白鬼

藤田 秋

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番外編

プレゼント(主人公たち、甘め)

 百鬼夜行事件が過ぎ去った、とある穏やかな日に。



「俺からも、何か贈らせてくれないか?」
 食後のお茶を飲んでホッとひと息ついている時、一真がまさかの提案をしてきた。

 私が『一真に恩返ししたいから何か贈りたい』と言ったら、彼は『笑顔』とだけ要求してきた。その次の言葉がこれだ。

「それじゃあ意味無いよぉ!」
 私から恩返ししたいって言ったのに、一真から打ち返されたら無限ループじゃん!

「誕生日プレゼントは? それなら良いだろ?」
「私は三月生まれなの。まだ先だよ」
「……待ってくれ。三月……?」
 一真はこの世の終わりのような顔をしている。そんなにショックを受けることだったの……?

「間に合わなかった……」
「これからだと思って!?」
 私がホームレスになり、この神社に迷い込んだのは今年の三月。だけれど、その日は既に誕生日を迎えた後だ。間に合うわけがないし、その頃の私は幼少期の記憶が抜け落ちていて、本当の誕生日すら知らなかった。どうしようもないことだ。

「遅くなってしまったが、生まれてきてくれてありがとう……」
「あ、ありがとう」
 言葉の重みが凄い。
 便宜上の誕生日を祝われた経験はあったけれど、感謝されたのは初めてだ。

「大遅刻のお詫びだ。欲しいものを言ってくれ。遠慮は要らん」
「そう来たかぁ~!」
 何が何でも贈り物をしたいという強い意志を感じる……!
 ここで断っても、理由をつけて食い下がられるだろう。何かリクエストはしなきゃだけど、適当な返事をするのは一真に失礼だ。

 しかし、困った。毎日お腹いっぱい美味しいご飯が食べられて、ふかふかのお布団でぐっすり眠れるだけで私は充分なのだ。ビックリするほど物欲が無い。

「後でも良いかな? 考えさせて欲しいの」
「ああ、ゆっくりで構わない。それに、一つとは言わず、幾らでもリクエストしてくれ。千真が欲しいなら全て揃えよう」
 何故だろう、かぐや姫が出した五つの難題すらクリアしてしまいそうな凄味がある。圧倒的に熱量が違う。ちょっと怖い。

「一つで十分ですって!」
「そうか? まぁ、気が変わったら教えてくれ」
 一真そうやって穏やかに微笑んだ。気持ちが通じ合ったと思っていたのに、未だに彼の腹の中が読めない。

* * *

「本当に……本当にこれで良いのか?」
 念を押すように尋ねてくる一真に、私はにんまりと笑顔を見せた。

「私が欲しいものは用意してくれるんだよね?」
「……二言は無い」
 絞り出すようなその声には、『納得出来ない』という気持ちが滲み出ていた。

 朝食の片付けを終えた後、私は居間で一真に膝枕をしつつ、彼の頭を撫でていた。最初は膝枕をすることに難色を示されたが、私の『リクエスト』だと伝えると、彼は渋々横になったのだ。

 濡羽色の無造作ヘアはふわふわとしており、指の間をするすると抜けていった。学校に行く時はもう少しきっちり整えているのだけれど、家に居る時は完全に髪を下ろしている。リラックスした一真の姿を見られるのは私の特権だ。

 一真の頭を優しくひと撫ですると、彼は猫のように目を細めた。これは満更でもない顔ということで良いのかな? それとも眠いとか?

「朝早かったし、眠いなら寝ても良いよ?」
 今だって朝の六時を過ぎた頃だ。休日なら、まだ寝ていてもおかしくはない。

「……いいや、起きている。ここは眺めが良いからな」
 彼の翡翠色の瞳は私の顔だけを反射していた。慈しむような視線にドキっとしてしまう。蠱惑的な甘ったるい声はわざと出しているのだろうか?

「っ! も、もぉ!」
 いけない、一真のペースに呑まれるところだった。
 そもそも眺めってなんだ。一真視点からの私の角度、そんなに盛れてないだろうし。乳がないから顔がよく見えるってことか? お? 喧嘩か? 買うか?

「ところでだな……。承諾した手前、こういうことを言うのはどうかと思うが……贈る側の俺がご褒美を貰うのは、本末転倒では……?」
「いえ、全然」
 一真がこの状況を『ご褒美』だと認識してくれていることは何よりも喜ばしいことだ。かつては禁欲的だった一真も、最近は欲を見せてくれるようになった。良い変化だ。

「私は一真をどろどろに甘やかしてその澄ました顔をぐずぐずに蕩かしてやりたいのです」
「とんだことだよ」
 驚いてはいるけれど、彼は真顔で私の言葉を受け止めている。ここでドン引きしないのは彼なりの優しさなのかもしれない。または全てを諦め受け入れている……?

「真の目的を知られてしまった以上、一真は私に可愛がられるしかありません。お覚悟ッ!」
 自分でも何を言っているのかわからない。一真だってもっと意味がわからないだろうに、彼は慈悲深い笑顔を向けてきた。辛い。

「参考までに聞きたいんだが、何故俺の痴態が見たいんだ?」

 言い過ぎだと思うけれど、ふにゃふにゃした姿を晒すのは一真にとって『痴態』以外の何物でもないのだろう。
 普段の凛とした姿からのギャップを見たいので、彼をふにゃふにゃさせたいのだ。
 彼の尊厳と引き換えに、私の快楽として消費しようとしている。なんてことを言ってしまったんだ。

「わ、私は……最低な女です……っ!」
「待て、話が見えない。急に自分を卑下しないでくれ」
 一真の大きな手が慈しむように私の頬に触れ、優しく撫でてきた。

「俺は千真の考えを知りたいだけだ。どんなことでも受け止める。だから、教えてくれないか?」
 泣く子をあやすような穏やかな口調で、彼は改めて問いかけてきた。私の卑しさすら包み込んでくれそうな、優しい微笑みを湛えて。

「あのね……甘やかされてトロトロふにゃふにゃになった一真は絶対可愛いと思うの」
「ど変態がよ」
「罵倒」
 ごもっともなご意見なので反論は出来ないのですが。
 一真は先ほどの発言とは裏腹に、自分の尊厳を全て投げ打つ覚悟を決めた男の顔をしている。

「千真の思考はよくわかった。良いぞ、かかって来い」

* * *

 詳細は伏せるけれど、完璧な即落ち二コマだった。
 あんなに綺麗なフリからオチることが出来るのは、エンターテイナー以外の何者でもなかった。やると決めたからにはしっかりやり切る。一真はそれが出来る男なのだ。
 彼は乱れた襟を整え、ぼんやりとした表情のまま私を見上げた。頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。どこまでが演技なのかわからない。

 私は彼の上から降り、互いに向き直って正座した。

「ちゃんと出来てたか……?」
「うーん、甘えられてる感が足りなかったかも」
「そうか……難しいな……」
「一真はそろそろ怒っても良いと思うの」
 私を喜ばせる為に、最大限努力してくれる姿勢は嬉しい。けれど、やり過ぎなのではと思う。

 彼はフッと笑い、肩を竦めてみせた。
「俺は千真に振り回されるのが好きなんだ」
「ど変態がよ」
「罵倒」
 私に振り回されたいだなんて、一真はよっぽどのお人好しのドMに違いない。
 昔はこんな感じではなかった気がするんだけれど、どうしてこうなったんだろう。

「一体誰が一真の性癖を捻じ曲げたの……?」
「誰だろうなぁ……?」
「ヒッ」
 私を凝視しながら真顔で言うので、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。彼の視線には私への非難が入り混じっている。もしかしなくても……

「そ、そんな……私のせいで……とんだドM野郎に!?」
「言葉選んで?」
 つい口が滑ってしまった。
 一真はコホンと咳払いをして、恥ずかしそうにスッと目を逸らした。

「……千真の前だけだぞ。俺がこうなるの。どうしてくれるんだよ」
 ボソボソと呟く一真が、この上なく可愛く見えて仕方がない。普段は他責しない彼が、『私のせいで』おかしくなってしまったことを責めてきている。珍しいこともあるものだ。
 胸の辺りがほわほわとして、キュッとして、この衝動をどこかにぶつけたい気分。

「食べちゃいたい」
「何を?」
 一真はギョッとした目で私を見つめてきた。
 相手が可愛すぎて攻撃的な感情が湧いてしまうことを『キュートアグレッション』というらしいが、今がそうなのだと思う。
感想 3

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