忠犬ハジッコ

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第六話 ブチャ先生

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 翌日。かばんをおいて先に帰ってしまった事を学校で二人に謝ったが、「まったく。すみっ子ったら……早くハジッコロスから立ち直れるといいね」とむしろ心配された。そしてとにかく、学校や友達の前では澄子になりきる事に専念しようとあらためて誓った。

「それですみっ子。今度の休み。うちこない? まあ、ハジッコの替わりにはならないけどブチャもいるし……モフモフさわれば気もまぎれるかもよ」
 理恵がそう言って誘ってくれた。
「えー、逆に思い出しちゃうんじゃないの?」
 薫が心配したが、ハジッコは行きたいと言った。
 家と学校だけじゃなくて、もっと世界を広げないと……そんな想いもあった。

 そして次の日曜日。薫と駅で待ち合わせて、いっしょに理恵の家に向かった。
「あー、いらっしゃい。どうぞ遠慮なく上がって。今日、両親は朝からゴルフいっちゃってるから」そう言いながら理恵が招き入れてくれた。彼女も一人っ子だ。

「おじゃましまーす」そう言いながら、理恵の部屋に入ったが……ははあ。あのベッドの上にいるのがブチャかな。たしかにお歳を召しているけど結構でかいわね。
 ブチャも、ハジッコに気が付いた様で、寝ていたと思ったらふっと顔をあげてまじまじと顔をにらんでいる。と、次の瞬間、「フウッ!!」と思い切り戦闘体制で威嚇いかくされた。
 
 (ありゃ。これはまずいかしら……)ハジッコはそう思ったが、まさか家猫に脅されて逃げたのでは犬……いや人間のプライドに関わる。気にしない素振そぶりをみせ、そのまま理恵の部屋の床に座った。

「おいこら。ブチャ。こいつらは私の友達。めずらしいわね人見知りなんて……」
 そう言いながら、理恵がブチャをでていたら落ち着いた様で、また顔を布団にうずめてしまった。
「それにしても、ブチャって何? ブチャイクだから?」薫が理恵に尋ねた。
「ああ。元々お父さんが好きだった昔のプロレスラーに似てたとかで、最初はブッチャーって言ってたらしいんだけど、幼い私がブチャブチャ言ってたら不細工だしそれでいいかって……」
「あらら。なんかかわいそ。でもメスなんだよね?」
「そうよ。三毛猫はほとんどメスなんだって」理恵がそう説明してくれた。

 そして新しいクラスの男子の話をしたり、ゲームをしたりしていたらお昼を過ぎた。
「あー、それじゃ私。お昼ごはん作るね!」理恵が言った。
「えー。作るって、もしかして理恵チャーハン?」薫が言う。
「当ったりー。すぐできるからここで待ってて」
「いやいや。私も手伝うよ。作り方も教えて!」薫がそう言ったので、「あっ。それじゃ私もお手伝いを……」とハジッコが言ったのだが、「いいからいいから。すみっ子はゆっくりしてて。ああ。ブチャいじっててもいいから」と返された。

「あっ、はい」そして部屋には、ハジッコとブチャだけが残された。

「いじっててって言われてもねー」そう言いながら、ハジッコはブチャが寝ている理恵のベッドのへりに腰かけた。ブチャはどうやらぐっすりおやすみの様で、だらしなくベッドの上に広がっていた。
 ハジッコは、そっと人差し指を出して、ブチャをつつこうとした。すると、
(触れるニャ! 無礼者。わしを誰だと思っておる!)
 
 えっ。今の誰?
 ハジッコが驚いて周りをキョロキョロ見回すが誰もいない。いや、ブチャがいつの間にか眼を開けて、こちらを睨んでいる。

「あ、あの……もしかして今のはあなた?」
(ふっ。わしの声が聞こえるという事は、お主も普通の人間ではニャいな……というか、お主。犬か!?)
「えっ、えーーー!! あの、ブチャさん……で呼び方いいですか? あなたは一体?」

(うむ。呼び方はブチャでよい。りえぽんもずっとそう呼んでくれとる)
「りえぽん?」
(ゴホンッ! それはどうでもよい! それでお主。何で犬が人間の姿をしておる?)
「あっ、それは話すと長くなると言うか……あの、ブチャさん。すいませんが、お互いの事を順番に説明し合いませんか?」
(それもそうじゃな。じゃがりえぽんがそのうち戻ってくる。手短てみじかにいくぞ)

 そして、ハジッコは今の身の上をブチャに話した。

「そう言う訳なのですが、あの。わたしがハジッコだと人間にバレると、スミちゃんにこの身体を返せなくなるので、くれぐれもご内密に……」
(心配するニャ。わしが何か話しても、人間には、にゃーにゃーとしか聞こえん様だ。それでわしなんじゃが……わしは……猫じゃ!)
「あの……それは分かっております! なぜ猫なのに私が犬だと見破って、私とお話出来るのですか?」
(猫というのは、よわい百歳を超えると尾が二つに割れ、猫又ねこまたという大妖怪になれるのじゃが、そこへたどり着くまでに何段階かあってニャ。齢十五を超えると、まずこうした能力が身に付く。人間のいうところのテレパシーと言うものの様だが、相手の気持ちが読め、言葉でなく意識をかよわせられるのじゃ)

「なるほど。それでは齢三十とかになったらもっとすごい事が出来ると?」
(あー。それはなってみんと分からん。だいたいそんなに長生きできるかも怪しいしのう)
「そんな。それじゃ猫又になるのなんて……」
(ああ、夢のまた夢じゃろうな。じゃがいいではニャいか。長寿に対してモチベーションが上がる)
「……そうですね。でもよかった。私、この事を相談できる人が誰もいなくて。どうしていいか毎日悩んでいたんです」
(そうであったか……じゃが、言っておくがわしも何も出来んぞ! 話位は聞いてやらんでもニャいが……)
「えー、そんな……」

「おっまたせー」そこへ、そう言いながら理恵と薫が部屋に戻ってきた。
 大きなお皿に山盛りのチャーハンが積み上げられており、いい香りがしている。

「うわー、おいしそう」ハジッコは、ブチャと会話していた事がバレない様取りつくろう。
「はは、すみっ子。なんかブチャと会話してたでしょ?」
「えっ!?」 (バレた?)

「あんたの声と、ブチャのニャーニャー言ってるのがなんとなく聞こえて来てて、下で二人で大笑いしてたんだよ。これで少しは気が晴れたかな」そう言いながら理恵が、チャーハンを盛り分けてくれた。
「ああ、有難う」

 そして三人で大量にあったチャーハンを平らげた。

 食べ終わってしまって、ハジッコはふと気がついた。
「あの……全部食べちゃったけど、ブチャさんの分は?」
「ああ。それは別で猫カンあるから。チャーハンは玉ねぎ入ってるからダメなんだ」
「えっ!? 玉ねぎ!!」
 犬にも玉ねぎはNGだ。ハジッコはとたんに気分が悪くなってきたような気がした。
「ありゃ、すみっ子。どうした? なんか顔色悪いよ」薫が心配そうにそう言った。
 どうしよう。一度おトイレで戻した方がいいかしら……。
 あわてていたら、ブチャがハジッコのそばに来て、ニャーっと鳴いた。
 そして理恵と薫には鳴いた様にしか聞こえなかったが、ハジッコにはこう聞こえた。

(人間の身体なんじゃから、おたおたするな。大丈夫じゃ)

 ああ、そうだった。この前の紅茶も多分気の持ち様だったと思うし……。
 そう考えたら少し楽になってきた。
「ああ、ごめん大丈夫。多分たべすぎ……」ハジッコのその言葉に、二人は顔を見合わせて大笑いした。

 その後しばらく三人で話をしたあと、ハジッコと薫は理恵に見送られながら帰っていった。そして理恵の部屋の窓から、駅に向かう三人を眺めながらブチャがつぶやいた。

「犬が転生して人間に……か。ニャんとも不可解な。ん? あれはなんじゃ?」
 ブチャがよく見ると、ハジッコの少し後ろを、何か黒いものがひらひら飛んでいた。
「ふむ。カラスアゲハか。今時にしてはめずらしいのう。猫もそうじゃが、黒は辛気臭しんきくさくていかん」

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