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50.またな、わかな。
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暗闇の中、"ジーッ……"という名前も知らない虫の鳴く声が響き続けている。するとその居心地の良い空間の中に鈍い痛みがジワジワと滲み出てくるのを感じた。
「衣瑠?」
不意にそんな声が聞こえて私がゆっくりと瞼を持ち上げると、知らない部屋の低い真っ白な天井と、私を見下ろす莉結の顔が私の目に映ったのだった。
「ここ……、病院?」
私がそう言うと、莉結はふっと微笑んで首を振る。何でも私は浴室で足を滑らして気を失ってしまったみたいだ。そうは言われても頭の痛みが邪魔をして、身体を洗っているところくらいまでは覚えているけど、そこから先がよく思い出せないでいた。それから私は、保健室として使われているこの部屋に運ばれたそうだ。
ふと壁に掛けられた時計を見ると、短い針は3を少し過ぎていて、今までずっと起きていたのか、よく見ると莉結の顔も少し疲れているように見える。だけど莉結は、"ごめん"と呟いた私をきょとんと見つめて"えっ? 何が? "なんて言うのだ。
そんな莉結が何だかおかしくって、私は"やっぱ嘘"とだけ言って天井に微笑んだ。
それから私の身体を心配して色々と聞いてきた莉結は、私がなんとも無い事を知ると、"良かったぁ"と私のお腹の横へと顔を伏せて、そのまま莉結は顔を上げる事なく窓の外の虫達に重なるように小さな寝息をたてたのだった。
そして私はそっと莉結の髪を撫でると、"いつも本当にありがと"と普段は恥ずかしくて言えない言葉を柔らかな髪に添えた。
色々とあったけど……、もう林間学校も終わり。明日は何も起こらずに楽しい思い出を作りたいな。そんな事を考えながらも、私は再び虫の鳴き声を子守唄に、穏やかな暗闇に吸い込まれていった。
私が目を覚ますとベッドの脇に莉結の姿は無く、開けられた窓には白いレースのカーテンが眩しい朝日を浴びて輝きながら風にゆらゆらと揺られていた。
後頭部を触ると少し腫れていたけどそれほど痛みは無く、わざわざこんな別室で寝なくても良かったんじゃないかなって思ってしまう。そんな事を考えていると、部屋のドアが開いて、ジャージ姿の莉結と目が合った。
「起きたっ? 具合はどう? 気持ち悪くない?」
そんな莉結の顔には仄かに汗が滲んでいて、私が起きる前にもう何かしていたようだった。逆にこっちが心配になるってのに、私がそれを言おうとする前に再び莉結が口を開いた。
「衣瑠のバッグ、もうバスに積んどいたからっ! それより具合はどうなのっ?」
「私は何ともないけどさぁ、そういう莉結はどうなのっ? 全然寝てないじゃん」
「私は全然大丈夫! だって今日で最後じゃんっ? 楽しまないとっ」
満面の笑みでそう答えた莉結に私は何も言えなかった。「バッグありがと!」そう言って私はベッドから飛び起きて、ご丁寧にベッド横の小さな机に置かれていた靴下を履いた。そして靴を履いている時にふとした疑問が浮かび上がった。
「そういえば私ってお風呂で倒れたんだっけ?」
そう言うと莉結の顔が少し赤くなり、それを見た私の顔がぐっと熱くなるのを感じた。そういう事なのだ。だって私の着替えを入れた場所は莉結しか知らないし、それが私の着替えだという事を知っているのも莉結だけなのだから。
私は莉結の反応で"それ"を誰がやってくれたのかを悟ると、吹き出してしまいそうな恥ずかしさを押し込めて"ありがとね"と小さく呟いた。
みんなと合流をして朝食を終えると、私達は宿泊棟へは戻らずに初日に訪れた工作室へと向かった。
高い天井のあの部屋にもう一度泊まりたかったなぁ、なんて思いつつも、昨日の出来事もそれもそれでいい思い出だったなって思ったりもする。それでもやっぱり一生に一度しかないこの林間学校は、莉結と普通に過ごしたかった気もする。この林間学校は色々とありすぎて、常に何かにいっぱいいっぱいだった気がするし、初日のウォークラリーくらいしかまともに参加できてないから。というよりも、それにはいつも莉結を巻き込んでしまっていて、莉結の大切な思い出を私がかき乱してしまったような気がして申し訳なかった。だから最終日である今日くらいは、莉結に迷惑を掛けずに、普通の林間学校で終わりたい、そう思った。
最終日の日程は記念撮影と、その写真を入れるフォトフレーム作り。大したイベントじゃないけど、これが本当に最後のチャンスなのだ。
工作室へ入ると、机の上には様々な形の枝やドングリ、松ぼっくりや角材などが置かれていた。
小学生の図工を思い出すその光景は、私達の忘れかけていた感情を思い起こさせた。
先生の説明の後、実習が始まり、みんな楽しそうに話をしながら作業を進めだした。
私と莉結も子供の頃に戻ったように必死になって自分のイメージに合う材料をピックアップしていった。
普段なら気にも止めないただの枝や松ぼっくりを木工用ボンドでそれぞれに配られた板材に貼り付けていく。ただそれだけの事なのに、何だかすごく楽しくって幸せな時間に感じてしまう。
そしてあっという間に作業時間が終わりを迎え、なんとも可愛らしい写真立てが完成した。
莉結は女の子らしいハート形に枝や木の実を散りばめたものを、私は気を遣って女らしくなるように枝や木の実を散りばめた。
これだけなら単純な"林間学校の思い出"だけで終わってしまうだろうけど……、私はこの写真立てが特別な写真立てになる事を知っている。こんなことを言うのは恥ずかしいけど、これには私の"大切な人"と撮った写真を入れようと思う。そしていつでも見える所に飾ろう。そんな事を考えるだけでなんだか心が躍った。
工作が終わると宿泊棟の前で集合写真を撮った。勿論、そこには本来居るはずである"瑠衣"の姿はない。だけどいいんだ。これが"今の私"だから。
こうして林間学校の最終日は、特にアクシデントも無く無事に終わりを告げた。
施設からバスへ向かう道中、揺れる木々の隙間から差し込む陽の光が、道に散りばめた宝石みたいに輝いていた。
ほんとに大変な林間学校だったけど、やっぱりそれは一生心に残る"いい思い出"として私の心にそっとしまうことにした。
「衣瑠?」
不意にそんな声が聞こえて私がゆっくりと瞼を持ち上げると、知らない部屋の低い真っ白な天井と、私を見下ろす莉結の顔が私の目に映ったのだった。
「ここ……、病院?」
私がそう言うと、莉結はふっと微笑んで首を振る。何でも私は浴室で足を滑らして気を失ってしまったみたいだ。そうは言われても頭の痛みが邪魔をして、身体を洗っているところくらいまでは覚えているけど、そこから先がよく思い出せないでいた。それから私は、保健室として使われているこの部屋に運ばれたそうだ。
ふと壁に掛けられた時計を見ると、短い針は3を少し過ぎていて、今までずっと起きていたのか、よく見ると莉結の顔も少し疲れているように見える。だけど莉結は、"ごめん"と呟いた私をきょとんと見つめて"えっ? 何が? "なんて言うのだ。
そんな莉結が何だかおかしくって、私は"やっぱ嘘"とだけ言って天井に微笑んだ。
それから私の身体を心配して色々と聞いてきた莉結は、私がなんとも無い事を知ると、"良かったぁ"と私のお腹の横へと顔を伏せて、そのまま莉結は顔を上げる事なく窓の外の虫達に重なるように小さな寝息をたてたのだった。
そして私はそっと莉結の髪を撫でると、"いつも本当にありがと"と普段は恥ずかしくて言えない言葉を柔らかな髪に添えた。
色々とあったけど……、もう林間学校も終わり。明日は何も起こらずに楽しい思い出を作りたいな。そんな事を考えながらも、私は再び虫の鳴き声を子守唄に、穏やかな暗闇に吸い込まれていった。
私が目を覚ますとベッドの脇に莉結の姿は無く、開けられた窓には白いレースのカーテンが眩しい朝日を浴びて輝きながら風にゆらゆらと揺られていた。
後頭部を触ると少し腫れていたけどそれほど痛みは無く、わざわざこんな別室で寝なくても良かったんじゃないかなって思ってしまう。そんな事を考えていると、部屋のドアが開いて、ジャージ姿の莉結と目が合った。
「起きたっ? 具合はどう? 気持ち悪くない?」
そんな莉結の顔には仄かに汗が滲んでいて、私が起きる前にもう何かしていたようだった。逆にこっちが心配になるってのに、私がそれを言おうとする前に再び莉結が口を開いた。
「衣瑠のバッグ、もうバスに積んどいたからっ! それより具合はどうなのっ?」
「私は何ともないけどさぁ、そういう莉結はどうなのっ? 全然寝てないじゃん」
「私は全然大丈夫! だって今日で最後じゃんっ? 楽しまないとっ」
満面の笑みでそう答えた莉結に私は何も言えなかった。「バッグありがと!」そう言って私はベッドから飛び起きて、ご丁寧にベッド横の小さな机に置かれていた靴下を履いた。そして靴を履いている時にふとした疑問が浮かび上がった。
「そういえば私ってお風呂で倒れたんだっけ?」
そう言うと莉結の顔が少し赤くなり、それを見た私の顔がぐっと熱くなるのを感じた。そういう事なのだ。だって私の着替えを入れた場所は莉結しか知らないし、それが私の着替えだという事を知っているのも莉結だけなのだから。
私は莉結の反応で"それ"を誰がやってくれたのかを悟ると、吹き出してしまいそうな恥ずかしさを押し込めて"ありがとね"と小さく呟いた。
みんなと合流をして朝食を終えると、私達は宿泊棟へは戻らずに初日に訪れた工作室へと向かった。
高い天井のあの部屋にもう一度泊まりたかったなぁ、なんて思いつつも、昨日の出来事もそれもそれでいい思い出だったなって思ったりもする。それでもやっぱり一生に一度しかないこの林間学校は、莉結と普通に過ごしたかった気もする。この林間学校は色々とありすぎて、常に何かにいっぱいいっぱいだった気がするし、初日のウォークラリーくらいしかまともに参加できてないから。というよりも、それにはいつも莉結を巻き込んでしまっていて、莉結の大切な思い出を私がかき乱してしまったような気がして申し訳なかった。だから最終日である今日くらいは、莉結に迷惑を掛けずに、普通の林間学校で終わりたい、そう思った。
最終日の日程は記念撮影と、その写真を入れるフォトフレーム作り。大したイベントじゃないけど、これが本当に最後のチャンスなのだ。
工作室へ入ると、机の上には様々な形の枝やドングリ、松ぼっくりや角材などが置かれていた。
小学生の図工を思い出すその光景は、私達の忘れかけていた感情を思い起こさせた。
先生の説明の後、実習が始まり、みんな楽しそうに話をしながら作業を進めだした。
私と莉結も子供の頃に戻ったように必死になって自分のイメージに合う材料をピックアップしていった。
普段なら気にも止めないただの枝や松ぼっくりを木工用ボンドでそれぞれに配られた板材に貼り付けていく。ただそれだけの事なのに、何だかすごく楽しくって幸せな時間に感じてしまう。
そしてあっという間に作業時間が終わりを迎え、なんとも可愛らしい写真立てが完成した。
莉結は女の子らしいハート形に枝や木の実を散りばめたものを、私は気を遣って女らしくなるように枝や木の実を散りばめた。
これだけなら単純な"林間学校の思い出"だけで終わってしまうだろうけど……、私はこの写真立てが特別な写真立てになる事を知っている。こんなことを言うのは恥ずかしいけど、これには私の"大切な人"と撮った写真を入れようと思う。そしていつでも見える所に飾ろう。そんな事を考えるだけでなんだか心が躍った。
工作が終わると宿泊棟の前で集合写真を撮った。勿論、そこには本来居るはずである"瑠衣"の姿はない。だけどいいんだ。これが"今の私"だから。
こうして林間学校の最終日は、特にアクシデントも無く無事に終わりを告げた。
施設からバスへ向かう道中、揺れる木々の隙間から差し込む陽の光が、道に散りばめた宝石みたいに輝いていた。
ほんとに大変な林間学校だったけど、やっぱりそれは一生心に残る"いい思い出"として私の心にそっとしまうことにした。
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イラスト:tojo様(@tojonatori)
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