惑星の止血〜私が、噴火を止めるんですか!?〜

仁川路朱鳥

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第三章 第一節 キトリは興味津々(1)

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 宴から、少し経った。

 夜の酔いも覚めて、キトリは弓の訓練をしようと試みる。が、どうしても心が浮ついて、散歩をし始めてしまう。集中できず、つい遠くの音を拾う。あれは、地鳴鳥がひなを連れて、草原を散歩している音。あれは、雲が空を滑っていく音。あれは、星の鳴き声。あれは、はるか遠くに行ってしまった、かつての生物のうめき声。
(私が集中できないのは、あいつのせいだ)
 宴の日に同席した、キトリが不快に思うあの殺戮兵器……カルライン=マイトについて、つい考えてしまう。かつての恩も忘れた上に、信憑性のないうわさに埋め尽くされるとなると、それは一種の処刑に近しい。知らずのうちにキトリは、マイトを刑に処していた。
 ずいぶんと処刑も進み、自分の心の始末が済んだところで、キトリは改めて、矢をつがえる。今日作った矢は、昨日の宴の帰りの出来事から、集中力が削げており、ところどころ木の棒と、石の境目があいまいになっている。放ったら瞬間的に爆発するような、品質も馬鹿にして笑えるぐらいの、嘘みたいな出来栄えだ。きょう作った矢のごとく、体調も気分も押し並べて悪く、訓練は進まないだろう、とキトリ自身でさえ諦めていた。

(あの男のせいだ)
 身体中に力が入ってしまうから、必要な部分に力が集中しない。弓を扱うだけの筋肉になればいいのだが、キトリにはできない。それもこれも。昨日の宴のせいだ。参加しなければよかった。起こるかどうかもわからない杞憂を心配して。あの時、称賛を目安にして参加してなければ、自分の心に少しはゆとりが持てただろうに。しかし、過去は改変できない。だから、キトリはこのまま、心に不満を抱えたまま生きるほかない。自分の失態として片づけたくないから、うわさに語られるあの男性に、全てをなすりつけて。
 百本作ったところで、今まで二十本を消費して、十三発命中した。これまでの成果からすれば、とてもよくできているし、よく命中したほうだ。最初の日などは全く当たらず、かの忌々しき男性の手助けでようやく一発だけ当たった形だし、次の日は五十発も外した上に、次に放った矢で的そのものを壊してしまった。きょうは特に的を壊してもいないし、普段よりも格別に当たりがいい。しかし、キトリはどうしても、完璧を求めてしまう。どうしても、この十三発の命中を、二十発の命中にしたい。百発百中にしたい。それもそのはず、今は稽古だから、練習だから許されるだけであって、実戦になった場合、一回の外しも許されない。だからこそ、キトリは自分の作業は責任を持ちたい。
 ここで、的をあの男と思って放つ、という妙案を思いつく。確かに彼は恩人であるが、後から知った事実はすさまじく気持ち悪く、キトリの警戒心を呼び起こさせるには決定的だった。さて、結果はいかなるや━━
 不意に、すべての筋肉が用を為さなくなっていく。心臓や肝臓、胃や小腸も追随して、すべての内臓が用を為さなくなっていく。これはあの時の感覚に似ている。的を壊してしまった、あの時のような……そのまま放てば、的をも壊す矢を放てる。しかし、今のキトリは知っている。
『自分には、この矢を放つ権利もあるし、放たない権利もある』と。
 今回は、矢を放たずにそっと戻す。すると、すべての筋肉たちが、血管たちが、内臓たちが、たちどころに機能を取り戻し、まるで春を迎えた植物のように、生き生きとし始めた。もう一度矢をつがえると、また肉体のほとんどが死を予知し始めた。キトリはそれがおかしくて、矢をつがえたり、つがえなかったりを繰り返し続けていた。気がついたらまた倒れていて、意識を取り戻した時に、肉体は宿屋にあった。

 この前だったら、巫女がそっと寄り添って看病してくれたはずなのに、今回は誰もいない。奇跡は何度も起こらない、知れていた事実をもう一度、キトリは噛み直す。━━キトリにとっての奇跡は、能力を持っているという事実だったが。
 誰もいない、若干のむなしさを乗り越えて、キトリは体を起こす。そして滑らかに、堅い床に足を落として、大木のように確かに立ち上がる。それからの動きは、特に決めていない。が、宿屋の前で、巫女たちが談笑しているところを聴いた。その内容次第だが、キトリは少し気になって、巫女のかたまりに対して耳を近づける。

「えー、一度は行ってみたらどう? 最近、ナヤリフスって名前の呪術師が人気でね……軽い悩みから死にそうになるような悩みまで、聞いてくれて、お薬まで出してくれるの!」
「なんか……異邦人? やだなぁ……」
「そんなふうに言って、生きてるうちに行かないと後悔するからね! 私言ったもん!」

 そして、周りの音が一瞬だけ死んだ。おそらく、あの男だ。先ほど、拒否をした方の巫女と、あの男が話している。少し怖がりながらも、キトリは情報収集のため、そちらも聴き始めた。

「ぁ、マイトさん。何か用事でもありますか?」
「先ほどの話を聞いていたが。ナヤリフス……どこかで聞いた名前だ。あいつは若干だが、怪しいところがあるからな。お前だけでも、用心してくれてよかったよ。もし、さっきまでの話がキトリに聞かれていたら、こう言っておいてくれないか? 俺はどうも、嫌われたみたいでな……」

 かすかな、風の音のような声。内容までは聞き取れなかった。

「いや、別に聞かれてなくても言っておいてほしい。でも、言伝で知ってしまう可能性もあるから、より釘を刺して警告しておいてほしい。頼めるか?」
「ぅん、わかりました。言伝、しておきますね」

 みょうに長い忠告が終わって、おどおどして怯えている巫女が、私のいる空間に接続する、扉の前までやって来た。それは、礼儀正しい拳の音とともに現れた。

「ぁ、キトリさん。先ほど、マイトさんから、言伝を受け取りました」
「こんにちは。向こうでしてたお話?」
「ぇえ。よろしいでしょうか?」

 何が言い渡されるだろうか。だいたいの内容は予想できるものの、キトリは少しだけ期待をして、次の言葉を待つ。

「『ナヤリフス=トテフという呪術師が、最近村の郊外……キトリの家の近くに店を作って、村の住人、特に若い女性からは好評らしいが。くれぐれも彼に近づいたり、あまつさえ彼に世話になってはいけない。渡す薬に対して、毒を混ぜているとの疑いも持たれている。繰り返すが、ナヤリフス=トテフに近づくな。もし彼に近づくなら、このカルライン=マイトの刃に斬られる覚悟をしろ。あと、これは忠告だが、海藻乗せ卵丼は栄養素的によくないらしい』」

 途中まで真面目に話を聞いていたのにも関わらず、最後の最後であの『キトリの完璧な食事』に対する侮辱までしてきた。キトリの中では、わかりたい気持ちとわかりたくない気持ち、あと部外者として怒りが乱入してきた。ちょうど、心の中で大乱闘が起こっている。
 ちょっと、名前が怪しいのはわかる。最近村の郊外に、やって来たところも怪しいのはわかる。しかもキトリの家の近くに店を作った、それも怪しい。若い女性に好評だから安全じゃない、のはわかる。薬も毒も近い存在だが、混ぜて隠しているならばとても怪しいし、そんな人間のもとに誰かを呼び込みたくないのもわかる。しかし。『キトリの完璧な食事』を侮辱した。訳知ってそうな口ぶりで。それだけが、ただそれだけの怒りが、キトリの中で繁殖し、檻を抜け出した。
 キトリの、ちょっとしたいたずら心が頭角を表す。決してマイトが憎いから、気持ち悪いからという理由ではない。ただの好奇心からだ。彼の死角を縫って、あの呪術師に会いに行ってみよう、と考えた。
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