狐と簪

文字の大きさ
上 下
1 / 1

しおりを挟む

狐……人を化かすいたずら好きの動物と考えられたり、それとは逆に、神社に祀られる神の神使として信仰されたりしている。




狐の皮というのは、狩人にとっては喉から手が出る程欲しいものらしい。
今日も今日とて、これでもかというほどの罠が仕掛けられ、ちらほらと引っかかっている阿呆もいる。
ああなってしまっては逃げられない。
狐を飼うなんて物好きがいる訳もないし、大抵は全身の毛を剥がされて売り買いされる。そうやって死んでいった同胞を何匹も見てきた。

じっと猟師を見つめる、一匹の銀狐、忍は、その鋭い瞳で捕まった兄弟を見ていた。

「よし、このくらいでいいべ。」
「ああ、あんまとりすぎては山の神様に怒られるべな。」

そう言って猟師達が手に持っているのは、忍の3番目の弟の真白だ。群れの中でも飛び抜けてドン臭くて、狩りの時も足でまといになっていた。
いつか捕まると思っていたが、とうとうやられたか。

目を見開いて、助けを請うような目で見つめてくる弟の足は、罠にかかった傷のせいで潰れてしまっていた。
他の仲間はとっくに見捨てて逃げていってしまい、残っているのは群れの長である忍だけだ。

「いやあ、しっかし綺麗な毛だなあ。銀に白がちょっと混じってて、これは高く売れっぞ!」

嬉しそうな猟師とは対照的に、真白は苦しそうにぎゃあぎゃあと喚きながら、檻の中に入れられていく。
真白は足だけは速かった。けれどその足が使えないなら、逃げることは不可能だ。
可愛くないわけではなかった。忍に一番懐いていた弟だ。
仕方ないんだ。群れを残して死ねない。
群れの長である忍には、妻も子供もいる。皆をまとめる責任がある。
それでも、死ぬ間際、誰もいないのは寂しいだろう。
せめてもの慰めだ。見つかりそうになったら、すぐ逃げればいい。だからもう少し、弟を……

「うるせえ狐だな。」

低い声だった。さっき喋っていた男達とは違う、明らかに場馴れした風貌の一人の猟師が、カチャ、と音を立てて銃を構えたのが見えた。
はっとして顔を上げると、黒光りする棒が真白の頭に突きつけられていた。

刹那、空気を切り裂くような銃声が響き渡った。


一瞬。そう、一瞬だった。彼らにとって狐の首をはねることは容易、あの黒い銃で一発打てばいいだけ、それだけのこと。
硝煙がゆらゆらと立ち上って、静かに消えていった。
あんなに抵抗していた弟は、ピクリとも動かない。

「ああっ!!!全くお前!せっかく綺麗な狐だったのによお!銃なんかで撃ったら価値が下がるわ!!」

「いいだろ別に。どうせ死ぬ命だ。苦しんで死ぬより、一発で死なせてやったんだ。寧ろ感謝して欲しいくらいだろ。それに暴れたら、それこそ毛皮の価値が下がる。」

「はは、違いねえ。」

「はあ……まあやっちゃったもんはしょうがねえな……
さっさと帰って飯でも食うかー。」

そう言って猟師たちは、血の匂いを纏った白い塊を荷車に乗せ、からからと笑いながら森を去っていった。



感謝……?感謝だと……?

猟師たちを見つめていた忍は、一人、湧き上がる憎悪に毛を逆立てていた。

どうして、自分たちを殺しにくる奴らなんかに礼など言わねばならない。
どうして、弟を殺した奴に感謝しなくてはならない。
あの時、撃たれる間際、僅かに見せた真白の絶望したような顔が、未だ頭にこびりついて離れない。
可愛い弟だった。兎もまともにとれないやつだったけれど、いつだって仲間思いの優しい弟だったんだ。
あの美しい毛並みは、あいつらにやるためにあるんじゃない。
あの毛並みは、一族の誉れだ。誇りだ。
それを、なぜ人間にやらねばならない。
大勢の同胞を狩り、毛皮を剥ぎ取っても、まだ足りないというのか。
なんて欲深くて、醜いのだろう。
許せない、許せるわけがない。

せめて、せめて、俺が真白の仇を取らなければ、あまりにも可哀想じゃないか。



紅く色づいた落ち葉を蹴って、忍は走った。
幸い、あいつらの匂いはまだ残っている。
いつもなら、こんな無茶しない。人間相手に無謀なことをすれば、十中八九返り討ちにあうなんて、嫌という程経験してきた。

けれど、あの亡骸だけは、あの可愛そうな弟だけは、人間共のものにしたくはなかった。









しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ひじき
2021.09.10 ひじき

いい話ですね!ぜひマイクロ=コール=オンライン読んでみてください!!

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。