新世界に恋の花咲く〜お惣菜酒房ゆうやけは今日も賑やかに〜

山いい奈

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1章 新世界でお店を開くために

第1話 大阪の繁華街、新世界

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 大阪いちディープと言われている街、新世界しんせかい。高さ108メートルの展望塔である通天閣つうてんかくがどんと鎮座し、その周りにはたくさんの飲食店や遊戯店などの遊興店が並ぶ。その大半が大阪名物でもある串かつを提供しており、串かつ発祥のお店として知られる「串かつだるま」の総本店も、この新世界で今でも絶賛営業中だ。

 最寄り駅は大阪メトロ御堂筋みどうすじ線と堺筋さかいすじ線の動物園前どうぶつえんまえ駅と、堺筋線の恵美須町えびすちょう駅。南海なんかい電車とJR環状線の新今宮しんいまみや駅、阪堺はんかい電車の新今宮駅前駅にも近く、交通の便が良い。

 この新世界は、以前は日本でも有数の治安の良く無い街として知られていた。隣接して西成にしなり区、通称あいりん地区があり、日雇い労働者の街である。路上生活者も多く、そういった人たちの遊び場だったことからだろう。

 だが大阪市政のテコ入れで、1997年の7月にフェスティバルゲートとスパワールドが同日に開業した。

 フェスティバルゲートは屋内遊園地を擁したショッピングモールだった。オープン当初はたくさんのお客で賑わったが、徐々に来客が奮わなくなっていき、10年間の営業で幕を閉じた。今、その跡地はパチンコのマルハン新世界店と、MEGAドン・キホーテ新世界店になっている。

 スパワールドは現在も営業中だ。「世界の温泉」を謳っており、ヨーロッパやアジアなどの世界観を模した浴場や温水プール、上層階にはホテルがある。

 それらの施設のおかげで、新世界の治安は徐々に改善されていった。そうして家族連れや若いカップルなどが増え、次第に日本各地、および海外からの観光客が増えていった。

 そして今、新世界の街はすっかりとワールドワイドである。もともといた新世界名物「ちっちゃいおっちゃん」はその姿を減らし、かつてはじゃんじゃん横丁の片側にずらりとあった囲碁将棋のお店も全て失われ、おしゃれなお店ができたりして、すっかりと観光地と化している。

 荻野由祐おぎのゆうはネイビーのスーツ姿のふくよかな男性と連なって、通天閣のふもとを歩いていた。今は5月。春もたけなわの穏やかな気候で、夏日と言われる日も迎えつつ、過ごしやすい日が続いていた。

 そのとき。

 レトロ喫茶として一時期行列までできた人気のお店「喫茶ドレミ」のメニューサンプルショーケースの上で、2体のあやかしが和気藹々と歓談をしていた。

 やっぱ、人の多いところには集まるよねぇ。由祐はそんなことを思う。

 由祐は、あやかしが見える体質なのである。なので小さなころから、不可思議なものを良く見てきた。

 幸いと言って良いのかどうかは分からないが、怖いと思ったことは無い。あやかしはきっと、人間に興味が無いのだ。だから由祐はそれらを忌避する様なできごとが無かった。

 だからたった今見つけたあやかしを見ても、「ああ、またおるわ」ぐらいにしか思わないのだ。

 あやかしにもいろいろいる様で、少なくとも街中で良く見掛ける様なあやかしは、言い方は良く無いが、いわゆる大物では無さそうである。

 だからといって遭遇したあやかしが強いとか弱いとか、そもそもどういったあやかしなのかの判別が由祐にはできないのだから、向こうが構ってこないのなら、こちらも見て見ぬ振りをすることだ。それに限る。得体の知れないものに関わらないのに越したことは無い。

 今年30歳になる由祐は新世界周辺に自分のお店を持ちたくて、これまでもいくつかの物件を内覧させてもらっていた。今日もそれで、同行してくれている男性は不動産仲介会社の営業さんである。もらった名刺には門脇かどわきとあった。

 仲介会社の営業所は恵美須町駅の近くである。立地的に車移動の方が面倒なので、営業所から歩いてきているのだった。

「こちらです。メインの通りからは少し外れるんですけどね~」

 門脇さんが言いながら歩を進める。由祐はあやかしから視線を外し、「はい」と付いて行く。

 今、由祐が暮らしているのは、動物園前駅があるメトロ御堂筋沿線のあびこ駅周辺である。大阪市の最南端になる街で、業務スーパーや、多くの飲食店などが連なるあびんこ商店街があり、暮らしやすい下町である。

 この新世界には何度もきている。良く一緒に遊んでいる友人の末次深雪すえつぐみゆきちゃんが本町ほんまちでひとり暮らししているので、遊ぶとなるとなんばや動物園前、天王寺などの繁華街になるのだった。

 本町は大阪メトロ御堂筋線と四ツ橋よつばし線、中央ちゅうおう線が乗り入れているビジネス街である。だが少し裏道に入ればマンションはたくさんあるし、うつぼ公園という大きな公園もあるのだ。

 繁華街の中でもこの新世界は、かなりお得に飲み食べができる、懐にも嬉しい街なのだ。安かろう悪かろう、なんて言葉があるが、大阪の飲食店、とくにこの新世界では、安かろう良かろう、なところが多い印象である。

 由祐はお酒を飲まないので、ソフトドリンクで串かつをお腹いっぱい食べても、3000円でお釣りがきたりする。お得な気分になれるのだ。

 そんな場所で自分がどれだけ勝負ができるのか。正直なところ、蓋を開けてみないと分からない。だが挑戦してみたい。それも、好きなお惣菜と抹茶で。

 自分のお店を持ちたい、その夢はとあるできごとをきっかけに年々膨らんだ。だから夢を目指し始めてからはさらにこつこつと貯金に励んできた。どうにか目標額に届き、今、こうして物件探しに漕ぎ着けた。

「こちらですわ」

 そう言って門脇さんが立ち止まったのは、木で作られたドアの前。通天閣のふもとからほんの少し動物園前駅側に行ったところから伸びる道、新世界本通沿いにある。確かにメインストリートからは少し外れるが、周りにもお店はたくさんあって、立地的には充分だった。

 門脇さんがジャケットのポケットからタグの付いた鍵を取り出し、2ヶ所ある鍵をそれぞれ開けた。開き戸を開けると少し埃臭い空気な流れ出てくる。門脇さんは鍵をポケットにしまい、そのまま懐中電灯を取り出した。

「ブレーカー上げてくるので、少しお待ちくださいね」

 明るく灯した懐中電灯を手に、門脇さんは中に入っていく。飲食店の場合、ブレーカーは厨房にあることが多い。少しすると開けっ放しにしていた開き戸からぱっと明かりが漏れ、門脇さんが戻ってきた。

「お待たせしました、どうぞ」

「ありがとうございます」

 由祐はぺこりと頭を下げ、門脇さんに促されて明るくなった店内を見る。そして。

 おる……!

 カウンタテーブルの奥の方、そこに1体の大柄なあやかしが足を組んで座っていたのだった。
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