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第一章 第二節 カルライン=マイト(3)
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ここ最近、動く人間を殺していない。
違う。ここ最近、動く生き物を殺していない。
いきなり人間ほどの大きさの生物を、相手にするにも分が悪い。地鳴鳥あたりが適切だろうか。
マイトにとっての訓練は、まず獲物を探すところから始める。野生の地鳴鳥は(名前から分かる通り)けたたましく鳴く。それこそ、地震のような、とどろきのような。できれば村で育てている地鳴鳥が良かった。彼らは代が進んでから、鳴いても草のこすれる音しか発さなくなったから。
地鳴鳥は一度鳴くと、周辺地域には現れなくなる。およそ一週間の間、足音を消してしまう。自分をおとりにして、仲間を救う、と表現したならば、聞こえは良いかもしれない。しかし、習性を利用して追い立てられたら、誰かの誕生日を祝うように盛大に、人間に血を撒き散らされる結果が待っている。とてもひどい話だ。
村の誰かが、地鳴鳥一羽逃したところで、餓死しようもないと考えたマイトは、野生の地鳴鳥の群生地に突っ込んで、見事一羽をつかんで帰って来た。もちろん、群れの地鳴鳥は非難でいっぱいである。
それから、つかむ格好から抱く格好へと変えて、練習場に戻る。そっと優しく下ろしてやると、恐怖からか地鳴鳥は走り去ろうとした。しかし、地鳴鳥は飛べない鳥だ。柵を乗り越えられず、近くにある低木たちも足場にするには心もとない。逃げ去る心配を無くしたマイトは、運搬の疲れを癒している。
しばらく休憩した後、マイトは息を殺し、地鳴鳥の行方を探る。今ここで思い出す、対人と対動物では、勝手が違うと。これは、ただの、狩りでしかなかった。しかし、離した地鳴鳥は止まらない。今も元気に逃げ惑っているか、ちょうど良い場所を探って落ち着いたか、のどちらかだ。マイトは後者である現在を空想しながら、ゆっくりと歩を進める。
そこにはキトリも練習に出ていた。練習、とは言っても、即席の矢を作る練習だが。彼女にも、何かが走っている様子は聞こえていた。しかし、慣れない矢作りで集中力をふんだんに使っている以上、ただ『何かが走っているんだなあ』としか感じなかった。
地鳴鳥の足跡を追いかけるマイト。その行き先は……元々いた群れの方角にある、低木の中。わかりやすい生き物で助かった、じゃあ食事になってくれ、と言わんばかりに。マイトは抜刀した。静かに近づき、一閃━━
先ほどまで寝息を立てていた地鳴鳥は、静かに息を引き取った。それから、血が各々の方向へ飛んでいった。まるで今も寝ているかのように、静かに、倒れていた。鳴きはされなかった。
キトリが死を感じ取った瞬間、空気が若干歪んだ。それと同時に、マイトが存在に気付いた。が、おたがいに無干渉のまま、時間は進んでいった。両者とも、人間が苦手だからだ。
マイトが地鳴鳥の解体をしている途中にも、キトリは矢を作っているし、キトリが手持ちの材料を失ったら、マイトは解体を終えていた。
キトリは早速、出来の良かった矢をつがえ、的を狙う。その様子が気になって、マイトはそっと後ろに立つ。放たれた……と思ったら、ちょうどマイトの後ろから矢が飛んできた。また当たらないなあ、と不思議な顔をするキトリの前に、男……マイトが立っていた。
「どういう軌道で飛んできた? おかしいだろ、今の動きは……」
「ごめんなさい! あの、私、弓矢に自信が無くて……」
キトリはつい、謝ってしまう。いつもならマイトも、無礼者に対して容赦はしない。何しろ、誰も傷つけられなかった自身の背中に、かすり傷をつけられてしまったから。しかしこの時だけ、優しくしてしまった。
「本気で殺す、という決意が足りないな。だから変な軌道になったんだ。あとは……矢の出来は良い。だが、お前の姿勢がなっていない。いいか?
……弓を射る為に必要でない筋肉が、硬くなっている。よければ、お前の体に触れながら指導したいが、心の準備は?」
キトリは突然の罵倒に声も出ない。そしてマイトは、『またやってしまった』と、自身の悪癖に悪態をついていた。その悪癖とは、『頑張れば上手くなれそうな人に対して、めちゃくちゃに口を出してしまう』だった。同時に、弓の練習をしている人が異性だったらどうしよう、訴えられないだろうか、と心配してしまった。今更訴えられたところで、恐ろしくはない。だが、この時のマイトにとっては、噴火よりも恐るべき事項だと感じた。
気まずい中、キトリは震えながらも声を上げた。
「あ、あ、そした、ら、お願い、おね、しよ、かな、なんて……」
その言葉を聞いて、マイトはキトリの右腕に触れた。
柔らかい。
そう思ってから、感覚に夢中になってしまったマイトは、指導をするという目的を忘れかけていた。我に戻って、指導を開始する。
「あまり怖気付くな。殺意は一瞬だ、高まる時を狙え。力を入れるのは両腕と肩だけでいい。腹や足にまで込める必要はない。いいか?
研ぎ澄ませ。相手の鼓動を聴くような気持ちで。とは言っても木製だが、実戦ではそのように。自分の心臓を把握しておけ。
もう一度言う。怖がるな。
いいか? 人間は、いつだって何かを殺しながら生きている。時には動物かもしれない。時には植物かもしれない。時には同族かもしれない。そして……自分かもしれない。
そうだ。自分の死だけを恐れろ。それ以外を恐れるな。
良い姿勢になったじゃないか。さあ、生きる欲動を放ってやれ!」
よく知らない男の指導に従いながら、キトリが矢を放つと。
「!!」
これまで当たらなかった、的に、当てられた。
しかも、真ん中に。
「よくやったじゃないか!いいぞ、その調子で頑張ってくれ!
きょう得た経験を忘れるなよ。いつか、大事な思い出になるからな」
と言って、マイトは去っていった。
対してキトリは、さっきの人は誰なんだろう、と思いながら、また弓矢の練習を始めた。先ほど言われた内容を、心に灯しながら━━
違う。ここ最近、動く生き物を殺していない。
いきなり人間ほどの大きさの生物を、相手にするにも分が悪い。地鳴鳥あたりが適切だろうか。
マイトにとっての訓練は、まず獲物を探すところから始める。野生の地鳴鳥は(名前から分かる通り)けたたましく鳴く。それこそ、地震のような、とどろきのような。できれば村で育てている地鳴鳥が良かった。彼らは代が進んでから、鳴いても草のこすれる音しか発さなくなったから。
地鳴鳥は一度鳴くと、周辺地域には現れなくなる。およそ一週間の間、足音を消してしまう。自分をおとりにして、仲間を救う、と表現したならば、聞こえは良いかもしれない。しかし、習性を利用して追い立てられたら、誰かの誕生日を祝うように盛大に、人間に血を撒き散らされる結果が待っている。とてもひどい話だ。
村の誰かが、地鳴鳥一羽逃したところで、餓死しようもないと考えたマイトは、野生の地鳴鳥の群生地に突っ込んで、見事一羽をつかんで帰って来た。もちろん、群れの地鳴鳥は非難でいっぱいである。
それから、つかむ格好から抱く格好へと変えて、練習場に戻る。そっと優しく下ろしてやると、恐怖からか地鳴鳥は走り去ろうとした。しかし、地鳴鳥は飛べない鳥だ。柵を乗り越えられず、近くにある低木たちも足場にするには心もとない。逃げ去る心配を無くしたマイトは、運搬の疲れを癒している。
しばらく休憩した後、マイトは息を殺し、地鳴鳥の行方を探る。今ここで思い出す、対人と対動物では、勝手が違うと。これは、ただの、狩りでしかなかった。しかし、離した地鳴鳥は止まらない。今も元気に逃げ惑っているか、ちょうど良い場所を探って落ち着いたか、のどちらかだ。マイトは後者である現在を空想しながら、ゆっくりと歩を進める。
そこにはキトリも練習に出ていた。練習、とは言っても、即席の矢を作る練習だが。彼女にも、何かが走っている様子は聞こえていた。しかし、慣れない矢作りで集中力をふんだんに使っている以上、ただ『何かが走っているんだなあ』としか感じなかった。
地鳴鳥の足跡を追いかけるマイト。その行き先は……元々いた群れの方角にある、低木の中。わかりやすい生き物で助かった、じゃあ食事になってくれ、と言わんばかりに。マイトは抜刀した。静かに近づき、一閃━━
先ほどまで寝息を立てていた地鳴鳥は、静かに息を引き取った。それから、血が各々の方向へ飛んでいった。まるで今も寝ているかのように、静かに、倒れていた。鳴きはされなかった。
キトリが死を感じ取った瞬間、空気が若干歪んだ。それと同時に、マイトが存在に気付いた。が、おたがいに無干渉のまま、時間は進んでいった。両者とも、人間が苦手だからだ。
マイトが地鳴鳥の解体をしている途中にも、キトリは矢を作っているし、キトリが手持ちの材料を失ったら、マイトは解体を終えていた。
キトリは早速、出来の良かった矢をつがえ、的を狙う。その様子が気になって、マイトはそっと後ろに立つ。放たれた……と思ったら、ちょうどマイトの後ろから矢が飛んできた。また当たらないなあ、と不思議な顔をするキトリの前に、男……マイトが立っていた。
「どういう軌道で飛んできた? おかしいだろ、今の動きは……」
「ごめんなさい! あの、私、弓矢に自信が無くて……」
キトリはつい、謝ってしまう。いつもならマイトも、無礼者に対して容赦はしない。何しろ、誰も傷つけられなかった自身の背中に、かすり傷をつけられてしまったから。しかしこの時だけ、優しくしてしまった。
「本気で殺す、という決意が足りないな。だから変な軌道になったんだ。あとは……矢の出来は良い。だが、お前の姿勢がなっていない。いいか?
……弓を射る為に必要でない筋肉が、硬くなっている。よければ、お前の体に触れながら指導したいが、心の準備は?」
キトリは突然の罵倒に声も出ない。そしてマイトは、『またやってしまった』と、自身の悪癖に悪態をついていた。その悪癖とは、『頑張れば上手くなれそうな人に対して、めちゃくちゃに口を出してしまう』だった。同時に、弓の練習をしている人が異性だったらどうしよう、訴えられないだろうか、と心配してしまった。今更訴えられたところで、恐ろしくはない。だが、この時のマイトにとっては、噴火よりも恐るべき事項だと感じた。
気まずい中、キトリは震えながらも声を上げた。
「あ、あ、そした、ら、お願い、おね、しよ、かな、なんて……」
その言葉を聞いて、マイトはキトリの右腕に触れた。
柔らかい。
そう思ってから、感覚に夢中になってしまったマイトは、指導をするという目的を忘れかけていた。我に戻って、指導を開始する。
「あまり怖気付くな。殺意は一瞬だ、高まる時を狙え。力を入れるのは両腕と肩だけでいい。腹や足にまで込める必要はない。いいか?
研ぎ澄ませ。相手の鼓動を聴くような気持ちで。とは言っても木製だが、実戦ではそのように。自分の心臓を把握しておけ。
もう一度言う。怖がるな。
いいか? 人間は、いつだって何かを殺しながら生きている。時には動物かもしれない。時には植物かもしれない。時には同族かもしれない。そして……自分かもしれない。
そうだ。自分の死だけを恐れろ。それ以外を恐れるな。
良い姿勢になったじゃないか。さあ、生きる欲動を放ってやれ!」
よく知らない男の指導に従いながら、キトリが矢を放つと。
「!!」
これまで当たらなかった、的に、当てられた。
しかも、真ん中に。
「よくやったじゃないか!いいぞ、その調子で頑張ってくれ!
きょう得た経験を忘れるなよ。いつか、大事な思い出になるからな」
と言って、マイトは去っていった。
対してキトリは、さっきの人は誰なんだろう、と思いながら、また弓矢の練習を始めた。先ほど言われた内容を、心に灯しながら━━
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