「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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アンソニーの第一印象は優しく思い遣りに溢れていてフレデリカにとっては好ましいものであった。
行き交う者はハンサムなアンソニーの顔に注目するので、染料がシミを作ったフレデリカのスカートなど誰も気付くことは無い。
恩着せがましい事も無く爽やかにスマートに、食べ損ねたお昼ご飯の替わりにサンドウイッチまで手配してくれたアンソニーにフレデリカの心は確かにときめいた。
今まで感じた事のない胸の高鳴りに戸惑いながらも丁寧にお礼を言って別れたフレデリカであったが、その後アンソニーの方から度々工房に顔を出してくれて、デートと言えるのかわからないがランチを2度ご一緒して、秋の豊穣祭に連れ立って歩いた。
ランチの店でも祭りの路上でも、アンソニーを振り返る女性が多くいることに驚く。
控え目に言ってもモテモテのアンソニーに誘われるフレデリカを同僚たちは羨んで「良いなぁ」「私も助けられたかったわ」と出会いの切っ掛けとなった事件すらだと口にした。

フレデリカの“恋心とまでは呼べない気持ち”は周囲の盛り上がりで“恋心だよ、それは!”と添加されて、皆が羨む程の男性から繰り返しアプローチされれば、初対面で抱いた胸の高鳴りに加えて女性としての自尊心を大いに擽られる。
恋愛経験の無かったフレデリカは“恋心なのかも”と錯覚したのであった。

「恋人として...未来の夫として俺を見て欲しい」と告白されて、フレデリカは首を縦に振った。
ランチの際に「軽薄な付き合いは出来ない」と明言した生真面目なフレデリカの恋愛観を理解してくれたのだと有り難く思ったのだ。
この先、王都に根を下ろして暮らすならば、“いずれは王城勤務の近衛騎士を目指す”アンソニーを支えていくのも大いに「有り」と思えたのだ。


「釣った魚に餌はやらない」とはよく言ったもので...。
あれ程熱心にフレデリカを口説いたアンソニーはふた月も過ぎればフレデリカの前で気怠そうな素振りを見せるようになった。
一輪の花もチョコレートも手渡される事もなくなった。
それはそれで構わないのであるが、ざっくり言ってになったアンソニーにフレデリカは不安を覚えた。
しきりに“フレデリカの家に行って二人でのんびりしたい”と言いフレデリカが難色を見せれば明らかに不機嫌になる。
赤羅様過ぎて、アンソニーがフレデリカのなのではないかと疑う気持ちが強まるのであった。

フレデリカの勤めるドレス工房のオーナーは王都はもとよりサンニコラス王国中に名を馳せるトリシア・ヴァロッグ。
オートクチュールは継ぎ目無く受注が有りすこぶる多忙で、春のデビューを控える令嬢らの既製品プレタポルテの製作も相まって、休暇無く働き詰めであった。
フレデリカの刺繍はオートクチュールの要とも言える部材となっていたため、フレデリカは自宅でも手を休めることなく作業が続いていて、アンソニーを招いてゆっくり過ごす時間は無い。
中々会えないことを申し訳なく思って謝るがアンソニーは「俺と仕事どっちが大事なんだ?」と責める様になっていった。
出会った頃は手に職のあるフレデリカを素晴らしい事だと褒めちぎっていたが、今となっては“君の代わりは幾らでも居るはずなんだから休めよ”と軽んじられるのだ。
更に「俺よりも稼ぎが有るってのもなぁ」と女性を下に見る事も口にしながら、巡察隊の仕事に熱意も向上心も感じ無いアンソニー。
近衛騎士を目指すと言った志は何処へ行った?な為体ていたらく
フレデリカの不安はまた形を変え不信となりアンソニーとの結婚は...と悩み始めていた。

工房の同僚たちは、見目の整ったアンソニーを素敵だ羨ましいと言い、三男とは言え子爵家の令息であるから玉の輿だと嫉妬と羨望の眼差しでフレデリカを見ていた。
束縛なんて愛情の副産物で有るし、多少の瑕疵が有っても我慢すべきで、フレデリカが高望みし過ぎであると苦言を呈してきたが、フレデリカは正直全く納得出来なかった。

確かにハンサムだとは思う。
彼の見目の良さも惹かれたポイントだと認める。
だけど恋人や夫は見せびらかすアクセサリーじゃないのよ?
お互いを高め合い支え合える関係でなければ一緒に居る意味などないでしょう?

既婚の同僚は“結婚は我慢と妥協の連続よ”と夢見るだけ無駄だとフレデリカを諭した。
事実そうであるならば、で我慢も妥協もしたくはないと思うフレデリカであった。


フレデリカは王都の教会が運営する孤児院に赴いた。
オーナーのトリシア・ヴァロッグは月に1度か2度、10代の女の子達に刺繍を教える場を設けていた。
見込みのある子はトリシアが雇い入れるし、孤児院で作った刺繍入りのハンカチやテーブルクロスは慈善バザーでの商材になるので、刺繍の腕を磨く事はとても良い機会であると教会側からも感謝されていた。
毎日根を詰めて仕事をするフレデリカにとっても子ども達に刺繍を教えることは気分転換になり楽しいひと時であった。

女の子達が刺繍の手習いをしている同時刻に男の子達は孤児院の彼方此方あちこちを修繕する作業に勤しむ。
塀の修理であったり、納屋の塗装であったり、鶏小屋の増築であったりと様々な建築土木の手伝いを通して、女子同様に手に職を得る切っ掛け作りとなっていた。

今日は年季の入った食堂のテーブルを修繕すべく男の子達が賑やかに集っている。
材料を乗せた馬車が到着して作業に移るが、取り仕切っているのは、筋肉質で背の高い男性で右の頬から首にかけて火傷跡のある男であった。
姿勢よく堂々としたさまは軍人の様であるが穏やかで丁寧な口調は高貴さを醸し出しているし、教会の者たちの敬い方はそれを裏付けていた。

「ウォルト様、本日も宜しくお願いいたします。」

施設長以下、職員が頭を下げる。

「ああ、宜しく。」

ウォルトはにこやかに子ども達に向き合うと、「これから何年も使うテーブルだから頑張って良いものを作ろう!」と士気を高める様に声を掛けた。
ウォルトと共に孤児院に入ったもう一人の青年と2班に分かれて作業が進んでいった。

フレデリカは刺繍を教えに孤児院へ赴く際にはオーナーのトリシアからビスケットやパイを預かって行く。
トリシアの邸に住むお菓子作りが趣味の令嬢が、子ども達の為にせっせと焼き上げてくれるらしい。
今日も今日とて山盛りのアップルパイが入ったバスケットを両手に携えてフレデリカは辻馬車から孤児院に降り立った。
フレデリカの荷物に気付いた青年が走ってきてバスケットを受け取ってくれる。

「ありがとうございます、リドリー様。」

フレデリカが礼を言うと

「今日のおやつを落とされては困りますからね。」

リドリーと呼ばれた青年が笑って、良い匂いだとバスケットを覗き込んだ。

「マクガイア様からですか?」

「ええ。キーラ様お得意のアップルパイです。」

「あぁ、それはお茶の時間が待ち遠しいな。」

フレデリカとリドリーは和気あいあいと会話しながら孤児院の食堂へバスケットを運んだ。

「では、お茶の時間に。」

フレデリカは、運んで下さってありがとうございましたと再度お礼を言って、女の子達が待つ教室へと去って行った。

「...あ~めっちゃ可愛い...」

ウォルトの護衛騎士、リドリー・ラザフォードはフレデリカの後ろ姿を見送りながら呟くのであった。


    
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