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第一章
これは王命である
執事が慌ててお父様に来客を知らせた。
プライドだけは一人前だったから荒れた姿を見せるわけにはいかず、壁を蹴ったあと玄関へと向かう。
小物感を出すことを忘れずに、息子二人を引き連れて。
会話の内容は筒抜けだったため、訪問者が誰かわかっている。
ニコラを残して行くのはいいけど、一人にするのは忍びない。
ラード卿がいてくれるのだから一人という表現は間違っているかもしれないけど。それでも部屋にニコラしかいないなら心細さはある。
本人の意志を確認すると、私がいてくれるなら怖くないと。
そんな可愛いことを言われたら命に代えても守らなくてはと使命感が強くなる。
ウォン卿とラード卿に挟まれながら玄関ホールに着いた。
「お疲れのところ申し訳ございません。殿下よりお手紙を預かって参りました」
私を見るやいなや、礼儀を尽くしてくれる。
お父様達とそんなに時間差がなかったから、酷い罵声は浴びせられてないようね。
「ご苦労様。カル」
このやり取りから察してくれたようだけど、カルは私に会いに来た。
なぜお父様は王族に関係する人が尋ねて来ると、自分に会いに来たと勘違いするのかしら?
カルから差し出されたのは、下町に売っている子供向けの便箋。
私のためにわざわざ買ってくれたにしては、ちょっと子供っぽすぎる。
ディーの趣味にも合わない。
お使いを誰かに頼んだのなら説明はつくけど、アカデミーに入学する歳でこれは幼すぎる。
だとするとこれは、子供のときに買ったもの。
手紙の内容は読まなくてもわかる。
生い立ちのせいもあり、書いた手紙が私の手に届くことはなかった。
きっとずっと、誰にも見つからないように隠されていたのだろう。
冗談のつもりだったのに本当に届けてくれるなんて。本人から手渡されたかったと思うのは高望みしすぎかしら。
「返事を持って帰ればディーに褒められたりする?」
「それはもう大袈裟なほど。ですがアリアナ様。もし良ければ直接お渡しになってはいかがでしょう」
「それもそうね」
受け取ったディーの反応を見られるのなら、それも悪くない。
これは後で読むとして、カルの持っているもう一通が気になる。
穏やかに微笑むカルは屋敷の全員を1階ホールに集めた。
怒りを抑えきれていないお父様は私から一番遠い距離。
危険人物扱いされている。
渋々揃った使用人をグルリと見渡す。ちゃんといるか数えている。
柄にもなく緊張しているカルは咳払いをして、手紙を読み上げた。
難しい内容ではない。
ローズ家の料理人を王宮に引き抜く。たったそれだけ。
実は今日、ディーに自慢をした。
料理長の作る料理はどれも絶品で、特に私の好物でもあるアップルパイはほっぺたが落ちるほどだと。
それを聞いたディーが是非、作りたてを食べたいと言った。レシピがあれば同じ物を作れるわけでもなく、それなら本人を引き抜いてしまおうという王族らしい発想。
これがディーだけの思いつきなら反論の余地はあった。引き抜き許可をしたのは他でもない陛下。
これは紛れもなく王命。逆らうことは許されない。
侯爵家の料理人を引き抜くにあたって、次に料理人を雇うときは給料は全額負担してくれる。
お父様も意地になり要求を拒もうとするも虚しく「侯爵の口に合う料理を作る者を雇えばいいのでは?」とカルの純粋且つ素朴な疑問に空気が凍りついた。
数人はお腹を抱えて笑いたいでしょうね。ヨゼフは流石と言ったところね。表情がピクリともしない。
ニコラは深刻さを装ってはいるけど笑いたいのがバレバレ。
騎士の二人は潔く背を向けた。それでも笑っていないのだから流石だ。
他の人はとばっちりを受けないように傍観者を決め込む。
考えの足らないヘレンはまたしてもカルと言い争う。
料理長達が王宮御用達になったのなら、ここにいるのはおかしいと。
陛下は引き抜くことを許可しただけ。実行したのは私の婚約者であるディー。
これだけでも十歳の子供は理解する。
私が食事に困らないようにディーが私専属の料理人になるよう命令した。つまり彼らは、私のためだけに料理を作ることが義務付けられたのだ。
王命に背けば処刑まではいかなくても牢獄に幽閉、あるいは国外追放…は、やりすぎか。料理人としての地位を失い路頭に迷う。
優しいディーが本当にそんなことをするわけがないけど、何事にも建前は必要なのだ。
特にこの、常識が通用しない相手にはわかりやすい罰を用意しなくては。
カルが手紙を読み終えると料理人は皆、私のために腕を奮ってくれると誓ってくれた。
予想外の出来事にお父様は頭の血管が切れそうなほどの怒りに取り憑かれている。
危険を察知したラード卿はすぐさまニコラ達を部屋へと避難させる。
カルの前で失態を犯し、噂が広がることを恐れカスト達はお父様を無理やり連れて行く。
主もいなくなり、使用人達も混乱しながら立ち去った。
「今日はありがとう」
こんなことに護衛騎士を使いっ走りにする辺り、ディーには信頼できる味方がいないんだ。
せめて暗部だけでもディーの味方となってくれると心強い。
今頃ディーは、敵しかいない王宮で一人。すぐにでもカルを帰さないと。
「何がですか?お礼を言われるようなことはしていません」
今日の見送りはいいと。
主君の婚約者と二人きりになるのを避けている。
気を遣って距離を取ってくれているもウォン卿だっている。完全に二人きりになることはない。
やましいことは何もないし、私とカルよりも、ディーとカルの仲を心配するべき。
ごく一部で二人の恋仲を妄想……連想する令嬢もいる。
あくまでも連想だけであって、本気で恋仲だと信じてる人はいない。
あげた装飾を付ける付けないは貰った本人の自由。敬愛する主君と同じ物を付けられる勇気は讃える。
騎士がお揃いの装飾を付けるのは婚約者や妻が普通。
それでもカルは付けてくれている。その理由はきっと、ディーを裏切らないという思いが込められている。
人柄は良く、思いやりも気配りも完璧。容姿も整っている。
恋人ぐらいいそうなのに浮いた話はない。
もしもカルに意中の相手がいないのならシャロンを進めてみようかな。
何だかんだ、お似合いよね。正義感が強い者同士。
プライドだけは一人前だったから荒れた姿を見せるわけにはいかず、壁を蹴ったあと玄関へと向かう。
小物感を出すことを忘れずに、息子二人を引き連れて。
会話の内容は筒抜けだったため、訪問者が誰かわかっている。
ニコラを残して行くのはいいけど、一人にするのは忍びない。
ラード卿がいてくれるのだから一人という表現は間違っているかもしれないけど。それでも部屋にニコラしかいないなら心細さはある。
本人の意志を確認すると、私がいてくれるなら怖くないと。
そんな可愛いことを言われたら命に代えても守らなくてはと使命感が強くなる。
ウォン卿とラード卿に挟まれながら玄関ホールに着いた。
「お疲れのところ申し訳ございません。殿下よりお手紙を預かって参りました」
私を見るやいなや、礼儀を尽くしてくれる。
お父様達とそんなに時間差がなかったから、酷い罵声は浴びせられてないようね。
「ご苦労様。カル」
このやり取りから察してくれたようだけど、カルは私に会いに来た。
なぜお父様は王族に関係する人が尋ねて来ると、自分に会いに来たと勘違いするのかしら?
カルから差し出されたのは、下町に売っている子供向けの便箋。
私のためにわざわざ買ってくれたにしては、ちょっと子供っぽすぎる。
ディーの趣味にも合わない。
お使いを誰かに頼んだのなら説明はつくけど、アカデミーに入学する歳でこれは幼すぎる。
だとするとこれは、子供のときに買ったもの。
手紙の内容は読まなくてもわかる。
生い立ちのせいもあり、書いた手紙が私の手に届くことはなかった。
きっとずっと、誰にも見つからないように隠されていたのだろう。
冗談のつもりだったのに本当に届けてくれるなんて。本人から手渡されたかったと思うのは高望みしすぎかしら。
「返事を持って帰ればディーに褒められたりする?」
「それはもう大袈裟なほど。ですがアリアナ様。もし良ければ直接お渡しになってはいかがでしょう」
「それもそうね」
受け取ったディーの反応を見られるのなら、それも悪くない。
これは後で読むとして、カルの持っているもう一通が気になる。
穏やかに微笑むカルは屋敷の全員を1階ホールに集めた。
怒りを抑えきれていないお父様は私から一番遠い距離。
危険人物扱いされている。
渋々揃った使用人をグルリと見渡す。ちゃんといるか数えている。
柄にもなく緊張しているカルは咳払いをして、手紙を読み上げた。
難しい内容ではない。
ローズ家の料理人を王宮に引き抜く。たったそれだけ。
実は今日、ディーに自慢をした。
料理長の作る料理はどれも絶品で、特に私の好物でもあるアップルパイはほっぺたが落ちるほどだと。
それを聞いたディーが是非、作りたてを食べたいと言った。レシピがあれば同じ物を作れるわけでもなく、それなら本人を引き抜いてしまおうという王族らしい発想。
これがディーだけの思いつきなら反論の余地はあった。引き抜き許可をしたのは他でもない陛下。
これは紛れもなく王命。逆らうことは許されない。
侯爵家の料理人を引き抜くにあたって、次に料理人を雇うときは給料は全額負担してくれる。
お父様も意地になり要求を拒もうとするも虚しく「侯爵の口に合う料理を作る者を雇えばいいのでは?」とカルの純粋且つ素朴な疑問に空気が凍りついた。
数人はお腹を抱えて笑いたいでしょうね。ヨゼフは流石と言ったところね。表情がピクリともしない。
ニコラは深刻さを装ってはいるけど笑いたいのがバレバレ。
騎士の二人は潔く背を向けた。それでも笑っていないのだから流石だ。
他の人はとばっちりを受けないように傍観者を決め込む。
考えの足らないヘレンはまたしてもカルと言い争う。
料理長達が王宮御用達になったのなら、ここにいるのはおかしいと。
陛下は引き抜くことを許可しただけ。実行したのは私の婚約者であるディー。
これだけでも十歳の子供は理解する。
私が食事に困らないようにディーが私専属の料理人になるよう命令した。つまり彼らは、私のためだけに料理を作ることが義務付けられたのだ。
王命に背けば処刑まではいかなくても牢獄に幽閉、あるいは国外追放…は、やりすぎか。料理人としての地位を失い路頭に迷う。
優しいディーが本当にそんなことをするわけがないけど、何事にも建前は必要なのだ。
特にこの、常識が通用しない相手にはわかりやすい罰を用意しなくては。
カルが手紙を読み終えると料理人は皆、私のために腕を奮ってくれると誓ってくれた。
予想外の出来事にお父様は頭の血管が切れそうなほどの怒りに取り憑かれている。
危険を察知したラード卿はすぐさまニコラ達を部屋へと避難させる。
カルの前で失態を犯し、噂が広がることを恐れカスト達はお父様を無理やり連れて行く。
主もいなくなり、使用人達も混乱しながら立ち去った。
「今日はありがとう」
こんなことに護衛騎士を使いっ走りにする辺り、ディーには信頼できる味方がいないんだ。
せめて暗部だけでもディーの味方となってくれると心強い。
今頃ディーは、敵しかいない王宮で一人。すぐにでもカルを帰さないと。
「何がですか?お礼を言われるようなことはしていません」
今日の見送りはいいと。
主君の婚約者と二人きりになるのを避けている。
気を遣って距離を取ってくれているもウォン卿だっている。完全に二人きりになることはない。
やましいことは何もないし、私とカルよりも、ディーとカルの仲を心配するべき。
ごく一部で二人の恋仲を妄想……連想する令嬢もいる。
あくまでも連想だけであって、本気で恋仲だと信じてる人はいない。
あげた装飾を付ける付けないは貰った本人の自由。敬愛する主君と同じ物を付けられる勇気は讃える。
騎士がお揃いの装飾を付けるのは婚約者や妻が普通。
それでもカルは付けてくれている。その理由はきっと、ディーを裏切らないという思いが込められている。
人柄は良く、思いやりも気配りも完璧。容姿も整っている。
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