「百年の恋も冷めるわ」ってそもそも恋をしていたのかも微妙ですが

ルーキッドアン

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『え...』

「娼館にシケ込んだのは知らないけれど、宿屋から赤毛の女性と出てきたのは知っているわ。
宿屋でのひと時では足りなくてエレナさんの家にも行ったでしょ?点呼の後に。ね?。」

『な、な、なんで...』
アンソニーは一気に挙動不審になり、顔からは汗が噴き出て来た。

「聞こえたもの。エレナさんの可愛らし~いおねだりと貴方のデレた返事。」

嘘だろう?!と目を見開いた表情のアンソニー。流れる汗、上げては下げられる腕と握っては開かれる手の平...その動揺ぶりは見ていて気の毒なほどでもあり呆れるほどでもあった。

「それに工房の皆さんからも色々聞いていたの。
飲み屋の彼女や、花屋の娘さんや、そうそう!工房うちを辞めたアンジェの事も。」

『あ....。』

「一緒に飲んでいた、手を握っていた、肩を抱いていた...色々と聞かされたけれど...」

『いゃ...。』

「私は直接見た訳では無かったし、貴方に、ちゃんと聞いてからにしようと思っていたのよ...」

『な、何を...?』

普段は麗しい碧眼が焦りで揺れている。
アンソニーってこんなに情け無い顔だったかしら?とフレデリカは“好きのフィルター”が外れていることを確信する。

「何を...って、婚約破棄よ。
お別れ。さようなら。...何だって同じだけれど。」

フレデリカは弟を呼び出して立ち合ってもらい成そうとしていた別れ話をこの場でする事に決めた。
ウォルト様、リドリー様には申し訳ないけれど二人きりにならずに話せる場として、今が最適だと思ったのだ。

「ウォルト様、私事にお時間を取らせて申し訳ございません。」

フレデリカがリドリーとウォルトに頭を下げる。
ここで決着を付けようとするフレデリカの意図が正確に伝わって、立ち合うことを「了解した」とウォルトは鷹揚に頷いた。

「丁度良かったではないか」とウォルトが言えば、リドリーも「神の御導きですね」と同調する。

「アンソニー様、噂話だけでなく私の目でも不貞の現場を確認しました。
私、不誠実な方と結婚は勿論お付き合いもしたくございませんので、今日この場を以て終わりにいたします。」

フレデリカは毅然と別れを告げた。

『待てよ、フレデリカ!誤解だ。』

はぁ?と思ったし、はぁ?という顔を向けたし、「はぁ?」と口にしたフレデリカ。

「何が誤解なのでございましょう?」

“こてん”と首を傾げたフレデリカが不意打ちに可愛くて、別れたくなど無い!と殊更甘い声を出すアンソニー。

『良いかい?聞いてフレデリカ...』

リドリーが懸念していたアンソニーの人誑ひとたらが始まりそうだった。

『あの日はね...』と芝居がかった表情をするアンソニー。

「はっ!言い訳か、見かけによらずダセェな。」とリドリーが笑った。
ウォルトも「ああ、女々しいな」と続いた。

『!!』

アンソニーの様な男はプライドが高いのであるから、「格好悪い」と思われる事を嫌うはずで...そこを突くのが良策であるとリドリーとウォルトは気付いたのであった。

『あ...のさ..フレデ...』

「アンソニー様、“あの日は~”とか“彼女は~”とか言い訳はいらないわ。
ミリ単位のビーズを縫い付ける私の視力でしっかり見たの。貴方の手がエレナさんのお尻に...」

『や、やめろよ!』

「何故怒るの?見たままを言っているの。
聞いたままも披露しましょうか?。」


『フ、フレデリカ、あの日だけだよ。』

「あら、そう?...だとしてもそれを私、許すことは出来ないの。」

『......。』

フレデリカの滾る怒りを宥めることは難しそうな上、ウォルトとリドリーが居る前でこれ以上言い訳をしたり取り繕う姿を見せたくなくてアンソニーは黙り込んだ。

「婚約は無かった事に。正式に交わした婚約では無いから慰謝料は要らないわ。」

『い、慰謝料?!』

「勿論貴方の不貞行為に対するものだけど...私が忙し過ぎるのが悪いって、どうせ貴方は言うのでしょうから...もう、めんどくさいだけだわ。」

ぶふぉっとリドリーが吹き出して「失礼」と言いながらも「めんどくさいってさ、くくっ」と失笑している。

「婚約は取り消し。指輪は部屋に置いてあるの。処分しても良い?送り返す?」

「黙っていないで返事したらどうだ?」
フレデリカの勢いに圧倒されているアンソニーに、ウォルトが切り出した。
隣のリドリーも大きく頷いて「自業自得じゃん」と言った。

(くそっ!)
黒髪の男...フレデリカを抱きしめていた男の黒い瞳が蔑むようにこちらを見ていることが気に入らない。
それに巡察隊の俺に敬意を払わない馭者の男も...何処かで見た気がするが...気に入らない。
『お前達に関係無いだろうが!』そう言いたい!
二人を帰らせ、フレデリカと二人きりで話す機会を作って、噛んで含める様に説得すればなだめることは可能だろうに...。
そうだ!お洒落なレストランに誘って夕食でも食べながら...アンソニーが彼是あれこれ挽回のチャンスを考えていると

「それとも土下座して許しを乞うのか?」

リドリーが挑発する様に言えば、ウォルトもフッと笑った。

「やめてください。土下座されたって嫌ですわ!」

フレデリカがリドリーを見上げて鼻にシワを寄せる。心底嫌そうな表情に自尊心が傷付きカッとなるアンソニー。

『誰が土下座などするものか!
婚約者らしいこと何一つしなかった君が慰謝料だなんて片腹痛いよ。
顔が綺麗でも頭も身体もカッチカチの貞淑気取りめ!
あぁ、良いだろう。婚約は無しだ。終わりだ!』

アンソニーは直情的に叫んだ。
リドリーに乗せられたとも知らずに。

どうだ、言ってやったぞ!とフレデリカの顔を見る。ショックな様子は無く、安堵にも似た表情をしていることに気付けば逆にショックを受けるのはアンソニーであった。

蹄の音が聞こえて、辻馬車が走ってくるのが見えるとフレデリカが地面に置いたバスケットを手に持った。
アンソニーが繋いだ馬が門の外で嘶く。
釣られて馬車寄せのウォルトの馬もブルンと鳴いた。

「それでは、アンソニー様。これっきりということで。」

念を押す様にフレデリカの翠色の瞳が冷たくアンソニーを見つめる。
そして振り返り「ウォルト様、リドリー様、お立ち合いくださってありがとうございました。あの辻馬車で帰らなくてはならないのです...失礼してよろしいでしょうか」と眉を下げて聞く。

「あぁ、勿論だ、気を付けて帰りなさい」とウォルト。
「フレデリカ嬢。色々...ホント、お疲れ様」とリドリーが言って、通りの向かい側にある辻馬車の停留所まで送るよ...とフレデリカの持つバスケットをもぎ取り腕を掴むと「急ごう」と共に走った。

『フレデリカ!!』

アンソニーが去って行くフレデリカに叫ぶもフレデリカは振り返らない。
ちょうど停留所に止まった馬車に素早く乗って行ってしまった。

『くそっ!』
アンソニーの整った顔が不愉快に歪む。
それとは真逆に嬉しそうに愉快そうに笑みを称えてリドリーが戻って来た。
睨みつけるアンソニーの前をわざと横切って、軽快に垣根を飛び越える逞しい体躯。

「ウォルト様、帰りましょう!」

満面の笑みで主を呼んだ。

「ああ。」

ウォルトのバリトンの声が一仕事終えたような安堵を含んで響いた。
強く鋭いブラウンの瞳がアンソニーを一瞥する。
その貫禄たるや平民のそれではない。
そこで初めて、リドリーよりもこちらの男性の方があるじであったのか?と思ったが、馭者席に座り慣れた手綱捌きで門を出て行く姿にやはり高飛車なだけの馭者なのだろうと結論付けたアンソニーであった。


















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