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#20 マカロワの村名産、豚肉を使って

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 翌朝目覚めた時、やはりサミエルより先に起きていたマロは、申し訳無さげに項垂うなだれていた。

「おはようございますカピ……昨日は眠ってしまってごめんなさいカピ……」

 相変わらずサミエルの寝起きは最悪だったが、そんな様子のマロを前に、そんなどころでは無い。

 サミエルは上半身を起こすと、まずは「おはよう」と挨拶を返す。そして。

「気にすんなって。寝ちまうだけなんて可愛いもんだって」

「でもご迷惑をお掛けしてしまいましたカピ」

「迷惑だなんてちっとも思って無いからさ、本当に気にすんな。それより頭痛いとか具合悪いとか無いか?」

「大丈夫ですカピ」

「なら良かった。強くは無いが、持ち越す事は無いんだな。良し良し。でもそうだな、外で寝ちまうのが気になるんだったら、部屋でならどうだ? それなら大丈夫だろ? 俺も一緒に飲んでくれるやつがいる方が嬉しいしさ」

 そう言われ、マロは戸惑う様に眸をまどわせるが、そろそろと口を開いた。

「さ、サミエルさんがそう言ってくださるのなら、お宿などではご一緒しますカピ」

「おう、よろしくな!」

 サミエルは満足げに口角を上げた。

「でも腹立たしい事がありますカピ。昨日のサミエルさんの晩ご飯を食べ損ねてしまったのですカピ」

「はは。また作ってやるからさ」

「もうひとつは、この醜態しゅうたいをあの悪魔に笑われたかも知れない事ですカピ」

 マロはそう言って、悔しげに顔を歪めた。

「ああ、それなら大丈夫だ。単に疲れて寝てるって事にしといたからよ。俺は酒に弱い事とか寝ちまう事とかを弱みだとは思わんが、そう感じてるやつがいるって事は解ってるからさ。安心しな」

「あ、ありがとうございますカピ!」

 サミエルの台詞に、マロは安心した様に顔をほころばせた。

「さて、朝飯作るか」

 すっかりと眼の覚めたサミエルは、ベッドから足を下ろした。



 朝食、そして昼食も済ませ、今夜の営業の準備である。

 いつも世話になっている食堂に快諾かいだくをいただき、市場へ向かう。

「サミエルさん、この村は何が美味しいのですカピか?」

「旨い豚肉があるんだ。そうだな、煮込みにでもするかな」

 サミエルは頭の中でレシピを組み立てて行った。



 まずは豚肉の商店へ向かう。そこで豚ロースのかたまり肉を購入。これは食堂に運んで貰う。

 次に鶏肉の商店へ。卵を買い、これも運んで貰う。

 続けて野菜の商店で大根と生姜しょうがを買い、こちらも運んで貰う様に頼んでおく。

 市場を出ると、マキリ醸造酒工房へ。

「おやサミエルさん、こんにちは。連日でどうされました? お買い忘れでも?」

 また物腰柔らかく迎えてくれるマキリ。

「ちわっす。料理に使う米酒が欲しくて」

 件の米酒は飲むには向いていないと、市場に流通させていないのだ。サミエルは味見をして「料理に使える」と判断したが、能力持ちでも無いとそれは難しい。

「今夜の営業用ですか? でしたら食堂にお運びしますよ」

「そうして貰えると助かります。よろしくっす」

 そしてマキリに見送られ工房を出ると、仕込みの為に食堂へ向かう。

「こんちは。今日はよろしくお願いします」

「こんにちはカピ! よろしくお願いしますカピ!」

「はいよ! こちらこそよろしくね!」

 サミエルとマロに元気良く応えてくれたのは、食堂の女将おかみである。

「サミエルの料理を食べられるのも嬉しいけど、作ってるところ見られるのは本当に勉強になるからさ」

「いやいや、そんな大したもんでも無いっすから」

「まぁた謙遜けんそんしちゃって!」

 女将はそう言って、豪快に笑った。

 さて、では始めようか。

 マロはいつもの様に、厨房の端の椅子の上でおとなしく。

 まずは大根。皮を厚めにいて厚めの銀杏いちょう切りにし、隠し包丁を入れる。これは水から茹でて行く。

 生姜は皮のまま輪切りに。

 新たに鍋を用意し、水、米酒、砂糖、ソイソースを入れて出汁だしを作り、火に掛けておく。

 次に水を張った鍋に卵を入れて、火に掛ける。

 さて、豚ロースの塊肉である。2センチ程の厚さにスライスし、塩を振って、オリーブオイルを引いたフライパンを強火に掛け、表面を焼き付けて行く。

 そうして程良い焼き色が付いたら、沸いた出汁の中に入れて行く。生姜も加えて。

 そこに茹で上がった大根を追加。

 卵は流水にさらしながら皮を剥いて、冷ました出汁を入れたボウルに入れておく。

 ここでひと段落。サミエルはふうと息を吐いた。

「今回も見事な手際だねぇ! 惚れ惚れしちゃったよ」

 女将が感心した様に言い、ニカっと笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。後は煮込むだけですんで。1時間ぐらいっすかね」

「じゃあ」

 女将が時計を見る。

「開店時間に丁度良いね」

「はい。それまで手伝い出来る事あるっすか?」

「無い! むしろ仕込みの無い私らも暇!」

 明るくきっぱりとそう言われて、サミエルは「おお」と言うしか無かった。

「ま、鍋の番でもしながらお茶でも飲もうよ。他の街や村の話なんかを聞かせて。マロくんの旅の話なんかも興味あるなぁ」

「そうっすねぇ」

 マロも混ざり、女将のれてくれた紅茶を飲みながら、旅の話に花を咲かせた。



 さあ、営業開始である。

 やや深みのある皿に煮込んだ豚ロース肉と大根、出汁にけておいた卵を盛って。

 煮豚の完成である。

 本来なら豚ロース肉は大きなまま煮込んでからスライスするものだが、時間短縮と盛り付け易さを重視した。

「上がったよ!」

「はーい!」

 どんどん注文が入り、サミエルもてきぱきと料理を完成させて行く。

 ホールから聞こえる声は。

「豚肉とろっとろ~」
「大根ほくほく~」
「きゃあっ 卵が半熟! 堪んな~い!」
「一体何と言う調味料なんだろう。この世界のものなのか?」
「俺たちには思いも寄らねぇ何かがあんだよきっと。だってサミエルさんだぜ?」

 今回も大絶賛である。嬉しいねぇ。サミエルは手を動かしながら口角を上げる。

 その時裏口が派手な音を立てて開かれ、カロリーナが姿を現した。

「今日も来てあげたわよ!」

「お前さんもうちょっとドアは静かに開け閉めしてくれや。吃驚びっくりするからよ」

「もう、いちいちうるさいわね。解ったわよ。それより食事よ!」

「はいはい。座って待ってな」

 カロリーナはおとなしく椅子に掛ける。サミエルはカロリーナの分を仕上げ、前に置いてやった。

「ほらよ」

「いただくわ」

 カロリーナは早速ナイフとフォークを手にし、まずは豚ロース肉を口に入れる。じっくりと咀嚼そしゃくし、頬を綻ばせる。

「今日も美味しいわ……! お肉凄っごく柔らかい」

「そりゃあ良かった」

 カロリーナは夢中になって、大根も口に。はふはふと熱さを逃しながら味わう。卵を割って黄身がとろりと出て来た時には「あらっ」と嬉しそうに眼を見開いた。



 食べ終えたカロリーナは「また明日ね!」と言い残してとっとと食堂を去り、用意した分は無事底を突いた。

 手伝ってくれた従業員たちは「お疲れ!」「お疲れさん!」と互いをねぎらう。

 さて、サミエルは続けて賄い分の盛り付けに入る。

「今日も楽しみですカピ」

 営業中、食堂の表で接客の手伝いをしてくれていたマロも戻って来て、サミエルのそばで仕上がりを待つ。

「おう。今日も旨く出来てる筈だぜ」

 わくわく顔で並ぶ従業員たちの皿に盛り付けてやりながら、そんな会話。

 全員に行き渡り、皆で手を合わせる。

「いただきます!」

 そしてがっつく様に食べ始める。

「しみじみ美味しいなぁ~」
「この調味料、普通には買えないよな? サミエルさんどこから調達して来るんだろう」
「そんな事どうでも良い! 滅茶苦茶美味しい!」
「卵しっかり味が付いてるのに、半熟ってところが良いよなぁ」
「豚肉もとろっとろで甘くて美味しい~」
「大根にもしっかり味が染みて旨いったら無いな!」

 そんな称賛の声を聞きながら、サミエルも一口。

 豚ロース肉は柔らかくトロトロほろほろで、フォークでも切れてしまう程。タレのしたたるそれは優しい味わいで、身体に染み渡る。

 豚ロース肉の甘みがタレと絶妙に合っている。

 その旨味を存分に吸った大根も堪らない。

 半熟で仕上げた卵を割って、とろりとした黄身を付けながら食べても絶品だ。

「サミエルさん、今回も本当に美味しいですカピ!」

 マロも夢中になって食んでいた。

「そりゃあ良かった」

 マロを始め皆にも喜んで貰えたし、今回も大成功である。サミエルは大根を咀嚼しながら、満足げにまなじりを下げた。
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