Destiny×Memories

創音

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Silbe5. ~生きる選択~

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 ヒアたちが去った大部屋の中は、しん、と静まり返っていた。

「えーっと」

 その重苦しい空気に耐えきれず声をあげたのは、イビア。
 困ったような表情で、彼は仲間たちを睨むカイゼルに視線を向けた。

「ごめん、カイゼル。ちょっと……なんというか……さすがに衝撃的すぎたというか……」

「……だろうな。オレもさっきルーから聞いて驚いた。
 つか、謝る相手がちげーだろ。……あのヒアとか言うガキ、ルーと同じ能力持ってんだろ? それも、制御のできていないやつだ」

 長い間ルーの“契約者”として……そして保護者として側にいたカイゼルには、彼らの持つ“感情伝染”がどういったものかをよく知っている。
 だからこそ、先ほど彼の仲間とルーに連れられて部屋を出た、真っ青な顔色をした彼が気がかりだった。
 相当酷い“感情”を受け止め続けたのだろう、【神】であるルーならともかく、普通の人間であるヒアには負担が大きかったはずだ。

「……そう……ですね。感情的になりすぎてしまいましたね……」

 ヒアくんには申し訳ないことをしました。俯く深雪に、夜と朝以外の他の先代“双騎士ナイト”たちも気まずそうに視線をそらす。

「……頭、冷やしてくる」

 乱暴に涙を拭って、朝は立ち上がり部屋を出ていった。
 彼が去ったことで空いた、未だ泣きじゃくる夜の傍らには、ちゃっかり黒翼が陣取っている。
 そんな彼らを見て、カイゼルは再度ため息をついた。

「はあ……。おい、夜」

 そうして彼は、手で涙を拭っている夜に声をかける。
 ……余談だが、その様子を見た黒翼がそっとその手を取りハンカチを渡していた。

「お前、朝の反応も深雪たちの反応も覚悟の上で【魔王】とやらのチカラを継いだんじゃねえのか?
 コイツらを傷つけることになっても……オレたちが生きるこの世界を守るんじゃなかったのか?」

「……っ」

「覚悟もねえなら最初から【魔王】のチカラなんざ継ぐな」

 キツいカイゼルの言葉に、深雪が「そこまで言わなくても」と口を開く。
 ……けれど、夜はゆるゆると首を振って……顔を上げた。

「……カイゼルの、言うとおりだ。
 ……よるは……みんなに嫌われても、憎まれても……それでも」

 深い深い、蒼海を湛えた瞳。ヒトに疎まれ、傷つき、それでも世界を見つめ続け、世界ローズラインを愛し、兄や仲間たちを大切に想い続けた、夜空。

「みんなを……この世界ローズラインを護るって、決めたんだ。
 【魔王】として……世界の要、【世界樹ユグドラシル】として」

 覚悟が宿る、彼の眼差し。
 その強い青に、仲間たちはハッと息を飲んだのだった。


 +++


 真っ白な柱の隙間から覗く雲海。そんな特徴的な廊下で、朝はしゃがみこんでいた。
 酷いことを言ってしまった。酷い態度を取ってしまった。傷つけて……しまった。

(もう二度と傷つけないって……決めたのに)

 部屋を出る前に見た、弟の傷ついた瞳と泣き顔が頭に浮かんで離れない。
 元の世界でのトラウマを、思い出しているかもしれない。
 だけど、彼の元に戻る勇気はなかった。感情に任せて酷いことを言ってしまいそうだから。

(……これじゃあ、あの人たち両親と同じじゃないか)

 感情のままに夜を傷つけ、壊した人たち。
 自分がソレらと同じだと気づいて……朝の胸を絶望が掠める。

「僕は……夜を傷つけたいわけじゃ、ないのに」

「――知ってるよ」

 ふと降り注いだ、聞き慣れた声。それと共に背中に感じるぬくもり。

「お兄ちゃんはいつだって……よるのことを考えてくれてるって、知ってるよ」

 淡々と紡がれるコトバに、朝は振り向けずにいた。
 ただ黙したまま、弟の話に耳を傾ける。

「ごめんね。お兄ちゃんがよるのことを大切に想ってくれているみたいに、よるもお兄ちゃんのこと、大切に想っていたんだけど……。
 よるは、いつもお兄ちゃんを苦しめて、傷つけてばっかりだね。
 ……いっそ、お兄ちゃんから離れてしまったほうが……いいのかな……」

「っそんなこと……!!」

 告げられた想いに、朝は勢いよく振り返り……背中合わせだったその肩を掴み、自分の方に向けた。
 潤んだ深海の瞳が、揺らめいている。

「そんなこと、言わないで……!! 僕は、僕は……!!」
 
「……お兄ちゃん」
 
 けれど、お構いなしに言い募る彼に、夜は呼びかけた。
 ぶつかる青と赤の瞳。混じって溶ける、ふたつの視線。

「……ごめんね。それでもよるは……お兄ちゃんのそばにいたい。
 お兄ちゃんと、ずっと一緒にいたい。離れたくない。
 そのために、よるは……“いきること”を選んだんだよ……?」

 兄の裾を掴んで、そう訴える夜。そんな弟に、朝はハッと息を呑んだ。

(何よりも、誰よりも……この子の生を願っていたのは、僕なのに)

 生を破棄することなく、ただ自分と生きるために生命を掴み取った弟。
 例えそれが、【魔王】になることだったとしても……それでも。

(もう二度と、誰も、この子の生を否定してはいけない。……誰にも、否定させてはいけない)

 朝はそっと、夜の手を握る。冷たくて、温かなてのひら。
 ……血の通った、生者のてのひら。

「……そう、だね。……そうだよね」

 もう片方の手で、不安げな夜の、そのクセのある頭髪を撫でる。
 夏の夜空のように明るい青髪は、見た目に反して柔らかい。

「……さっきは、ごめんね。びっくりした……というか、悲しかったし、悔しかったんだ。
 五年前、僕たちが君を【魔王】の闇から助けたことは、無駄だったんじゃないのかって……」

「そ、れは」

「でも」

 悲しげに瞳を伏せる弟。しかし朝は首を振り、握った手に力を込めた。

「そんなこと、どうでも……よくはないけど、些細なことだ。
 夜が、僕のそばで生きていてくれるなら」

 ふわり、と微笑めば、彼は驚いたように目を見開く。

「……お兄ちゃん」

「ありがとう、夜。生きていてくれて……生きることを、選んでくれて」

 優しくその頭を抱き寄せれば、夜はしゃくりあげた。
 生まれてきたことで、心身にたくさんの傷を負ってしまった弟。
 けれど、そばで見守るしかできなかったあの頃とは違い……今は手を伸ばせば触れられるし、想いを届けることができる。

「君が僕を守りたいと言ってくれたみたいに……僕も守るよ、夜のことを」

(君を傷つけるモノはすべて……僕がこの手で排除するから)

 兄の仄暗い決意も知らず、夜は涙を拭いながら頷いて、彼にしがみついた。

「お兄ちゃん……ありがとう」

 お兄ちゃんがいるから、よるは生きていけるんだ。
 そう言ってはにかむように笑う夜と、釣られて笑みを浮かべる朝。

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた二人の感情は、解れて一つに繋がった。
 部屋を出た夜を追って、離れた場所で彼らのやり取りを静かに見ていた深雪たちは、双子を取り巻くあたたかな空気に心の底から安堵したのだった。



 Silbe5. Fin.
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