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皇都へ
しおりを挟む「<龍騎士>の本領を発揮させる実験です」
「おいおい……それ、意味わかって言ってるのか?」
<龍騎士>はおよそ平均的に出現するとされている天職において出現率が低いとされ、期待感のある名をしている。
それ故に『外れ』と見なされた後もそれなりに研究されたことを、アークは知っている。
例えば、<龍騎士>に催眠術をかけて馬を龍だと思い込ませてみる。
例えば、木彫りの龍に跨ってみる。
そんな実験がすでに行われているのだ。
結果は失敗。
他の特殊騎士と同様に『本物』を乗騎とする以外ない、という<龍騎士>にとって絶望的な結論が導き出されている。
「過去に試されていない手法であることを約束します」
「依頼を受けたらそれを教えてくれる、ってわけか……」
背中をソファに預け、アークは気を落ち着かせる。
天職には習熟の階位――熟練度が存在する。
強くなること・極めることは熟練度を上げることに等しい。
だが、一方で熟練度による能力補正を受けるためには様々な条件がある。
特に戦闘職とされる天職は『装備』という条件が存在していることが多い。
<剣士>は剣を装備しているとき、<弓士>は弓を装備しているとき、というように。
中でも騎士系は騎乗しているとき――乗騎を装備しているときとも言えるかもしれない――という厳しい条件が設けられている。
騎士も戦闘職であるため、騎乗せずとも戦闘行為により僅かずつではあるが熟練度は上がっていく。
アークにしても10は超えている。戦闘だけでは効率が悪いために未だ初級者の数値でしかないが、10はあるのだ。
しかし、その熟練度10の力も乗騎がいなければ発揮できない。
「強さを求めるのならば是非とも良き返事を」
「……わかった。引き受ける」
<闇姫>は『<龍騎士>の本領を発揮させる』と言った。
熟練度を上げる、ではなく。
乗騎を用意する、でもなく。
騎乗系スキルを有する騎士に共通する本領発揮の前提条件『騎乗』。
それを覆す術があるのか否か。
「あんたの実験ってやつに付き合おうじゃないか……!」
五つ星の冒険者が何を思いついたのか興味があった。
そして――……期待があった。
* * *
翌朝、アークは辺境都市ライジェルの東門にいた。
旅装で、だ。
といっても、依頼で狩りに向かうときの格好と違うのは背嚢の大きさくらいなのだが。
「お待たせしました」
「ああ……って、鎧はいいのか?」
二頭立ての幌馬車を操り現れた<闇姫>は顔を晒していた。
鎧も纏っておらず、服が紫黒色ということ以外、<闇姫>たる面影はない。
「顔を出しに行くので。隠している意味はもうありません」
「……好き好んで全身鎧ってわけじゃなかったんだな」
「隠すのが顔だけなのは不自然、という理由であの装備でした」
「なるほど……」
顔を隠すだけなら覆面が最初の選択肢に上がるが、不審人物すぎて職務質問に遭うことが容易に想像できる。下手したら逮捕・拘留まであるだろう。
一方で、全身を覆う甲冑ならば不審者扱いされることは少ない。
似たような重装備が都市の防衛を担当する兵の一部にも支給されているためだ。
おそらくその兵士たちの天職は<重戦士>なのだろう。<重戦士>はトータルの装備重量が体重比の一定割合を超えなければいけない。冒険者なら武器でその重量を稼ぐが、町中で活動する兵士の場合、どでかい重量武器を使うのはいただけないため、防具を重くすることになるわけだ。
全身鎧作戦に不備があるとすれば、紫黒という不吉な存在感を醸す色と冒険者が金属鎧を好まない点だろう。<闇姫>の鎧姿はギルド内においては場違い感があり、いくつかのトラブルに発展している。無論それらの顛末は武勇伝として語られている通り。現在では<闇姫>に絡む者はいなくなっている。
「乗って下さい。隣でも荷台でもご自由に」
「それじゃ、とりあえず後ろで……」
アークは荷台を選択した。
役割上は隣にいるか、もしくは御者を買って出るべきなのだが、生憎と<龍騎士>であるアークは馬を操れない。もちろん天職を介さない素の技量として乗馬技術を習得することは可能だが、金がかかるのでアークは学んだことがない。もしも乗れたなら二騎でもって出立していただろう。
あと、高すぎる身分と過ぎた美貌が生む嫌な緊張から逃れたかった。
「出発します」
目的地はガラクス皇国の中心――皇都ガラクシアス。
荷馬車ならば片道十~十二日ほどの道のりである。
(まさか、ライジェルを離れることになるとはなぁ……)
アークは自分だけが存在する荷台から、離れていく辺境都市の姿を感慨深げに眺めていた。
* * *
「ついで、というわけではないのですが。実はもう一つ依頼があります」
話がまとまったと思いきや、<闇姫>が更なる提案を行った。
「――実は父が亡くなりまして。実家に戻る必要があります」
「へえ……」
つまりそれが、騎士が届けようとしていた手紙の内容というわけだ。
アークは微妙に気のない返事をして内容を咀嚼し――硬直する。
(お、おいおいおい、ちょっと待てッ……! なんだ、父親が死んだだぁッ!?)
<闇姫>の素性についての推察が当たっているとすれば、すなわちそれは。
(いやいや、お、落ち着けよ、オレ……まだそうだと決まったわけじゃねえだろ。いや、だが……)
「従者として同行して下さい」
「し……死んだ騎士の代わりに、か?」
「そうです。私の専属騎士はスタンだけでしたから」
<龍騎士>は騎士扱いされていないが、騎士職の騎士職たる所以だけは備えている。
身分としての騎士の教育を全く受けていないのは問題だが、<闇姫>もそこまで求めはすまい。
ならば、依頼そのものは可能であるように思えたが――。
「……実家ってどこだ? ライジェルじゃないんだろ?」
「皇都です」
「なら、悪いがそっちの依頼は無理だな」
アークは神妙な面持ちでそう告げる。
この『ついで』の依頼には関わらない方がいいという直感に加え、アークにはこの辺境都市を離れられない理由がある。
「報酬の話を忘れていました」
「ああ、そういや……」
「成否に関わらず、これを二つの依頼の報酬にしたいと考えています」
<闇姫>が見せたのは一枚の紙。
それは借金の証文だった。
「立て替えておきました」
(マジかよ……)
そこらの食堂のツケを払ったくらいの軽さで言われ、アークの口がぽかんと開く。
冒険者ギルドには、ギルドが所蔵している最上級ポーションを必要に応じて市場価値の半値で購入できるという制度がある。だが、五割引の超優待価格といっても部位欠損すら治す超貴重な回復ポーション。値段は半端ではない。
辺境では家どころかどでかい屋敷が建てられるほどの額――金貨千枚だ。
並の冒険者では払えるわけもなく、借金必須。
最上級ポーションが必要となったアークもまた、金貨千枚のほぼ全てを借金で賄った。
アークは借金完済までこの辺境都市ライジェルで活動するという契約をギルドと行い、ギルド子飼いの冒険者のような立場となった。
それから三年。
アークは定期依頼やそれなりに危険な仕事をこなし、節約し、借金の半分ほどを返済していた。
逆に言えば、借金はまだ金貨五百枚以上残っているということだ。
金貨五百枚。五つ星の冒険者にとってはポンと払える端金なのかもしれない。
しかし、その額が大金の範疇にあることに変わりはないし、金貨五百枚の借金というのは人の人生を左右する力がある。もし<闇姫>がその証文を持って然るべき場所へ行けば、アークは明日から奴隷落ちしてしまうだろう。
「よくギルドが許したな……」
冒険者稼業は危険が多いため、アークと同様の流れでギルド専属となっている冒険者は実のところ少なくない。そもそもこのポーション借金制度、冒険者の福利厚生などではなく、有望な人材を囲い込むことを目的に運用されているのだから。まあ、それはアークには当てはまらないが。
そして、借金に『冒険者を囲い込んでおく』という性質がある以上、証文をギルドが手放すということは考えがたい。金を払えば他人が買い取れる、というのも悪しき前例となり得る。
「五つ星なので」
「むぅ……」
生きたまま引退すればギルドマスターの座が確約されるランクにいるのだから不可能ではないのかもしれない。
(それに……オレはある意味、不良債権だしなぁ)
ポーション借金は誰にでも許されることではない。
将来有望、現時点で優秀――そんな条件がついている。
どちらにも当てはまらなかった<龍騎士>アークが借金を許されたのには、二つ理由があった。
一つはアークにお得意様が――黒鋼の大蛇がいたことだ。
黒鋼の大蛇の素材はそこそこ需要があるにも関わらず、討伐対象としては不人気だ。囮を用いて誘い出したとしても一太刀で倒せる者はごくごく僅か。鋼の強度を持つ体皮の防御を抜いて倒すころには肝心の素材となる鋼皮が傷だらけな上に武器も傷だらけ、という笑えない状況になることが珍しくない。さらに、黒鋼の大蛇は縄張りを持つタイプの魔物であるために討伐報酬も低い。苦心して倒しても赤字では、進んで狩りたがる者がいなくなるのも当然だろう。
そんな中、アークは素材を痛めない討伐方法を確立した。とある天与スキルを持つ自分にしかできない討伐方法を。ギルドの資料室で魔物図鑑を調べに調べ、自分に相性が良さそうな魔物を探した成果である。
実力やランクに反し、借金の返済が現実的に可能と考えられたこと。これが一つ目。
二つ目の理由は、最上級ポーションの使用対象がアーク自身ではなく、『不慮の事故』によりアークが傷を負わせてしまった女性だったことだ。
その女性が所属する組織と冒険者ギルドの関係を鑑み、当事者のみの問題として放置するのはよろしくない、という判断が下された。
女性を傷つけた原因が黒鋼の大蛇の討伐方法を確立した喜びで酒に酔ったこと、黒鋼の大蛇の討伐に使う天与スキルであること、なのは皮肉という他ないのだが……。
特例に近い形で借金とほぼ無利子での返済が許されたアークだが、冒険者ギルドにとってその債権はリスクでしかない。アークは今のところ五体満足で返済を続けているがソロ活動はそもそも危険で、ポーション借金はパーティーに対して行われるのが普通なのである。
そして、実力のあるパーティーならば対応できる依頼の幅は広い。
制度の本質的に、重要なのは返済能力ではなくギルドへの貢献度だ。その点、安定的に狩れるのが黒鋼の大蛇だけというアークはあまり役に立たない。ギルドとしては成長しない<龍騎士>などさっさとリリースして、その資金を別のパーティーへ回す方がよほどメリットがある。
そう思えば、信頼篤き五つ星冒険者にアークを売り渡すことは考えられなくもなかった。
「この報酬で引き受けていただけますか?」
<闇姫>は証文をひらひらさせている。
「脅迫にしか見えないんだが……」
「心外です」
「……ったく。二つ目の依頼、ホントに同行するだけなのか?」
「追加の依頼が必要になれば、報酬は別途用意しますので」
(回答になってねえ気がするが……)
世の中には知らない方がいいことも知らないふりをした方がいいこともある。
どのみち、証文を握られ、それを二つの依頼の報酬とされている以上、アークに引き受ける以外の選択肢はない。
「わかった。そっちの依頼も引き受ける」
「良い返事に感謝します」
<闇姫>の手にあった証文が姿を消した。
出てくるのも消えるのも唐突。
「あんた、<探索者>……じゃないよな?」
「違います。<亜空間収納>が付与されたアイテムを持っているので」
「迷宮産か? またとんでもない代物を……」
天職のスキルと同様の効果を持つアイテムが迷宮から出土することがある。値段は効果によってピンキリだが<亜空間収納>はその利便性から上位にランクされるだろう。
「出発は明日の朝。必要な物はこちらで用意するので、身一つで構いません」
「そりゃ助かる……明日ってのもギルドに話が通ってるなら問題ないが」
「煮るなり焼くなり好きにしろ、と」
(クソ狸どもが……)
「そういうことなら挨拶はいらねえな」
アークは辺境都市を出ることを決断した。
それが一時になるか、長期間になるかはわからなかった。
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