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3章 力を尽くして
第6話 選び取るための
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矢田さんとの打ち合わせを終え、ランチを食べて事務所に戻った紗奈と畑中さんは、所長さんに諸々を報告する。コンペが無事終わり、紗奈の続投が決まったことは、矢田さんと別れた後に電話で牧田さん経由で知らせていた。
「ふぅん?」
鍵谷さんのこと、矢田さんが困っていたと言う話をすると、所長さんは顔をしかめた。
「そりゃあまた自信家な人やなぁ。下手したら傲慢やと思われかねへん」
紗奈が第一印象で見下されたと思ったことはさすがに言わなかったが、所長さんは畑中さんの話だけで何かを感じ取った様だ。
「事務所開設したばっかりで、クライアント集めに必死やったんかも知れんけど、そんな人を蹴落とす様なやり方は不協和音しか生まん。コンペがそうやって言われたらそう思うかも知れへんけど、そうや無い。あれはひとつが選ばれる手段や。クライアントの要望を汲み取って形にしたもんが選ばれる、そういう過程や」
蹴落とすのでは無く選ばれる。それは紗奈の心にすぅっと染み込んだ。下を見るのでは無く上を向く。それは紗奈の考えにも合っている様に思えた。
所長さんは言葉を切って、ふぅと半ば呆れた様な溜め息を吐いた。
「あのな、そういう時ってな、心から望んでるもんは輝いて見えるもんやねん。こう、ぱぁっとな。直感っちゅうんか第六感っちゅうんか、そういうんが働くんやな。非科学的かも知れんけど。まぁ好き嫌いも加味されるけどな。けど、そうしてクライアントが総合的に惹かれたもんが選ばれるんや」
紗奈のデザインがそうした経緯で矢田さんに選んでもらえたのなら僥倖だ。紗奈はビストロ・ヤタの開店前から寄り添って来たつもりだ。そこが評価してもらえたのなら光栄である。
「天野さん、コンペが決まってからほんまにしんどそうにしとったやろ」
その通りではあるのだが、紗奈は無言のまま微笑を浮かべるにとどめた。
「でも矢田さんは天野さんの誠心誠意を受けてはったんや。せやからこの結果になった。天野さんのこれまでの仕事の成果や。そうやな、畑中さん」
「はい。矢田さんは天野さんのお仕事をほんまにお気に召してはるみたいで。それに言うても経営者ですから、人を見る目もお持ちです。ご本人もおっしゃってましたしね。そういうのも重視されてるみたいですから」
所長さんは「そうやな」と納得顔で頷く。
「クライアントと業者っちゅう関係やから、正直人柄は関係あれへんと思う。でもどうせやったら円滑で気持ちええ関係にしたいっちゅうんが人情やわな。天野さんは矢田さんと巧いこと関係性を築けたんやと思うわ」
「そうでしょうか」
紗奈がためらうと、畑中さんが「私もそう思うで」と同意してくれた。
紗奈はできる限り矢田さんとの関係を良いものにしようと思っていた。それがまだ未熟な紗奈を引き上げてくれると思っていたからだ。もちろん矢田さんに不快な思いをして欲しく無いと言う思いも大きかった。もちろん馴れ合いになってしまうのは良く無いのだが。
「ともあれ丸う収まって良かった。畑中さん、特に天野さん、良うやってくれた。天野さんは引き続き修正作業とか頼むな。畑中さんサポートよろしゅうな」
「はい」
「は、はい」
自席に戻った紗奈は、かすかな疲れを感じてデスクに突っ伏してしまう。久々に人の悪意に晒された気がした。コンペが終わった時に溢れていたのは喜びだが、少し落ち着いてみると、鍵谷さんのあの冷ややかな目を思い出してしまう。
それは畑中さんにも注がれていたはずだが、のろのろと顔を上げて見ると、畑中さんは平然と仕事に戻っていた。
強いなぁ。そんなことを思う。だが紗奈もへこたれていられない。今日いただけた大きな達成感。それを大切にして、また仕事に取り掛かろう。紗奈はiMacの電源ボタンを押した。
「ふぅん?」
鍵谷さんのこと、矢田さんが困っていたと言う話をすると、所長さんは顔をしかめた。
「そりゃあまた自信家な人やなぁ。下手したら傲慢やと思われかねへん」
紗奈が第一印象で見下されたと思ったことはさすがに言わなかったが、所長さんは畑中さんの話だけで何かを感じ取った様だ。
「事務所開設したばっかりで、クライアント集めに必死やったんかも知れんけど、そんな人を蹴落とす様なやり方は不協和音しか生まん。コンペがそうやって言われたらそう思うかも知れへんけど、そうや無い。あれはひとつが選ばれる手段や。クライアントの要望を汲み取って形にしたもんが選ばれる、そういう過程や」
蹴落とすのでは無く選ばれる。それは紗奈の心にすぅっと染み込んだ。下を見るのでは無く上を向く。それは紗奈の考えにも合っている様に思えた。
所長さんは言葉を切って、ふぅと半ば呆れた様な溜め息を吐いた。
「あのな、そういう時ってな、心から望んでるもんは輝いて見えるもんやねん。こう、ぱぁっとな。直感っちゅうんか第六感っちゅうんか、そういうんが働くんやな。非科学的かも知れんけど。まぁ好き嫌いも加味されるけどな。けど、そうしてクライアントが総合的に惹かれたもんが選ばれるんや」
紗奈のデザインがそうした経緯で矢田さんに選んでもらえたのなら僥倖だ。紗奈はビストロ・ヤタの開店前から寄り添って来たつもりだ。そこが評価してもらえたのなら光栄である。
「天野さん、コンペが決まってからほんまにしんどそうにしとったやろ」
その通りではあるのだが、紗奈は無言のまま微笑を浮かべるにとどめた。
「でも矢田さんは天野さんの誠心誠意を受けてはったんや。せやからこの結果になった。天野さんのこれまでの仕事の成果や。そうやな、畑中さん」
「はい。矢田さんは天野さんのお仕事をほんまにお気に召してはるみたいで。それに言うても経営者ですから、人を見る目もお持ちです。ご本人もおっしゃってましたしね。そういうのも重視されてるみたいですから」
所長さんは「そうやな」と納得顔で頷く。
「クライアントと業者っちゅう関係やから、正直人柄は関係あれへんと思う。でもどうせやったら円滑で気持ちええ関係にしたいっちゅうんが人情やわな。天野さんは矢田さんと巧いこと関係性を築けたんやと思うわ」
「そうでしょうか」
紗奈がためらうと、畑中さんが「私もそう思うで」と同意してくれた。
紗奈はできる限り矢田さんとの関係を良いものにしようと思っていた。それがまだ未熟な紗奈を引き上げてくれると思っていたからだ。もちろん矢田さんに不快な思いをして欲しく無いと言う思いも大きかった。もちろん馴れ合いになってしまうのは良く無いのだが。
「ともあれ丸う収まって良かった。畑中さん、特に天野さん、良うやってくれた。天野さんは引き続き修正作業とか頼むな。畑中さんサポートよろしゅうな」
「はい」
「は、はい」
自席に戻った紗奈は、かすかな疲れを感じてデスクに突っ伏してしまう。久々に人の悪意に晒された気がした。コンペが終わった時に溢れていたのは喜びだが、少し落ち着いてみると、鍵谷さんのあの冷ややかな目を思い出してしまう。
それは畑中さんにも注がれていたはずだが、のろのろと顔を上げて見ると、畑中さんは平然と仕事に戻っていた。
強いなぁ。そんなことを思う。だが紗奈もへこたれていられない。今日いただけた大きな達成感。それを大切にして、また仕事に取り掛かろう。紗奈はiMacの電源ボタンを押した。
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