19 / 21
19
しおりを挟む地面と触れ合う感覚が訪れる前に目が覚めた。
瞼を押し上げると、視線だけをゆっくりと天井や壁の暗闇に這わせる。ベッドボードから差し込むささやかな光量が、群青色に部屋を染めていた。
夢だ。
そう思うと、ふっといつの間にか強張っていた身体から、しんなりと力が抜けていく。俺はもう一度深く息を丁寧に吸い込んでから、長く息を吐く。指先からゆっくりと関節を動かし、気怠い身体で寝返りを打つ。すると、ベッドサイドでちかちかと緑色のライトが点滅しているのが見えた。
俺は手を伸ばしてスマホを引き寄せると、青白い光に目を細めた。突き刺すようなブルーライトが不快だったけれど、画面に現れた名前に、俺は思わず起き上がった。
『元気だよ。ちょっと集中したくて返事ができなくてごめん。電源を切っていた。』
『この時間じゃ起きてないよね?』
二つに分かれたメッセージを受信したのは、丁度五分前だった。
深夜一時三十二分。
俺は少し躊躇ってから、指先で画面を操作すると、彼に電話を掛けた。三回コールで出なかったら切ろう。そう決めて、目を閉じベッドに横たわる。ふと目を開いて窓辺へと視線を向けると、窓ガラスに水滴がついている事に気付く。
目の前の通りを通る車のヘッドライトに照らされ、水滴が黄色いライトの色を宿して、小さくまだら模様に輝いていた。
「しのぶ」
不意に雨のようなしっとりとした声音が、俺を静かに呼んだ。
「……雨降ってるんだ」
「十五分くらい前からね」
あまりにも違和感なく滑り込み、沁み込んできたさなぎの声音に、俺は身動ぎして、寝返りを打った。
「ごめんね、起こした?」
俺が電話を掛けたのに、さなぎが申し訳なさそうな声を出すのがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「変なの。俺がかけたのに」
「メッセージを飛ばしたのは俺だよ」
「それだって、俺が最初だよ」
少し考えるような間を置いて「そうだった」とさなぎは笑った。
部屋の中も、表の通りもとても静かだった。俺たちに、世界が遠慮しているような雰囲気さえ感じられるほどに。
俺たちは静寂の縁で、二人足を投げ出しているような、お互いの沈黙を味わう。久し振りとか、最近どう? とか、そういった言葉を使おうと思ったけど、それは何となく違うと思った。
適切な言葉を、俺は探していた。水の中を漁るみたいに、ゆったりとした心地で。焦る事なく。
「……お腹空いた」
最初に言葉を探し当てたのは、さなぎの方だった。
「しのぶの作ったごはんが食べたい」
「急だね」
「オムライスがいいな」
「冷凍ご飯があるから作れるよ」
俺は身体を起こすと、窓の外へと視線を投げた。街頭が薄っすらと雨の水滴を、青く照らしていた。雨はまだ微かに降っているようだけど、音はない。
「今から食べに行きたい」
俺はさなぎの声に、
「うん、待ってるね」
と、一切の躊躇いもなく頷いて、ベッドを抜け出していた。寝起きのだるさはいつの間にか抜けていて、俺はスリッパに足を入れると、台所へと向かう。
「うん、すぐに行く」
さなぎはそう言って通話を切り、俺は冷凍庫からご飯を取り出し、レンジで解凍する。
固めの卵か、とろとろの卵か、聞くの忘れたなと思いながら。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる