惑星の止血〜私が、噴火を止めるんですか!?〜

仁川路朱鳥

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幕間4 汝の意志するところを行え

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RS.XXX743年 4月1日 曇 耳栓がほしいぐらい星が騒がしい

 実際に出向いてみないと、わからない部分がある。そう思って私は、ちょっとした登山用具を注文した。きちんとした道具を揃えようとすると、かなりの額がかかる。だから若干額を落として、少し安くて安全性に欠ける道具を買った。届くまで二日ほどかかる。これでもずいぶん、早くなった方だ。それに確実に届くのだから、古代の運送事情を考えるに、かなりの発展を遂げている。そのうち、注文して呼吸を一回する程度で届くようになるかもしれない。
 これ、経費で落ちるかな……史料集めの私も結構お金は使っているけど、他大陸の協力者、広報担当と整合性担当もかなり使っているはずだ。特に、広報担当は宣伝にかなり金をかけているし、整合性担当なんて六日前に情報機器が壊れて、親戚浪党に頭を下げてどうにか環境を整えたそうだし。フィスタフィラを使った集金も集まってはきたが、やはり研究者はなかなか増えない。私が、山に登るしかない……。
 注文を終えて少し、頭がさぼっている私の背中を、同居の男性が抱きしめ、ささやき掛けてきた。毎度思うが、やはり女性を誘惑する声をしている。

「資金問題も、人手問題も、私に頼ってくれればすぐに解決するのに……なぜ、私に頼ってくれないんだ? 私の愛を一瞬だけでも受け入れてくれたなら、お前の望みはすべて、すぐさま叶えてやれるのに……」

 ずいぶんと残念そうに、男性はため息をついてきた。いくら信仰が薄れてきたとはいえども、それだけの力があると証明しているような言葉だし、やはり神としての本能なのか、『頼ってほしい』と思っているようだ。それが、どれだけ邪であっても……

RS.XXX743年 4月3日 晴 星の声は聞こえない

 頼んでいた道具が届いた。きょうは珍しく男性は買い物に出かけていて、私一人きりで家にいる。道具が運送される時、入っていた箱の中に、一枚の広告が挿入されていた。
『孤児院の人手募集』だ。
 この孤児院は、ほとんどを募金で切り盛りしているが、それゆえに経済のあおりを受けやすい。求人の額だって、サーファン群地の最低賃金まっしぐらだ。それでもやりたい人間はやりたがるだろう……そして、これがいつしか必要になる、と強く感じた。
 ふだんは広告なんて割り折って捨てるところだが、この広告は手元に持っておいた。

 かの男性が探らないようなところ、統計的に探らなさそうな場所に広告を置く。それから私は、次に通うであろう教育機関の方針などを読みふける。どれも、どこに通っても一緒だ。例え種が、遺伝子が同じであったとしても、環境が違えば中身は容易に変わるはずなのに。現状の教育方針には、疑問しか抱けない。
 少し息を落ち着ける。思わず過呼吸になっていたらしい。私は自身の手首を握り、脈を確かめる。すると、あの男性が帰宅し、鈴も鳴らさずに部屋の中に入ってきた。分厚い金属の扉を開ける、その音すらなしに。
 彼は買ってきた食材を、冷蔵庫に規則正しく詰め込んだ。最も長持ちするように、最も味が引き立つような位置に。彼の料理はいつもていねいで、出来合いの惣菜や調味料(一緒に煮込むだけ、など)は一切使っておらず、香辛料を瓶単位で買ってくる。毎回手を変え品を変え、美味しい料理を作ってくれるので、その点に関しては心配していない。ただ、あまりにも美味しいとしか形容できないので小説として困るし、そういう違法薬物でもこっそり、混ぜられているかも? という心配はある。
 買い物袋の底まで詰められていたはずの、要冷蔵の食材はすべて入れられた。彼は私の座る椅子の、背もたれに触れ、後少しで肩に触れるであろう場所の前で、手を落ち着かせる。それから、このように語りかけた。

「ただいま。勉強でもしていたのか? 私が教えられる範囲なら、いくらでも質問してくれて構わないが」
「教育機関、次はどこに行こうかなって思ってて……」
「お前は何かにひれ伏さないと勉強もできないのか?」
「そう言われて思えば、私が教育機関に求める物は『証明』ぐらいです。どこそこの機関で教育を受けた、期間と成績と身分の証明だけで。勉強なんて、したいときにできればいいんですよ」

 男性は口を閉ざした。おそらく、『よくわかっているな』という、静かな肯定だろう。どれだけ熱心に打ち込んだとして、それで賞など取ったところで、日常に活かせなければただ『資格を取った証明』しか残らないのだから。という弁明は置いておいて、まるで男性が『私が勉強を教えてやる』とでも言わんばかりに、その場を動かない。これはもしかしなくとも、何か聞かないと動いてくれない状況だろう。放置すれば、夕飯を作ってもらえなくなるかもしれない。
 どのように男性が答えるかは考えず、鼻先の生存欲と、手元に転がされた知識欲から、私は『すでに科学によって分かり切っている』質問をした。

「というわけで質問しますが、どうして噴火は起こるんですか?」

 男性は少し気怠げにしつつも、『科学的』でない方面の回答をしてきた。

「惑星、つまりお前の住んでいるこの星の中には、触れれば骨まで溶けるような熱い、熱い血液が流れている……人間はそれを、『溶岩』と呼んだ。逃げ惑っては、新しい大地の誕生に喜んで。まるで女性の、月経に対する態度のように……」
「あの、私の質問は噴火の話ですよね? どうしていきなり生理の話になるんですか?」
「瀉血治療って、知ってるか?」

 ああ、それなら中世の治療法の……一種の症例には効能のある治療法で……と私は脳から出して、喉から言いかけたところで。
 ふと、私は冷たい感覚を感じた。それは暖かな首へと、喉元へと当てられ、脅迫のような意味合いを持っていた。金属製の針が、今か今かと鮮血を求めているようだった。かつて大地の一部だったそれは、凶器となり、飢えによって暴れる獣のように口を開け、体の中だと思って駆け回る血を轢き殺そうとしている。鋭角が、柔らかな血管のそばに置かれた。『ここから少しでも動いたり、話したりしたら命はないぞ』と説明するように。

「一般的な神であるならば、子たる人々が知識を得ようとするときに喜ぶだろう。だが、邪な神は……深淵の知識に到達させない、許さない……」

 海底からの贈り物のような声で、男性がささやく。唾も飲めないこの状況で、私は呼吸すら意識下に置けず、ただ生きるためだけに意識を割いていた。きっと、これが古代の信仰だろう。当たり前にある空気すら断って、限界まで一つだけに絞り込めば、神秘体験の一つや二つ、していてもおかしくない。
ひとしきり脅しきって満足したからか、針は取り除かれ、私の気道は解放された。

「『ミファース=キトリ』……その仮説が、仮置きの衛星が、お前たち人間の大局に影響しなければいいんだがな」

 呟く男性からは、いつになく哀愁を感じた。

RS.XXX743年 4月4日 晴 星の声めちゃくちゃうるさい

 道具が届いたので、早速例の山に登ると決めた。今、電車の中に私は存在している。一昔前の電車は、大きな音を立てて走っていた。そのせいで、周りの状況を把握できなくなってしまう。なので、線路の近隣に住む人はいなかった。しかし技術も発展した現代では、電車は音を立てず走る。そのおかげで住宅地の敷地問題が少しだけ解決した。それでも人身事故は起こる。音を立てず走るせいで、注意していないと轢かれてしまうから。技術が進んだと言えば響きはいいが、その裏側で流された血を思うと、どうにも微妙な気持ちになる。
 そして、同居している男性も、ついてきている。『駅弁なんて何が入っているかわからない、私が作った方が安全だろう?』という、過保護な親のような理由で弁当を作られた。弁当は三段で、私の腹部と同じくらいの大きさの箱となっている。ちょうど、ご飯をいただくには最適の時間になった。開ける。

 栄養とにおいの均衡の取れた、非常に腕の良い弁当だった。
 一段目に配置されていた料理の、点呼を取る。彼の得意料理である甘い卵焼きはもちろん、ぱらぱらとほぐされた焼き魚の粉に、油豆の液で味付けされた野菜の煮物。よく蒸された袋穀物の上に、煮魚が乗っている。魚から無理矢理出された出汁が、袋穀物に吸収されている。その結果、両者が美味しくなっている。ここは小さな喜びが踊る場所。
 二段目に配置されている料理は、より重たく、食欲をそそる面子だ。店でよく売ってる惣菜を使わず、すべて自宅で揚げられた魚と、芋の塊。手作業で丸められた、肉汁ほとばしる球状の肉。鳥の最も希少な部位を使った蒸し鳥。たんぱく質の楽園だ。そればかりでは胃がもたれるだろうと思われたのか、こぼれないよう密封された、円形の容器が中に入っている。私の片手でぎりぎり覆えるほどの直径の中には、薄い塩気のする汁が入っていた。汁の中には海藻と貝類が混入され、全体的に油豆の絞りかすが入っていた。
 三段目には……おそらく、食後に食べてもらいたい類の料理が入っていた。どれもこれも甘いにおいがするが、においだましであり、実際は控えめなくらいだ。螺旋牛の濃縮乳を用いた、夢のような心地で溶ける砂糖菓子のような……とにかく、菓子。あとは単純な砂糖菓子が星のようにあるが、糖尿病に罹患しないように、どれも意外と甘さは控えめに作ってある。

 いつもなら長く感じる電車の中の時間だが、この男性といると、あっという間に過ぎてしまう。彼は、自分が作った料理が、誰かの口に運ばれて、咀嚼される……唾液と混ぜられるところを聞いていると、とても幸せそうにする。不思議な人間性である、例え人間でなかったとしても。そして、味を確かめる段階で満足したか、あるいは『私はご飯なんか食べなくても生きていける存在です』と言いたいからか、彼は弁当の中身に一切、手をつけなかった。自分で作ったはずの、料理に。

「どうして一緒に食べないんですか? 美味しいのに……」
「お前が喜んでくれるから、美味しいと言ってくれるから、私は嬉しい……私がいただくのは、残り物だけでいい。お前が腹を満たすまで、聞き届けてやるから……」

『ただ待つだけが、愛を証明する』。そのように学習してしまったようだ。彼は、食事の楽しさという概念を理解していない、もしくは理解していてわざと、そうしている可能性がある。食事の楽しさとは、一般的に食卓で交わされる、落ちのない話や、ちょっとしたいたずらな冒険の話、夢で聞いた話など。料理の味自体よりも優先されるべきは、話題である。
 まるで祈るように、私の咀嚼音は聞かれ、守られている。私が、最後に残った砂糖菓子を口の中に入れ、溶けるまで、この二人がけの席には静寂があった。男性は私の方を向いて、その聖母のような微笑みで、私の眠気を受け入れた。

 起きた頃には、終点についていた━━元ラヴァラサ村の火山に最も近い駅。現在の休火山を登るなら、最も最適な始点へ━━

「すべての男女は星である、なんて言論は古すぎる。今、それを言うのであれば、『すべての存在は星である』と言い換えた方が適切だ」

 この男性は一体、何を言っているのだろうか。私は何も言えず、ただ彼の言葉を聞くだけにした。

「星は人間の意志を表す。ここ最近、ずっと星がせめぎ合う声が聞こえるだろう?」

 それとこれは若干話が違う。天気の話によく『星の声』が取り沙汰される理由としては、星の声がうるさくて、うるさくてうるさくて仕方がない時には、どこかで星が爆発して、誰もが知らない感覚を経験すると言われている。しかし、ここ最近の星の声は風のように気まぐれで、法則性を割り出させてくれない━━何かが、おかしい。私は天気に関しては門外漢なので、何も言えない。その沈黙の中を、彼の言葉が犯す。言葉は、あの物語……私たちが研究している民話・神話の少し後に作られた、言い伝えだ。

「『星辰が揃う夜は、過去に出会う』」

 くるくると片足を軸にし、数秒ともたず体勢を崩し、もう片足で地面を蹴って、また回り始める。そのような滑稽な踊りを繰り返す男性は━━正気を削らんとするばかりの、魅惑的な声で。女性がすぐさま飛びつき、男性はひれ伏せて愛を待つような、儀式的で神々しい声で、臓腑の底から絞り出させるような恐怖を宿した声で、開いた肋骨に数学を覚えさせるような声で、脳髄に宇宙を孕んだような声で。██████████は私に囁いた。
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