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12章 父と息子の二人三脚

第1話 成人おめでとうございます

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「いらっしゃいませ~」

「いらっしゃいませ!」

 佳鳴かなる千隼ちはやが出迎えたのは常連の壮年男性塚田つかださんである。塚田さんはいつもひとりで来て静かに飲まれるお客さまだ。

 他の常連さんや佳鳴たちと話すこともあるが、穏やかで物静かなたちなのか口数は多くなかった。

 そんな塚田さんに続いて入って来たのは青年だった。少し緊張した様な面持ちの青年は佳鳴たちにぺこりと小さく頭を下げた。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

 タイミング的に塚田さんのお連れさんだろう。友人と言うには年齢に差がありそうで、会社の上司部下と言うには今日は土曜日だ。親子にしては似ていないと思ったのだが。

 並んで椅子に掛け、ふたりは佳鳴からおしぼりを受け取った。

「ああ店長さんハヤさん、こっち僕の息子なんですよ。この度無事20歳になったものでね、一緒に飲もうかと」

「そうなんですか。それはおめでとうございます」

 それは素晴らしいことだ。佳鳴と千隼は笑みを浮かべる。そうか、親子だったか。では息子さんは母親似なのだろうか。しかし確か塚田さんの奥さんは。

「家内に先立たれて10年と少し。僕なんかでもどうにか息子を成人させることができました」

 塚田さんは感慨かんがい深げに言いながらおしぼりで手を拭いた。横で息子さんも手を拭っている。

「あら塚田さん、なんか、なんて言っちゃあ駄目ですよ。こうして一緒に飲みに来られるなんて、お優しい息子さんに育てられたじゃ無いですか」

 佳鳴がほんの少したしなめる様に言うと、塚田さんは「いやぁ」と照れた様に首筋を掻いた。

「ええっと、あなたがこの店の店長さんなんですか?」

 息子さんが佳鳴に口を開く。

「はい。一応は弟の千隼と共同経営なんですが、私が店長さんと呼んでいただいてますねぇ」

 横にいた千隼が「千隼です」とぺこりと頭を下げた。

「塚田英二えいじと言います。父がいつもこの店のご飯が美味しいって言うので、成人したら連れて来てもらおうと思ってたんです」

「このお店は定食もありますから、いつでも来ていただいて大丈夫でしたのに」

 千隼が言うと英二さんは「いえいえ」と首を振る。

「せっかくなのでお酒も飲んでみたいなぁって思って。初めてのお酒が美味しいご飯と一緒なら嬉しいなって」

「息子さん……英二さんてお呼びしても?」

「はい、もちろん」

「お酒は今日が初めてですか?」

「はい。昨日が誕生日だったので」

「あらためておめでとうございます。じゃあ初めての方でも飲みやすいお酒……ああすいません塚田さん英二さん、ご注文はお酒でよろしいですかね」

「はい。僕はビールで。英二はどうする? 飲んでみたいものとかあるか?」

「うちはお酒の種類がそう多くは無くて。お好みのものがあれば良いんですが」

「そうですね……」

 英二さんがドリンクのメニューを手に取り、じっと眺めるが首を傾げて目を上げた。

「先に成人した友だちとか先輩なんかは、カクテルとかを良く飲んでいるみたいなんですけど」

「そうですね。カクテルなら甘いものも多いですから、飲みやすいものも多いですね。ですがアルコールの度数はビールなどよりも高かったりするので、飲み方は要注意なんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。カクテルは生憎このお店では扱っていないんです。甘いものはお好きですか? 炭酸はどうでしょう」

「嫌いでは無いですが、ご飯の時に甘いものは苦手です。炭酸は好きです」

「じゃあそうですねぇ……あ」

 佳鳴は指をあごに添えて考えていたが、思い付いたと口を開く。

「英二さん、飲み比べをしてみませんか?」

「飲み比べですか?」

「はい。千隼、ちょっと上に行って来る」

「分かった」

 塚田さんと英二さんはきょとんとした顔を見合わせた。

 佳鳴は厨房ちゅうぼうを出ると上の居住スペースへと上がり、食器棚を開けて小さなグラスを取り出す。5客セットで購入したもので普段佳鳴たちは冷酒などを飲む時に使っている。店には無いサイズのグラスだ。

 それをトレイに乗せて店の厨房に戻った。

 佳鳴はグラス4客に氷を入れ、それぞれに手早くお酒を作って行く。それをひとつずつカウンタに置いて行った。

「まずはレモンサワーです。お次はレモン酎ハイ。これがハイボール。こちらがハイボールにレモンを入れたものです。飲みやすいお酒を薄い目で作ってみました。どれも甘くなく、食事に合うお酒です。ビールはお好みでなければ苦いですからね。よろしければお入れしますが」

「良いんですか?」

 突然提供されたグラスを前に驚いた顔をしていた英二さんがその顔を上げる。

「はい。試してみますか?」

「お願いします。父さんがビール好きなので興味があったんです」

「かしこまりました」

 佳鳴はビールの小瓶を開け、残りひとつのグラスに注いだ。残りは炭酸が抜けにくい様に栓をしておいて、営業の後で飲むことにしようか。

「はい、どうぞ」

 カウンタに置くと、英二さんは「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。

 英二さんはさっそくビールのグラスに手を伸ばす。英二さんのどきどきが伝わって来る様で佳鳴と千隼、英二さんの横で塚田さんも固唾を飲む。

 そっとビールに口を付ける英二さん。その眉間にみるみるしわが寄った。

「……飲めるけど苦い」

 どうやら口に合わなかった様だ。横で塚田さんが「ははっ」とおかしそうに笑う。

「やはり苦かったか。ああ、無理に飲まなくて良いから。後は僕が引き受けるよ。店長さん、残りのビールも僕がもらいます。後で中瓶も注文しますね」

「はい。どうぞ」

 佳鳴が残りの小瓶を出すと、塚田さんはグラスに注ぎ足して一気にあおり「はぁ~!」と気持ち良さそうなため息を吐いた。

「やっぱりビールは美味しいなぁ! 英二もそのうち飲める様になると思うよ。僕も酒を飲み始めた時には、やっぱりビールは苦くて飲めなかったんだ。でもいつの間にか美味しいと思える様になっていたんだよ」

「そんなもんなんだ。味覚が変わるってやつなんだね」

「そうだと思うよ」

「ビールはその時までお預けだね。じゃあ他のお酒飲ませてもらおうかな。えっとこれがレモンサワーですね」

 英二さんはグラスを手にし、恐る恐ると言った様子で口を付ける。ビールのことがあったからか少し警戒している様だ。一口喉を鳴らし、ほう、と口を開けた。

「これ美味しい。レモンの風味が爽やかでさっぱりしていますね。これは食事に合いそうです」

 まだ中身が残っているレモンサワーのグラスを置いて、次にレモン酎ハイのグラスを取る。それもこくりと口に含んで。

「これも飲みやすいですね。でもサワーより少し癖が強い?」

「そうですね。焼酎でも癖のあまり無い麦焼酎を使っていますけど、それでもサワーよりは気になられるかも知れませんね」

 次はハイボールである。

「ハイボールってウイスキーを炭酸で割ったやつですよね。これも飲んでる友だちとか先輩が多いです」

「ここ近年若い人たちの間でよく飲まれているお酒ですね。ウイスキーもそのままだと強いお酒なんですけど、炭酸で割ると癖もかなり抑えられるんですよ」

「飲んでみます」

 そして英二さんはグラスとそっと傾ける。

「確かに酎ハイよりも強いって言うか。でもこれ結構好きな味かもです」

「でしたら最後のハイボールのレモン入り、お気に召すかも知れません」

「楽しみです」

 そして英二さんは最後のグラスを手にすると、くいと軽くあおった。そして「あ」と口角を上げた。

「これがいちばん好きです。さっきのハイボールより癖が柔らかっていうか爽やかなのは、レモンのおかげでしょうか」

「そうですね。レモンの効果でしょう。生のレモンを使うかどうかで風味はかなり変わって来るんですよ」

「やっぱり生のが美味しいんですか?」

「それはもう。シロップだとやっぱり人工的な味といいますか。下手をすると悪酔いしますよ」

「あ、それは嫌だなぁ」

 英二さんは苦笑する。

「ありがとうございました。じゃあ最後の、ハイボールのレモン入りの普通のサイズをお願いします」

「はい。かしこまりました。塚田さんもビールの中瓶お出ししますか?」

「そうですね。よろしくお願いします」

 塚田さんは既に小瓶を飲み終えていた。英二さんはグラスに少しずつ残っていたサワーなどを順に飲み干して行く。

「ところで英二、顔が熱いとか頭がふらふらするとか、そんなのは無いか?」

「全然」

 英二さんはけろりとした顔で首を左右に振った。

「そうか。どれぐらい飲めるかは判らないけど、普通には飲めるみたいだね。そこは僕に似たのかな。母さんは下戸だったからね」

「下戸?」

「酒をほとんど飲めない人のことだよ」

「へぇ。それはそれで大変そうだ」

「そうだね。このご時世と言うけど、やっぱり男はある程度は飲めた方が社会に出てから楽だよ。付き合いなんかもあるからね」

「そんなもんか」

「そんなものなんだよ」

「じゃあこれからいろんなお酒試してみるね」

「それは良いけど、一度にあまりいろんな種類を飲むと悪酔いしやすいから、気を付けて」

「うん」

 そんな親子の会話を耳にしながら、佳鳴と千隼はドリンクと料理を整えて行った。
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