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「誰かに付き添ってもらって話が出来るように考えます。
決して二人きりで会いません。」
ご心配いただいてありがとうございますとフレデリカは頭を下げた。
本当にトリシアは情に厚い善き雇い主である。
ドレスを作る際に接する令嬢たちも、トリシアと話していく内に、自身のコンプレックスや本当に着てみたいドレスの色やデザイン等、心の内をトリシアには吐露してしまうらしい。
トリシア自身は子どもを成せなかったと...母親には成れなかったと、就職して直ぐの頃姦しい先輩から聞いてもいないのに聞かされ「貴女くらいの歳の子は娘みたいに思われて良くしてくれるわよ」と含みのある言い方をされた。
実際に“娘みたいな存在”は既に居り、トリシアの邸に住むキーラという名の次期子爵夫人がトリシアの庇護欲を満たしている様であった。
お菓子作りが得意で可愛いらしい素敵な方であると噂のキーラ様。
別の筋からは王妃ジュリア様の専属文官として登城し、ばりばり働いていると聞いた。
才色兼備のキーラ様と未だ面識は無いのであるが「貴女とキーラは気が合いそうだわ」とトリシアから言われた事があった。
いつか機会があれば会ってみたいものだ。
兎も角、子爵夫人で人気デザイナーのトリシアが権威を振りかざす事無く、フレデリカやフレデリカと歳が近い職人達に心を砕いてくれることは確かで本当に有り難く思っている。
決して二人きりで会いませんと約束して、部屋を出る際にトリシアから「明後日の孤児院訪問はフレデリカが行きなさい」と指名された。
暫く根を詰めて刺繍に追われていたから気分転換になるでしょうし、孤児院の子ども達からも「フレディ先生来ないの?」と散々聞かれたのよ、と嬉しい事を教えてもらった。
半日孤児院に時間を割けば作業は滞る。
それでもそう言って送り出してくれるトリシアに感謝の念が募った。
それならば、少しでも作業を進めようとフレデリカは工房に戻って鋭意漲らせるのであった。
▼
久しぶりに孤児院に赴いて、女の子達に刺繍を教える。
上達してきた子には上質な生地を渡して、バザーの商材になるようなデザインで刺してもらう。
「フレディ先生、ここはどう刺すと綺麗に見えますか?」
「紫色の花とピンクの花を並べて良いですか?フレディ先生!」
愛称で呼ばれる事にもすっかり慣れて、子ども達との距離もぐっと縮まった。
子ども達の真剣な眼差しと熱意は、フレデリカが女学院で服飾を志した初心に立ち返らせてくれる。
更に、子ども達の自由な発想にフレデリカの凝り固まった概念が壊されて、新しい刺繍デザインが誕生する事もあるのだ。
フレデリカは子ども達との久しぶりの交流を心から楽しんだ。
そろそろ休憩の時間なのでキリの良いところで針を置いて食堂へ移動すれば、食堂から見える中庭では男の子達に囲まれたリドリーとウォルトが大きな帆布を広げていた。
何をしているのかしら?と注視しているとリドリーとバチッと目が合った。
「フレデリカ嬢!今日は風も無く天気が良いから中庭でおやつを食べましょう!」
リドリーがフレデリカ目掛けて飛んできた。
「まぁ素敵ですね!」
フレデリカは笑顔で答えて、それではそのように準備しますと職員達を呼んでお茶の準備に取り掛かった。
恒例の差し入れであるキーラ・マクガイアお手製焼き菓子はチョコチップ入りのクッキーで、売り物のように見事にサイズが揃っている。
クッキーが大きい、小さいで喧嘩になる孤児院の中にあってサイズが揃っているというのは本当に素晴しき事。
キーラ様の心遣いが有り難い。
子ども達が嬉々としてクッキーとお茶を楽しむ間に、フレデリカは意を決してウォルトとリドリーの座る一角に向かった。
「ウォルト殿下、御前を失礼いたします。」
ウォルトだけに聞こえる声で挨拶するフレデリカ。
きっとウォルト様はこの場で王族の扱いなど望んでいないだろうと思い、仰々しい振る舞いは避けたフレデリカであった。
「フレデリカ嬢、「殿下」はよしてくれ。」
思った通りウォルトは鼻の頭にしわを寄せて首を横に振った。
「承知いたしました。ではウォルト様と。」
ウォルトが頷く。
「フレデリカ嬢、仕事は落ち着いたのかい?」
リドリーが「先日ケイトリンから“君は特別に忙しい”と聞いたよ?」と問うので、私の要領が悪いので仕事が溜まるのですと答えた。
答えながら(あぁケイトリンからアンソニーの事を聞いたのね)と合点がいった。
お喋りなケイトリンの事だから、きっと余計な事まで言ったに違いない...。
有ること無いこと言ってなければ良いけど...。
フレデリカはリドリーに何がどう伝わったのか不安になったが「ケイトリンが何を言いましたか?」と尋ねるのは藪蛇ってものだ。
「ウォルト様、リドリー様、先日は馬車をお停めする事になりまして大変失礼いたしました。
それから...ご心配いただいて、トリシア様にもお話してくださり恐縮でございます。」
フレデリカが頭を下げれば、トリシアからきちんと注意されたのなら安心だとウォルトは言った。
リドリーも「大袈裟なくらい警戒した方が良いよ」と真面目な顔でフレデリカに忠告する。
「はい。ご忠告通り用心して会う事にいたします。」
「って事は、彼奴と別れ話をするって事だね?」とリドリー。
「リド。あまり踏み込んだら失礼だぞ。」
ウォルトがリドリーを諌める。
「でもこの間“冷めた恋の行く末”を教えてもらうと約束をしたのです。」
いやいや。リドリー様が一方的に仰っただけですわ!と言いたかったが、別れるか別れないかの二択を教えるくらいなら良いかと思って「はい。彼とは別れます」と答えた。
「それならば本当に用心して二人きりで会うのは避けなさい」とウォルトが言った。
「はい。今度、弟に手紙を出して来てもらいます。一緒にアンソ...コックス子爵令息に会って話をして....」
「弟さん?」
リドリーが声を上げる。
「はい。」
「幾つ?」
「え、あ、17歳になります。」
フレデリカが答える。フレデリカの近くに頼れる男性は少ない。
父だと大袈裟な気がするし弟のエーリクであれば...と思ったのだ。
「フレデリカ嬢、爵位の話はあまり好きではないが」とウォルトの低い声がフレデリカを諭すように響いた。
「貴方の家は男爵位。相手は子爵位だ。
彼自身は嫡男では無いがやはり爵位は上であるし年上であるし...弟君は嫡男であってもまだ学生だろう?」
ウォルトが何が言いたいのか先を聞かずともわかった。
エーリクでは力不足と言う事だろう。
フレデリカは黙り込んだ。
やはり工房で話をするしかないかしら。
トリシア様がいてくれるならばアンソニーも感情的にはならないだろうし。うん、そうしよう。
「そうでございますね、安直に弟を呼び出そうとしてしまいました。
トリシア様が“工房に呼んで話し合えば良い”と言ってくださっていますので、その様にいたします。絶対に二人きりにはなりませんので大丈夫です。」
ウォルトの顔にもリドリーの顔にも「大丈夫かなぁ」と書いてある。
「これまで、アンソニーから手を上げられた事は無いですし、彼は常に周りの目を意識して行動しますから...きっと大丈夫ですわ。」
フレデリカは休憩中に失礼いたしましたと頭を下げ、元の場所へ戻って行った。
決して二人きりで会いません。」
ご心配いただいてありがとうございますとフレデリカは頭を下げた。
本当にトリシアは情に厚い善き雇い主である。
ドレスを作る際に接する令嬢たちも、トリシアと話していく内に、自身のコンプレックスや本当に着てみたいドレスの色やデザイン等、心の内をトリシアには吐露してしまうらしい。
トリシア自身は子どもを成せなかったと...母親には成れなかったと、就職して直ぐの頃姦しい先輩から聞いてもいないのに聞かされ「貴女くらいの歳の子は娘みたいに思われて良くしてくれるわよ」と含みのある言い方をされた。
実際に“娘みたいな存在”は既に居り、トリシアの邸に住むキーラという名の次期子爵夫人がトリシアの庇護欲を満たしている様であった。
お菓子作りが得意で可愛いらしい素敵な方であると噂のキーラ様。
別の筋からは王妃ジュリア様の専属文官として登城し、ばりばり働いていると聞いた。
才色兼備のキーラ様と未だ面識は無いのであるが「貴女とキーラは気が合いそうだわ」とトリシアから言われた事があった。
いつか機会があれば会ってみたいものだ。
兎も角、子爵夫人で人気デザイナーのトリシアが権威を振りかざす事無く、フレデリカやフレデリカと歳が近い職人達に心を砕いてくれることは確かで本当に有り難く思っている。
決して二人きりで会いませんと約束して、部屋を出る際にトリシアから「明後日の孤児院訪問はフレデリカが行きなさい」と指名された。
暫く根を詰めて刺繍に追われていたから気分転換になるでしょうし、孤児院の子ども達からも「フレディ先生来ないの?」と散々聞かれたのよ、と嬉しい事を教えてもらった。
半日孤児院に時間を割けば作業は滞る。
それでもそう言って送り出してくれるトリシアに感謝の念が募った。
それならば、少しでも作業を進めようとフレデリカは工房に戻って鋭意漲らせるのであった。
▼
久しぶりに孤児院に赴いて、女の子達に刺繍を教える。
上達してきた子には上質な生地を渡して、バザーの商材になるようなデザインで刺してもらう。
「フレディ先生、ここはどう刺すと綺麗に見えますか?」
「紫色の花とピンクの花を並べて良いですか?フレディ先生!」
愛称で呼ばれる事にもすっかり慣れて、子ども達との距離もぐっと縮まった。
子ども達の真剣な眼差しと熱意は、フレデリカが女学院で服飾を志した初心に立ち返らせてくれる。
更に、子ども達の自由な発想にフレデリカの凝り固まった概念が壊されて、新しい刺繍デザインが誕生する事もあるのだ。
フレデリカは子ども達との久しぶりの交流を心から楽しんだ。
そろそろ休憩の時間なのでキリの良いところで針を置いて食堂へ移動すれば、食堂から見える中庭では男の子達に囲まれたリドリーとウォルトが大きな帆布を広げていた。
何をしているのかしら?と注視しているとリドリーとバチッと目が合った。
「フレデリカ嬢!今日は風も無く天気が良いから中庭でおやつを食べましょう!」
リドリーがフレデリカ目掛けて飛んできた。
「まぁ素敵ですね!」
フレデリカは笑顔で答えて、それではそのように準備しますと職員達を呼んでお茶の準備に取り掛かった。
恒例の差し入れであるキーラ・マクガイアお手製焼き菓子はチョコチップ入りのクッキーで、売り物のように見事にサイズが揃っている。
クッキーが大きい、小さいで喧嘩になる孤児院の中にあってサイズが揃っているというのは本当に素晴しき事。
キーラ様の心遣いが有り難い。
子ども達が嬉々としてクッキーとお茶を楽しむ間に、フレデリカは意を決してウォルトとリドリーの座る一角に向かった。
「ウォルト殿下、御前を失礼いたします。」
ウォルトだけに聞こえる声で挨拶するフレデリカ。
きっとウォルト様はこの場で王族の扱いなど望んでいないだろうと思い、仰々しい振る舞いは避けたフレデリカであった。
「フレデリカ嬢、「殿下」はよしてくれ。」
思った通りウォルトは鼻の頭にしわを寄せて首を横に振った。
「承知いたしました。ではウォルト様と。」
ウォルトが頷く。
「フレデリカ嬢、仕事は落ち着いたのかい?」
リドリーが「先日ケイトリンから“君は特別に忙しい”と聞いたよ?」と問うので、私の要領が悪いので仕事が溜まるのですと答えた。
答えながら(あぁケイトリンからアンソニーの事を聞いたのね)と合点がいった。
お喋りなケイトリンの事だから、きっと余計な事まで言ったに違いない...。
有ること無いこと言ってなければ良いけど...。
フレデリカはリドリーに何がどう伝わったのか不安になったが「ケイトリンが何を言いましたか?」と尋ねるのは藪蛇ってものだ。
「ウォルト様、リドリー様、先日は馬車をお停めする事になりまして大変失礼いたしました。
それから...ご心配いただいて、トリシア様にもお話してくださり恐縮でございます。」
フレデリカが頭を下げれば、トリシアからきちんと注意されたのなら安心だとウォルトは言った。
リドリーも「大袈裟なくらい警戒した方が良いよ」と真面目な顔でフレデリカに忠告する。
「はい。ご忠告通り用心して会う事にいたします。」
「って事は、彼奴と別れ話をするって事だね?」とリドリー。
「リド。あまり踏み込んだら失礼だぞ。」
ウォルトがリドリーを諌める。
「でもこの間“冷めた恋の行く末”を教えてもらうと約束をしたのです。」
いやいや。リドリー様が一方的に仰っただけですわ!と言いたかったが、別れるか別れないかの二択を教えるくらいなら良いかと思って「はい。彼とは別れます」と答えた。
「それならば本当に用心して二人きりで会うのは避けなさい」とウォルトが言った。
「はい。今度、弟に手紙を出して来てもらいます。一緒にアンソ...コックス子爵令息に会って話をして....」
「弟さん?」
リドリーが声を上げる。
「はい。」
「幾つ?」
「え、あ、17歳になります。」
フレデリカが答える。フレデリカの近くに頼れる男性は少ない。
父だと大袈裟な気がするし弟のエーリクであれば...と思ったのだ。
「フレデリカ嬢、爵位の話はあまり好きではないが」とウォルトの低い声がフレデリカを諭すように響いた。
「貴方の家は男爵位。相手は子爵位だ。
彼自身は嫡男では無いがやはり爵位は上であるし年上であるし...弟君は嫡男であってもまだ学生だろう?」
ウォルトが何が言いたいのか先を聞かずともわかった。
エーリクでは力不足と言う事だろう。
フレデリカは黙り込んだ。
やはり工房で話をするしかないかしら。
トリシア様がいてくれるならばアンソニーも感情的にはならないだろうし。うん、そうしよう。
「そうでございますね、安直に弟を呼び出そうとしてしまいました。
トリシア様が“工房に呼んで話し合えば良い”と言ってくださっていますので、その様にいたします。絶対に二人きりにはなりませんので大丈夫です。」
ウォルトの顔にもリドリーの顔にも「大丈夫かなぁ」と書いてある。
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