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9.貴族の生活
「本日の予定はすべてキャンセルになりました。パメラは一日お休みで。イルダとエレナもお休みで良いですが……」
「お許しいただければ、お嬢様の研究のお手伝いをさせてください」
即答するイルダに、エレナも頷いている。
「なら、自分の研究テーマがあるでしょうから、この部屋を自由に使って構いません。死体試験場へ行くなら、私の名前を使って良いですから、必ず馬車を出すのですよ」
徒歩で行くと犯罪に巻き込まれる危険がある、と注意するクレーリアの姿は、まるで双子たちにとっての姉のように見えた。
その場にいて唯一、まだ名前を呼ばれていないアルミオは微笑ましく見ていたが、自分が最後になった理由が新人だからではないとすぐに知ることになり、笑みは顔から消えた。
「アルミオさんは……お父様にご挨拶をお願いします」
「おと……侯爵閣下にですか!?」
思わず大声が出たのを慌てて押さえ、アルミオはちらりとクレーリアを見た。
彼女はため息を吐いて頭を抱えている。
「し、失礼いたしました……」
「大丈夫です。わかっていますから。……まったく、父は自分がどういう立場にいるのか自覚が薄いのです。アルミオさんは当家の奉公人ですが、配置は私の使用人となっておりますから、父に何を言われても気にせずにいてください」
畏まりました、とは言いにくい。
確かに配置上の上司はクレーリアだが、だからと言って侯爵家当主の言葉を聞き流せるほどの大人物ではない。
「父は本邸で私と昼食をともにしたいと伝えてきましたので、昼前にお呼びしますから、自室で待機をお願いします」
では解散、とパメラとアルミオはクレーリアの執務室を追い出された。
クレーリア自身は、午前のうちに父親に見せる資料をまとめてしまうらしい。双子は先ほど言われた通りに自身の研究をするのだろう。アルミオが思うに、双子はクレーリアの手伝いをしたがるはずだ。
「……パメラは、侯爵閣下にお会いしたことは?」
社交界に出たことなど一度もないアルミオは、侯爵本人を見たことは一度もない。
騎士訓練校の入学式で国王からのお言葉を頂いたのだが、むしろ侯爵や伯爵と言った階級の人々に比べて、国王の方が一般の民衆にも顔を見せる機会は多いので、これは自然なことだ。
万が一にも失礼が無いように準備をしておきたかったが、パメラは役に立たないと確信する。
「ねぇよ。顔も知らね。第一、侯爵なんて偉いさんがあたしと会う気になるわけないだろ」
バッサリと切り捨てたパメラは、部屋に帰って二度寝すると言ってさっさと廊下を歩き去ってしまった。
一人ぽつんと残されたアルミオはまず自室に戻ろうかとも思ったが、侯爵に挨拶をするにあたっての準備が何もできていないことに焦った。
「ふ、服はこの格好でいいのかな? いや、室内で防具を付けているのは……しかし護衛としてはこの格好が正装なはず……あっ、騎士訓練校の礼服があるな」
急いで自室に戻ったアルミオは、荷物の中に入れてはいたものの、着る機会は無かろうと思っていた礼服を取り出した。
「これで良し……なのか?」
一度袖を通してみる。
訓練生とはいえ、騎士に準じた立場なので稀に公的な式典に参加することもある。そのため正騎士とはやや違った意匠の礼服を持っているのだ。。
卒業式の際にも着る予定のものなので、各自大切に保管しておかなければならない。入学時に配布されたもの一着のみしかなく、買いなおそうとすれば面倒な手続きとなかなか痛い出費を被ることになる。
「いつ見ても、立派で身が引き締まる気がする。良い服だよなぁ。自分で言うのもなんだけど」
姿見のような高価なものは無いが、ガラス板に錫を吹きつけた手鏡はある。
アルミオは自分を美男子だとは全く思っていないが、かと言って不細工とは思ってもいない。一言で言えば凡庸である。
ただ、この礼服を着た姿は自分でも様になっているとは思えた。
「卒業したらこの服のまま解散になるんだよな……」
礼服を着た卒業生たちが街へ出てきてそれぞれの故郷へと向かう姿は、王都における一つのイベントとなっていた。
町の人たちも新しい騎士の誕生を祝うかのように、贈り物を押し付けてきたり、声を掛けたりと賑やかになる。
「この格好でニルデを迎えに行くってのも……いや、駄目だな。途中で泥だらけになるのは目に見えている」
卒業式の晴れやかな姿のまま婚約者と再会するという想像は、アルミオの心を奮い立たせるものではあったが、どう考えても馬車を乗り継いで帰っている間は場違いな恰好になってしまう。地方出身者の悲しいところだ。
「待てよ? そもそもこんな礼服でクレーリア様のお父様に挨拶するというのも変じゃないか? まるで婚約者みたいな……」
先ほどまでニルデとの再会を妄想して赤らめていた頬を、あっという間に青白く変色させた。
とんでもない誤解を招く可能性があるのではないかと思い至り、急いで礼服を脱ぐ。
ああでもない、こうでもない、とパンツ一枚で悩む姿は、誰が見ても不審者のそれである。
そもそも、アルミオは男子学生一般がそうであるように、大した数の服を持っていない。種類もない。
考え込んでいると、不意にノックの音が響いた。
びくり、と肩を震わせてベッドの上に飛びあがったアルミオは、とりあえずシーツを手繰り寄せて腰を隠した。
「ど、どちら様?」
「何ですかその返答は……。それより、お嬢様がお呼びです。食堂ではなく談話室へ来るように、とのことでした」
扉の向こうから聞こえてきたのはイルダの声だった。
「わかった……けど、ちょっと待って!」
では、と扉を離れようとしたイルダに、アルミオは悲痛な叫びにも似た制止を懇願した。
「どうしたのですか? あまり侯爵閣下をお待たせするのは……」
「大問題が起きていて、その、どうしていいやら」
「何を言っているのかわかりませんが……入りますよ?」
「あ、ちょっとそれも待っ……」
間に合わなかった。
上半身裸でベッドの上に立ち尽くす姿を目の当たりにして、イルダは絶句。
口をぽかんと開いてアルミオの姿を見ている彼女の後ろから、まるで暗殺者のように素早く、そして音もなく飛び出してきたエレナが、くるりと身体を回転させた。
そして繰り出されたのは、平手打ちではない。裏拳だった。
「……申し訳ない」
頬を赤くしてベッドの上でうずくまったアルミオは、どうにか意識を取り戻したイルダに詰め寄られて事情を話して謝罪した。
あくまで事故であり「見せたい」わけではなかったと付け加えて。
「どうしても服が決まらなくて。というより、あまり服が無いんだ」
「あなたは仮にも貴族でしょう。男爵領を継ぐ嫡男だというのに、その程度のことで……」
「貴族と言っても、男爵と侯爵じゃ天と地ほどの差があるんだよ。社交界どころか学生身分でそんなに余裕なんか無いんだよ。仕送りがあるわけでもないし」
アルミオの言葉に、イルダはエレナと顔を見合わせて不思議そうな表情をしていた。
「貴族様だから、実家のお金でフラフラ学生生活を楽しんでいるものだと思っていました」
正直すぎる意見はアルミオにしてみれば何度も言われた言葉だ。
「実家の事業が上手くいってるとか、豊かな土地だとかって言うならわかる。そういう家の出身って連中は寮に入らず家を借りたりして、羽振りもいいんだ。でも、俺みたいに実家がどうにか貴族らしく格好をつけるのが精一杯って家も多いんだよ。そりゃあ、訓練校から多少の手当は出るけど、本当にお小遣いって程度の金額でね」
言いながら、アルミオは膝を抱えていた。
騎士訓練校に下級貴族の子弟が集まるのは、何も貴族同士のつながりを作りたいという理由ばかりではない。単純に「手に職をつける」目的もあったりする。
王国が運営する貴族のための学校であり、寮に入るのも食費も無料で、アルミオが言うように手当があるので生活するだけなら困らない。
「金をもらいながら騎士になる訓練を無料で受けられる。貴族だの騎士だのと恰好を付けてはいるけど、俺たちくらいの貴族はそんな感じだよ。王家や侯爵家に出入りしている商人の方が、よほど良い暮らしをしているんだ」
侯爵家に来て、平民の警備担当者たちと食べている食事の方が実家のディナーより豪勢だと感じたくらいだ。寮の食事に至っては、まず量が優先されているとしか思えない。
「友人なんて、寮じゃ甘いものが一切出ないからって朝一にこっそり寮を出てパン屋の手伝いをして小遣いを稼いでるくらいだぞ?」
「……ふふっ」
イルダが笑った。
「ご、ごめんなさい。でもなんだか貴族らしくない話ばっかりで……」
笑われてしまったか、とアルミオは嘆息したが悪い気はしなかった。パメラは貴族と平民をしっかり線引きしておきたいようだったが、アルミオはそうではない。
「だから頼むよ。侯爵閣下にお会いするのに、何か適当な服はないかな?」
「まったくもう……答えは簡単です。あなたは学生なのですから、制服があるでしょう? このお屋敷に来た時に着ていたものが」
笑いすぎてこぼれた涙を指で拭いながら、イルダが呆れたように答えると、アルミオは頭の中でぱあっと光がはじけたような気がした。
「そうだった、普段着すぎて制服のことを忘れていた! 早く着替えて行かないと!」
「ちょっ……」
アルミオが再びベッドに立ち上がると、その拍子にシーツが落ちた。
再びエレナの裏拳がヒットするまでの時間は、僅かコンマ5秒のことだった。
談話室の前に到着したとき、アルミオは右の頬を赤く腫らしていたが、緊張で痛みを感じていなかった。
「ここから先は、清掃以外では平民が入ることはできません」
貴族だけが入れる談話室。重要な話し合いが行われることもしばしばあると言うその場所に、イルダとエレナは入れない。
「何を不安そうにしているのですか」
イルダはアルミオの制服の襟を整えると、肩を軽く叩いた。
「あなたはクレーリア様がお選びになったのです。自信なさげにしているのはお嬢様に失礼です。もっとシャキッとしていてください。でなければ護衛としても見劣りします」
「そうだった。俺の仕事はお嬢様を守ること。それだけ考えるようにする。ありがとう、イルダ」
嘆息したイルダは、軽い咳ばらいをして良く通る声を響かせる。
「アルミオ・ヴェッダ様がお見えです」
「入れ」
返答はクレーリアの声ではない。重く響く男性の声であり、アルミオにもそれが誰なのかすぐにわかった。
「失礼します」
イルダとエレナが重々しく開いた扉から一礼して中に入ったアルミオは、シンプルながら重厚な雰囲気の室内にまず圧倒され、次に中で待っている二人の姿を確認し、再び緊張感に胃が潰されたような感覚を味わった。
「ヴェッダ男爵家長男、アルミオと申します、閣下」
侯爵であろう男性はゆっくりと立ち上がり、アルミオの前へとやってきた。
上背がある。頭一つ分ほど背が高い侯爵はじろりとアルミオを見下ろすと、そのまましばらく観察するように見つめていた。
「……ヴェッダ男爵の子か。良い、まずは座りなさい」
「し、失礼します」
促されたのは、侯爵の真正面である。二人が向かい合うのを横からクレーリアが眺める格好になっているのだが、彼女の表情はまったくの無表情であり、この状況をどう思っているのかはさっぱりうかがい知れない。
「いくつか聞きたいことがある」
「はい、陛下。お、私にお答えできることでしたら何なりと」
騎士訓練校の入学面接を思い出しながら、当時に習ったことを懸命に思い出す。
プレッシャーは面接時の二百倍くらいだと実感していた。
「クレーリアを、どう思う?」
「ぅお……」
あまりのド直球かつ答えの方向性すら定まらない質問に、アルミオの口からはまず呻き声のような音が漏れた。
「お許しいただければ、お嬢様の研究のお手伝いをさせてください」
即答するイルダに、エレナも頷いている。
「なら、自分の研究テーマがあるでしょうから、この部屋を自由に使って構いません。死体試験場へ行くなら、私の名前を使って良いですから、必ず馬車を出すのですよ」
徒歩で行くと犯罪に巻き込まれる危険がある、と注意するクレーリアの姿は、まるで双子たちにとっての姉のように見えた。
その場にいて唯一、まだ名前を呼ばれていないアルミオは微笑ましく見ていたが、自分が最後になった理由が新人だからではないとすぐに知ることになり、笑みは顔から消えた。
「アルミオさんは……お父様にご挨拶をお願いします」
「おと……侯爵閣下にですか!?」
思わず大声が出たのを慌てて押さえ、アルミオはちらりとクレーリアを見た。
彼女はため息を吐いて頭を抱えている。
「し、失礼いたしました……」
「大丈夫です。わかっていますから。……まったく、父は自分がどういう立場にいるのか自覚が薄いのです。アルミオさんは当家の奉公人ですが、配置は私の使用人となっておりますから、父に何を言われても気にせずにいてください」
畏まりました、とは言いにくい。
確かに配置上の上司はクレーリアだが、だからと言って侯爵家当主の言葉を聞き流せるほどの大人物ではない。
「父は本邸で私と昼食をともにしたいと伝えてきましたので、昼前にお呼びしますから、自室で待機をお願いします」
では解散、とパメラとアルミオはクレーリアの執務室を追い出された。
クレーリア自身は、午前のうちに父親に見せる資料をまとめてしまうらしい。双子は先ほど言われた通りに自身の研究をするのだろう。アルミオが思うに、双子はクレーリアの手伝いをしたがるはずだ。
「……パメラは、侯爵閣下にお会いしたことは?」
社交界に出たことなど一度もないアルミオは、侯爵本人を見たことは一度もない。
騎士訓練校の入学式で国王からのお言葉を頂いたのだが、むしろ侯爵や伯爵と言った階級の人々に比べて、国王の方が一般の民衆にも顔を見せる機会は多いので、これは自然なことだ。
万が一にも失礼が無いように準備をしておきたかったが、パメラは役に立たないと確信する。
「ねぇよ。顔も知らね。第一、侯爵なんて偉いさんがあたしと会う気になるわけないだろ」
バッサリと切り捨てたパメラは、部屋に帰って二度寝すると言ってさっさと廊下を歩き去ってしまった。
一人ぽつんと残されたアルミオはまず自室に戻ろうかとも思ったが、侯爵に挨拶をするにあたっての準備が何もできていないことに焦った。
「ふ、服はこの格好でいいのかな? いや、室内で防具を付けているのは……しかし護衛としてはこの格好が正装なはず……あっ、騎士訓練校の礼服があるな」
急いで自室に戻ったアルミオは、荷物の中に入れてはいたものの、着る機会は無かろうと思っていた礼服を取り出した。
「これで良し……なのか?」
一度袖を通してみる。
訓練生とはいえ、騎士に準じた立場なので稀に公的な式典に参加することもある。そのため正騎士とはやや違った意匠の礼服を持っているのだ。。
卒業式の際にも着る予定のものなので、各自大切に保管しておかなければならない。入学時に配布されたもの一着のみしかなく、買いなおそうとすれば面倒な手続きとなかなか痛い出費を被ることになる。
「いつ見ても、立派で身が引き締まる気がする。良い服だよなぁ。自分で言うのもなんだけど」
姿見のような高価なものは無いが、ガラス板に錫を吹きつけた手鏡はある。
アルミオは自分を美男子だとは全く思っていないが、かと言って不細工とは思ってもいない。一言で言えば凡庸である。
ただ、この礼服を着た姿は自分でも様になっているとは思えた。
「卒業したらこの服のまま解散になるんだよな……」
礼服を着た卒業生たちが街へ出てきてそれぞれの故郷へと向かう姿は、王都における一つのイベントとなっていた。
町の人たちも新しい騎士の誕生を祝うかのように、贈り物を押し付けてきたり、声を掛けたりと賑やかになる。
「この格好でニルデを迎えに行くってのも……いや、駄目だな。途中で泥だらけになるのは目に見えている」
卒業式の晴れやかな姿のまま婚約者と再会するという想像は、アルミオの心を奮い立たせるものではあったが、どう考えても馬車を乗り継いで帰っている間は場違いな恰好になってしまう。地方出身者の悲しいところだ。
「待てよ? そもそもこんな礼服でクレーリア様のお父様に挨拶するというのも変じゃないか? まるで婚約者みたいな……」
先ほどまでニルデとの再会を妄想して赤らめていた頬を、あっという間に青白く変色させた。
とんでもない誤解を招く可能性があるのではないかと思い至り、急いで礼服を脱ぐ。
ああでもない、こうでもない、とパンツ一枚で悩む姿は、誰が見ても不審者のそれである。
そもそも、アルミオは男子学生一般がそうであるように、大した数の服を持っていない。種類もない。
考え込んでいると、不意にノックの音が響いた。
びくり、と肩を震わせてベッドの上に飛びあがったアルミオは、とりあえずシーツを手繰り寄せて腰を隠した。
「ど、どちら様?」
「何ですかその返答は……。それより、お嬢様がお呼びです。食堂ではなく談話室へ来るように、とのことでした」
扉の向こうから聞こえてきたのはイルダの声だった。
「わかった……けど、ちょっと待って!」
では、と扉を離れようとしたイルダに、アルミオは悲痛な叫びにも似た制止を懇願した。
「どうしたのですか? あまり侯爵閣下をお待たせするのは……」
「大問題が起きていて、その、どうしていいやら」
「何を言っているのかわかりませんが……入りますよ?」
「あ、ちょっとそれも待っ……」
間に合わなかった。
上半身裸でベッドの上に立ち尽くす姿を目の当たりにして、イルダは絶句。
口をぽかんと開いてアルミオの姿を見ている彼女の後ろから、まるで暗殺者のように素早く、そして音もなく飛び出してきたエレナが、くるりと身体を回転させた。
そして繰り出されたのは、平手打ちではない。裏拳だった。
「……申し訳ない」
頬を赤くしてベッドの上でうずくまったアルミオは、どうにか意識を取り戻したイルダに詰め寄られて事情を話して謝罪した。
あくまで事故であり「見せたい」わけではなかったと付け加えて。
「どうしても服が決まらなくて。というより、あまり服が無いんだ」
「あなたは仮にも貴族でしょう。男爵領を継ぐ嫡男だというのに、その程度のことで……」
「貴族と言っても、男爵と侯爵じゃ天と地ほどの差があるんだよ。社交界どころか学生身分でそんなに余裕なんか無いんだよ。仕送りがあるわけでもないし」
アルミオの言葉に、イルダはエレナと顔を見合わせて不思議そうな表情をしていた。
「貴族様だから、実家のお金でフラフラ学生生活を楽しんでいるものだと思っていました」
正直すぎる意見はアルミオにしてみれば何度も言われた言葉だ。
「実家の事業が上手くいってるとか、豊かな土地だとかって言うならわかる。そういう家の出身って連中は寮に入らず家を借りたりして、羽振りもいいんだ。でも、俺みたいに実家がどうにか貴族らしく格好をつけるのが精一杯って家も多いんだよ。そりゃあ、訓練校から多少の手当は出るけど、本当にお小遣いって程度の金額でね」
言いながら、アルミオは膝を抱えていた。
騎士訓練校に下級貴族の子弟が集まるのは、何も貴族同士のつながりを作りたいという理由ばかりではない。単純に「手に職をつける」目的もあったりする。
王国が運営する貴族のための学校であり、寮に入るのも食費も無料で、アルミオが言うように手当があるので生活するだけなら困らない。
「金をもらいながら騎士になる訓練を無料で受けられる。貴族だの騎士だのと恰好を付けてはいるけど、俺たちくらいの貴族はそんな感じだよ。王家や侯爵家に出入りしている商人の方が、よほど良い暮らしをしているんだ」
侯爵家に来て、平民の警備担当者たちと食べている食事の方が実家のディナーより豪勢だと感じたくらいだ。寮の食事に至っては、まず量が優先されているとしか思えない。
「友人なんて、寮じゃ甘いものが一切出ないからって朝一にこっそり寮を出てパン屋の手伝いをして小遣いを稼いでるくらいだぞ?」
「……ふふっ」
イルダが笑った。
「ご、ごめんなさい。でもなんだか貴族らしくない話ばっかりで……」
笑われてしまったか、とアルミオは嘆息したが悪い気はしなかった。パメラは貴族と平民をしっかり線引きしておきたいようだったが、アルミオはそうではない。
「だから頼むよ。侯爵閣下にお会いするのに、何か適当な服はないかな?」
「まったくもう……答えは簡単です。あなたは学生なのですから、制服があるでしょう? このお屋敷に来た時に着ていたものが」
笑いすぎてこぼれた涙を指で拭いながら、イルダが呆れたように答えると、アルミオは頭の中でぱあっと光がはじけたような気がした。
「そうだった、普段着すぎて制服のことを忘れていた! 早く着替えて行かないと!」
「ちょっ……」
アルミオが再びベッドに立ち上がると、その拍子にシーツが落ちた。
再びエレナの裏拳がヒットするまでの時間は、僅かコンマ5秒のことだった。
談話室の前に到着したとき、アルミオは右の頬を赤く腫らしていたが、緊張で痛みを感じていなかった。
「ここから先は、清掃以外では平民が入ることはできません」
貴族だけが入れる談話室。重要な話し合いが行われることもしばしばあると言うその場所に、イルダとエレナは入れない。
「何を不安そうにしているのですか」
イルダはアルミオの制服の襟を整えると、肩を軽く叩いた。
「あなたはクレーリア様がお選びになったのです。自信なさげにしているのはお嬢様に失礼です。もっとシャキッとしていてください。でなければ護衛としても見劣りします」
「そうだった。俺の仕事はお嬢様を守ること。それだけ考えるようにする。ありがとう、イルダ」
嘆息したイルダは、軽い咳ばらいをして良く通る声を響かせる。
「アルミオ・ヴェッダ様がお見えです」
「入れ」
返答はクレーリアの声ではない。重く響く男性の声であり、アルミオにもそれが誰なのかすぐにわかった。
「失礼します」
イルダとエレナが重々しく開いた扉から一礼して中に入ったアルミオは、シンプルながら重厚な雰囲気の室内にまず圧倒され、次に中で待っている二人の姿を確認し、再び緊張感に胃が潰されたような感覚を味わった。
「ヴェッダ男爵家長男、アルミオと申します、閣下」
侯爵であろう男性はゆっくりと立ち上がり、アルミオの前へとやってきた。
上背がある。頭一つ分ほど背が高い侯爵はじろりとアルミオを見下ろすと、そのまましばらく観察するように見つめていた。
「……ヴェッダ男爵の子か。良い、まずは座りなさい」
「し、失礼します」
促されたのは、侯爵の真正面である。二人が向かい合うのを横からクレーリアが眺める格好になっているのだが、彼女の表情はまったくの無表情であり、この状況をどう思っているのかはさっぱりうかがい知れない。
「いくつか聞きたいことがある」
「はい、陛下。お、私にお答えできることでしたら何なりと」
騎士訓練校の入学面接を思い出しながら、当時に習ったことを懸命に思い出す。
プレッシャーは面接時の二百倍くらいだと実感していた。
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「ぅお……」
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