4 / 92
1章 異世界生活の始まり
第4話 まさか肉をこんな柔らかく焼き上げるなんて!
しおりを挟む
さて、何を作ろうか。浅葱は食材を前に考える。
これだけあれば、何でも作れてしまえそうな気がする。
調味料を見てみると、オリーブオイル、塩と胡椒、乾燥ハーブ各種にスパイスなど。ビネガーや砂糖もある。だが当然ながら、日本ながらの醤油や味噌などは無い。
「アサギ、ブイヨンは昨日から仕込んであるから、良かったら使ってくれ」
カロムが4口あるコンロの、右奥に置かれている鍋を指す。
「あ、それは助かります。ありがとうございます」
浅葱の世界にあるブイヨンやコンソメの素などはやはり無い。浅葱が仕事でしていた様に、玉葱などを使っていちから作らなければならないのである。
オリーブも毎日ブイヨンを作っていた様で、毎食味付けの違うスープが食卓に出た。煮込み料理も多かった。
「カロムさん、この世界では食事はスープや煮込みが多いんでしょうか?」
「ああ、そうだな。大概毎日ブイヨンを取るからかも知れんが、確かに多いな。肉や魚を焼く事もあるが、どうにも硬くてパサパサしちまって、あまり評判は良く無いんだ。食堂でもあんまりメニューに無いし、あっても人気は無いみたいだな」
ふむ、火入れの問題だろうか。焼く時間が長過ぎれば、確かに肉も魚も水分を失ってパサついてしまう。それともこの世界の食材の問題か?
少し試してみよう。浅葱は冷暗庫から鶏のもも肉と鯛を出す。両方とも既に捌かれているので、後は切るだけだ。
両方に鼻を近付けてみたところ、臭みは無い様だったので、臭み取りは必要無いだろう。浅葱はそれぞれを1口大に2切れずつ切り、塩と胡椒を軽く振る。
「ん? 何をするんだ?」
浅葱の動きを見ていたカロムの問いに、浅葱は「ちょっと実験を」と応え、作業を続けて行く。
鉄製のフライパンを火に掛け、温まったらオリーブオイルを引く。そこに鶏もも肉と鯛を並べた。中火でじっくりと火を通して行く。
鶏もも肉と鯛では火通りの時間が違う。先に鯛をひっくり返し、鶏もも肉を返す頃には鯛が焼き上がる。
鯛を1切れ小皿に取って、カロムに渡す。
「塩胡椒で焼いただけなんですが、食べてみて貰えますか?」
「ん? 焼いた平目か。さて」
カロムが鯛にフォークを入れると、身の端がほろりと崩れる。カロムは「お?」と驚いた声を上げた。
「何だ? この鯛柔らかいな。たまに食うやつと全然違う。味はどうだ?」
口に運んだ途端、カロムはカッと眼を見開いた。
「やっぱり柔らかい! ふわふわしてる! 何でだ、アサギ、お前何か特別な下処理でもしたのか?」
浅葱も食べてみる。するとやはり新鮮だと思われる身に臭みは殆ど無く、柔らかなそれは口の中で解けて行く。
味付けを薄めにしているので素材の味もしっかりと判る。甘みもしっかりとあり、これはなかなか上質だ。この世界の海は豊かなのだろう。
「多分なんですけども、今まで火を通し過ぎていたんだと思います。そうすると硬くなってしまうんですよね」
「はあぁ、そんな簡単な理由だったのか」
「次は鶏をどうぞ」
感心するカロムの小皿に、焼き上がった鶏もも肉を乗せてやる。浅葱の小皿にも。
ほぼ同時に口に入れる。すると続いてまたカロムは眼を見開く。
「凄い良い弾力だな! 口に何か旨い液体も広がる。何だこれ」
「肉汁ですね。鶏が元々持っている水分と言うか脂と言うか。それを残す様に焼いているんです」
「成る程な。俺らは焼き過ぎてそれを失くしちまってたって事だな。あれ、でも煮込んだ時は、長くても硬くならんよな?」
「煮込みは周りに水分もありますからね。浸透圧というものでしょうか。煮込みの時に周りの味が濃すぎると、特に塩を入れ過ぎてしまうと硬くなってしまうと思います」
「へぇぇ。いや、しかし勉強になるわ」
浅葱もじっくりと鶏もも肉を咀嚼する。肉の色が淡いピンク色だったので想像は付いていたが、これは浅葱の世界のスーパーなどで、特売などでも売り出される事がある、一般的な鶏肉である。
鶏は勿論、豚も牛も、その味や食感は育て方や飼料で変わる。この鶏はごくごく普通の育てられ方をしているのだろう。
それは決して悪い訳では無い。あっさりして脂もくどく無いと言う事は、殆どの料理に合うと言う事だ。
「じゃあ、お昼ご飯は鶏もも肉をローズマリーでソテーしましょうか。それにスープを付けて」
「お、いいなそれ。焼いて旨いなんて、絶対みんな驚くぜ」
カロムも賛成してくれたので、浅葱は早速調理に取り掛かる。
まずはスープ。玉葱を大量に、繊維に垂直にスライスして、オリーブオイルとバターを引いた鍋で炒めて行く。塩を振ると水分が出てしんなりして、旨味も凝縮される。
中火で良く混ぜながら炒め、玉葱が色付いたら、ひたひたにブイヨンを入れて煮込み始める。
次にソテーの付け合わせの準備。シンプルにサラダにしよう。サニーレタスを千切って水に晒しておき、プチトマトは櫛切りに。
玉葱とブラックオリーブは微塵切りにして、ワインビネガーと塩少々、オリーブオイルを混ぜた中に加えて、ドレッシングを作っておく。
さて、鶏を焼いて行こう。フライパンを弱めの中火に掛け、少し多めのオリーブオイルを引き、そこに生のローズマリーを入れる。
しっかりと香りがオイルに移ったら取り出し、そこに塩胡椒を振った鶏もも肉を皮目から入れる。
パリッとさせたいので、動かさずにじっくりと焼いて行く。
鶏の側面が白くなって来たらひっくり返す。皮は見事に香ばしく焼き上がっていた。その上に先程引き上げたローズマリーを乗せる。
そこに白ワインを振り入れる。じゅわっと音が、そして湯気が上がったら蓋をする。
「お、それは何だ?」
横でスープを見てくれているカロムがフライパンを覗き込む。
「蒸し焼きです。ふっくらと焼き上がりますよ」
「へぇ、いろんな技があるんだなぁ」
スープは玉葱がとろとろになっている。適宜ブイヨンを足しながら煮込んで貰っている。
さて、鶏はそろそろ良いだろうか。蓋を開けるとふんわりとハーブと白ワインの香りが上がって来る。
「お、良い匂いだ」
「はい」
これで中まで充分に火が通っている。後はもう少し皮目に火を通す。
スプーンで肉の周りのオイルを掬い、ローズマリーと皮にそっと掛けて行く。すると皮から細かい泡が立ち、蒸し焼きで少し軟化した皮のパリパリ具合が蘇る。
良し、焼き上がりだ。皿にローズマリーとともに乗せ、その奥に水気をしっかり切ったサニーレタスとプチトマトを盛り付ける。ドレッシングは別添えにして。
スープの味を見て、塩と胡椒で味を整え、こちらも完成だ。スープボウルと、ロロアの分はサラダボウルに注ぐ。
鶏もも肉のハーブソテーと、オニオンスープの完成である。
「おお、こりゃあ旨そうだ。早速運ぼうぜ」
「はい」
ほかほかと湯気を上げる料理を大きなトレイに乗せ、ふたりでダイニングに運んだ。
「待たせたな。昼飯だ」
ナイフとフォーク、スプーンを添えて、それぞれの前に並べて行く。
「おや、焼いた鶏肉かい? 肉は焼いたら硬くなるからと言って、オリーブもあまり作らないから久々だね」
「そうですカピね」
ふたりとも興味深げに鶏もも肉を見つめる。
「まぁ、まずは食べてみてくれよ。あ、ロロアの分はカットするから少し待ってくれな」
カロムが楽しげに言うと、ロロアは「よろしくお願いしますカピ」とぺこりと頭を下げ、レジーナは「ふむ」とナイフとフォークを手にした。
「では早速いただこうじゃ無いか」
フォークで鶏肉を押さえながら、ナイフを入れる。すると皮がサクッとした音を立てた。
「やっぱり硬いのかな?」
「いやいやレジーナさん、そのまま身までざっくり行ってみてくださいよ」
「んん?」
カロムの言葉に、そのままフォークを進めて行ったレジーナは、「おや」と驚いた声を上げる。
「さっくりとあまり抵抗無く入って行くぞ?」
「でしょう。ささ、食べてみてください」
ロロアの分を食べ易い大きさにカットし、カロムも自分の分に取り掛かる。そんな様子を浅葱はやや緊張しながら見つめていた。
1口大にした鶏肉を口に運び、噛み締めたレジーナは「んん!」と双眸を開いた。
「何だいこれは! とても柔らかくてしっとりしていて美味しい! どういう事だい?」
「本当ですカピ……!」
ロロアも齧り付いて、眼を瞬かせている。
「凄いじゃ無いかカロム! まさか肉をこんな柔らかく焼き上げるなんて!」
「実はですね、これを焼いたのはアサギなんすよ」
「ええ!?」
レジーナとロロアの視線が浅葱に突き刺さる。浅葱はびくっと肩を震わせた後、「はい」と照れながら小さな笑みを浮かべた。
「どうして肉が硬くなるのかも教えて貰いました。アサギは凄い料理人ですぜ」
「へええ、そうなんだ! 凄いなアサギ! ハーブの香りも良い。これはとても美味しいぞ!」
「本当に美味しいですカピ!」
「あ、ありがとうございます」
浅葱は安心して、ほっと胸を撫で下ろす。そこで漸く浅葱もナイフとフォークを手にした。
切り分けた身からはじんわりと肉汁が溢れ出て来る。ふっくらと焼き上がったそれを口に入れると、ハーブの香りがふんわりと広がる。皮の香ばしさも絶妙だ。塩胡椒の加減もちょうど良く、美味しく焼き上がっていた。
「この切り口から滴る液体は何だい?」
「肉汁です。お肉が元々持っている水分です。焼き過ぎてしまうと、それが失われてしまってお肉が硬くなってしまうんです。そうならない様に焼いたんです」
「へぇ、成る程ね。と言う事は、これまで私たちが食べていた焼いた肉は、焼き過ぎていたと言う事か」
「そうみたいです。いやぁ、今回は俺も勉強になりました」
「サラダもスープも美味しいですカピ。ドレッシングはブラックオリーブと玉葱が良いアクセントになっているのですカピね。スープは膨よかで優しいなお味ですカピ」
「本当だ。サラダなんて生野菜をバリバリ食べるだけのもんだと思っていたが、ドレッシングひとつでこうも変わるものなのだな」
どうやらこの世界では、ドレッシングにあまり工夫は無いらしい。
「あの、ロロア、カロムさん、ご飯、僕に作らせてくれませんか? たまにで良いんです。僕、料理をするのが好きなんです。それで料理人になったんです。人さまが作る美味しいご飯をいただくのも嬉しいのですが、やっぱり自分でも作りたいなぁって」
久々に料理をして、やはり自分は作る事が好きなのだとつくづく思った。何せ職業にするぐらいなのだから。数日に1度でも良いから、作らせて欲しい。
浅葱がおずおずと言うと、ロロアとカロムはきょとんと眼を見合わせる。そしてカロムは「ははっ」と笑った。
「勿論ですカピ。アサギさんのご飯、楽しみですカピ」
「たまになんて言わず、いつでも好きな時に作ってくれよ。俺もまだまだ勉強が出来そうだ。そもそもアサギは専門家なんだろ? 俺は出来ると言っても素人だからさ。こっちこそ、良かったらいろいろ教えてくれたら助かる」
そう言って貰え、浅葱は満面の笑顔を浮かべた。
「良かったぁ。ありがとうございます!」
そう言い、ぺこりと頭を下げた。
ともに暮らすロロア、そして通いで世話をしてくれるカロム。
まだまだ擦り合わせなども必要なのだと思う。だがこのふたりと一緒なら、余計な心配はいらなさそうだ。
浅葱はこれで、異世界での生活が本格的に始まった様な気がした。
これだけあれば、何でも作れてしまえそうな気がする。
調味料を見てみると、オリーブオイル、塩と胡椒、乾燥ハーブ各種にスパイスなど。ビネガーや砂糖もある。だが当然ながら、日本ながらの醤油や味噌などは無い。
「アサギ、ブイヨンは昨日から仕込んであるから、良かったら使ってくれ」
カロムが4口あるコンロの、右奥に置かれている鍋を指す。
「あ、それは助かります。ありがとうございます」
浅葱の世界にあるブイヨンやコンソメの素などはやはり無い。浅葱が仕事でしていた様に、玉葱などを使っていちから作らなければならないのである。
オリーブも毎日ブイヨンを作っていた様で、毎食味付けの違うスープが食卓に出た。煮込み料理も多かった。
「カロムさん、この世界では食事はスープや煮込みが多いんでしょうか?」
「ああ、そうだな。大概毎日ブイヨンを取るからかも知れんが、確かに多いな。肉や魚を焼く事もあるが、どうにも硬くてパサパサしちまって、あまり評判は良く無いんだ。食堂でもあんまりメニューに無いし、あっても人気は無いみたいだな」
ふむ、火入れの問題だろうか。焼く時間が長過ぎれば、確かに肉も魚も水分を失ってパサついてしまう。それともこの世界の食材の問題か?
少し試してみよう。浅葱は冷暗庫から鶏のもも肉と鯛を出す。両方とも既に捌かれているので、後は切るだけだ。
両方に鼻を近付けてみたところ、臭みは無い様だったので、臭み取りは必要無いだろう。浅葱はそれぞれを1口大に2切れずつ切り、塩と胡椒を軽く振る。
「ん? 何をするんだ?」
浅葱の動きを見ていたカロムの問いに、浅葱は「ちょっと実験を」と応え、作業を続けて行く。
鉄製のフライパンを火に掛け、温まったらオリーブオイルを引く。そこに鶏もも肉と鯛を並べた。中火でじっくりと火を通して行く。
鶏もも肉と鯛では火通りの時間が違う。先に鯛をひっくり返し、鶏もも肉を返す頃には鯛が焼き上がる。
鯛を1切れ小皿に取って、カロムに渡す。
「塩胡椒で焼いただけなんですが、食べてみて貰えますか?」
「ん? 焼いた平目か。さて」
カロムが鯛にフォークを入れると、身の端がほろりと崩れる。カロムは「お?」と驚いた声を上げた。
「何だ? この鯛柔らかいな。たまに食うやつと全然違う。味はどうだ?」
口に運んだ途端、カロムはカッと眼を見開いた。
「やっぱり柔らかい! ふわふわしてる! 何でだ、アサギ、お前何か特別な下処理でもしたのか?」
浅葱も食べてみる。するとやはり新鮮だと思われる身に臭みは殆ど無く、柔らかなそれは口の中で解けて行く。
味付けを薄めにしているので素材の味もしっかりと判る。甘みもしっかりとあり、これはなかなか上質だ。この世界の海は豊かなのだろう。
「多分なんですけども、今まで火を通し過ぎていたんだと思います。そうすると硬くなってしまうんですよね」
「はあぁ、そんな簡単な理由だったのか」
「次は鶏をどうぞ」
感心するカロムの小皿に、焼き上がった鶏もも肉を乗せてやる。浅葱の小皿にも。
ほぼ同時に口に入れる。すると続いてまたカロムは眼を見開く。
「凄い良い弾力だな! 口に何か旨い液体も広がる。何だこれ」
「肉汁ですね。鶏が元々持っている水分と言うか脂と言うか。それを残す様に焼いているんです」
「成る程な。俺らは焼き過ぎてそれを失くしちまってたって事だな。あれ、でも煮込んだ時は、長くても硬くならんよな?」
「煮込みは周りに水分もありますからね。浸透圧というものでしょうか。煮込みの時に周りの味が濃すぎると、特に塩を入れ過ぎてしまうと硬くなってしまうと思います」
「へぇぇ。いや、しかし勉強になるわ」
浅葱もじっくりと鶏もも肉を咀嚼する。肉の色が淡いピンク色だったので想像は付いていたが、これは浅葱の世界のスーパーなどで、特売などでも売り出される事がある、一般的な鶏肉である。
鶏は勿論、豚も牛も、その味や食感は育て方や飼料で変わる。この鶏はごくごく普通の育てられ方をしているのだろう。
それは決して悪い訳では無い。あっさりして脂もくどく無いと言う事は、殆どの料理に合うと言う事だ。
「じゃあ、お昼ご飯は鶏もも肉をローズマリーでソテーしましょうか。それにスープを付けて」
「お、いいなそれ。焼いて旨いなんて、絶対みんな驚くぜ」
カロムも賛成してくれたので、浅葱は早速調理に取り掛かる。
まずはスープ。玉葱を大量に、繊維に垂直にスライスして、オリーブオイルとバターを引いた鍋で炒めて行く。塩を振ると水分が出てしんなりして、旨味も凝縮される。
中火で良く混ぜながら炒め、玉葱が色付いたら、ひたひたにブイヨンを入れて煮込み始める。
次にソテーの付け合わせの準備。シンプルにサラダにしよう。サニーレタスを千切って水に晒しておき、プチトマトは櫛切りに。
玉葱とブラックオリーブは微塵切りにして、ワインビネガーと塩少々、オリーブオイルを混ぜた中に加えて、ドレッシングを作っておく。
さて、鶏を焼いて行こう。フライパンを弱めの中火に掛け、少し多めのオリーブオイルを引き、そこに生のローズマリーを入れる。
しっかりと香りがオイルに移ったら取り出し、そこに塩胡椒を振った鶏もも肉を皮目から入れる。
パリッとさせたいので、動かさずにじっくりと焼いて行く。
鶏の側面が白くなって来たらひっくり返す。皮は見事に香ばしく焼き上がっていた。その上に先程引き上げたローズマリーを乗せる。
そこに白ワインを振り入れる。じゅわっと音が、そして湯気が上がったら蓋をする。
「お、それは何だ?」
横でスープを見てくれているカロムがフライパンを覗き込む。
「蒸し焼きです。ふっくらと焼き上がりますよ」
「へぇ、いろんな技があるんだなぁ」
スープは玉葱がとろとろになっている。適宜ブイヨンを足しながら煮込んで貰っている。
さて、鶏はそろそろ良いだろうか。蓋を開けるとふんわりとハーブと白ワインの香りが上がって来る。
「お、良い匂いだ」
「はい」
これで中まで充分に火が通っている。後はもう少し皮目に火を通す。
スプーンで肉の周りのオイルを掬い、ローズマリーと皮にそっと掛けて行く。すると皮から細かい泡が立ち、蒸し焼きで少し軟化した皮のパリパリ具合が蘇る。
良し、焼き上がりだ。皿にローズマリーとともに乗せ、その奥に水気をしっかり切ったサニーレタスとプチトマトを盛り付ける。ドレッシングは別添えにして。
スープの味を見て、塩と胡椒で味を整え、こちらも完成だ。スープボウルと、ロロアの分はサラダボウルに注ぐ。
鶏もも肉のハーブソテーと、オニオンスープの完成である。
「おお、こりゃあ旨そうだ。早速運ぼうぜ」
「はい」
ほかほかと湯気を上げる料理を大きなトレイに乗せ、ふたりでダイニングに運んだ。
「待たせたな。昼飯だ」
ナイフとフォーク、スプーンを添えて、それぞれの前に並べて行く。
「おや、焼いた鶏肉かい? 肉は焼いたら硬くなるからと言って、オリーブもあまり作らないから久々だね」
「そうですカピね」
ふたりとも興味深げに鶏もも肉を見つめる。
「まぁ、まずは食べてみてくれよ。あ、ロロアの分はカットするから少し待ってくれな」
カロムが楽しげに言うと、ロロアは「よろしくお願いしますカピ」とぺこりと頭を下げ、レジーナは「ふむ」とナイフとフォークを手にした。
「では早速いただこうじゃ無いか」
フォークで鶏肉を押さえながら、ナイフを入れる。すると皮がサクッとした音を立てた。
「やっぱり硬いのかな?」
「いやいやレジーナさん、そのまま身までざっくり行ってみてくださいよ」
「んん?」
カロムの言葉に、そのままフォークを進めて行ったレジーナは、「おや」と驚いた声を上げる。
「さっくりとあまり抵抗無く入って行くぞ?」
「でしょう。ささ、食べてみてください」
ロロアの分を食べ易い大きさにカットし、カロムも自分の分に取り掛かる。そんな様子を浅葱はやや緊張しながら見つめていた。
1口大にした鶏肉を口に運び、噛み締めたレジーナは「んん!」と双眸を開いた。
「何だいこれは! とても柔らかくてしっとりしていて美味しい! どういう事だい?」
「本当ですカピ……!」
ロロアも齧り付いて、眼を瞬かせている。
「凄いじゃ無いかカロム! まさか肉をこんな柔らかく焼き上げるなんて!」
「実はですね、これを焼いたのはアサギなんすよ」
「ええ!?」
レジーナとロロアの視線が浅葱に突き刺さる。浅葱はびくっと肩を震わせた後、「はい」と照れながら小さな笑みを浮かべた。
「どうして肉が硬くなるのかも教えて貰いました。アサギは凄い料理人ですぜ」
「へええ、そうなんだ! 凄いなアサギ! ハーブの香りも良い。これはとても美味しいぞ!」
「本当に美味しいですカピ!」
「あ、ありがとうございます」
浅葱は安心して、ほっと胸を撫で下ろす。そこで漸く浅葱もナイフとフォークを手にした。
切り分けた身からはじんわりと肉汁が溢れ出て来る。ふっくらと焼き上がったそれを口に入れると、ハーブの香りがふんわりと広がる。皮の香ばしさも絶妙だ。塩胡椒の加減もちょうど良く、美味しく焼き上がっていた。
「この切り口から滴る液体は何だい?」
「肉汁です。お肉が元々持っている水分です。焼き過ぎてしまうと、それが失われてしまってお肉が硬くなってしまうんです。そうならない様に焼いたんです」
「へぇ、成る程ね。と言う事は、これまで私たちが食べていた焼いた肉は、焼き過ぎていたと言う事か」
「そうみたいです。いやぁ、今回は俺も勉強になりました」
「サラダもスープも美味しいですカピ。ドレッシングはブラックオリーブと玉葱が良いアクセントになっているのですカピね。スープは膨よかで優しいなお味ですカピ」
「本当だ。サラダなんて生野菜をバリバリ食べるだけのもんだと思っていたが、ドレッシングひとつでこうも変わるものなのだな」
どうやらこの世界では、ドレッシングにあまり工夫は無いらしい。
「あの、ロロア、カロムさん、ご飯、僕に作らせてくれませんか? たまにで良いんです。僕、料理をするのが好きなんです。それで料理人になったんです。人さまが作る美味しいご飯をいただくのも嬉しいのですが、やっぱり自分でも作りたいなぁって」
久々に料理をして、やはり自分は作る事が好きなのだとつくづく思った。何せ職業にするぐらいなのだから。数日に1度でも良いから、作らせて欲しい。
浅葱がおずおずと言うと、ロロアとカロムはきょとんと眼を見合わせる。そしてカロムは「ははっ」と笑った。
「勿論ですカピ。アサギさんのご飯、楽しみですカピ」
「たまになんて言わず、いつでも好きな時に作ってくれよ。俺もまだまだ勉強が出来そうだ。そもそもアサギは専門家なんだろ? 俺は出来ると言っても素人だからさ。こっちこそ、良かったらいろいろ教えてくれたら助かる」
そう言って貰え、浅葱は満面の笑顔を浮かべた。
「良かったぁ。ありがとうございます!」
そう言い、ぺこりと頭を下げた。
ともに暮らすロロア、そして通いで世話をしてくれるカロム。
まだまだ擦り合わせなども必要なのだと思う。だがこのふたりと一緒なら、余計な心配はいらなさそうだ。
浅葱はこれで、異世界での生活が本格的に始まった様な気がした。
21
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~
九頭七尾
ファンタジー
子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。
女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。
「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」
「その願い叶えて差し上げましょう!」
「えっ、いいの?」
転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。
「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」
思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止
異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆
八神 凪
ファンタジー
日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。
そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。
しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。
高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。
確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。
だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。
まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。
――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。
先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。
そして女性は信じられないことを口にする。
ここはあなたの居た世界ではない、と――
かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。
そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。
【完結】うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる