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第二章 魔王討伐
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ケイ地方の南方に兵を進めたエドワード、ロドリゴ、レオンのシャザンファー王国の三人の将軍は、禁断の森を望む地に陣を構え、魔王討伐戦の最後の軍議を開いていた。
「このように、遠くから見れば容易に立ち入ることのできぬ森に見えるが、斥候の報告によれば、あの森にも馬車でも通り抜けることのできる道のようなものがいくつかあるということだ。その中の一番南にある間道から魔王領へ進軍することとする」
そう宣言したのは、魔王討伐軍の総大将を任されたエドワードだった。
当初は、少し北側にあるもう一つの間道も使って二手に別れて進軍する構想もあったが、その二つの間道のダカーヒル領側の出口は、入口側と違い軍を連携させることが難しいほど離れた場所にあるとのことだったため、地の利のない敵地で孤立する危険性を考えて、その構想は採用されることはなかった。
「また、幸いにも我が国には優秀な斥候がおり、魔王領全土とはいかないまでも、魔王城に至るまでの地図は出来上がっておるゆえ、森を抜けた後も問題なく進軍できることも疑いなかろう」
「それは良いのだが、どうにも兵の士気が上がってこんのだ」
「お主の兵もそうか。実は俺の兵もそうなのだ」
レオンが自身の麾下の兵の不安を吐露すると、ロドリゴも同じ不安を抱えていることを告白した。
「無理もあるまい」
二人の不安を聞いたエドワードは静かにそう言うと、さらに言葉を続けた。
「我が国に生まれた者ならば、禁断の森の恐ろしさは子供の頃から嫌というほど教えられてきておる。それゆえ、その森に入ることを恐れるのは仕方あるまい。しかし、すでに魔王が復活した以上、森に立ち入ることを躊躇ってはいられないのだ」
シャザンファー王国がダカーヒルの東の森を禁断の森として長く立ち入ることを禁じていたのは、森に立ち入ることで魔王を復活させる恐れがあるからだった。そのため、エドワードが言ったように、魔王が復活したとなると、立ち入りを禁じる理由がなくなるのだった。むしろ、復活した魔王を討つためには、積極的に森に進入しなければならないと言えた。
「それは兵たちも分かってはおろう。とは言え、魔王への恐怖心が起こるのを止めようもあるまい」
「兵たちには、その恐怖を超える勇気を奮い起こしてもらうしかなかろう」
レオンが諦観したかのように言うと、エドワードが力強く宣言した。
「何か策があるのか?」
そのロドリゴの問いに、エドワードは静かに答えた。
「策などない。だが、王女殿下がご存命である可能性が高いことが分かった」
エドワードがそう言うと、ロドリゴとレオンは思わず顔を見合わせ「まさか?」と同時に呟いた。
「魔王領内で王女殿下らしきお方を見たとの斥候の報告があり、先程の地図にも殿下が捕らわれている可能性の高い場所がいくつか記されておるのだ」
「それが本当ならば……」
「そう、これで兵たちが勇気を奮い起こすに違いあるまい」
翌日、シャザンファー軍は、遂に禁断の森の中に進む日を迎えた。
それに先立ち、遠征軍の総大将であるエドワードが全軍を鼓舞するための演説を始めたのだった。
「兵士諸君よ。我がシャザンファー王国は魔王の復活というかつてない危機を迎えている。復活した魔王を放置しておけば、いずれ奴らは我らが城や街を蹂躙しに来ることだろう。そんなことを許してよいのか?許される訳がない!我らは魔王から、城を、街を、そして我らが家族を守るために遥々この地にまでやって来たのだ。かつて勇者が魔王を封印したように、魔王と言えども決して我らが対抗できぬような強大な存在ではない。諸君ら一人ひとりが勇者として魔王討伐に全力を捧げてもらいたい!」
エドワードは、そこまで言うと一呼吸置き、彼の前に整列する兵士たちを見渡した。兵士たちの中には決意に満ちた表情をした者もいたが、多くはどこか迷いを残した表情をしていた。そんな兵士たちの表情を確認して、エドワードは話を続けた。
「諸君らの中には聞き及んでいる者もいるであろうが、魔王に王女殿下を連れ去られてしまった。それ以来、殿下の生死は不明のままだったが、懸命な捜索と情報収集の結果、殿下の生存が確認された。この度の遠征は、まだ魔王の手の内にある王女殿下を救出するための戦でもあるのだ。殿下救出の戦とは言え、我らが魔王領に攻め入ることで殿下の生命が危うくなると考える者もあろう。しかし、魔王とて、意味もなく殿下を連れ去るはずがないのだ。考えてもみよ、正面から我らがシャザンファー王国を亡ぼす力があるならば、王女殿下を連れ去る必要などないのだ。よって儂は断言する、この戦で王女殿下の生命が危うくなることはないと!兵士諸君よ、この戦で功を立て、魔王討伐の、そして王女殿下救出の英雄となるのだ!」
エドワードが威風堂々と語った言葉は出任せであった。だが、それは真実の一端を捕らえていた。そして、そのことを当の本人が気づいていないことは皮肉としか言いようがなかった。
しかし、エドワードの演説には一定の効果はあったようだ。彼の呼びかけに応じて兵士たちが雄たけびを上げたのだ。
エドワードの鼓舞で士気が上がったとは言え、禁断の森を目の前にした兵士たちの表情からは緊張や恐れの色が読み取れた。幼い時から繰り返し教えられてきた禁断の森と魔王の恐怖を簡単には拭い去ることができないのは無理からぬことだった。
それでも彼らはシャザンファー王国の兵士であった。その恐怖を押し殺して静かに前進を始めたのだった。
ロドリゴ将軍の軍の歩兵部隊が最初に禁断の森に足を踏み入れた。森の中の道と言われていたが、踏み固められているわけではないため、普通に歩くだけで苦労する道とは言えない道だったのだ。それよりも問題だったのは、その道幅であった。歩兵であれば横に十人程度、騎馬では五騎並べるかどうかという幅しかなかったのだ。その道が曲がりくねっているため、余計に狭さを感じてしまうのだった。
シャザンファー王国が今回の遠征に動員した兵力はおよそ十万人であった。この数十年で動かした中では最大の兵数である。しかし、このような狭い間道で戦いになることがあれば、その兵力を活かすことができないのは明らかであった。
森の奥に進むにつれて薄暗さが増していき、それに比例するかのように兵士たちの不安も増してきたのだった。
「狭いし暗いし、散歩するには最悪の道だな」
「それよりも俺は足元が悪いのが気に入らないな」
兵士たちは、そんな軽口を叩くことで不安を紛らわせようとしていた。それを窘める立場にある兵士長も、彼らの気持ちが分かっていたため黙って兵たちの話を聞き流していた。
「何が最悪って、こんなところで攻め込まれるのが最悪だろうな」
「違いねぇ。まあ、今俺らがここにいることは知られてないだろうから、それはないだろうさ」
「そうだな」
そう言って兵士たちは笑いあったが、その笑いが不安の裏返しであったことは、その場にいる誰もが理解していたのだった。
曲がりくねった道が突如終わりを迎えた。薄暗さは相変わらずだったが、それでも道の先を見通すことができることに兵士たちは希望を見つけた思いだった。
しかし、彼らはその道の先に希望は見つけられなかった。代わりに見つけたのは、馬に乗り鎧をまとった一団の姿だった。彼らの顔は森の薄闇に同化してはっきりと見ることができなかった。それもそのはずだった。彼らの顔は森の薄闇にも似た青黒い色をしていたのだ、そう、ダカーヒルのエルフたちであった。
「魔王軍だー!!」
誰かがそう叫んだ。
そして、叫び終わると同時に矢の雨が降り注いできたのだ。
シャザンファー軍の兵士たちは、身構える間もなく矢に射られて次々とその場に倒れていった。幸運にも第一射を逃れた兵たちも、後退して体勢を立て直すか、前進して反撃するべきか判断に迷っている間に第二射を受けて、さらに被害を拡大させていった。このような場合に冷静に判断し指揮すべき兵士長が第一射で犠牲になっていたことも大きかった。歩兵部隊を率いる彼は一人だけ馬に乗っていたため、ダカーヒル軍に集中的に狙われたのだった。
混乱した兵士たちは、矢の雨から逃れるために後退しようとしたが、続々と来る後続の兵が壁となって逃げ道を見つけ出すことはできなかった。同士討ちを始めるのではないかと思わせるような味方同士での罵り合いが始まった頃、まだ森に一歩も踏み入れていなかった将軍ロドリゴにようやく「魔王軍来襲」の一報が届けられたのだった。
ロドリゴは一報を聞くと、続々と森の中に入っていく歩兵の進行を止めて騎兵を突撃させる命令を即座に下した。騎兵の勢いで敵を蹴散らそうという算段だった。
「こんなにも早く迎撃されるとはな。我が軍の作戦が読まれていると考えざるを得んか。これは厳しい戦いになるやもしれん」
ロドリゴは配下の誰にも聞こえないように呟いた。それは自身の気を引き締めるためのものだった。しかし、その言葉が楽観的過ぎたと、後で思い知らされることになるとは、今のロドリゴには想像すらできなかった。
退避が遅れた歩兵たちを押し退けるようにして、森の中を騎馬の一団が疾走していく。道とは言えないような狭い道を草原と変わらぬ勢いで駆け抜けていく、その雄姿が突如赤く染まった。
森の道を何度か曲がった後のことだった。前方だけに注意を払う騎兵たちを嘲笑うかのように、彼らの側面から矢が飛んできたのだ。
間道の両側には人間が通ることが困難な程に木が生い茂っていた。そんなところに伏兵がいるとは、まして、遠くを見通すこともできない程密集している木々の間を縫って矢が飛んでくるなど考えられず、誰も警戒していなかったのだ。
騎兵の先頭集団は予想外の方向からの攻撃に全く対応できなかった。
シャザンファー軍の騎兵が着けている鎧は、動きやすさと軽量化を図るために体の側面の守りが薄くなっていた。そのため多くの騎兵は、その鎧の隙間に矢を受け、さらに運の悪い者は顔面に矢を受けて倒れていった。多少運の良い者は自身には矢は当たらなかったが、馬が矢を受けて馬諸共に倒れることなってしまった。そして、彼らがさらに不幸だったのは、倒れている彼らに気づきながらも止まりきれなかった後続集団の馬の脚が迫ってきたことだった。
味方を踏みつけてしまい動揺する後続の騎兵たちにも矢が降り注いだ。彼らは足下に気を取られていたために、やはり対処が遅れて次々と撃たれてしまったのだ。
こうなってしまうと、続く騎兵たちは進むに進めなくなってしまい後退するしかなくなってしまった。
「弓兵を出せ!盾兵もだ!」
ロドリゴが新たな指令を出した。しかし、本人も薄々気づいているように、対応が後手後手になっていることは否めなかった。
実際に、投入された弓兵はロドリゴが期待した戦果を挙げることができていなかった。伏兵がいる方向に矢を射るものの、放たれた矢はことごとく木に突き刺さってしまっていた。逆に、矢を射るために盾から身を乗り出したところを狙いすまして撃たれる有様だった。
「これでは大軍の利が活かせぬか」
戦況の報告を受けたロドリゴはそう呟くと次の指令を発した。
「森に入った兵を引き揚げさせろ!森の外に陣を敷きなおすのだ!」
ダカーヒル軍の作戦は、狭い森の中で少数対少数の戦いに持ち込み、徐々に、しかし確実にシャザンファー軍の兵力を削るというものだった。短時間で大きな戦果を得られる戦術ではなかったが、シャザンファー軍との戦力差を考えるとこれ以外に取るべき戦術はないとも言えた。しかし、その作戦も遂にロドリゴ将軍に気づかれてしまったのだった。
「これまでは、奴らの思い通りにさせてしまったが、これからはそうはいかんぞ」
自軍の布陣が整っていく様子を見ながらロドリゴは独り言ちた。
「奴らが森から出て来ないようなら森を焼き払うか……。火矢の用意をさせておけ」
ロドリゴは、側近にそう指示をだした。
「このように、遠くから見れば容易に立ち入ることのできぬ森に見えるが、斥候の報告によれば、あの森にも馬車でも通り抜けることのできる道のようなものがいくつかあるということだ。その中の一番南にある間道から魔王領へ進軍することとする」
そう宣言したのは、魔王討伐軍の総大将を任されたエドワードだった。
当初は、少し北側にあるもう一つの間道も使って二手に別れて進軍する構想もあったが、その二つの間道のダカーヒル領側の出口は、入口側と違い軍を連携させることが難しいほど離れた場所にあるとのことだったため、地の利のない敵地で孤立する危険性を考えて、その構想は採用されることはなかった。
「また、幸いにも我が国には優秀な斥候がおり、魔王領全土とはいかないまでも、魔王城に至るまでの地図は出来上がっておるゆえ、森を抜けた後も問題なく進軍できることも疑いなかろう」
「それは良いのだが、どうにも兵の士気が上がってこんのだ」
「お主の兵もそうか。実は俺の兵もそうなのだ」
レオンが自身の麾下の兵の不安を吐露すると、ロドリゴも同じ不安を抱えていることを告白した。
「無理もあるまい」
二人の不安を聞いたエドワードは静かにそう言うと、さらに言葉を続けた。
「我が国に生まれた者ならば、禁断の森の恐ろしさは子供の頃から嫌というほど教えられてきておる。それゆえ、その森に入ることを恐れるのは仕方あるまい。しかし、すでに魔王が復活した以上、森に立ち入ることを躊躇ってはいられないのだ」
シャザンファー王国がダカーヒルの東の森を禁断の森として長く立ち入ることを禁じていたのは、森に立ち入ることで魔王を復活させる恐れがあるからだった。そのため、エドワードが言ったように、魔王が復活したとなると、立ち入りを禁じる理由がなくなるのだった。むしろ、復活した魔王を討つためには、積極的に森に進入しなければならないと言えた。
「それは兵たちも分かってはおろう。とは言え、魔王への恐怖心が起こるのを止めようもあるまい」
「兵たちには、その恐怖を超える勇気を奮い起こしてもらうしかなかろう」
レオンが諦観したかのように言うと、エドワードが力強く宣言した。
「何か策があるのか?」
そのロドリゴの問いに、エドワードは静かに答えた。
「策などない。だが、王女殿下がご存命である可能性が高いことが分かった」
エドワードがそう言うと、ロドリゴとレオンは思わず顔を見合わせ「まさか?」と同時に呟いた。
「魔王領内で王女殿下らしきお方を見たとの斥候の報告があり、先程の地図にも殿下が捕らわれている可能性の高い場所がいくつか記されておるのだ」
「それが本当ならば……」
「そう、これで兵たちが勇気を奮い起こすに違いあるまい」
翌日、シャザンファー軍は、遂に禁断の森の中に進む日を迎えた。
それに先立ち、遠征軍の総大将であるエドワードが全軍を鼓舞するための演説を始めたのだった。
「兵士諸君よ。我がシャザンファー王国は魔王の復活というかつてない危機を迎えている。復活した魔王を放置しておけば、いずれ奴らは我らが城や街を蹂躙しに来ることだろう。そんなことを許してよいのか?許される訳がない!我らは魔王から、城を、街を、そして我らが家族を守るために遥々この地にまでやって来たのだ。かつて勇者が魔王を封印したように、魔王と言えども決して我らが対抗できぬような強大な存在ではない。諸君ら一人ひとりが勇者として魔王討伐に全力を捧げてもらいたい!」
エドワードは、そこまで言うと一呼吸置き、彼の前に整列する兵士たちを見渡した。兵士たちの中には決意に満ちた表情をした者もいたが、多くはどこか迷いを残した表情をしていた。そんな兵士たちの表情を確認して、エドワードは話を続けた。
「諸君らの中には聞き及んでいる者もいるであろうが、魔王に王女殿下を連れ去られてしまった。それ以来、殿下の生死は不明のままだったが、懸命な捜索と情報収集の結果、殿下の生存が確認された。この度の遠征は、まだ魔王の手の内にある王女殿下を救出するための戦でもあるのだ。殿下救出の戦とは言え、我らが魔王領に攻め入ることで殿下の生命が危うくなると考える者もあろう。しかし、魔王とて、意味もなく殿下を連れ去るはずがないのだ。考えてもみよ、正面から我らがシャザンファー王国を亡ぼす力があるならば、王女殿下を連れ去る必要などないのだ。よって儂は断言する、この戦で王女殿下の生命が危うくなることはないと!兵士諸君よ、この戦で功を立て、魔王討伐の、そして王女殿下救出の英雄となるのだ!」
エドワードが威風堂々と語った言葉は出任せであった。だが、それは真実の一端を捕らえていた。そして、そのことを当の本人が気づいていないことは皮肉としか言いようがなかった。
しかし、エドワードの演説には一定の効果はあったようだ。彼の呼びかけに応じて兵士たちが雄たけびを上げたのだ。
エドワードの鼓舞で士気が上がったとは言え、禁断の森を目の前にした兵士たちの表情からは緊張や恐れの色が読み取れた。幼い時から繰り返し教えられてきた禁断の森と魔王の恐怖を簡単には拭い去ることができないのは無理からぬことだった。
それでも彼らはシャザンファー王国の兵士であった。その恐怖を押し殺して静かに前進を始めたのだった。
ロドリゴ将軍の軍の歩兵部隊が最初に禁断の森に足を踏み入れた。森の中の道と言われていたが、踏み固められているわけではないため、普通に歩くだけで苦労する道とは言えない道だったのだ。それよりも問題だったのは、その道幅であった。歩兵であれば横に十人程度、騎馬では五騎並べるかどうかという幅しかなかったのだ。その道が曲がりくねっているため、余計に狭さを感じてしまうのだった。
シャザンファー王国が今回の遠征に動員した兵力はおよそ十万人であった。この数十年で動かした中では最大の兵数である。しかし、このような狭い間道で戦いになることがあれば、その兵力を活かすことができないのは明らかであった。
森の奥に進むにつれて薄暗さが増していき、それに比例するかのように兵士たちの不安も増してきたのだった。
「狭いし暗いし、散歩するには最悪の道だな」
「それよりも俺は足元が悪いのが気に入らないな」
兵士たちは、そんな軽口を叩くことで不安を紛らわせようとしていた。それを窘める立場にある兵士長も、彼らの気持ちが分かっていたため黙って兵たちの話を聞き流していた。
「何が最悪って、こんなところで攻め込まれるのが最悪だろうな」
「違いねぇ。まあ、今俺らがここにいることは知られてないだろうから、それはないだろうさ」
「そうだな」
そう言って兵士たちは笑いあったが、その笑いが不安の裏返しであったことは、その場にいる誰もが理解していたのだった。
曲がりくねった道が突如終わりを迎えた。薄暗さは相変わらずだったが、それでも道の先を見通すことができることに兵士たちは希望を見つけた思いだった。
しかし、彼らはその道の先に希望は見つけられなかった。代わりに見つけたのは、馬に乗り鎧をまとった一団の姿だった。彼らの顔は森の薄闇に同化してはっきりと見ることができなかった。それもそのはずだった。彼らの顔は森の薄闇にも似た青黒い色をしていたのだ、そう、ダカーヒルのエルフたちであった。
「魔王軍だー!!」
誰かがそう叫んだ。
そして、叫び終わると同時に矢の雨が降り注いできたのだ。
シャザンファー軍の兵士たちは、身構える間もなく矢に射られて次々とその場に倒れていった。幸運にも第一射を逃れた兵たちも、後退して体勢を立て直すか、前進して反撃するべきか判断に迷っている間に第二射を受けて、さらに被害を拡大させていった。このような場合に冷静に判断し指揮すべき兵士長が第一射で犠牲になっていたことも大きかった。歩兵部隊を率いる彼は一人だけ馬に乗っていたため、ダカーヒル軍に集中的に狙われたのだった。
混乱した兵士たちは、矢の雨から逃れるために後退しようとしたが、続々と来る後続の兵が壁となって逃げ道を見つけ出すことはできなかった。同士討ちを始めるのではないかと思わせるような味方同士での罵り合いが始まった頃、まだ森に一歩も踏み入れていなかった将軍ロドリゴにようやく「魔王軍来襲」の一報が届けられたのだった。
ロドリゴは一報を聞くと、続々と森の中に入っていく歩兵の進行を止めて騎兵を突撃させる命令を即座に下した。騎兵の勢いで敵を蹴散らそうという算段だった。
「こんなにも早く迎撃されるとはな。我が軍の作戦が読まれていると考えざるを得んか。これは厳しい戦いになるやもしれん」
ロドリゴは配下の誰にも聞こえないように呟いた。それは自身の気を引き締めるためのものだった。しかし、その言葉が楽観的過ぎたと、後で思い知らされることになるとは、今のロドリゴには想像すらできなかった。
退避が遅れた歩兵たちを押し退けるようにして、森の中を騎馬の一団が疾走していく。道とは言えないような狭い道を草原と変わらぬ勢いで駆け抜けていく、その雄姿が突如赤く染まった。
森の道を何度か曲がった後のことだった。前方だけに注意を払う騎兵たちを嘲笑うかのように、彼らの側面から矢が飛んできたのだ。
間道の両側には人間が通ることが困難な程に木が生い茂っていた。そんなところに伏兵がいるとは、まして、遠くを見通すこともできない程密集している木々の間を縫って矢が飛んでくるなど考えられず、誰も警戒していなかったのだ。
騎兵の先頭集団は予想外の方向からの攻撃に全く対応できなかった。
シャザンファー軍の騎兵が着けている鎧は、動きやすさと軽量化を図るために体の側面の守りが薄くなっていた。そのため多くの騎兵は、その鎧の隙間に矢を受け、さらに運の悪い者は顔面に矢を受けて倒れていった。多少運の良い者は自身には矢は当たらなかったが、馬が矢を受けて馬諸共に倒れることなってしまった。そして、彼らがさらに不幸だったのは、倒れている彼らに気づきながらも止まりきれなかった後続集団の馬の脚が迫ってきたことだった。
味方を踏みつけてしまい動揺する後続の騎兵たちにも矢が降り注いだ。彼らは足下に気を取られていたために、やはり対処が遅れて次々と撃たれてしまったのだ。
こうなってしまうと、続く騎兵たちは進むに進めなくなってしまい後退するしかなくなってしまった。
「弓兵を出せ!盾兵もだ!」
ロドリゴが新たな指令を出した。しかし、本人も薄々気づいているように、対応が後手後手になっていることは否めなかった。
実際に、投入された弓兵はロドリゴが期待した戦果を挙げることができていなかった。伏兵がいる方向に矢を射るものの、放たれた矢はことごとく木に突き刺さってしまっていた。逆に、矢を射るために盾から身を乗り出したところを狙いすまして撃たれる有様だった。
「これでは大軍の利が活かせぬか」
戦況の報告を受けたロドリゴはそう呟くと次の指令を発した。
「森に入った兵を引き揚げさせろ!森の外に陣を敷きなおすのだ!」
ダカーヒル軍の作戦は、狭い森の中で少数対少数の戦いに持ち込み、徐々に、しかし確実にシャザンファー軍の兵力を削るというものだった。短時間で大きな戦果を得られる戦術ではなかったが、シャザンファー軍との戦力差を考えるとこれ以外に取るべき戦術はないとも言えた。しかし、その作戦も遂にロドリゴ将軍に気づかれてしまったのだった。
「これまでは、奴らの思い通りにさせてしまったが、これからはそうはいかんぞ」
自軍の布陣が整っていく様子を見ながらロドリゴは独り言ちた。
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