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あの一歩が、すべてを変えた
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第一章:すれ違い
日曜日の午後、ショッピングモールは家族連れやカップルでにぎわっていた。
三階のスポーツ用品店でテニスラケットの新調を終えた**佐倉 結菜(さくら ゆいな)**は、颯爽とエスカレーターに乗った。すらりと伸びた脚にショートパンツ、ジャージの上からでもわかる抜群のプロポーション。高校のテニス部でエースを張る彼女は、どこを歩いても視線を集める存在だった。
その3段後ろに立っていたのは、長谷川 葵(はせがわ あおい)。ぽつんとした黒縁メガネ、チェックのシャツ、下を向いてスマホゲームに夢中な“陰キャ”と呼ばれても仕方ない外見。重そうなトートバッグにはアニメのキーホルダーがいくつも揺れていた。
「すごい…あの脚、太ももとふくらはぎのバランス完璧……」
葵はこっそり視線を上げ、結菜の脚を見つめていた。美に対する羨望と、自分には絶対手に入らないという絶望が混ざったような感情。
その時だった。
——ピシッ
静電気かと思うような、軽い衝撃。
次の瞬間、葵の視界が一気に高くなり、軽やかな感覚が全身を走った。反対に、結菜の意識は暗闇に引きずり込まれ、何かが崩れるような感覚に襲われていた。
第二章:視界のズレ
「……え?」
結菜——いや、葵の中に入った結菜は、足元を見下ろして凍りついた。
(何これ……私の脚じゃない……?)
短くずんぐりした脚。地味なスニーカー。膝が内向きで、バランスの悪い立ち方。
「ひゃっ……!」
後ろで悲鳴を上げたのは、入れ替わったもう一人、結菜の身体に入った葵だった。胸元を見て驚き、長い指を震わせながら太ももをそっと触れている。
(……うそ。こんなに柔らかくて、軽くて、まっすぐで……これが、私の身体?)
第三章:元に戻らない
モール内の騒がしさの中で、二人はトイレで対峙した。互いの顔が、自分のものではなくなっている事実に怯えながら。
「戻そう。戻さなきゃ、すぐに」
結菜(中身・葵)が言ったが、エスカレーターに戻っても何も起きなかった。翌日も、その次の日も。
病院に行っても「精神的な同一性障害」と診断されただけだった。
やがて二人は連絡を絶った。
第四章:沈みゆく影、浮かび上がる光
数ヶ月後。
結菜の姿を持つ葵は、都内の有名なテニスクラブに通い、瞬く間に人気者となっていた。明るく、素直で、少しぎこちない立ち振る舞いは、かえって「育ちのよい箱入り娘」として好感を持たれた。
一方、葵の姿に入ってしまった結菜は、家からほとんど出られなくなっていた。
「返してよ……こんなの、私じゃない……!」
鏡の前で叫ぶ声は、小さく震えていた。足を触っても何の実感もなかった。力強く、コートを駆けていた“私”の脚は、もうそこにはない。
ネットで“結菜”を検索すると、自分の顔が、別の中身で輝いている。試合で勝った笑顔、取材記事のインタビュー。
(全部……あのオタク女に奪われた……)
最終章:選ばれた身体
一年後。
「結菜さん、こっち向いてください!」
フラッシュがたかれる中、“結菜”はドレス姿でパーティーに立っていた。ほっそりした腕、くびれた腰、すっと伸びた脚——今ではその全てを“自分のもの”として扱えるようになっていた。
「……最初は怖かったけど、やっぱりこの身体には、生きる価値があるの」
自宅のドレッサーに座る彼女は、昔のメガネを手に取り、ふと微笑んだ。
「ありがとう、葵。もう返さないから」
鏡の中で、かつての葵の微かな記憶が、静かに笑った。
日曜日の午後、ショッピングモールは家族連れやカップルでにぎわっていた。
三階のスポーツ用品店でテニスラケットの新調を終えた**佐倉 結菜(さくら ゆいな)**は、颯爽とエスカレーターに乗った。すらりと伸びた脚にショートパンツ、ジャージの上からでもわかる抜群のプロポーション。高校のテニス部でエースを張る彼女は、どこを歩いても視線を集める存在だった。
その3段後ろに立っていたのは、長谷川 葵(はせがわ あおい)。ぽつんとした黒縁メガネ、チェックのシャツ、下を向いてスマホゲームに夢中な“陰キャ”と呼ばれても仕方ない外見。重そうなトートバッグにはアニメのキーホルダーがいくつも揺れていた。
「すごい…あの脚、太ももとふくらはぎのバランス完璧……」
葵はこっそり視線を上げ、結菜の脚を見つめていた。美に対する羨望と、自分には絶対手に入らないという絶望が混ざったような感情。
その時だった。
——ピシッ
静電気かと思うような、軽い衝撃。
次の瞬間、葵の視界が一気に高くなり、軽やかな感覚が全身を走った。反対に、結菜の意識は暗闇に引きずり込まれ、何かが崩れるような感覚に襲われていた。
第二章:視界のズレ
「……え?」
結菜——いや、葵の中に入った結菜は、足元を見下ろして凍りついた。
(何これ……私の脚じゃない……?)
短くずんぐりした脚。地味なスニーカー。膝が内向きで、バランスの悪い立ち方。
「ひゃっ……!」
後ろで悲鳴を上げたのは、入れ替わったもう一人、結菜の身体に入った葵だった。胸元を見て驚き、長い指を震わせながら太ももをそっと触れている。
(……うそ。こんなに柔らかくて、軽くて、まっすぐで……これが、私の身体?)
第三章:元に戻らない
モール内の騒がしさの中で、二人はトイレで対峙した。互いの顔が、自分のものではなくなっている事実に怯えながら。
「戻そう。戻さなきゃ、すぐに」
結菜(中身・葵)が言ったが、エスカレーターに戻っても何も起きなかった。翌日も、その次の日も。
病院に行っても「精神的な同一性障害」と診断されただけだった。
やがて二人は連絡を絶った。
第四章:沈みゆく影、浮かび上がる光
数ヶ月後。
結菜の姿を持つ葵は、都内の有名なテニスクラブに通い、瞬く間に人気者となっていた。明るく、素直で、少しぎこちない立ち振る舞いは、かえって「育ちのよい箱入り娘」として好感を持たれた。
一方、葵の姿に入ってしまった結菜は、家からほとんど出られなくなっていた。
「返してよ……こんなの、私じゃない……!」
鏡の前で叫ぶ声は、小さく震えていた。足を触っても何の実感もなかった。力強く、コートを駆けていた“私”の脚は、もうそこにはない。
ネットで“結菜”を検索すると、自分の顔が、別の中身で輝いている。試合で勝った笑顔、取材記事のインタビュー。
(全部……あのオタク女に奪われた……)
最終章:選ばれた身体
一年後。
「結菜さん、こっち向いてください!」
フラッシュがたかれる中、“結菜”はドレス姿でパーティーに立っていた。ほっそりした腕、くびれた腰、すっと伸びた脚——今ではその全てを“自分のもの”として扱えるようになっていた。
「……最初は怖かったけど、やっぱりこの身体には、生きる価値があるの」
自宅のドレッサーに座る彼女は、昔のメガネを手に取り、ふと微笑んだ。
「ありがとう、葵。もう返さないから」
鏡の中で、かつての葵の微かな記憶が、静かに笑った。
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