ナムちゃんは明日を生きられない

葛原そしお

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第7話「通学路」

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 次の日から、私はナムちゃんたちと待ち合わせして学校に行くようになった。
 家から大きな道路に出て、少し歩いたところに古びた看板がある。看板には町の周辺案内が描かれていて、地名の上に写真があったようだけれど、色褪せて何かわからなくなっている。
 この看板を目印に私たちは待ち合わせをしていた。ここから学校までは歩いて二十分ほどの距離だった。
 待ち合わせには、だいたいピコちゃんとナムちゃんが先にいて、その次に私かヤグチさんだった。
 今日も二人の姿があった。ナムちゃんが私に気づくと大きく手をふってくる。
「タネちゃん、おはよー!」
 ナムちゃんの元気な声を聞くと、私は安心する気がした。
 もしかしたら私が来る前に二人で悪口を言っていたのではないか、わざと置き去りにされるのではないか、家から向かう途中、いつもそんなことばかり考えてしまう。
 ただナムちゃんの声を聞くと、そんな不安はすぐになくなった。
「おはよう、ナムちゃん、ピコちゃん」
「おはよー、タネちゃん」
 ピコちゃんも普通の様子だった。ただ私の背中を見て、軽い感じで聞いてくる。
「タネちゃんってランドセルじゃないんだね」
「うん……」
 私はランドセルが嫌いだったので、黒いシンプルなリュックサックだった。そのくせに、ほかの子と違うことで、目をつけられることが怖かった。
「ナムちぃもリュックにしたら? ボロボロじゃん」
 ナムちゃんのランドセルは赤色で、革が剥がれたり、ひび割れがあった。何年もずっと使い込んでいるようだった。
「うーん、お姉ちゃんたちといっしょがいいから」
「これ、ナムちぃの上のお姉ちゃんもつかってた、一家に伝わるやつなんだよね」
 ピコちゃんがそう苦笑いした。
 そのピコちゃんのランドセルは水色で、白い小さな花の刺繍が入っていてかわいかった。
「あ、ヤグチ。おはよ」
 ピコちゃんがヤグチさんが来たのに気づいて声をかけた。
 ヤグチさんはピンク色のランドセルだった。彼女はピンク色が好きなようで、ペンケースや小物、いろいろなものがピンク色をしていた。
 ヤグチさんはあいさつを返さず、一方的にピコちゃんに向かって言う。
「マジ最悪なんだけど。わたし、黄色が嫌いなのに、ママが買ってきた靴のヒモが黄色だったんだけど!」
 そのヤグチさんが今日履いているスニーカーの靴紐は淡い黄色で、よくピンクや白色の服を着ている彼女には合う気がした。
「べつにいいじゃん、そのぐらい」
 ピコちゃんは呆れた様子だった。
「ママ、わたしの話をすぐ忘れるんだよね! わたしの話、聞いてないんじゃないの! 朝ごはんだって、口がくさくなるからネギはやだ、って言ってるのに!」
「食べなきゃいいじゃん」
「はぁ? そういう問題じゃないでしょ?」
 ヤグチさんはいつも、朝はこんな感じだった。
 ピコちゃんが呆れながら相手して、ナムちゃんは聞いてさえいない。
 そのままヤグチさんは、私たちに見向きもしないで、学校に向かって歩き始める。その隣にピコちゃんが続いて、二人は普通に会話していた。
 私はその後ろを歩く。ナムちゃんはあっちへいったりこっちへいったり、ふらふらとしていた。この前の授業で「春の生き物」を探すというものがあって、ナムちゃんはその影響で、そこら中のものに興味があるようだった。
 私はナムちゃんが車道に飛び出すのではないかと不安だったけれど、ピコちゃんとヤグチさんは慣れているようで気にもしていない。
「ナムちゃん、あぶないよ!」
 私はナムちゃんが車道に飛び出しそうになるのを引き戻したり、なるべく隣で見張るようにした。
 しばらく歩くと道が二つに分かれ、そのうちの道幅の狭い右側の道を私たちは進む。そこから学校の近くまでほとんど建物がなく、田畑がずっと広がっていた。あたりを見回すと、なだらかな低い山々に、町が囲まれていることがわかる。
 その道の途中には、南側の川に流れる用水路があった。水位は高くないけれど、大人でも足のつかないぐらいの深さがあった。登校するにはその用水路に架けられた橋をわたらなければならない。ガードレールもあり、十歩もない距離だけれど、私は薄目にしたり目をつむって、何歩か数えて、わたりきったころに目を開けるようにしていた。
 私は橋の手前で立ち止まる。目をつぶって、息をとめてわたれば──そう覚悟を決めたとき、
「どうしたの?」
「え、っと……」
 ナムちゃんが不思議そうに私の顔をのぞきこんできた。
 ピコちゃんとヤグチさんは私たちを置いて、橋をわたっていた。
 私はどう答えたらいいかわからなくて、言葉に詰まった。橋をわたるのが怖い、というよりも水辺が苦手。その理由をどう伝えたらいいか。「なんでもない」と、私は誤魔化そうと思った。
 それより先に、ナムちゃんが笑って私の手をとってくれた。
「いこっ!」
 ナムちゃんは私の心情や理由なんて何も知らないだろうけれど、こうして手をとってくれて私は嬉しかった。彼女の手の冷たさ、柔らかさに、橋をわたっていることが気にならなかった。

   *  *  *

 教室に着くと、すでにほかの子が何人かいて、その中にセリちゃんとササちゃんもいた。二人は窓際の一番後ろの、セリちゃんの席で話していた。私やナムちゃんの席からは反対側の位置だった。
 セリちゃんが私たち──とくにピコちゃんに気づく。
「ピコナ、おはよう!」
「セリ、おはよー」
 ピコちゃんはそう返して、自分の机にランドセルを置く。そこへセリちゃんとササちゃんがやってくる。
「ねぇ、ピコナ。このヘアピンかわいくない?」
 セリちゃんは前髪を横に流して、夜空のようなグラデーションのヘアピンと、星の飾りがついたのをつけていた。彼女は目が大きく、肌も白くて、クラスで一番かわいい。今日は丈の短い長袖の白いボレロに、薄紫色のワンピースを着ていた。
「うん、かわいい」
 ピコちゃんはこういうとき、ほめるのもお世辞を言うのも下手で、あまり感情がこもったように聞こえない。ただセリちゃんは気にしていないようだった。
「そうでしょ!」
 そう嬉しそうに笑っていた。
 セリちゃんはピコちゃんと仲が良く、二人は親友のような感じだった。授業で二人組になったり、休み時間のときは二人でいることが多かった。
 そのセリちゃんの肩に手をおいて、隠れるようにしてもう一人の女の子がいた。ササちゃんはセリちゃんの友達だけれど、ピコちゃんとは話している姿を見たことがないので、あまりこの二人は仲がいいわけではないらしい。
 今日のササちゃんは薄い黄緑色のゆったりしたワンピースを着ていて、それにはくすんだ緑色で草花の刺繍が入っていた。長い髪を左右で三つ編みにしていて、彼女はよく編んだり結んだり、いつも違うアレンジをしていた。手先が器用なのか、こだわりがあるようだった。また彼女は背が高く、私たちより目線が一つ高い。
 そのササちゃんはナムちゃんの前の席だったけれど、私にはそれだけで接点はなかった。
 セリちゃんとピコちゃんは二人で話し続ける。
「ふたりでおそろいのつけようよ」
「わたしは似合わないからなぁ」
 その二人をヤグチさんが茶化す。
「まーたビッチが発情してるよ」
 それにセリちゃんが怒ったように言う。
「どういう意味よ!」
「このヘアピンかわいい~? おぉ、セリちぃ、きみのほうがかわいいよぉ」
 セリちゃんの声はわざと高く、ピコちゃんの声はわざと低く、全然似ていないけれど、ヤグチさんは二人の声真似をしているようだった。
 それをピコちゃんが注意する。
「ちょっと、ヤグチ! そんなこといってないでしょ!」
「ふたりでおそろいのつけようよ~。うーん、そんなダサいのセリちぃにしか似合わないよぉ」
「いいかげんにして! 声とか全然似てないし!」
 いつもセリちゃんはヤグチさんとケンカしていた。二人はすごく仲が悪い。
 私は関わりたくないので、ナムちゃんと席について、彼女が何もやっていない宿題を手伝ってあげた。
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