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第一話 スミッコとハジッコ
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「おーい、すみっ子。これからみんなでカラオケ行かない?」
高校一年の三月。終業式も終わって明日から春休みと言うところでクラスメート達にそう誘われたが、九重 澄子はそんな気分ではなかった。
彼女はかなりの美少女ではあったものの元々シャイな性格で、入学したての頃はクラスの隅っこで小さくなっていた事もあり、今だにすみっ子と呼ばれている。
「ああごめん、薫。私、早くうちに帰らないと……ハジッコがちょっとね」
「端っこ? どこか身体の端の具合が悪いの?」
不思議そうな薫に、隣に立っていた理恵が言った。
「違うよ。ハジッコって言うのは、澄子んちの犬!
もうだいぶお歳なんだよね。具合良くないの?」
「うん。このところ、あんまり元気なくて……獣医さんにも相談しているんだけど『いかんせんもうかなりの高齢ですからねー』って言われちゃってて」
「そっか。そりゃ心配だね。でもなんでそんな名前なの?」薫が突っ込んでくる。
「ああ、それはね。私は覚えてないんだけど、私の一歳の誕生日の時、六匹並んだ子犬のうちどれがいいってお父さんに聞かれて、私が端っこがいいって言ったんだって。そしたらお父さんが『すみっこがハジッコを選んだ』とかオヤジギャグ言い出しちゃったみたいで……それがそのまま名前になったの」
「なにそれ、ウケるー。でも、あなたの一歳の誕生日って……それじゃ今その犬、十五歳越えてるの?」
「そう……人間だと百歳近いんだって」
「おおっ!」二人の友人が驚嘆した。
◇◇◇
私、九重澄子は、自宅にメス犬を飼っている。名前は「ハジッコ」。
うちにお迎えしてから優に十五年を超えているおばあちゃんだ。
秋田犬と柴犬のMixなのだが、隣に住んでいる柿沼さんちのお父さんが犬好きで、自分の所で繁殖させたら子犬が六匹生まれ、さすがに飼いきれないとかで飼い主を探していたのを、うちのお父さんが是非にもと言って、そのうち一匹を引き取ったのだ。
物心つかない時の事なので、正直、当時の事は覚えていないのだが、私の一歳の誕生日の一か月前。私のお母さんが事故で亡くなった。その寂しさを紛らわせるためだったのか、私に兄弟がいないことを不憫に思ったのか……お父さんが「犬を飼おう!」と言いだして、お隣の柿沼さんちで生まれた子犬を、私を連れて見に行ったのだそうだ。
そしてその中から私は一番端っこにいた子犬を選んだのだが、気が付いたら私はいつもハジッコといっしょにいた。幼稚園の時も小学校の時も中学校の時も……そして私はもうすぐ五月で十七歳になり、ハジッコはその生涯を全うしようとしている。
でも……あの子がいない生活なんて考えられないよ……
急いでうちに帰ったら、居間の濡れ縁のところにひいてある毛布の上に、ハジッコがじっと伏していて、おばあちゃんが心配そうに見ていた。
「具合はどう?」恐る恐るおばあちゃんに聞いてみる。
「やっぱり、ちょっと元気がないねぇ。便も緩いみたいだし……高橋先生に診てもらう方がいいかもね」
高橋先生というのは、駅前でペットクリニックをされているハジッコの主治医だ。
「そっか。でもお父さん帰って来ないと、車出せないよね……」
すると、庭の方から声がした。
「俺が乗せて行こうか?」
「あっ、虎兄ちゃん! 今日はいたんだ。でもいいの?」
「ああ。今日はバイトもないしな。それにハジッコが弱ってるんじゃ、俺も気が気じゃないよ」
虎兄ちゃん……柿沼虎之助は、お隣の四つ上の幼馴染だ。大学生で車の免許も持っている。それに柿沼家は、ハジッコの実家でもあり、おじさんの犬好きは確実に虎兄ちゃんにも遺伝している。
「助かる! お願いしていい?」
「それじゃうちの車、玄関につけるから用意しなよ」
◇◇◇
高橋先生に診察してもらい、とりあえず出来る治療と投薬をしてもらったが、さすがにもう覚悟した方がいいとはっきり言われた。クリニックから帰る途中、車の中で終始無言だった私を、虎兄ちゃんがいろいろ励ましてくれていたようにも思うが、何も耳に届かなかった。
そうしたら突然、虎兄ちゃんが話題を変えた。
「スミ、見てみろ。中央公園の桜。だいぶつぼみが膨らんでるみたいだぞ!」
そう言われてゆっくり外を眺めると、陽も暮れていてよくは見えないが、確かに街灯に照らされた桜の枝が淡く萌えている様に思える。
「くぅぅー」ハジッコも外を眺めている。
子供の時、毎年桜の下を落ちる花びらを追って、ハジッコと走り回った事を思い出しちゃった。秋田柴って結構やんちゃな子が多いのだが、さすがに今年はもう……そう思ったら、また涙がこぼれてきた。
翌朝。高橋先生に貰った薬が多少功を奏したのか、ハジッコは立ち上がって元気にしっぽを振っていた。これが散歩のおねだりな事は、澄子にはすぐに判った。
でも、無理しちゃって万一の事があったら……そう思うとハジッコを外に連れ出す決心がつかず、澄子はハジッコを軽くなでながら、散歩は我慢ねと心の中でつぶやいた。
そうしたら夕方、虎兄ちゃんがやってきて言った。
「スミ。中央公園の桜、開花したみたいだぜ。それで……その、さい……ハジッコにも見せてやらないか? 俺もついてくから」
最後に……と言いそうになって慌てて言葉を選んだのか、言い方がぎこちなかったが、虎之助の気持ちは澄子にも伝わった。
「そうだね。本人も散歩したがってるし」
澄子はおばあちゃんに、ハジッコと中央公園を散歩してくると告げ、ハジッコにリードを付け、虎之助といっしょに家を出た。
ハジッコの歩みはゆっくりではあったが、足取りはしっかりしており、十五分くらいで中央公園に到着した。
「はは。すっかり夜桜だな。もう少し早く、誘いに来ればよかったな」
虎之助が苦笑いをした。
「でも……きれい。夜店も出てるし、楽しそうだね」
「ああ。ゆっくり見て歩こうや」
「はっ、はっ、はっ……」心なしかハジッコも興奮気味で、今にも駆け出しそうなのを、澄子がリードで懸命にコントロールする。ハジッコもいっぱしの中型犬で、元気な頃は澄子もよく引きずられたものだが、さすがに今はもう、その元気はないか。
中央公園の中央の広場のど真ん中にひときわ大きなソメイヨシノがあり、人々がその周りに敷物を敷いて宴会をしていた。
「俺たちもここでちょっと休憩しよう。俺、飲み物とたこ焼きか何か買ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言いながら虎之助がその場を離れた。そばのベンチが都合よく空いていたので、澄子はそこに腰掛け、ハジッコはその足元にきちんとお座りをしながら桜を眺めていた。
そして澄子が、だれかの視線を感じて後ろを振り返った時だった。
チーンと仏壇のおりんの様な音がしたかと思ったら、ブワっと一陣の風が吹き抜け、桜の花びらが宙を舞った。
澄子がたまらずに目を閉じ再び開けた時、目の前に三十前後のたいそう厚化粧な、ソバージュで黒縁眼鏡の女性が立っていた。そして、桜が咲いているとはいえまだ肌寒いこの時期に、ボディラインをみせびらかすかの様なノースリーブで超ミニの薄いワンピースだけを着ており、なぜか手に手鏡を持っていた。
その女性がじいっと、澄子の顔をガン見している。
「ウウウウウッ!」ハジッコが警戒するかの様にうなった。
「あっ、こら、ハジッコ。だめだよ。よその人に突っかかっちゃ……あの、すいません。この子普段はめっぽうおとなしいんですが、人混みでちょっと興奮しちゃったみたいで……」
「人混み?」謎の女性が言葉を返し、澄子が周りを見ると、あれっ? 今目の前で宴会をしていた人たちは? 目の前から人が消えている!?
「えっ!? これって一体……」不思議がる澄子に謎の女性が話かけてきた。
「ねえ、あなた。名前は?」
「あっ、はい。私は……」
そう言いかけた澄子の身体が、思い切りハジッコに引っ張られた。
「きゃっ! こら、ハジッコ!」
一体どこにこんな力が残ってたのか……澄子はあわててリードをコントロールする。
「邪魔するな、クソ犬!!」突然、謎の女性が大声を出した。
「えっ!?」澄子には彼女が何を言わんとしているのか全く分からない。
「まあ、いいわ。私は夜桜。あなた……私のコレクションに加えてあげる」
そう言いながら、謎の女性が澄子に歩み寄って来て、手に持っていた手鏡を澄子の顔の前に差し出した。
「どう? あなたの顔、ちゃんと映ってる?」
そう言われて澄子は無意識のうちに鏡をのぞき込む。
「バウッ!!」ハジッコが今度は謎の女性に飛びかかるが、その身体に触れる前に何か得体の知れない力に持ち上げられたかの様に空中高く放り投げられ、そのまま地面にたたきつけられる様に落下した。
「キャウン!」
「ふっ、無駄だ。お前はただの犬だろ。私には指一本触れられん……なんだ、くたばったのか……さあ、お嬢さん。もっとよく自分の顔をご覧になって……」
「あ……」すでに澄子は金縛りにあった様に体が動かない。
すると次の瞬間、鏡が勢いよく光り出したかと思ったら、パンっという音とともに光が澄子の全身を包み込み、光が収まった時、澄子は地面に倒れていて、呼吸も心拍も停止していた。
「ふふ。大丈夫よお嬢さん。あなたは死んだ訳ではないから。
これから私の世界で楽しく暮らすのよ」
そう言いながら謎の女が踵を返してその場を去ろうとした時だった。
地面にたたきつけられて瀕死のハジッコが、全身全霊の力をふるって謎の女の右手首に噛みつき、女が手に持っていた手鏡をガチャンと地面に落とした。
「くっ!」
チーン。またおりんの様な音がした。
高校一年の三月。終業式も終わって明日から春休みと言うところでクラスメート達にそう誘われたが、九重 澄子はそんな気分ではなかった。
彼女はかなりの美少女ではあったものの元々シャイな性格で、入学したての頃はクラスの隅っこで小さくなっていた事もあり、今だにすみっ子と呼ばれている。
「ああごめん、薫。私、早くうちに帰らないと……ハジッコがちょっとね」
「端っこ? どこか身体の端の具合が悪いの?」
不思議そうな薫に、隣に立っていた理恵が言った。
「違うよ。ハジッコって言うのは、澄子んちの犬!
もうだいぶお歳なんだよね。具合良くないの?」
「うん。このところ、あんまり元気なくて……獣医さんにも相談しているんだけど『いかんせんもうかなりの高齢ですからねー』って言われちゃってて」
「そっか。そりゃ心配だね。でもなんでそんな名前なの?」薫が突っ込んでくる。
「ああ、それはね。私は覚えてないんだけど、私の一歳の誕生日の時、六匹並んだ子犬のうちどれがいいってお父さんに聞かれて、私が端っこがいいって言ったんだって。そしたらお父さんが『すみっこがハジッコを選んだ』とかオヤジギャグ言い出しちゃったみたいで……それがそのまま名前になったの」
「なにそれ、ウケるー。でも、あなたの一歳の誕生日って……それじゃ今その犬、十五歳越えてるの?」
「そう……人間だと百歳近いんだって」
「おおっ!」二人の友人が驚嘆した。
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私、九重澄子は、自宅にメス犬を飼っている。名前は「ハジッコ」。
うちにお迎えしてから優に十五年を超えているおばあちゃんだ。
秋田犬と柴犬のMixなのだが、隣に住んでいる柿沼さんちのお父さんが犬好きで、自分の所で繁殖させたら子犬が六匹生まれ、さすがに飼いきれないとかで飼い主を探していたのを、うちのお父さんが是非にもと言って、そのうち一匹を引き取ったのだ。
物心つかない時の事なので、正直、当時の事は覚えていないのだが、私の一歳の誕生日の一か月前。私のお母さんが事故で亡くなった。その寂しさを紛らわせるためだったのか、私に兄弟がいないことを不憫に思ったのか……お父さんが「犬を飼おう!」と言いだして、お隣の柿沼さんちで生まれた子犬を、私を連れて見に行ったのだそうだ。
そしてその中から私は一番端っこにいた子犬を選んだのだが、気が付いたら私はいつもハジッコといっしょにいた。幼稚園の時も小学校の時も中学校の時も……そして私はもうすぐ五月で十七歳になり、ハジッコはその生涯を全うしようとしている。
でも……あの子がいない生活なんて考えられないよ……
急いでうちに帰ったら、居間の濡れ縁のところにひいてある毛布の上に、ハジッコがじっと伏していて、おばあちゃんが心配そうに見ていた。
「具合はどう?」恐る恐るおばあちゃんに聞いてみる。
「やっぱり、ちょっと元気がないねぇ。便も緩いみたいだし……高橋先生に診てもらう方がいいかもね」
高橋先生というのは、駅前でペットクリニックをされているハジッコの主治医だ。
「そっか。でもお父さん帰って来ないと、車出せないよね……」
すると、庭の方から声がした。
「俺が乗せて行こうか?」
「あっ、虎兄ちゃん! 今日はいたんだ。でもいいの?」
「ああ。今日はバイトもないしな。それにハジッコが弱ってるんじゃ、俺も気が気じゃないよ」
虎兄ちゃん……柿沼虎之助は、お隣の四つ上の幼馴染だ。大学生で車の免許も持っている。それに柿沼家は、ハジッコの実家でもあり、おじさんの犬好きは確実に虎兄ちゃんにも遺伝している。
「助かる! お願いしていい?」
「それじゃうちの車、玄関につけるから用意しなよ」
◇◇◇
高橋先生に診察してもらい、とりあえず出来る治療と投薬をしてもらったが、さすがにもう覚悟した方がいいとはっきり言われた。クリニックから帰る途中、車の中で終始無言だった私を、虎兄ちゃんがいろいろ励ましてくれていたようにも思うが、何も耳に届かなかった。
そうしたら突然、虎兄ちゃんが話題を変えた。
「スミ、見てみろ。中央公園の桜。だいぶつぼみが膨らんでるみたいだぞ!」
そう言われてゆっくり外を眺めると、陽も暮れていてよくは見えないが、確かに街灯に照らされた桜の枝が淡く萌えている様に思える。
「くぅぅー」ハジッコも外を眺めている。
子供の時、毎年桜の下を落ちる花びらを追って、ハジッコと走り回った事を思い出しちゃった。秋田柴って結構やんちゃな子が多いのだが、さすがに今年はもう……そう思ったら、また涙がこぼれてきた。
翌朝。高橋先生に貰った薬が多少功を奏したのか、ハジッコは立ち上がって元気にしっぽを振っていた。これが散歩のおねだりな事は、澄子にはすぐに判った。
でも、無理しちゃって万一の事があったら……そう思うとハジッコを外に連れ出す決心がつかず、澄子はハジッコを軽くなでながら、散歩は我慢ねと心の中でつぶやいた。
そうしたら夕方、虎兄ちゃんがやってきて言った。
「スミ。中央公園の桜、開花したみたいだぜ。それで……その、さい……ハジッコにも見せてやらないか? 俺もついてくから」
最後に……と言いそうになって慌てて言葉を選んだのか、言い方がぎこちなかったが、虎之助の気持ちは澄子にも伝わった。
「そうだね。本人も散歩したがってるし」
澄子はおばあちゃんに、ハジッコと中央公園を散歩してくると告げ、ハジッコにリードを付け、虎之助といっしょに家を出た。
ハジッコの歩みはゆっくりではあったが、足取りはしっかりしており、十五分くらいで中央公園に到着した。
「はは。すっかり夜桜だな。もう少し早く、誘いに来ればよかったな」
虎之助が苦笑いをした。
「でも……きれい。夜店も出てるし、楽しそうだね」
「ああ。ゆっくり見て歩こうや」
「はっ、はっ、はっ……」心なしかハジッコも興奮気味で、今にも駆け出しそうなのを、澄子がリードで懸命にコントロールする。ハジッコもいっぱしの中型犬で、元気な頃は澄子もよく引きずられたものだが、さすがに今はもう、その元気はないか。
中央公園の中央の広場のど真ん中にひときわ大きなソメイヨシノがあり、人々がその周りに敷物を敷いて宴会をしていた。
「俺たちもここでちょっと休憩しよう。俺、飲み物とたこ焼きか何か買ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言いながら虎之助がその場を離れた。そばのベンチが都合よく空いていたので、澄子はそこに腰掛け、ハジッコはその足元にきちんとお座りをしながら桜を眺めていた。
そして澄子が、だれかの視線を感じて後ろを振り返った時だった。
チーンと仏壇のおりんの様な音がしたかと思ったら、ブワっと一陣の風が吹き抜け、桜の花びらが宙を舞った。
澄子がたまらずに目を閉じ再び開けた時、目の前に三十前後のたいそう厚化粧な、ソバージュで黒縁眼鏡の女性が立っていた。そして、桜が咲いているとはいえまだ肌寒いこの時期に、ボディラインをみせびらかすかの様なノースリーブで超ミニの薄いワンピースだけを着ており、なぜか手に手鏡を持っていた。
その女性がじいっと、澄子の顔をガン見している。
「ウウウウウッ!」ハジッコが警戒するかの様にうなった。
「あっ、こら、ハジッコ。だめだよ。よその人に突っかかっちゃ……あの、すいません。この子普段はめっぽうおとなしいんですが、人混みでちょっと興奮しちゃったみたいで……」
「人混み?」謎の女性が言葉を返し、澄子が周りを見ると、あれっ? 今目の前で宴会をしていた人たちは? 目の前から人が消えている!?
「えっ!? これって一体……」不思議がる澄子に謎の女性が話かけてきた。
「ねえ、あなた。名前は?」
「あっ、はい。私は……」
そう言いかけた澄子の身体が、思い切りハジッコに引っ張られた。
「きゃっ! こら、ハジッコ!」
一体どこにこんな力が残ってたのか……澄子はあわててリードをコントロールする。
「邪魔するな、クソ犬!!」突然、謎の女性が大声を出した。
「えっ!?」澄子には彼女が何を言わんとしているのか全く分からない。
「まあ、いいわ。私は夜桜。あなた……私のコレクションに加えてあげる」
そう言いながら、謎の女性が澄子に歩み寄って来て、手に持っていた手鏡を澄子の顔の前に差し出した。
「どう? あなたの顔、ちゃんと映ってる?」
そう言われて澄子は無意識のうちに鏡をのぞき込む。
「バウッ!!」ハジッコが今度は謎の女性に飛びかかるが、その身体に触れる前に何か得体の知れない力に持ち上げられたかの様に空中高く放り投げられ、そのまま地面にたたきつけられる様に落下した。
「キャウン!」
「ふっ、無駄だ。お前はただの犬だろ。私には指一本触れられん……なんだ、くたばったのか……さあ、お嬢さん。もっとよく自分の顔をご覧になって……」
「あ……」すでに澄子は金縛りにあった様に体が動かない。
すると次の瞬間、鏡が勢いよく光り出したかと思ったら、パンっという音とともに光が澄子の全身を包み込み、光が収まった時、澄子は地面に倒れていて、呼吸も心拍も停止していた。
「ふふ。大丈夫よお嬢さん。あなたは死んだ訳ではないから。
これから私の世界で楽しく暮らすのよ」
そう言いながら謎の女が踵を返してその場を去ろうとした時だった。
地面にたたきつけられて瀕死のハジッコが、全身全霊の力をふるって謎の女の右手首に噛みつき、女が手に持っていた手鏡をガチャンと地面に落とした。
「くっ!」
チーン。またおりんの様な音がした。
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