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2章 未来のふたり(仮)
第9話 やっとひとりで
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数日後のお料理当番の日、紗奈は給湯室に入ってお米を仕掛ける。冷蔵庫の野菜室の米びつからいつもの様にお米2合を炊飯器の内釜に入れ、お水を注いで炊飯器にセットした。
席に戻るとサコッシュに財布とスマートフォン、エコバッグを突っ込み、気合いを入れて立ち上がった。
「天野さん、行けるか?」
「はいっ、頑張ります!」
今日は記念すべき、紗奈のお料理部ひとり立ちの日だった。今まで岡薗さんに付き添ってもらっていた買い物も、アドバイスをもらっていた調理も、紗奈ひとりでこなすのだ。
6月に入り、そろそろ梅雨も近付いて来ただろうか。今日は幸いにも晴れていて、その分夏日で暑かった。紗奈も通勤に日傘を使う様になっていた。ネイビーで縁がひらひらに波打っている可愛いもので、お気に入りの1本だ。
「あんまり気負わんで大丈夫やからな。いつもの通りやったら、絶対に旨いもん作れるから」
紗奈の肩にあまりにも力が入っていたからか、岡薗さんからそんな言葉が飛び出す。
「そうやでぇ、天野さん。いつもの美味しいの、楽しみにしてるからねぇ」
牧田さんものんびりとそう言ってくれ、紗奈は「は、はいっ」とぽんぽんと両手で頬を軽く叩いた。
その時ぱっと畑中さんと目が合う。畑中さんはぐっと親指を立てて頷いてくれた。畑中さんも応援してくれている。肩の力を抜いて、今まで教えてもらったことを生かし、レシピ本の力も借りて、牧田さんと岡薗さんに美味しいお昼ごはんを食べて欲しい。
「行って来ます!」
所長さんたちの「行ってらっしゃい」という言葉に送られながら、傘立てから日傘を取り上げ、意気揚々と事務所を出た。
そうしてひとりでたどり着いた、あべのハルカス近鉄本店のタワー館地下2階。これまでは岡薗さんに付いて歩いていた感じだったのだが、今日はひとりだ。迷わない様にスムーズに買い物をしなければ。ここでもたついてしまうと、作る時間が少なくなってしまう。
まずは精肉コーナーに足を向ける。今日の目的は鶏もも肉だ。紗奈は数軒ある精肉店を全て回って、いちばんお得なお店で鶏もも肉を2枚買い求めた。
次にお野菜。八百一でかごに入れたのはししとうとえりんぎ、きゃべつである。成城石井ではお揚げを取った。
紗奈はフロアの隅に身を寄せて、買い忘れが無いかスマートフォンのメモアプリを見る。手元のかごと見比べて「うん」と小さく頷いた。大丈夫だ。
レジで会計をし、買ったものをエコバッグに詰めて肩に掛ける。これまでは岡薗さんのエコバッグを使い、持ってくれたのも岡薗さんだった。
3人分の食材の重みを肩に感じ、今まで楽をさせてもらっていたことにあらためて感謝の念が浮かぶ。
地上に上がった紗奈は日傘を開いて事務所に戻る。日傘のお陰でささやかながら日陰の恩恵を受けているが、まだ6月だと言うのに、熱中症の懸念がニュースなどで取り上げられていた。事務所でもすでにエアコンが|稼働している。
今からこの調子で、真夏はどうなってしまうのだろう。紗奈はそんなことを考えながら、せっせと足を動かした。
さて、事務所に帰り着き給湯室に入った紗奈は、買って来た食材を出して、鶏もも肉とお揚げはひとまず冷蔵庫に入れた。
ブックスタンドにレシピ本を立てて。
まずは野菜の下ごしらえだ。ししとうはへたを折り、しっかりと洗ってつまようじで数カ所穴を開ける。破裂防止である。
次にえりんぎ。きのこ類なので洗わない。少し残っていた石づきの茶色い部分を落とし、ししとうと同じぐらいの大きさにカットする。
きゃべつは太めの千切りにしておく。
まずはお味噌汁から取り掛かろう。お鍋に水を張って強火に掛ける。沸いて来たら火加減を落として顆粒だしときゃべつを入れた。このまま少しばかり煮込んで行く。
ここで冷蔵庫からお揚げと鶏もも肉を出した。お揚げは短冊切りにして、きゃべつの鍋に放り込む。鶏もも肉は大きめの一口大に切り、お塩とこしょう、日本酒を揉み込んだ。
手とまな板、包丁を洗うと、合わせ調味料を作る。お醤油と日本酒、みりんとお砂糖。軽量スプーンを使って小さなボウルに合わせる。お砂糖が溶ける様に小さな泡立て器を使って混ぜた。
みりんはお肉を硬くすると岡薗さんも言っていたが、持っているレシピ本に載っている調味料は全てみりんが使われていた。なので今回はレシピ通りにすることにしたのだ。
この事務所にあるいちばん大きなフライパンを火に掛け、米油を引く。レシピ本ではサラダ油だが、サラダ油はそもそも米や菜種、大豆にとうもろこしなどが原料のブレンド油である。なら米油でも問題は無い。
数々の炒め物や焼き物のレシピを見たが、サラダ油が使われているものが多かった。それだけ汎用性の高い油ということなのだろう。
このお料理部で米油を使っているのは、癖や油っぽさが少なく、酸化しにくいからなのだそうだ。油は古くなって酸化してしまうと、不味くなってしまうとのこと。
油が温まったので、鶏もも肉を皮目から置いて行く。火加減は強めの中火。まずは皮をぱりっとさせるのだ。その間にトレイを長テーブルに出し、青緑色の平皿を置いておく。
皮にきつね色の焦げ目が付いたらひっくり返し、火を弱めの中火に落としてじっくりと火を通して行く。
鶏もも肉を奥に寄せて、空いたところにししとうとえりんぎを敷き詰め、味付けのお塩を振った。時折りころころとひっくり返しながら焼いて行く。
レシピ通りの時間が経ち、お野菜にも鶏もも肉にも火が通っただろう。えりんぎはしんなりして表面が汗をかいた様になり、ししとうには焦げ目が付いて来ている。紗奈はお野菜を引き上げ、平皿の半分に盛り付けた。
鶏もも肉だけになったフライパンに合わせ調味料を流し入れる。じゅわぁっと音が立ち、一旦温度が下がるが、少ししたら調味料がふつふつと沸いて来る。調味料を鶏もも肉にまんべんなく絡めながら煮詰めて行く。その間にきゃべつとお揚げのお鍋にお味噌を溶いた。
やがてフライパンの調味料にとろみが付いて照りが出て来たら、鶏の照り焼きのできあがりだ。
時間を見ると12時の5分前。間に合った。安心しつつも耽る間も無く、鶏の照り焼きを平皿に3等分に盛り付け、きゃべつとお揚げのお味噌汁をお椀に注ぎ、炊き上がったお米を解してお茶碗にふんわりとよそった。完成である。できあがったお料理を眺め、紗奈はほっと息を吐いた。
席に戻るとサコッシュに財布とスマートフォン、エコバッグを突っ込み、気合いを入れて立ち上がった。
「天野さん、行けるか?」
「はいっ、頑張ります!」
今日は記念すべき、紗奈のお料理部ひとり立ちの日だった。今まで岡薗さんに付き添ってもらっていた買い物も、アドバイスをもらっていた調理も、紗奈ひとりでこなすのだ。
6月に入り、そろそろ梅雨も近付いて来ただろうか。今日は幸いにも晴れていて、その分夏日で暑かった。紗奈も通勤に日傘を使う様になっていた。ネイビーで縁がひらひらに波打っている可愛いもので、お気に入りの1本だ。
「あんまり気負わんで大丈夫やからな。いつもの通りやったら、絶対に旨いもん作れるから」
紗奈の肩にあまりにも力が入っていたからか、岡薗さんからそんな言葉が飛び出す。
「そうやでぇ、天野さん。いつもの美味しいの、楽しみにしてるからねぇ」
牧田さんものんびりとそう言ってくれ、紗奈は「は、はいっ」とぽんぽんと両手で頬を軽く叩いた。
その時ぱっと畑中さんと目が合う。畑中さんはぐっと親指を立てて頷いてくれた。畑中さんも応援してくれている。肩の力を抜いて、今まで教えてもらったことを生かし、レシピ本の力も借りて、牧田さんと岡薗さんに美味しいお昼ごはんを食べて欲しい。
「行って来ます!」
所長さんたちの「行ってらっしゃい」という言葉に送られながら、傘立てから日傘を取り上げ、意気揚々と事務所を出た。
そうしてひとりでたどり着いた、あべのハルカス近鉄本店のタワー館地下2階。これまでは岡薗さんに付いて歩いていた感じだったのだが、今日はひとりだ。迷わない様にスムーズに買い物をしなければ。ここでもたついてしまうと、作る時間が少なくなってしまう。
まずは精肉コーナーに足を向ける。今日の目的は鶏もも肉だ。紗奈は数軒ある精肉店を全て回って、いちばんお得なお店で鶏もも肉を2枚買い求めた。
次にお野菜。八百一でかごに入れたのはししとうとえりんぎ、きゃべつである。成城石井ではお揚げを取った。
紗奈はフロアの隅に身を寄せて、買い忘れが無いかスマートフォンのメモアプリを見る。手元のかごと見比べて「うん」と小さく頷いた。大丈夫だ。
レジで会計をし、買ったものをエコバッグに詰めて肩に掛ける。これまでは岡薗さんのエコバッグを使い、持ってくれたのも岡薗さんだった。
3人分の食材の重みを肩に感じ、今まで楽をさせてもらっていたことにあらためて感謝の念が浮かぶ。
地上に上がった紗奈は日傘を開いて事務所に戻る。日傘のお陰でささやかながら日陰の恩恵を受けているが、まだ6月だと言うのに、熱中症の懸念がニュースなどで取り上げられていた。事務所でもすでにエアコンが|稼働している。
今からこの調子で、真夏はどうなってしまうのだろう。紗奈はそんなことを考えながら、せっせと足を動かした。
さて、事務所に帰り着き給湯室に入った紗奈は、買って来た食材を出して、鶏もも肉とお揚げはひとまず冷蔵庫に入れた。
ブックスタンドにレシピ本を立てて。
まずは野菜の下ごしらえだ。ししとうはへたを折り、しっかりと洗ってつまようじで数カ所穴を開ける。破裂防止である。
次にえりんぎ。きのこ類なので洗わない。少し残っていた石づきの茶色い部分を落とし、ししとうと同じぐらいの大きさにカットする。
きゃべつは太めの千切りにしておく。
まずはお味噌汁から取り掛かろう。お鍋に水を張って強火に掛ける。沸いて来たら火加減を落として顆粒だしときゃべつを入れた。このまま少しばかり煮込んで行く。
ここで冷蔵庫からお揚げと鶏もも肉を出した。お揚げは短冊切りにして、きゃべつの鍋に放り込む。鶏もも肉は大きめの一口大に切り、お塩とこしょう、日本酒を揉み込んだ。
手とまな板、包丁を洗うと、合わせ調味料を作る。お醤油と日本酒、みりんとお砂糖。軽量スプーンを使って小さなボウルに合わせる。お砂糖が溶ける様に小さな泡立て器を使って混ぜた。
みりんはお肉を硬くすると岡薗さんも言っていたが、持っているレシピ本に載っている調味料は全てみりんが使われていた。なので今回はレシピ通りにすることにしたのだ。
この事務所にあるいちばん大きなフライパンを火に掛け、米油を引く。レシピ本ではサラダ油だが、サラダ油はそもそも米や菜種、大豆にとうもろこしなどが原料のブレンド油である。なら米油でも問題は無い。
数々の炒め物や焼き物のレシピを見たが、サラダ油が使われているものが多かった。それだけ汎用性の高い油ということなのだろう。
このお料理部で米油を使っているのは、癖や油っぽさが少なく、酸化しにくいからなのだそうだ。油は古くなって酸化してしまうと、不味くなってしまうとのこと。
油が温まったので、鶏もも肉を皮目から置いて行く。火加減は強めの中火。まずは皮をぱりっとさせるのだ。その間にトレイを長テーブルに出し、青緑色の平皿を置いておく。
皮にきつね色の焦げ目が付いたらひっくり返し、火を弱めの中火に落としてじっくりと火を通して行く。
鶏もも肉を奥に寄せて、空いたところにししとうとえりんぎを敷き詰め、味付けのお塩を振った。時折りころころとひっくり返しながら焼いて行く。
レシピ通りの時間が経ち、お野菜にも鶏もも肉にも火が通っただろう。えりんぎはしんなりして表面が汗をかいた様になり、ししとうには焦げ目が付いて来ている。紗奈はお野菜を引き上げ、平皿の半分に盛り付けた。
鶏もも肉だけになったフライパンに合わせ調味料を流し入れる。じゅわぁっと音が立ち、一旦温度が下がるが、少ししたら調味料がふつふつと沸いて来る。調味料を鶏もも肉にまんべんなく絡めながら煮詰めて行く。その間にきゃべつとお揚げのお鍋にお味噌を溶いた。
やがてフライパンの調味料にとろみが付いて照りが出て来たら、鶏の照り焼きのできあがりだ。
時間を見ると12時の5分前。間に合った。安心しつつも耽る間も無く、鶏の照り焼きを平皿に3等分に盛り付け、きゃべつとお揚げのお味噌汁をお椀に注ぎ、炊き上がったお米を解してお茶碗にふんわりとよそった。完成である。できあがったお料理を眺め、紗奈はほっと息を吐いた。
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