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スカーレットを殺した者達の場合【sideなし】
3
四人の意識は同時に目覚めた。目の前に広がるのは、冷たく暗い空間。まるで夢のような、しかしどこか現実感のある場所だった。
さっきのは夢……?
ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。朧気ながら思い出した。
自分達が今、どこにいるのかを思い出した。
ここは……地獄。いわれのない罪で落とされたのだ。
その後、閻魔という少女とサタンという男が現れた。
無慈悲で残忍な性格。人の命を軽視している二人。
ふと意識がはっきりすると、自分たちがまだ棺桶の中にいることに気づく。閉じられた針の扉が、今まさに閉まろうとしている。
そして、扉を閉めるのはスカーレット。
さっきの出来事が夢だったとしても、一度ならず二度までもスカーレットの手によって殺されるなど屈辱でしかない。
だが、何を言ってもスカーレットには聞こえていなかった。彼女は無表情で、まるで何も見えていないかのように淡々と扉を閉めていく。
その扉が閉まる音とともに、消えない痛みが体全体に広がっていく。まるで先ほどの出来事が現実であったことを、体が証明しているかのようだった。
そしてまた、死が訪れる。
気がつくと同じ光景だけが視界に映る。
棺桶の中にいて、扉を閉めるスカーレット。無数の針が恐怖を煽り、癒えた体と消えない痛みを抱えたまま、何度も死んでいく。
胸の奥に鋭い痛みが走り、何度も繰り返される悪夢のように、その記憶が鮮明に蘇る。
「もうやめてくれ」
誰が呟いたのか。威勢の良さはなく、懇願していた。ずっと見下し、嘲笑ってきたスカーレットに。
何度も繰り返される死。体だけでなく心までもが壊れかける。
「スカーレット……」
そう呟いたが、スカーレットにはその声は届かない。届くはずがないのだ。そこにスカーレットはいないのだから。
サタンによって作り出された幻。実際には扉は、一人でに閉まっているだけ。閉じ込められた者の絶望だけが、空間に満ちていく。
「つまらぬ!!」
高みの見物をしていた閻魔は叫んだ。
変わり映えもなく、同じように殺される様が、閻魔は退屈だった。
「つまるもつまらないもない。地獄に落ちた人間はまず一年間、ああして……」
「そのルールがつまらんと言っておるのだ。妾を管理者にしたのなら、妾のやり方に任せよといつも言っておるだろう」
さっきはサタンに任せたのに、裁きのやり方はいつもと変わらず、退屈なものだった。閻魔はそのことに反発する。
それさえも、いつものこととはいえ、久しぶりに落ちてきた烙印者に閻魔の心もわくわくしていたのだ。
最後に落ちてきたのは二百四十年前。それ以降は一人も落ちてくることはなく、今いる烙印者に裁きを与えるだけ。
長くやり続けると、烙印者の反応もいまいちで閻魔はすっかり興味をなくし全てをサタンに任せていた。
「閻魔の手をあんな薄汚れたゴミで穢したくはない」
サタンの瞳はいつも冷たく鋭いが、閻魔を前にしたときだけは熱を帯びる。彼の冷徹な瞳に宿るその熱は、誰にも見せたことのない感情の証だった。
その表情も僅かに綻び、どれだけ閻魔が特別かがわかる。
閻魔と共に過ごす時間が増えるにつれて、自分の中に芽生えた感情の正体に気づき始めた。地獄にそぐわない感情は、サタンの中で不思議な光を放つ。
烙印者ではあるものの、人間と関わるようになったことにより、感情の正体にたどり着いた。
それは、好意。
地獄の冷たい闇の中で、サタンだけが感じる温かな光。閻魔への純粋な想いだった。
だが、サタンはその想いを口にすることはない。実らないとわかっているからだ。
「はぁ……。ほどほどにしてくれ」
一瞬たりとも逸れることのない瞳に根負けしたサタンは、裁きを閻魔に一任した。
結局、サタンは閻魔に対して甘かった。好かれたいとか、そんな邪な考えはなく、ただ……閻魔が望むことは全て叶えたい。それだけ。
許可を得た閻魔は棺桶から四人を引っ張り出した。
死からの解放。喜ぶよりも先にスカーレットを探す。
リックフォードは荒れ狂う嵐のように叫んでいた。
「どこにいる、クソアマ!!隠れてないで出てこい!!」
その言葉は紳士の面影を全く感じさせず、怒りの炎に彼自身が飲み込まれているようだった。
だが、彼の目の前には、静かに微笑む閻魔が立っている。しかしリックフォードはその存在に気づかず、怒りだけが彼の心を支配していた。
たかがそんなことで、目くじらを立てるほど、閻魔の器は小さくはない。
ただ、どうやって絶望に突き落とせば楽しいか。それだけしか頭にないのだ。
通常、烙印者は一人か多くても二人で落ちてくる。しかし、今回のケースは違った。四人もの烙印者が同時にこの地獄に落ちてきたのだ。
前代未聞の出来事ではあるが、同時に、この地獄が面白くなる予感しかなかった。
「やはり、これが一番だな」
閻魔はそう呟きながら、腰に携えた鏡を取り出した。
業鏡。
それは地獄を管理する者だけに許された特別な鏡であり、地獄に落ちた者の人生の秘密を映し出す不思議な鏡。
誰もが隠している秘密を暴き出し、その魂の真実を映し出す力を持っている。
閻魔は知っているのだ。こういう人間こそ、他人に知られたくない秘密を隠していることを。
決して他者に知られてはならない、胸の奥底に鍵をして隠しておかなければならない秘密。
閻魔は長い時を経て知ったのだ。
“秘密”
他人に知られてはならないもの。それが人間を最も脆く、そして最も愚かにすることを。
その秘密が露見したとき、固く結ばれた絆は解かれ、愛や信頼などといった目に見えないものは崩れ去る。
人間の複雑な感情が絡み合い、壊れる瞬間は何度見ても飽きることがなかった。
ずっと地獄で生きる閻魔にとって、これは娯楽。退屈しのぎでしかない。
彼らが秘密を暴かれ、愛や信頼の絆が壊れる瞬間、その醜い姿を楽しむのが唯一の楽しみだった。
業鏡がまず最初に映したのはミュル。付き合っていた彼氏に暴力を振るわれている様子だ。
それはとても悲惨で、見る者の胸を締め付け、深い同情を呼び起こす。
大丈夫。ミュルは自分に言い聞かせた。映し出された映像は真実で、この後に起こる出来事は許されるべきものである。自己防衛、我が身を守るための正当な行為だった。
心の奥底から湧き上がる不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、ミュルは冷静さを保とうと必死だった。悪いのは自分ではない。自信を持ってそう言えるのに、冷や汗は止まらず、心臓の鼓動はやけに大きく響いた。
緊張と恐怖が思考を支配する。
大丈夫と言い聞かせているうちに、ヴェレーノを使ってじわじわと彼氏を毒殺する場面へと映り変わっていた。
貴族であるリックフォードやラージーが、毒草でもあるヴェレーノについて知っているはずはないが、何かがおかしいということだけはわかる。
こんなにも尽くしているのに、症状は悪くなる一方。
極めつけは、寝る間も惜しんで看病をしていた彼氏が亡くなったのに、その表情は悲しみに暮れるどころか、澄み切った青空のように晴れやかだった。ようやく死んでくれたことを、喜ぶかのように。
「お前、まさか……」
ラージーから疑いの眼差しが向けられる。
「ち、違うわ!!あなただって知っているでしょう!?私は慈愛に満ちた人間だって。初めて付き合った人が亡くなって、気が動転していただけよ!!」
ミュルを信じていたのは、実際の場面を見ていなかったからだ。
嘘を言わずに、都合の良いように変換された言葉は、非道な殺人者を哀れな女性へと変えた。
必死に説得しようとするも、離れつつある心は取り戻せない。
だが、ミュルの秘密はこれだけでは終わらなかった。
伯爵家に迎え入れられ、ラージーとの間に生まれた娘にイオスの果汁を飲ませた。毎日のように、朝から晩まで。
言い逃れは出来るはずだった。ルビアにさえ、イオスの実のことは話していないから。
健康になるための実だと、嘘をつけばそれで終わり。
でも、業鏡は真実を映し出す。それはつまり、本心さえも映すということ。
自分が特別扱いされたいがために、生まれてきた我が子に毒を摂取させ続け、その結果。ルビアは余命宣告を受けた。
「ふ……ふざけんじゃないわよ、ババア!!あんたのせいで私は……!!」
ルビアの怒号が広く暗い地獄に響いた。
「違うのよ、ルビア。これは……」
慌てて弁解しようとルビアに伸ばした手を振り払い、蹴り飛ばしたのはリックフォード。
お姫様を守るかのように、腰に手を回しグッと抱き寄せた。
「汚い手でルビアに触るな。下衆が」
冷たく見下すその瞳に、ミュルは愕然とした。
ずっと愛してきた。愛しい我が娘を。惜しみなく愛情を注ぎ育ててきた最愛の娘から向けられる、殺意が渦巻く視線はミュルの心を引き裂いた。
愛らしい笑顔で「お母様」と呼んでくれていた娘の面影が消える。ルビアの歪んだ表情は、愛らしいとは程遠い。
ミュルは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
心の奥底に隠された秘密が次々と暴かれていく。ミュルはもう一つの真実が明るみに出ることを恐れていた。胸の奥で何かが締めつけられ、息苦しさを覚えた。
もう隠し通せないのであれば、バレてしまった罪だけでも認めてしまおうと決意した矢先。
誰にも知られてはいけない真実が映し出されてしまったのだ。
病に蝕まれ、苦しむカメリアの顔を見て、ミュルはハンカチに水を含ませ、彼女の口元にそっと当てる。カメリアの呼吸は徐々に浅くなり、数分のうちに静かにその命を終えた。
その瞬間、ミュルの美しい顔に握り締められた拳がたたきつけられた。
突然のことにミュルの体は飛び、殴ったのがラージーであるとわかったのはすぐのことだった。
倒れたミュルに馬乗りになったラージーは気の済むまで拳を振り下ろした。顔が腫れ上がる頃に気持ちは落ち着きを取り戻す。
ミュルは地面に倒れたまま、息を切らしていた。涙が溢れる。
暴力を振るわれたことが怖かったのではなく、自分を殴っていたラージーの表情が、そう……。怒りに満ちていたのだ。
なぜ?
その疑問はたった一つの可能性を浮かび上がらせた。
ミュルやルビアを愛していると言いながらも、その心には未だカメリアが存在している。
屈辱だった。とっくの昔に死んだ醜い前妻が、美しい自分より愛されていることが。
一つの絆が壊れたことにより、他の絆にも綻びが生じる。
その様子を見て閻魔の瞳はキラキラと輝いている。苦しみを待ち望んでいたかのように、その瞳は喜びに満ちていた。
そんな閻魔を見て、サタンは柔らかく微笑む。
さっきのは夢……?
ぼんやりとした頭で辺りを見渡す。朧気ながら思い出した。
自分達が今、どこにいるのかを思い出した。
ここは……地獄。いわれのない罪で落とされたのだ。
その後、閻魔という少女とサタンという男が現れた。
無慈悲で残忍な性格。人の命を軽視している二人。
ふと意識がはっきりすると、自分たちがまだ棺桶の中にいることに気づく。閉じられた針の扉が、今まさに閉まろうとしている。
そして、扉を閉めるのはスカーレット。
さっきの出来事が夢だったとしても、一度ならず二度までもスカーレットの手によって殺されるなど屈辱でしかない。
だが、何を言ってもスカーレットには聞こえていなかった。彼女は無表情で、まるで何も見えていないかのように淡々と扉を閉めていく。
その扉が閉まる音とともに、消えない痛みが体全体に広がっていく。まるで先ほどの出来事が現実であったことを、体が証明しているかのようだった。
そしてまた、死が訪れる。
気がつくと同じ光景だけが視界に映る。
棺桶の中にいて、扉を閉めるスカーレット。無数の針が恐怖を煽り、癒えた体と消えない痛みを抱えたまま、何度も死んでいく。
胸の奥に鋭い痛みが走り、何度も繰り返される悪夢のように、その記憶が鮮明に蘇る。
「もうやめてくれ」
誰が呟いたのか。威勢の良さはなく、懇願していた。ずっと見下し、嘲笑ってきたスカーレットに。
何度も繰り返される死。体だけでなく心までもが壊れかける。
「スカーレット……」
そう呟いたが、スカーレットにはその声は届かない。届くはずがないのだ。そこにスカーレットはいないのだから。
サタンによって作り出された幻。実際には扉は、一人でに閉まっているだけ。閉じ込められた者の絶望だけが、空間に満ちていく。
「つまらぬ!!」
高みの見物をしていた閻魔は叫んだ。
変わり映えもなく、同じように殺される様が、閻魔は退屈だった。
「つまるもつまらないもない。地獄に落ちた人間はまず一年間、ああして……」
「そのルールがつまらんと言っておるのだ。妾を管理者にしたのなら、妾のやり方に任せよといつも言っておるだろう」
さっきはサタンに任せたのに、裁きのやり方はいつもと変わらず、退屈なものだった。閻魔はそのことに反発する。
それさえも、いつものこととはいえ、久しぶりに落ちてきた烙印者に閻魔の心もわくわくしていたのだ。
最後に落ちてきたのは二百四十年前。それ以降は一人も落ちてくることはなく、今いる烙印者に裁きを与えるだけ。
長くやり続けると、烙印者の反応もいまいちで閻魔はすっかり興味をなくし全てをサタンに任せていた。
「閻魔の手をあんな薄汚れたゴミで穢したくはない」
サタンの瞳はいつも冷たく鋭いが、閻魔を前にしたときだけは熱を帯びる。彼の冷徹な瞳に宿るその熱は、誰にも見せたことのない感情の証だった。
その表情も僅かに綻び、どれだけ閻魔が特別かがわかる。
閻魔と共に過ごす時間が増えるにつれて、自分の中に芽生えた感情の正体に気づき始めた。地獄にそぐわない感情は、サタンの中で不思議な光を放つ。
烙印者ではあるものの、人間と関わるようになったことにより、感情の正体にたどり着いた。
それは、好意。
地獄の冷たい闇の中で、サタンだけが感じる温かな光。閻魔への純粋な想いだった。
だが、サタンはその想いを口にすることはない。実らないとわかっているからだ。
「はぁ……。ほどほどにしてくれ」
一瞬たりとも逸れることのない瞳に根負けしたサタンは、裁きを閻魔に一任した。
結局、サタンは閻魔に対して甘かった。好かれたいとか、そんな邪な考えはなく、ただ……閻魔が望むことは全て叶えたい。それだけ。
許可を得た閻魔は棺桶から四人を引っ張り出した。
死からの解放。喜ぶよりも先にスカーレットを探す。
リックフォードは荒れ狂う嵐のように叫んでいた。
「どこにいる、クソアマ!!隠れてないで出てこい!!」
その言葉は紳士の面影を全く感じさせず、怒りの炎に彼自身が飲み込まれているようだった。
だが、彼の目の前には、静かに微笑む閻魔が立っている。しかしリックフォードはその存在に気づかず、怒りだけが彼の心を支配していた。
たかがそんなことで、目くじらを立てるほど、閻魔の器は小さくはない。
ただ、どうやって絶望に突き落とせば楽しいか。それだけしか頭にないのだ。
通常、烙印者は一人か多くても二人で落ちてくる。しかし、今回のケースは違った。四人もの烙印者が同時にこの地獄に落ちてきたのだ。
前代未聞の出来事ではあるが、同時に、この地獄が面白くなる予感しかなかった。
「やはり、これが一番だな」
閻魔はそう呟きながら、腰に携えた鏡を取り出した。
業鏡。
それは地獄を管理する者だけに許された特別な鏡であり、地獄に落ちた者の人生の秘密を映し出す不思議な鏡。
誰もが隠している秘密を暴き出し、その魂の真実を映し出す力を持っている。
閻魔は知っているのだ。こういう人間こそ、他人に知られたくない秘密を隠していることを。
決して他者に知られてはならない、胸の奥底に鍵をして隠しておかなければならない秘密。
閻魔は長い時を経て知ったのだ。
“秘密”
他人に知られてはならないもの。それが人間を最も脆く、そして最も愚かにすることを。
その秘密が露見したとき、固く結ばれた絆は解かれ、愛や信頼などといった目に見えないものは崩れ去る。
人間の複雑な感情が絡み合い、壊れる瞬間は何度見ても飽きることがなかった。
ずっと地獄で生きる閻魔にとって、これは娯楽。退屈しのぎでしかない。
彼らが秘密を暴かれ、愛や信頼の絆が壊れる瞬間、その醜い姿を楽しむのが唯一の楽しみだった。
業鏡がまず最初に映したのはミュル。付き合っていた彼氏に暴力を振るわれている様子だ。
それはとても悲惨で、見る者の胸を締め付け、深い同情を呼び起こす。
大丈夫。ミュルは自分に言い聞かせた。映し出された映像は真実で、この後に起こる出来事は許されるべきものである。自己防衛、我が身を守るための正当な行為だった。
心の奥底から湧き上がる不安と恐怖に押し潰されそうになりながらも、ミュルは冷静さを保とうと必死だった。悪いのは自分ではない。自信を持ってそう言えるのに、冷や汗は止まらず、心臓の鼓動はやけに大きく響いた。
緊張と恐怖が思考を支配する。
大丈夫と言い聞かせているうちに、ヴェレーノを使ってじわじわと彼氏を毒殺する場面へと映り変わっていた。
貴族であるリックフォードやラージーが、毒草でもあるヴェレーノについて知っているはずはないが、何かがおかしいということだけはわかる。
こんなにも尽くしているのに、症状は悪くなる一方。
極めつけは、寝る間も惜しんで看病をしていた彼氏が亡くなったのに、その表情は悲しみに暮れるどころか、澄み切った青空のように晴れやかだった。ようやく死んでくれたことを、喜ぶかのように。
「お前、まさか……」
ラージーから疑いの眼差しが向けられる。
「ち、違うわ!!あなただって知っているでしょう!?私は慈愛に満ちた人間だって。初めて付き合った人が亡くなって、気が動転していただけよ!!」
ミュルを信じていたのは、実際の場面を見ていなかったからだ。
嘘を言わずに、都合の良いように変換された言葉は、非道な殺人者を哀れな女性へと変えた。
必死に説得しようとするも、離れつつある心は取り戻せない。
だが、ミュルの秘密はこれだけでは終わらなかった。
伯爵家に迎え入れられ、ラージーとの間に生まれた娘にイオスの果汁を飲ませた。毎日のように、朝から晩まで。
言い逃れは出来るはずだった。ルビアにさえ、イオスの実のことは話していないから。
健康になるための実だと、嘘をつけばそれで終わり。
でも、業鏡は真実を映し出す。それはつまり、本心さえも映すということ。
自分が特別扱いされたいがために、生まれてきた我が子に毒を摂取させ続け、その結果。ルビアは余命宣告を受けた。
「ふ……ふざけんじゃないわよ、ババア!!あんたのせいで私は……!!」
ルビアの怒号が広く暗い地獄に響いた。
「違うのよ、ルビア。これは……」
慌てて弁解しようとルビアに伸ばした手を振り払い、蹴り飛ばしたのはリックフォード。
お姫様を守るかのように、腰に手を回しグッと抱き寄せた。
「汚い手でルビアに触るな。下衆が」
冷たく見下すその瞳に、ミュルは愕然とした。
ずっと愛してきた。愛しい我が娘を。惜しみなく愛情を注ぎ育ててきた最愛の娘から向けられる、殺意が渦巻く視線はミュルの心を引き裂いた。
愛らしい笑顔で「お母様」と呼んでくれていた娘の面影が消える。ルビアの歪んだ表情は、愛らしいとは程遠い。
ミュルは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
心の奥底に隠された秘密が次々と暴かれていく。ミュルはもう一つの真実が明るみに出ることを恐れていた。胸の奥で何かが締めつけられ、息苦しさを覚えた。
もう隠し通せないのであれば、バレてしまった罪だけでも認めてしまおうと決意した矢先。
誰にも知られてはいけない真実が映し出されてしまったのだ。
病に蝕まれ、苦しむカメリアの顔を見て、ミュルはハンカチに水を含ませ、彼女の口元にそっと当てる。カメリアの呼吸は徐々に浅くなり、数分のうちに静かにその命を終えた。
その瞬間、ミュルの美しい顔に握り締められた拳がたたきつけられた。
突然のことにミュルの体は飛び、殴ったのがラージーであるとわかったのはすぐのことだった。
倒れたミュルに馬乗りになったラージーは気の済むまで拳を振り下ろした。顔が腫れ上がる頃に気持ちは落ち着きを取り戻す。
ミュルは地面に倒れたまま、息を切らしていた。涙が溢れる。
暴力を振るわれたことが怖かったのではなく、自分を殴っていたラージーの表情が、そう……。怒りに満ちていたのだ。
なぜ?
その疑問はたった一つの可能性を浮かび上がらせた。
ミュルやルビアを愛していると言いながらも、その心には未だカメリアが存在している。
屈辱だった。とっくの昔に死んだ醜い前妻が、美しい自分より愛されていることが。
一つの絆が壊れたことにより、他の絆にも綻びが生じる。
その様子を見て閻魔の瞳はキラキラと輝いている。苦しみを待ち望んでいたかのように、その瞳は喜びに満ちていた。
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