遠い海に消える。

中原涼

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 あの快楽が忘れられなかったのは、俺だけじゃなかった。甘美な記憶は、一旦緩んだ理性の隙間から、何度も顔を覗かせ、俺達はその後、幾度も身体を重ねた。
 お互いの部屋、リビングのソファ。
 初めて兄の性器を口内に入れた時の、愛おしさは今までの誰よりも、はるかに勝るものがあり、胸が満たされた。
 理性を伴わない獣と、同じようなものだと思う。
「どこで覚えた?」
 と揶揄われたのは好きじゃないけれど、そう笑っている兄の瞳の裏側にある嫉妬の炎が俺を満たし、心を潤してくれた。
 踏み越えてはいけない。そうとは知っているはずなのに、一度踏み外した闇から抜け出せない。好きだと言う恋心は一度首輪を外すと、二度と首輪をする事はない。
 自由を好むからだ。
 俺は気怠い午後の授業を待ちながら、講義室の後ろ側の席で伏せ、昨日の夜も深夜に帰ってきた兄と、セックスをした事を思い出していた。
 その日あった事をお互いに報告してから、一緒に風呂に入りたいという兄の誘いを受け入れ、当たり前のように風呂場でその行為に耽った。浴槽の縁に座る彼の雄に舌を這わせると、たちまちに勃起してしまう素直なそれが、愛らしかった。湯船の中で、タイルに手を付いて、獣のように背後から突き上げられ、背中にキスを受け、胸を弄られ……――止めよう。
 俺は伏せていた顔を上げて、鞄からペットボトルを取り出し、温くなったお茶を一気に半分飲み干す。軽く頭を振って邪念を払うと、今日何度目かも忘れたため息が溢れた。
 俯いていた視線を上げれば、講義室の窓から降り注ぐ夏の日差しが、日毎に苛烈さを増しながら、人や部屋を焼いている。もう夏は到来している。それと同時に始まる夏休みも、もう数日後からだと言うのに、俺の心はどうしても気分が上向きにならなかった。
 罪悪感と満足感と言う両極端な感情が、心の中に存在して、一日一日の在り方が分からなくなっている。
「間に合ったー! 光、おはよ!」
 不意に肩を叩かれ振り返ると、征人がいた。
「いやぁ、ヒート来ちゃってさ、あの人が危ないって一歩も外に出してくれなかった」
 そう言いながら隣に、どかりと腰を下ろすと、背負っていた黒い大きなリュックからノートや教材を取り出していく。
 征人に相談した方が良いだろうか。
 心のどこかでちらりと思う。
「征人、身体の調子は?」
「ああ、もう今は全然大丈夫!」
 俺は「良かった」とほっとしてから、口の中でどう相談すべきかあぐねた。運命というのは意外と残酷だと彼は言ってた。だからきっと誰よりも、今の自分の状況を客観的に見てくれるような気がするのだ。
 けれど、あんなに自信たっぷりに平気と言い放った手前、切り出しにくい。しかも、恋心が抑えられなかった、だけではなく、既に繰り返しセックスを重ねてしまっているのだ。
「なんか痩せた?」
 ああでもないこうでもないと考えていると、突然言われてどきりとした。
「暑いから、かな?」
 思わずそう誤魔化して視線を逸らすと、征人は納得したように、
「確かに、光って毎年夏になると食欲不振になるもんな。気を付けろよー」
 そう頷かれてしまい、俺は曖昧に笑う事しかできなかった。
 そしてそれを見計らったように、授業担当の教授が来てしまうと、完全に相談する機会を失う。俺は溜息を隠し肩を落としつつも、どこかほっとしている自分もいるのを感じた。
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