘れられない。リリアナにとって、アルティは初めてできた友人だという。それなのに距離を置かれて悲しまないはずがない。けれど、他にリリアナを守る方法が思いつかなかった。

「……駄目だ。ちょっと仮眠しよう……」

 ふらつく体を叱咤して椅子から立ち上がる。雨が降っているせいか、それともろくに寝ていないせいか、頭がガンガンする。食事だってほとんど食べていない。仕事のことや、職人たちの冷たい視線を思い出すたびに胃がひどく痛むのだ。

「あっ……」

 一歩踏み出した途端に眩暈がして、その場に倒れ込んだ。弾みで金槌が作業台から転げ落ち、大きな音を立てる。

「……何やってんだ俺」

 両手をついた床に透明な滴がぽたぽたと落ちる。周囲の嫉妬も、重いプレッシャーも、吹き飛ばせる力があればどんなによかっただろう。自分がこんなにも弱いと思わなかった。

 床に転がった金槌がアルティを責めているような気がする。師匠たちの想いを受け取っておきながら――未来に連れていくと約束しておきながら、俺を使わないのかと。

「どうして、できないんだ……」

 肩を振るわせながら大きく鼻を啜ったとき、玄関のドアベルが鳴った。来客だろうか。乱暴に涙を拭って店に出る。

 ドアの前には、フリルのついた傘を持った美しい女性がいた。

(……まさか、女神さま?)

 馬鹿な考えに内心辟易する。エルネア教会について、ずっと考えていたせいだ。

 こちらの気配に気づいた女性が顔を上げる。――いや、上げたのは顔ではない。闇だ。アイスブルーのカツラに包まれた闇の中の青白い目が、アルティをじっと見つめている。

「リリアナさん……?」

 変装のつもりだろうか。リリアナは新年祭のときのように鎧兜を脱いで、ピンクベージュのワンピースに身を包み、口元あたりの闇にマスクをしていた。

「なんで……」

 無意識に足が後ろに下がる。その瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

「アルティ!」

 その叫び声を最後に、アルティは意識を手放した。





 気づくと、自室のベッドに寝かされていた。外の雨はまだ降り続いている。

 リリアナはキッチンにいるようだ。薄く開いたドアから甘くて焦げ臭い破壊的な匂いが漂ってくる。痛む頭をさすりながらゆっくりと体を起こすと、両手に土鍋を抱えたリリアナが部屋に入ってきた。

「あっ……。目が覚めたのか、アルティ」

 何故かびくりと肩を振るわせ、土鍋をサイドテーブルに置く。破壊的な匂いの正体はこれだったのか。蓋を開けるのが怖い。

「あの……。ごめんな。来るなと言われたのに……どうしても気になって」
「いえ……。介抱していただいて、ありがとうございます」

 それ以上言えることは何もない。目を逸らして黙り込むアルティの顔を、リリアナが恐る恐る覗き込む。

「……調子、よくないんだってな。その……レイさんやラッドから噂、聞いて」
「どんな噂ですか」

 食い気味に問いかけたアルティに、リリアナがつっかえながら説明する。案の定、あの汚らしい噂だった。

(それだけは知られたくなかったのに)

 思わず舌打ちをする。

「これでわかったでしょう。俺に関わるとまた変な噂を立てられますよ。それに、それ……変装のつもりかもしれませんけど、逆に目立ちます」
「ごめん……」

 リリアナがしゅんと肩を落とす。眉があればきっとハの字に下がっているだろう。そんな顔をさせたいわけじゃない。けれど、これ以上情けない姿を見られたくなかった。

「俺は大丈夫ですから、早く帰ってください。こんなとこにいたら、おうちの方が心配しますよ」

 あえて冷たく突き放しても、リリアナはその場から動かなかった。ワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、そばの椅子に腰を下ろす。

「なあ……。何に悩んでいるのか話してくれないか。みんな心配してるんだぞ。アルティがスランプになってるって」
「……職人じゃないあなたに何がわかるんですか」
「は、話したら楽になるかもしれないだろ……」

 一歩も引かない様子のリリアナにため息をつく。適当に誤魔化そうかと思ったが、本心を晒さなければきっと納得しないだろう。

「……作るのが怖いんです」

 掛け布団の上で組んだ両手に視線を落とす。どれだけ忘れようとしても、王城の武具保管庫で見た錆びた鎧が脳裏によぎる。アルティの知る限り、あの風切り羽の職人を超える作品はこの世にない。

 しかし、あれだけの作品を作り出してもなお、歴史の中に忘れ去られるのだ。アルティの腕では、きっと後世に残るまでの作品は作れない。ましてや、国からの依頼に応えるものなど。

「今までは、ただ一人のために……依頼された客のために作ればよかった。でも、今回は違います。多くの人を満足させるものを作れなければ意味がないんだ。なのに……」

 金槌すら握れない職人に、なんの価値があるというのだろう。

「どうしても前に進めないんです。俺にはとてもできない。先輩たちが言う通り、たった七年ぽっち修行しただけの半人前なんだから!」
「アルティ、アルティ落ち着け。きっと疲れてるんだよ。噂なんて気にしちゃ駄目だ。デュラハンの防具職人の世界では、いいものを作れば尊敬されるって言ってたじゃないか。今回の仕事をやり遂げれば、必ず認めてくれるさ」

 両手で顔を覆い、力なく首を振る。

「先輩たちの言葉に反論できないのは、俺自身もそうだと思っているからです。最初から間違ってたんだ。王城の仕事なんて引き受けるんじゃなかった……」
「何を言ってるんだ!」

 リリアナが悲鳴のような声を上げた。そのまま両肩を掴まれて強く揺すぶられる。腕がちぎれそうなほど痛いが、とても制止できなかった。リリアナがここまで取り乱す姿を見るのは初めてだったから。

「まだ何も作っていないのに、もう諦めるのか? お師匠さんを超えると……私の信頼に応えると言ってくれたじゃないか! あの言葉は嘘だったのか?」

 そうだ、言った。確かに言った。リリアナに恥じない職人になりたい。兄たちの信頼を裏切りたくない。師匠の背中を超えていきたい。そう思っていた。

 初めてリリアナから依頼を受け、トリスタンに啖呵を切ったあと、作る前からリリアナが諦めようとするのが、あんなに許せなかったはずなのに。

 わかっている。自分でも矛盾していると。最後まで諦めないのがアルティの唯一の才能なのだ。いつもなら、ここで奮起して「やります」と宣言しているだろう。

 けれど、口から出たのは正反対の言葉だった。

「もう俺に期待するのはやめてくれ! 仕方ないだろ! できないものはできないんだよ!」
「っ!」

 リリアナが息を飲む。そして右手を大きく振り上げ、そのまま静止した。掲げた右手が震えている。彼女の両目からは、大粒の涙がこぼれていた。

「馬鹿……」

 鈴の音のような声が響く。

「アルティの馬鹿!」

 椅子を蹴倒し、リリアナが部屋を飛び出していく。そのまま階段を駆け降りる音が聞こえたと思ったら、ドアを破壊する勢いで開け、店を去って行く気配がした。

「なんだよ……」

 雨が窓を叩く音がする。

 殴られるよりも強い痛みが胸に走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...