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2章 なりたいものになるために
第3話 独り立ちするために
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少しして、祐ちゃんは「あきませんでしたね」と苦笑いを浮かべた。お父さんたちと話をしているのだろうが、一体どんな内容なのだろうか。
解っているのに、いけないと思っているのに、羨ましいという思いがぐるぐると渦巻く。もう何度こんな思いを抱いたのか。つい卑屈になりそうになってしまう。
そして祐ちゃんは作業台の引き出しを開け、数冊の大学ノートを出した。それはお父さんが作ったレシピノートだった。守梨は思わず立ち上がり、作業台に駆け寄る。
レシピノートは全部で3冊。メニューの中には食材を旬のものにアレンジして提供されたものもあるはずで、厳密に全部のレシピが書かれているわけでは無い。だがそれがあれば、ほとんどのお料理が作れるものである。
祐ちゃんが広げたそれを見ると、普段お料理をする人からしてみると、とても分かりやすいであろうほどに詳細に書かれている。火加減やおよその火通しの時間まで記されていた。
「さっき、おやっさんと話しとってな」
祐ちゃんは会話を思い出したのか、表情を和ます。
「おやっさん、小学5年になって家庭科の授業が始まって、それで守梨が料理に興味持ったら、このレシピ見せたい言うて、細かく書いてはったらしいわ」
「……それやのに、私がお料理あかんかったから」
自分の不甲斐なさに落ち込んでしまうと、祐ちゃんは「ちゃうって」と穏やかに言う。
「料理できるできひんは、本人のせいや無いやろ。人には向き不向きっちゅうもんがあるんやから」
守梨と祐ちゃんの付き合いは長いが、互いに実家暮らしなこともあって、手料理を披露する様な機会にはこれまで訪れなかった。また、手料理を食べさせる様な関係で無いということもある。
だから守梨のお料理のできなさがどれぐらいなのか、祐ちゃんは知らない。それでもこの状況で「やればできる」なんて無責任なことを言わないでいてくれるので、守梨は救われる。
「お母さんは前、料理できひんのもその人の個性やって言うてくれた」
「俺もそう思う。せやから守梨には守梨にしかできひんこと、守梨やからできることがあると思う」
「あると思う?」
「そやなぁ、守梨はこの店をどうしたい?」
「どうしたいって……?」
急に話が飛んで、守梨はきょとんとしてしまう。
「守梨がこの場所を無くしたく無いんは解る。ほな、このまま眠らしとくんか、それとも再開するんか」
「再開……!?」
思いも寄らないことを言われ、守梨は目を見張る。
考えたことも無かった。お料理ができず、経営のいろはも分からない守梨が、ビストロを営む未来なんてまるで見えなかったのだ。
だが現実問題として、守梨はこのままこの場所を掃除だけして生きて行くのか? 綺麗さを保ち、だが生命は与えぬままで。
それはきっと両親も喜ばないだろう。だが守梨に何ができる? お母さんのお手伝いで少しホールを手伝ったぐらいの自分に何が?
「……祐ちゃん、今から勉強とか、できると思う?」
今の自分が何もできないのなら、できる様にしたら良いのだ。経営、接客を学べば良いのだ。祐ちゃんだってこれから本格的にお料理に取り組もうとしているでは無いか。
「できるで。守梨なら、絶対にできる」
祐ちゃんは力強くそう言ってくれる。それで守梨は勇気付けられる。これから勉強できる夜間か週末の学校を探し、身に付いたら料理人を探す。松村さんにお願いしたら協力してもらえるかも知れない。やはり信用できる人で無いと。
「私、頑張ってみる」
「うん。おやっさんとお袋さんも嬉しそうやで」
きっと守梨の決意を喜んでくれているのだろう。ふたりも応援してくれるのだ。俄然力が沸いてくる。
「ほんまはお母さんに教えてもらえたらいちばんええんやろうけど、私には見ることも聞くこともできひんから。これまでお手伝いしてたこと思い出しながら、よそで勉強して来る。で、お母さんに見てもらう。祐ちゃん、通訳してくれる?」
「もちろんや」
もうくよくよしていられない。もちろんまだ完全に心が癒えたわけでは無い。それでもこの場所を守るために、復活させるために動くことが、きっとお父さんとお母さん、そして守梨のためになる。
そうすればもう、祐ちゃんに頼らなくても良くなるかも知れない。
今でこそフリーの祐ちゃんだが、過去お付き合いしていた女性がいることは知っている。これから先恋人ができたり結婚したりすれば、そのお相手が優先になるのは当然だ。
いつまでも守梨が祐ちゃんのお荷物になっていてはいけない。今のままだと祐ちゃんに好きな女性ができても、守梨に遠慮してしまうだろう。責任感が強い人だから。
もう両親だっていないのだ。本当の意味で独り立ちをしなくては。両親が安心して成仏できる様に。祐ちゃんが自由に好きなことができる様に。
祐ちゃんがお父さんのドミグラスソースを継げる様になるころには、守梨が「テリア」を盛り立てて行ける様にしたい。そうすれば新しく来てくれた料理人にドミグラスソースを任せることができるだろうから。
守梨は気合を入れる様に、ぐっと拳を握り締めた。
解っているのに、いけないと思っているのに、羨ましいという思いがぐるぐると渦巻く。もう何度こんな思いを抱いたのか。つい卑屈になりそうになってしまう。
そして祐ちゃんは作業台の引き出しを開け、数冊の大学ノートを出した。それはお父さんが作ったレシピノートだった。守梨は思わず立ち上がり、作業台に駆け寄る。
レシピノートは全部で3冊。メニューの中には食材を旬のものにアレンジして提供されたものもあるはずで、厳密に全部のレシピが書かれているわけでは無い。だがそれがあれば、ほとんどのお料理が作れるものである。
祐ちゃんが広げたそれを見ると、普段お料理をする人からしてみると、とても分かりやすいであろうほどに詳細に書かれている。火加減やおよその火通しの時間まで記されていた。
「さっき、おやっさんと話しとってな」
祐ちゃんは会話を思い出したのか、表情を和ます。
「おやっさん、小学5年になって家庭科の授業が始まって、それで守梨が料理に興味持ったら、このレシピ見せたい言うて、細かく書いてはったらしいわ」
「……それやのに、私がお料理あかんかったから」
自分の不甲斐なさに落ち込んでしまうと、祐ちゃんは「ちゃうって」と穏やかに言う。
「料理できるできひんは、本人のせいや無いやろ。人には向き不向きっちゅうもんがあるんやから」
守梨と祐ちゃんの付き合いは長いが、互いに実家暮らしなこともあって、手料理を披露する様な機会にはこれまで訪れなかった。また、手料理を食べさせる様な関係で無いということもある。
だから守梨のお料理のできなさがどれぐらいなのか、祐ちゃんは知らない。それでもこの状況で「やればできる」なんて無責任なことを言わないでいてくれるので、守梨は救われる。
「お母さんは前、料理できひんのもその人の個性やって言うてくれた」
「俺もそう思う。せやから守梨には守梨にしかできひんこと、守梨やからできることがあると思う」
「あると思う?」
「そやなぁ、守梨はこの店をどうしたい?」
「どうしたいって……?」
急に話が飛んで、守梨はきょとんとしてしまう。
「守梨がこの場所を無くしたく無いんは解る。ほな、このまま眠らしとくんか、それとも再開するんか」
「再開……!?」
思いも寄らないことを言われ、守梨は目を見張る。
考えたことも無かった。お料理ができず、経営のいろはも分からない守梨が、ビストロを営む未来なんてまるで見えなかったのだ。
だが現実問題として、守梨はこのままこの場所を掃除だけして生きて行くのか? 綺麗さを保ち、だが生命は与えぬままで。
それはきっと両親も喜ばないだろう。だが守梨に何ができる? お母さんのお手伝いで少しホールを手伝ったぐらいの自分に何が?
「……祐ちゃん、今から勉強とか、できると思う?」
今の自分が何もできないのなら、できる様にしたら良いのだ。経営、接客を学べば良いのだ。祐ちゃんだってこれから本格的にお料理に取り組もうとしているでは無いか。
「できるで。守梨なら、絶対にできる」
祐ちゃんは力強くそう言ってくれる。それで守梨は勇気付けられる。これから勉強できる夜間か週末の学校を探し、身に付いたら料理人を探す。松村さんにお願いしたら協力してもらえるかも知れない。やはり信用できる人で無いと。
「私、頑張ってみる」
「うん。おやっさんとお袋さんも嬉しそうやで」
きっと守梨の決意を喜んでくれているのだろう。ふたりも応援してくれるのだ。俄然力が沸いてくる。
「ほんまはお母さんに教えてもらえたらいちばんええんやろうけど、私には見ることも聞くこともできひんから。これまでお手伝いしてたこと思い出しながら、よそで勉強して来る。で、お母さんに見てもらう。祐ちゃん、通訳してくれる?」
「もちろんや」
もうくよくよしていられない。もちろんまだ完全に心が癒えたわけでは無い。それでもこの場所を守るために、復活させるために動くことが、きっとお父さんとお母さん、そして守梨のためになる。
そうすればもう、祐ちゃんに頼らなくても良くなるかも知れない。
今でこそフリーの祐ちゃんだが、過去お付き合いしていた女性がいることは知っている。これから先恋人ができたり結婚したりすれば、そのお相手が優先になるのは当然だ。
いつまでも守梨が祐ちゃんのお荷物になっていてはいけない。今のままだと祐ちゃんに好きな女性ができても、守梨に遠慮してしまうだろう。責任感が強い人だから。
もう両親だっていないのだ。本当の意味で独り立ちをしなくては。両親が安心して成仏できる様に。祐ちゃんが自由に好きなことができる様に。
祐ちゃんがお父さんのドミグラスソースを継げる様になるころには、守梨が「テリア」を盛り立てて行ける様にしたい。そうすれば新しく来てくれた料理人にドミグラスソースを任せることができるだろうから。
守梨は気合を入れる様に、ぐっと拳を握り締めた。
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